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第七章 誕生

第十九話 食糧調達

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「群青様がこれを?」

 空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーが誇る魔障壁の定期点検中に、突如オークがグリフォンの様な魔獣の背に乗って飛んで来た。メッセンジャーである事に一目で気付いたデュラハン達は、迎撃準備に入っていたアスロンを止めてオークを招き入れていた。魔王が不在であると告げると書状を渡された。

「確かに手渡したぞ!」

 バサァッと一回羽ばたくだけで一気に要塞から離れていく。見る間に小さくなっていくオークを見送ると、丸まった書状に目を落とした。

「メラ姉様。それってまさか円卓会議の招集では?」

「群青様からってのは珍しいわね」

 封を解くまでもなく内容が分かる。この手の書状は大体が円卓の招集だ。というのも魔王同士で特に交流はしていないので、送られてくる内容は決まっている。その上、灰燼に至っては単独行動が目立つので、円卓内からも嫌われているくらいだ。そんな灰燼に書状を送る理由など考えるまでもない。

「おや?あのオーク帰ったのかい?もう少し居るのかと思ったぞ」

 アスロンがひょこっと顔を出した。

「あ、おじいさん。丁度良かった、ラルフの通信機に連絡をお願い出来るかしら?」

「ん?急用か?」

 アスロンはメラが手に持つ書状を見て大体察した。

「良かろう。ここでは何じゃから魔鉱石の部屋に」

「了解しました。エールー、ここは任せますわね」

 アスロンが先導してメラが後ろから着いて行く。魔鉱石の部屋に着くなり、アスロンが手を広げて魔鉱石に接触する。程なくラルフの顔が映った。

『……おっと、どうした?あれ?メラじゃん』

「ラルフさん、忙しい所申し訳ありませんが急用です。第八魔王”群青”様より書状をいただきました。ミーシャ様とベルフィア様にお繋ぎ頂ければと……」

『何だ?私に用か?』

 ラルフの隣からミーシャの声が聞こえる。

「あ、隣にいらっしゃるならそのまま聞いて頂いていいです。書状を開封する許可を下さい」

 魔王宛に当てた書状。勝手に開けるのは不遜であるという事から、律儀にも許可を求める。もう灰燼が居なくなったというのに真面目である。

『うむ、許可する。お前の口から内容を聞かせよ』

 久々の魔王ロールプレイ。多分胸を張っている事だろう。

『あ、待った待った。……ベルフィアー、こっち来い』

 どうやら近くに居たのはミーシャだけらしい。ベルフィアを呼びつけて、ようやく書状が開封された。内容は予想通り円卓の招集に関する事と、何やら意味深な事が書かれてある様だ。

『黒雲についての事が濁してあるな。集合場所はどこになってる?』

「は、ヲルトになっています」

『なルほど……これはひョっとすルと奴らは気付いタんじゃないかえ?彼ノ魔王が本物でない事にノぅ』

『そんなタイミング良い事はねぇだろ。俺達が聞いてすぐなんて……いや、水面下で調べていた事が身を結んで招集、丁度良く合致したってのもあり得るのか?』

 ラルフは首を傾げて考える。アスロンは髭を撫でながら事態の収拾を模索していた。

「とにかく、じゃ。この件をどうすべきかのぅ。灰燼はもう居らんし……」

『無視すべきでしょ。灰燼はろくに会議に参加してなかったし、今更行かなくったって誰も不審に思わないよ』

『ミーシャ様に賛同致します。妾が記憶を辿ルに、こ奴つい最近まで引きこもっとっタしノぅ。バックれても大丈夫じゃろうて』

 不参加。ミーシャとベルフィアが下した結論はどうでも良いという事。第一敵国に乗り込むなど正気の沙汰ではない。幾らミーシャが強く、ベルフィアが灰燼の力を得たとはいえ、それだけを頼りに乗り込むのは非現実的だ。勝ち目がないと思うのは勿論の事、死にに行く様なものだ。ここは行かないのがベター。

