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第七章 誕生

プロローグ

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 イルレアン国中心部。

 強力な魔力の結界に守られたこの都市は、魔物の侵入はおろか魔族をも跳ね返す。さらに結界が万が一破られても、国の周りを大きな壁が阻み、壁には兵士を配備。交代制で一日中、外の様子を監視している。壁の内部は石造りの建物や木造の家々が建ち並び、大きく荘厳な城が国の中心に鎮座している。城の周りにも簡単に入れない様に堀に水を貯めていて、城門前の橋を架けないと渡れない様にしていた。
 一見どこにでもありそうな雰囲気の国だが、この国が最も文明レベルが高い。その理由は魔法省の存在だ。魔法技術の向上、発展を目指して作られた魔法省はその実力を遺憾なく発揮した。夜でも明るく、食品の冷蔵保管を可能にし、水道、下水処理に関しても完璧な、まさに魔法技術の粋を集めた安全で衛生的な国となっている。回復や解毒に関しても徹底しているので、生きている限り病気や怪我で死ぬ事は無くなった。
 その他、労働環境も整っていて賃金も高い。物価や税収も賃金に比例して高いが、安心と安全を買うための仕方のない出費と国民たちは心得ている。ヒューマンにとってこの国で暮らすことは夢であり、この国在住の者たちは成功者として見られる事も多い。

 そんな国の王様は日和見主義の弱腰であり、いつも公爵を頼って自分の意見を言わない。こうなってしまったのは前王から傀儡政権だった事に起因している。

 その昔、お飾りの王のせいで力のある諸侯が好き勝手に政治を回し、国を混乱に貶めていた。封建制である為に諸侯が悪意で結託すれば、それだけで王の力が削がれ、王たる権威などあってない様なものとされてしまう。このせいで国は内部から腐敗し、犯罪者集団が暴力や風俗、カジノや危険なドラッグなどを持ち込み出す。魔族との戦争真っ只中、一致団結して戦わなければ生き残れないと言うのに、自分の事しか考えない連中のせいで国は崩壊の一途を辿っていた。

 そんな瓦解寸前のイルレアンに転機が訪れる。ジラル=Hヘンリー=マクマインの登場だ。

 彼は国の将来を憂い、国の為に戦った。まず行ったのは分散されていた国土を様々な方法で召し上げ、悪党貴族を干上がらせた。その裏では私兵を使ってカルテル化していた犯罪者集団を縛り上げ、ことごとくを処刑。腐敗の温床となっていた部分を外科的手術で一気に撤去していった。
 そして利権まみれとなっていた魔法省を一から立て直し、技術の発展に貢献。召し上げた領地を自分の物にせず王に返還し、失墜していた王の権威を蘇らせた。その全ての行為に公爵の名を使い、恨み辛みを一身に受けながら正していく。勿論、暗殺の対象になったり、表立って嫌がらせを受けたが、その全てに打ち勝って平和を手に入れた。
 国の為なら自らを犠牲にする行為は、まさに英雄や救世主の行動だと言える。彼は生きながらに伝説となり、語り継がれ、イルレアンの学校の教科書にもその功労を記載される事になる。一般教養で習うほど知名度があるのだ。これほどの愛国者は他に類を見ないとまで断言されるほどに。

 今回の物語は、公爵がイルレアンの未来を約束した時代。まだイルレアンという国が今ほどの発展を遂げていない時まで遡るーー

 マクマイン家の家紋が彫られた立派な馬車が街中を走る。その馬車を見たものは足を止めて敬意を払うようにお辞儀をする。まるで神のように崇めるその姿勢を異様と言う他はないが、彼らには正に神と呼ぶに相応しい人物だったのだろう。中に乗る人物は車内に取り付けられた小さなカーテンのせいで見えていないが、乗っている人物が公爵であることは間違いない。
 颯爽と走る馬車は何にも遮られること無く、目的地を目指して突き進む。到着したのは白く大きな建物の前だ。ここはイルレアン国が誇る由緒正しき公的機関、魔法省の本部である。最近まで利権まみれで汚点とされていた場所だが、公爵の浄化作戦で元の魔法省に復活したのだ。「元の」は言い過ぎた。必要な人材だけを残して後はバッサリとクビにしたので現在人手が足りない状態である。魔法省にとっての一番の課題は、人材確保と人材育成に他ならない。

「これはこれは、マクマイン公爵。ようこそいらっしゃいました」

 館内に入ると初老の男性に出迎えられる。毛布を頭から被っている様にモサモサの白髪混じりの茶髪に、しっかり蓄えた長い髭、ダボダボの裾に手を入れて腕を組んでいるのか肌が見えない。トンガリ帽子を被って見るからに魔道士と言わんばかりの姿。魔法省きっての賢者であり、最高位の魔術師。
 その名はアスロン。見た目の印象が今と然程変わらない若き日のアスロンは、魔法省のロビーで公爵を迎え入れた。

