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第七章 誕生

第二十一話 既視感

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「ふふふ……第二魔王”朱槍”、第三魔王”黄泉”、第五魔王”蒼玉”、第八魔王”群青”、第九魔王”撫子”、第十一魔王”橙将”、第十二魔王”鉄”、そしてエレノア。見タ事も無い顔ぶれと言うノに何とも懐かしい気持ちが湧き上がルノぅ……」

 ベルフィアは灰燼の杖をくるくる回しながら魔王を見渡す。少し前なら、これ程の力ある魔王達を前に余裕を晒せなかったであろう最下級の吸血鬼は、アンデッドの魔王を取り込み、強者の階段を五段飛ばかしくらいの勢いで一気に駆け上がった。この場に座っていても何ら違和感なく、むしろ異質な再生能力のお陰で当時の灰燼より強いまである。

「……貴様、その杖はまさか……灰燼は何処にいる?」

 くろがねはギョロリと目を向けた。ベルフィアは胸に手を当てて「ここじゃよ」と返答した。カチャリッと鎧が擦れる音が聞こえる。意味が分からなくて首を傾げた音だろう。

「分からぬか?妾が灰燼を取り込んだ。奴ノ能力、経験、肉体、記憶すら妾ノ物じゃ。つまりは妾が第六魔王”灰燼”」

 魔王を取り込む。その光景を想像し戦慄せぬ者はいないだろう。それは天敵に飲み込まれる弱者の様に、あるいは寄生虫が宿主の意識体を侵食し、宿主を乗っ取る様なおぞましい光景。見た目の美醜に表れない根底の恐怖がそこにあった。「そんな事はあり得ない」と口で否定する事は容易だが、簡単に否定出来ない魔王としての存在感を放っていた。

「じゃが、そノ名は嫌いでノぅ。ベルフィアと呼ぶが良い」

「……終わったか?ベルフィア」

 ミーシャが声を掛ける。ベルフィアはミーシャに頭を下げる。

「はい、終わりましタ。長々と失礼致しましタミーシャ様」

 これで格付けは出来た。ミーシャが上位者で間違いない。灰燼を取り込んだ所で絶対的優位は崩せないようだ。

「あ、そこの椅子とか使って良い?」

 ラルフは当然の様に椅子を要求した。ヒューマンが調子こいているのを見て、しんっと静まり返る。群青は露出した肌に血管を浮き立たせる。禿げ上がった頭も血管で埋め尽くされ、怒りを我慢しているのが見て取れた。他の魔王達も同じ気持ちだろう。イライラが殺意となってラルフに刺さる。

「……ラルフ、口ヲ慎メ……!怒ラセテドウスル……!」

 ジュリアは焦りから叱責する。その声は周りに気付かれない様にウィスパーボイスで窺いつつと言った感じだ。イミーナが既に攻撃を仕掛けてはいるが、他の魔王達が突然手を出して来てもおかしく無いのに怖いもの知らずもいい所だ。特に撫子はその場から動かなくても毒の花粉などで殺す事だって出来る。変な兆候があればジュリアが勘付くが、今何もされていないのは奇跡に近い。先程までこの円卓会議で一番追い詰められていたはずのエレノアは、誰より冷静に状況を見ていた。スッと黒影に目をやる。

「……黒雲様より許可が出ました。どうぞお座り下さい」

 その言葉に群青が目をクワッと見開いた。イミーナも混乱した様に黒影とエレノアを交互に見る。黄泉は肩を揺らして静かに笑った。

「おやおや……正気じゃ無いのがここにも居たか……」

 その言葉に返す事なく黒影は続ける。

「第六、第七の席は空いております。今からいらっしゃる白絶様の席もありますのでお使い下さい」

「それじゃ遠慮なく」

 ラルフとミーシャが先に前に出て、それにベルフィアとジュリア、アンノウンとデュラハンの二人が付き従う。席の前に着くとラルフが椅子に座り、まじまじと見始めた。

「へー、重厚な椅子だな。かなり精巧に作られてる……魔族にも職人っているんだなぁ」

「だから最初から言ってるでしょ。魔族は技術だって凄いし、人族になんて負けないって」

 ミーシャは鼻をフンッと鳴らしながら隣の椅子に座る。その態度は誇らしげで、どこか子供っぽい。二人の関係は対等、いやそれ以上。灰燼を取り込み、強さを手に入れたはずのベルフィアは後ろに控えているのに、この空間で明らかに場違いのラルフはミーシャと共に円卓の椅子に座っている。先にラルフが座るという驚愕の状況に魔王達はラルフの一挙手一投足から目が離せない。我慢出来ずに隣に座る群青が話し掛けた。

「主はみなご……ミーシャとどういう関係なんじゃ?」

「俺?仲間」

 サラッと答えて前を見る。ラルフは椅子の感触を尻で確認しながら辺りを見渡す。エレノアに対して手で座るように椅子を指した。ピリッとした空気が流れる。ヒューマン風情がして良い態度ではない。エレノアは椅子に座る人形を鷲掴みにすると、後ろに放り投げ、空いた椅子に腰掛ける。
 エレノアがチラリとイミーナと竜胆を見ると、立っていた二柱は顔を見合せ、困惑しながらも同じタイミングで座った。

(……何だ?これは……?)