「……確かに。それでは今回の円卓は見送りという事で……」

『待った』

 メラの言葉を遮ったのは当然ラルフ。横から長いため息が聞こえる。

『……まタか。今度は何を言うつもりじゃ?』

『その書状は返信する必要があるのか?』

「いえ、ありませんわ」

『なら、ここで決めちまうのはもったいねぇな。ヲルト大陸は半分ブレイドの故郷。日付も二、三日ある。とくればブレイドにも聞いてやらなきゃ可哀想だ』

 ラルフはアスロンから聞いた過去の話を思い起こしながら二人に説明する様に交互に見ている。

『魔王が招集されるヲルトという舞台で、感動の再会が出来ると思う?』

『それは……』

 ラルフは一瞬言葉に詰まったが、ハッと何かに気付いた顔でミーシャがいると思われる方角を見た。

『出来ると思うぜ』

 不敵に笑う。何やらイヤらしい事を考えているその顔に、メラは若干苦い顔をする。彼女も魔族。強さにこそ誇りを見出す性質故に罠や搦め手に関する事には抵抗がある為だ。

「ほう、是非にも聞かせてもらいたいもんじゃが、取り敢えずはブレイドに報告するんじゃろ?そっちの事もあるし、そろそろお暇するかのぅ」

 アスロンはチラッとメラを見る。メラは少し考える素振りを見せた後、一つ頷いた。

「これ以上皆様のお時間を取るのは失礼に値しますわね。急用はこれだけですので引き続き、交渉の方をよろしくお願いいたします」

『あ、うん。そうだな。白絶待たせてるし、さっさと行こうか。じゃ、また後で』

 プツンッと通信が切れる。メラは魔鉱石をマジマジと見ながら呟いた。

「本当に便利な世の中になったものですわね……」



 通信を切ったラルフはペンダント型の小型通信機をポケットに仕舞うとミーシャとベルフィアを見た。

「この件は一応白絶の奴にも共有しとくべきかな?」

「そうだね。白絶の「白い珊瑚ホワイトコーラル」が破壊されちゃったから伝令も届かないだろうし」

「破壊されちゃった」というのは、自分たちに非が無い様な言い回しで、内心(それはちょっと違うんじゃ無いか?)と感じたが黙っておく事にした。

「……あ、ほれ。お出ましじゃ」

 ベルフィアが顎で指し示した方を見ると白絶の側近が立っていた。全身黒い衣装で顔には黒いレースがかかり、喪服の様な雰囲気を漂わせる。名をテテュースという。その後ろにはマーマンを引き連れていた。

「お待たせ致しました。それではご案内を……報告では八人と伺っておりましたが……?」

 ここにいるのはラルフとミーシャとベルフィア。一緒に来ていたのはブレイド、アルル、ウィー、アンノウン、ジュリアの五人。マーマンの無敵戦艦”カリブティス”に興味津々で降り立ち、居ても立ってもいられず見学に行ってしまった。三人は白絶との話し合いの為にここから離れられずにいたのだ。

「他は見学だ、後で合流する。しっかし面白い機能だな。俺達の様な陸の生物にも対応して空気ポケットを作れるなんて」

「それは陸の王達にこの戦艦の素晴らしさを伝えたいと願った亡き王の思いからですよ。我らだけなら海で満たしていた方が移動も呼吸もしやすいのですがね」

 テテュースの横にマーマンの王子がやって来た。

「お陰で私達が息がしやすい。お前の父君に感謝だな」

 ミーシャは腕を組んでニヤリと笑う。

「は……勿体無きお言葉」

 ヒューマンなら汗をかいているであろう狼狽した声に同情の念を送る。これ以上の会話がない事を黙って確認するとテテュースが声を掛けた。

「こちらにどうぞ」

 言われるがままに到着したのは玉座の間。そこには白い珊瑚ホワイトコーラルの時と同じ様に、眠る様に目を閉じた白絶が玉座に座っていた。

「白絶。寝ているのか?」

 ミーシャのその言葉でぱちっと目を開けた。

「……起きてるよ……僕は目を閉じる事で……目から入る情報を遮断し、魔法陣を構築する……瞑想の中の方が、効率が良いんだ……」

 やり方も考え方も人それぞれ、魔族それぞれ。

「……ところで……何の用かな……」

 決して急ぐ事なく、のんびりとマイペースに喋る。ここからミーシャに代わってラルフが一歩前に立つ。

「ああ、マーマンにひとつお願いがあってきたのさ。うちは空に飛んでいるせいで慢性的な食糧問題を抱えている。かと言って陸地や海辺に行って食糧を取るのは大変な上に時間がない。そこでマーマンが狩りで獲った食糧をお裾分けして欲しいと思ってね。それも定期的に……」

