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第七章 誕生
第十話 黒雲
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アスロンは脇を抱えられて何も出来ないまま、城内を連れ回されていた。目の前で仲間を惨殺された男の目は虚ろだった。大きな扉を潜ると両肩をデーモンに押さえられたまま、王の玉座の前に跪かされた。
「……こやつは?」
俯いて何も見ようとしなかったアスロンに掛けられた声は、しゃがれた老人の声。目だけを動かして見た魔族は玉座に腰掛け、魔王である事を教えている。逆らえぬほど凄まじいオーラと威厳に満ち溢れている、見るからに化け物だった。
銀髪の髪は幾重にも重なった様に盛り上がり、歌舞伎の鬘の様にもっさりしている。白目の部分が真紅に染まり、金色の瞳に縦長の瞳孔。肌は浅黒く、額からニョキっと伸びた角が髪を貫いて、その存在を強調する。犬歯は異常に発達していて唇に収まらない。その顔は般若そのもの。腕は確認出来るだけで合計四本生えている。どの腕も筋肉で膨れ上がり、その凶悪さを見せつける。錫杖の様な杖を持って玉座に深く座った姿は神々しさすらある。
(これが……黒雲……?)
誰も見た事のない容姿に戦慄する。黒雲と思われる魔族は玉座の肘掛けに置いた一本の右手を挙げて、何かを誘導する様に二回手を振った。そこに出てきたのはエレノアに首筋を掴まれたブレイブ。装備などは特に回収されていないが、いつでも殺せるといった雰囲気に装備など無意味だと思わせる。
「……ブレイブ……?」
「アスロン!」
ブレイブは首筋の手を払いのけようとするが、その瞬間エレノアに右膝を背後から蹴られて、膝カックンの要領で跪かされた。そのままブレイブの額を床に叩きつけた。ゴンッと痛々しい音が響く。この瞬間にアスロンは確信した。自分達がエレノアに騙されていた事を。
「エ、エレノア……そなた……」
「エレノア様だ。口を慎め下等種族が」
どこからともなく聞こえた声の発生源を探し、アスロンは部屋を見渡した。誰が発声したのかはすぐに分かった。いつからそこにいたのか黒い人影がアスロンの真横に現れ、立っていたのだ。上級魔族”シャドーアイ”その名も"黒影"。黒雲の誇る敏腕執事である。
人型の影をそのまま立体的に立たせた様な存在に恐怖を感じざるを得ない。影という曖昧な存在であるが故、自身の形を変化させたり、分裂できたり、影の中に潜ったりする事も可能な万能魔族だ。
「良い、黒影」
黒雲の言葉に黒影は一切逆らう事なく、頭を下げながら一歩下がった。
「……人族とは何と愚かな生き物よ……たった四人で敵陣に上陸し、一体何が出来ると思うておったのか……甚だ疑問だな」
その通りだ。ブレイブ達も無謀である事は承知の上でやってきていたものの、作戦遂行の為と目を瞑っていた。しかし改めて、しかも敵から指摘されるとぐぅの音も出ない。アスロンは言われるがまま俯いた。
「はっ!何が……出来るって?」
エレノアの力を押し返す様にブレイブが頭を上げた。骨と筋肉が悲鳴を上げる様なミシミシという音が微かに鳴っている。床に打ち付けた額から血が滲み、鼻筋から顎にかけて一筋の血の雫が垂れた。
「出来る出来ねぇで生きちゃいねぇんだよ。やるかやらねぇかだ!お前なんかには一生分からねぇさ……俺達ヒューマンの意地はよぉ……!!」
黒雲はブレイブの言葉を聞いて「ククク……」と笑った。口が耳元まで裂けて、シワが顔を区分けする程ついている様は、ひび割れの様に見える。
「吼えるではないか雑魚が……頭が潰れても同じ事が言えるか見ものよな……」
「……へっ……やれよ」
黒雲は錫杖を持ち上げて、ブレイブの頭に狙いを定める。しかし、その攻撃がブレイブに振り下ろされる事はなかった。エレノアがブレイブをアスロンの方に投げ飛ばしたのだ。ほとんど垂直に飛んだブレイブは、アスロンを押さえつけていたデーモンにぶつかって床に転がる。ぶつかったデーモンはその勢いからアスロンの手を離してしまった。
「?……何のつもりだ、エレノア」