 蒼玉の家臣はこの状況に既視感を感じていた。少し前に行われたヲルトでの円卓会議。ラルフの席に座ったのはこのみすぼらしい男とは全く逆の装飾過多の魔王。第七魔王"銀爪"。
 あの時もその椅子に座った男が円卓会議を支配しようと企んでいた。それはついぞ実る事は無く、あまりの単純さにあしらわれた。
 しかしこの男は違う。銀爪の様に印象強く現れ、不遜な態度で魔王達の精神を掻き乱したまでは一緒なのに、彼に出来なかった事をすんなりやってのけたのだ。それは"場の支配"。全員がこの男に釘付けとなり、魔王が指し示されるがまま行動している。

(いや、考えてみればこうなる事は明白だ。何せあのみなごろしを味方につけているのだから……)

 チラリと戦力を分析する。彼女は他の魔王達と比べるのも烏滸おこがましい程の異次元の強さ。古代種エンシェンツと喧嘩して勝つ事の出来る唯一の個体。それだけでも凄まじいのに、魔王クラスがもう一柱存在する。その他はおまけと言って過言では無いが、騎士としての実力のあるデュラハン。それより見劣りするが、身体能力の高い魔獣人。そして未知数のヒューマン。
 当時の事を思い出せば、銀爪は役に立たない娼婦サキュバスが二体。女に囲まれているのはどちらも同じなのに、戦力がまるで違う。

「群青様。只今白絶様をお連れし……」

 その時、アーパが白絶を引き連れて戻ってきた。その後ろにはテテュースの姿も見える。

「これは一体……」

 群青が誇る敏腕秘書も察する事が出来ない状況。

「ラルフさん、来られましたわ」

 イーファが声を掛ける。白絶は有るか無いかの微笑を湛えると、自分の席に移動し始めた。撫子が後ろに回る白絶を目で追う。特に何事もなく席に着く白絶に質問する。

「驚かないの?」

「……何故……?」

「いや、だってこの状況……」

「……何か問題でも……?」

 問題だらけだろう。円卓への参加事態してなくても黒影が逐一報告しているので、ミーシャがこの円卓会議に参加しているのを考えれば、おかしい事に気付く。例えミーシャの件を知らなかったとしても、ヒューマンが座っている事は明らかにおかしい。というかヒューマンがヲルトに居る事がそもそもおかしい。

「問題だらけだ」

 すぐ隣に座る橙将が横入りする。

「これを正常だと言えるなら、貴様もグルで間違いないな……」

「なっ!?……それはつまり……」

 くろがねは目を丸くしながら白絶を見る。

「吾らと肩を並べる者が三柱も敵になったという事」

 黄泉は高笑いしながらその会話に入る。

「はははぁっ!それは一大事だな!」

 黄泉はそれを半信半疑で聞いている。魔王が人族と手を組むわけがないという自信からだ。ミーシャとベルフィアは、味方に裏切られたのと魔王を取り込んだのとで別枠だが、白絶は古くからの魔王。あり得ないの一言に尽きる。

「さぁ、全員揃った所で始めよう。まずはラルフ、君の話とやらを聞こうじゃないか」

「おう、じゃあ遠慮無く」

 ラルフはペンダントを取り出すと机の上に置いた。

「俺はな、エレノア。お前に対して、ある有力なものを持っている」

「エレノア様だ。口を慎めヒューマン」

 黒影はすぐさま口答えするが、それはエレノアに制される。

「有力なものとは?」

「吉報って奴さ。これが無きゃこの場に決して来なかっただろうな……というか円卓会議は集まり悪いって聞いてたのに全員揃ってんじゃん。エレノアも正体出しちゃってるし、こっちもこっちで混乱しちまうよなぁ?」

 ラルフは辺りを見渡しながら正直な気持ちを告げる。

「ラルフ……早くしろ。私は気が短いんだ……」

 エレノアは少々キレ気味にラルフを睨み付ける。

「ちょっと調子に乗っちまったかな?悪い、それじゃ本題に入ろう」

 コンコンッと指の爪でペンダントを叩くと映像が出現した。見た事もない技術に感嘆の声が漏れる。知っている者には見慣れた光景ではあるが、知らない者には目を見張る光景だ。そこに映し出された存在にエレノアの目は見開かれ、光が満ちた。

「……ブレイブ……?」

「すぐに反応が来たのは嬉しいぜ。でもこいつはブレイブじゃない。あんたの良く知る、あんたにとってこの世で最も大切な存在だよ……」
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