「……なるほど……食糧の調達に来た訳か……」

 白絶はゆっくりと王子に目を向けた。

「……この者達に……収穫物を分け与えるのは……可能か?」

「出来ぬ事ではありませんが……何人分の食糧が必要なのでしょうか?」

「取り敢えず十七人の分だが、余裕を持たせる為にも二十人分を用意して欲しい。海の幸は鮮度が命。足がはやいのはその日の内に食べなきゃだから、なるべく日持ちするのを頼みたい」

 王子は考え込む様に顎を触る。出来ない話じゃない。二十人分程度なら現在国民の為だけに獲っている分から回せば良いだけ。というのも海底都市が空に浮かぶスカイ・ウォーカーに攻撃される以前はヒューマンの王に魚を売っていた。その時の要求量に比べれば微々たる物。しかし、王子が気にしているのはそこではない。

「……見返りは?」

 そう、商売だ。現在は都市の壊滅で陸とのあきないは完全に止まっている。なので微々たる物でも、こちらが魚を渡す以上対価を求めたいのが正直なところ。

「あぁん!?」

 その言葉に一番反応したのはベルフィア。脅し倒してふんだくる算段だろう。しかし、それは最後の手段にとっておきたい。

「まぁ待てベルフィア。金ならある。取り敢えず二ヶ月分くらいにはなると思うから、それまではよろしくお願いしたい」

「なるほど、先払いでお願いできますか?」

「もちろん」

 ラルフは大きく頷いた。ミーシャは横からコソッと耳打ちする。

「大丈夫なの?そんなこと言って後でやっぱり無かったーなんて事になったら、マーマン絶滅させなきゃなんないかもよ?」

「大丈夫だよ。アルパザで換金したお金がまだじゃぶじゃぶあるからな。使い所なくて困ってたんだよ。今後人族とこんな風に交流を結べた時には、また何とかするさ。まずあり得ないだろうけどな……」

 ベルフィアの活躍でドラキュラ城のお宝を換金していた分を思う。使ったのはほんの少しで、あの時奪ったゼアルの財布からほとんど出費していたので、換金分はあまり使わず残っていた。ケチり倒したせいでお金は余っている。

「実はずっと持ち歩いてたんだよ。重たくてしょうがなかったが、ここに来て軽くなるぜ。つーわけで食糧については問題ないな?王子もそれで良いだろ?」

「ええ、もちろん」

 二人は固い握手を交わして交渉は成立した。

「……それで用は済んだかな……?」

「いや、まだだ」

 今度はミーシャが前に出た。

「つい先程、円卓の招集があった。多分今のお前を見つける事は出来ないだろうから、書状が届く事は無いだろう。お知らせ程度だが伝えとく。どうせ不参加だろ?」

「……物事を決めてかかってはいけないよ……君はどうするんだい?」

「まだ考えてる」

 ブレイドの為と銘打った言い訳が効いている様だ。

「……まぁ、君が参加したら大騒ぎだよね……一応決まったら教えてくれないか……僕もその時に決めよう」

「分かった」

 今度こそ話は終わった。ラルフは「よしっ」と気合を入れる。

「俺達も見学しようぜ。王子、誰かガイド付けてくれよ」

「必要ない、私がガイドを務めよう。着いてきてくれ」

「王子手ずからのガイドかよ。酒場で自慢できるぜ!」

 ウキウキで王子の後についていく。

「手配されとル事実を除けば、ノぅ」

「それ言うなよ。マジで手配書の件どうにかしなきゃなぁ……」

「ラルフー、早くー」

 三人はカリブティスを散策する。この行動は人類との後の状況を悪化させる事に繋がるのだが、それはまだ誰も知る由もない。
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