「……父様こそどういうつもりです?相手はたかがヒューマン。その上押さえつけた状態の無防備なヒューマンを狙うなんて、とても正気だと思えません」
「ほう?」
黒雲は錫杖を床につき、驚いた顔でエレノアに質問する。
「となれば……どうすれば正解だというのか、我に提示してみせよ」
エレノアは何が起こっているのか分からないといった顔の二人を一瞥した後、視線を黒雲に戻す。
「……戦うのです……一対一で」
「ふはっ!!」
聞いた瞬間に笑いがこみ上げた。
「一対一だと?おぬしこそ正気かエレノア?……それは敵に手を貸してるも同じ行為。我の体に傷を付けられる機会を与えているのだからな」
「至って正気です。彼らは歴史上、一度として踏み入れた事の無いヲルトに、たった四人で上陸を果たしました。それは父様の言う通り疑問に思える程、無謀極まる愚行。しかし、無謀な程に戦力差のある人族が、こうして死に物狂いでやってきたのです。それは父様のせいであると指摘します」
「ふむ……」
顎に手を当てて撫で上げる。黒雲は特に何を言う事もなく、エレノアの答えを待つ。
「……人族に対して父様を秘匿してきた結果、脅威すら忘れられてしまっているのです。この者達は人族でも頂点の戦士達。とするならこの者達を完膚なきまでに叩きのめし、父様のお姿を死体と共に曝け出しましょう。さすればもう二度とヲルトの地を踏もうなどと考える輩も居なくなりましょう……」
黒雲は椅子の背もたれに体を預ける。
「……なるほど、一理ある。特に我の存在を秘匿してきた弊害が出た事に関しては認めよう。しかし、それとこれとは別では無いかな?我が存在の証明はこやつらを直々に殺さずとも出来ると思うが、如何に?」
「……ははっ!」
エレノアとの親子の会話に突如乱入する不快な笑い声。目だけをギョロリと動かしてブレイブを見た。
「そうかそうか……第一魔王"黒雲"様ともあろう者が俺達ヒューマンが怖いらしい。雑魚だ何だと罵るのは、そんな見た目をしながら臆病だという事を隠す為のカモフラージュってわけだ。まぁ俺が這いつくばってなきゃ手を出せないんだし当然だな」
黒雲の顔が見る見る内に怒りに歪んでいく。正に図星をついた形だ。
「貴様っ!?黒雲様に向かって……!!」
黒影は熱り立ち、攻撃しようと腕を刃に変化させた。
「……待て」
黒雲は黒影の攻撃を止める。錫杖に体重を預けながら2m30cmを越す体を立たせた。
「……ブレイブだったな。我に勝つつもりでいるのか?」
ブレイブも腰に佩た武器を鞘ごと抜いて、それを基点に立ち上がる。その武器はただの剣では無い。銃床の付いた柄に巨大な幅の刃。通常振るうには難しそうなこの武器は、つい半年前に公爵から内々に渡された魔道具。その名を”デッドオアアライブ”。ブレイブはニヤリと笑って言い放つ。
「……もちろん」
エレノアのこだわりにより組まれた”黒雲”対”ブレイブ”の一騎打ち。話を聞いていてアスロンが感じたのは、戦いの理由はエレノアだけではなく、黒雲の立場によるものだろうと気付く。力により恐怖を与えるはずの魔王がヒューマンを前に怖気付いたなど、部下に見せるわけにはいかないからだ。
エレノアの指摘が上手く作用し、状況を大きく変えた。後、単純に煽り散らしたブレイブが許せなかったと思われる。何はともあれ戦いの場は整った。
「……ククク……喜ぶが良い。おぬしは千年以上もの間、触れる事すら許されなかった我と戦う機会を得たのだ。その対価は……おぬしの命だ」
「……こやつは?」
俯いて何も見ようとしなかったアスロンに掛けられた声は、しゃがれた老人の声。目だけを動かして見た魔族は玉座に腰掛け、魔王である事を教えている。逆らえぬほど凄まじいオーラと威厳に満ち溢れている、見るからに化け物だった。
銀髪の髪は幾重にも重なった様に盛り上がり、歌舞伎の鬘の様にもっさりしている。白目の部分が真紅に染まり、金色の瞳に縦長の瞳孔。肌は浅黒く、額からニョキっと伸びた角が髪を貫いて、その存在を強調する。犬歯は異常に発達していて唇に収まらない。その顔は般若そのもの。腕は確認出来るだけで合計四本生えている。どの腕も筋肉で膨れ上がり、その凶悪さを見せつける。錫杖の様な杖を持って玉座に深く座った姿は神々しさすらある。
(これが……黒雲……?)
誰も見た事のない容姿に戦慄する。黒雲と思われる魔族は玉座の肘掛けに置いた一本の右手を挙げて、何かを誘導する様に二回手を振った。そこに出てきたのはエレノアに首筋を掴まれたブレイブ。装備などは特に回収されていないが、いつでも殺せるといった雰囲気に装備など無意味だと思わせる。
「……ブレイブ……?」
「アスロン!」
ブレイブは首筋の手を払いのけようとするが、その瞬間エレノアに右膝を背後から蹴られて、膝カックンの要領で跪かされた。そのままブレイブの額を床に叩きつけた。ゴンッと痛々しい音が響く。この瞬間にアスロンは確信した。自分達がエレノアに騙されていた事を。
「エ、エレノア……そなた……」
「エレノア様だ。口を慎め下等種族が」
どこからともなく聞こえた声の発生源を探し、アスロンは部屋を見渡した。誰が発声したのかはすぐに分かった。いつからそこにいたのか黒い人影がアスロンの真横に現れ、立っていたのだ。上級魔族”シャドーアイ”その名も"黒影"。黒雲の誇る敏腕執事である。
人型の影をそのまま立体的に立たせた様な存在に恐怖を感じざるを得ない。影という曖昧な存在であるが故、自身の形を変化させたり、分裂できたり、影の中に潜ったりする事も可能な万能魔族だ。
「良い、黒影」
黒雲の言葉に黒影は一切逆らう事なく、頭を下げながら一歩下がった。
「……人族とは何と愚かな生き物よ……たった四人で敵陣に上陸し、一体何が出来ると思うておったのか……甚だ疑問だな」
その通りだ。ブレイブ達も無謀である事は承知の上でやってきていたものの、作戦遂行の為と目を瞑っていた。しかし改めて、しかも敵から指摘されるとぐぅの音も出ない。アスロンは言われるがまま俯いた。
「はっ!何が……出来るって?」
エレノアの力を押し返す様にブレイブが頭を上げた。骨と筋肉が悲鳴を上げる様なミシミシという音が微かに鳴っている。床に打ち付けた額から血が滲み、鼻筋から顎にかけて一筋の血の雫が垂れた。
「出来る出来ねぇで生きちゃいねぇんだよ。やるかやらねぇかだ!お前なんかには一生分からねぇさ……俺達ヒューマンの意地はよぉ……!!」
黒雲はブレイブの言葉を聞いて「ククク……」と笑った。口が耳元まで裂けて、シワが顔を区分けする程ついている様は、ひび割れの様に見える。
「吼えるではないか雑魚が……頭が潰れても同じ事が言えるか見ものよな……」
「……へっ……やれよ」
黒雲は錫杖を持ち上げて、ブレイブの頭に狙いを定める。しかし、その攻撃がブレイブに振り下ろされる事はなかった。エレノアがブレイブをアスロンの方に投げ飛ばしたのだ。ほとんど垂直に飛んだブレイブは、アスロンを押さえつけていたデーモンにぶつかって床に転がる。ぶつかったデーモンはその勢いからアスロンの手を離してしまった。
「?……何のつもりだ、エレノア」
「……父様こそどういうつもりです?相手はたかがヒューマン。その上押さえつけた状態の無防備なヒューマンを狙うなんて、とても正気だと思えません」
「ほう?」
黒雲は錫杖を床につき、驚いた顔でエレノアに質問する。
「となれば……どうすれば正解だというのか、我に提示してみせよ」
エレノアは何が起こっているのか分からないといった顔の二人を一瞥した後、視線を黒雲に戻す。
「……戦うのです……一対一で」
「ふはっ!!」
聞いた瞬間に笑いがこみ上げた。
「一対一だと?おぬしこそ正気かエレノア?……それは敵に手を貸してるも同じ行為。我の体に傷を付けられる機会を与えているのだからな」
「至って正気です。彼らは歴史上、一度として踏み入れた事の無いヲルトに、たった四人で上陸を果たしました。それは父様の言う通り疑問に思える程、無謀極まる愚行。しかし、無謀な程に戦力差のある人族が、こうして死に物狂いでやってきたのです。それは父様のせいであると指摘します」
「ふむ……」
顎に手を当てて撫で上げる。黒雲は特に何を言う事もなく、エレノアの答えを待つ。
「……人族に対して父様を秘匿してきた結果、脅威すら忘れられてしまっているのです。この者達は人族でも頂点の戦士達。とするならこの者達を完膚なきまでに叩きのめし、父様のお姿を死体と共に曝け出しましょう。さすればもう二度とヲルトの地を踏もうなどと考える輩も居なくなりましょう……」
黒雲は椅子の背もたれに体を預ける。
「……なるほど、一理ある。特に我の存在を秘匿してきた弊害が出た事に関しては認めよう。しかし、それとこれとは別では無いかな?我が存在の証明はこやつらを直々に殺さずとも出来ると思うが、如何に?」
「……ははっ!」
エレノアとの親子の会話に突如乱入する不快な笑い声。目だけをギョロリと動かしてブレイブを見た。
「そうかそうか……第一魔王"黒雲"様ともあろう者が俺達ヒューマンが怖いらしい。雑魚だ何だと罵るのは、そんな見た目をしながら臆病だという事を隠す為のカモフラージュってわけだ。まぁ俺が這いつくばってなきゃ手を出せないんだし当然だな」
黒雲の顔が見る見る内に怒りに歪んでいく。正に図星をついた形だ。
「貴様っ!?黒雲様に向かって……!!」
黒影は熱り立ち、攻撃しようと腕を刃に変化させた。
「……待て」
黒雲は黒影の攻撃を止める。錫杖に体重を預けながら2m30cmを越す体を立たせた。
「……ブレイブだったな。我に勝つつもりでいるのか?」
ブレイブも腰に佩た武器を鞘ごと抜いて、それを基点に立ち上がる。その武器はただの剣では無い。銃床の付いた柄に巨大な幅の刃。通常振るうには難しそうなこの武器は、つい半年前に公爵から内々に渡された魔道具。その名を”デッドオアアライブ”。ブレイブはニヤリと笑って言い放つ。
「……もちろん」
エレノアのこだわりにより組まれた”黒雲”対”ブレイブ”の一騎打ち。話を聞いていてアスロンが感じたのは、戦いの理由はエレノアだけではなく、黒雲の立場によるものだろうと気付く。力により恐怖を与えるはずの魔王がヒューマンを前に怖気付いたなど、部下に見せるわけにはいかないからだ。
エレノアの指摘が上手く作用し、状況を大きく変えた。後、単純に煽り散らしたブレイブが許せなかったと思われる。何はともあれ戦いの場は整った。
「……ククク……喜ぶが良い。おぬしは千年以上もの間、触れる事すら許されなかった我と戦う機会を得たのだ。その対価は……おぬしの命だ」
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