「局長自らの歓迎とは……貴公の心遣い、痛み入る」

 公爵は感激しながら握手を求めた。その手を不思議そうに見た後「はっはっは」と景気良く笑った。

「何を仰います。それはこちらのセリフでございますぞ?あなた様の働きかけがなければ今の魔法省も、私の地位も無いのですからな。いついかなる時でも、私が歓迎致します」

 アスロンは公爵の手を両手で包んだ。

「あなた様はこの国の至宝です。私に出来ることなら何なりとお申し付けください」

 狂信とも取れる瞳の輝きに晒されながら、公爵はニヤリと笑った。

「ふふっ頼もしいな。期待している」

 握手を交わし、どちらからともなく手を離すとアスロンが訪ねる。

「……して、今日の訪問についてお聞かせいただいても?」

「おっと、そうだったな」

 公爵はアスロンの問いにハッと気付いたように後ろを振り返りながら何かを探し出す。

「……ん?」

 しかしそこに目当てのモノが無かったのか、スゥーッと息を吸いながらキョロキョロしていた。ある程度見渡した後「ははは……」と力無く笑いながら困り顔でアスロンを見た。

「私の後ろに付いてきていたんだがな、どうやらはぐれてしまったらしい」

「はぐれた?もしや私に会わせたい人物がいると、そういうことですかな?」

「あぁそうだ」

 公爵は踵を返す。アスロンは公爵に追従して建物から出ると、外では人だかりが出来ていた。賑やかな様子にため息を吐きながら人混みを掻き分ける。

「いや、だから悪かったって。そう目くじらを立てなくても……」

「いいえ、許せません。いきなりやって来て失礼ではありませんか?何なんですか?あなた」

 掻き分けた先には男女が対峙するように立って、何か言い合いに発展している。

「……魔法省の敷地内でナンパとは良いご身分だな」

 その声に反応して、男はお手上げのジェスチャーを見せた。

「バカいうなよマクマイン。ちょっと助けてくれ」

「!?……公爵に対して呼び捨てとはいただけませんな……そなた何者か?」

 アスロンはジロリと敵意丸出しで睨み付けた。公爵はおどけたように肩を竦めるとそれに答えた。

「ああ、まぁ許してやってくれ。彼はブレイブ。私の友であり、一番の理解者だ。親友と言って過言ではない」

 その名に聞き覚えのあったアスロンは目を丸くして質問する。

「……その名……もしや黒曜騎士団の団長殿では?」

 黒曜騎士団。公的に認められた軍とは一線を画す公爵の私兵。その団長といえば、公爵の手足となり、犯罪者集団を摘発した英雄の一人。
 一見普通の青年だが、服の下に隠れたその体は良く鍛え込まれていて付け入る隙を与えない。ざんばらで金髪の髪型に赤いバンダナをハチマキのように締めている。年の割りに幼く見える顔立ちは人懐っこい印象を与えるが、身長が高いせいで少しアンバランスに見えなくもない。鎧は纏っていないが、長剣を腰に佩いて一応武装している。動きやすさを重視しているのか、着ている服は安物で、しかも古着のように布が延びきっている。局長という地位にいながら着なれたダボダボの古着を着ている自分が言えた質ではないが、ブレイブは公爵の供回りには相応しくない服を着ていた。

「俺をご存じでしたか。いかにも俺は黒曜騎士団を束ねる団長のブレイブです。どうぞよろしく」

 ブレイブは手を差し出した。アスロンは一も二もなく応対する。

「お噂はかねがね伺っています。まさかの英雄を紹介いただけるとは感激の至り」

 固く握手を交わした。アスロンは握手の後、ブレイブと言い争っていた女性を見る。癖のある茶髪は肩甲骨辺りまで伸ばして多少なり整えている。肌を見せないように全身を覆う服はまるで魔女の様だが、盛り上がった双丘と安産型の腰付きは、隠しきれないほどその魅力を発揮する。眠そうな垂れ目だが瞳に力が宿っていて、一筋縄ではいかないと牽制しているかの様だった。

「……私の娘が何か粗相を働きましたかな?」

「いいえ、お父様。この方が私に失礼を与えたのです。若すぎると侮辱されました」

 冷たい刺さるような声で、敵意ある態度を示した。

「局長の娘さんだって?……侮辱なんてしてないさ。若いのにしっかりしてるなって声掛けただけで……」

「それが侮辱なのです」

 両者の主張が一方通行でこのまま放っておいても終息しそうにない。アスロンは口を出した。

「まぁまぁ待ちなさいアイナ。こんな所で言い争っては皆の邪魔になる。お二人も外で立ち話もなんですし、どうぞ館内へ……」

「うむ、そうだな。お邪魔させてもらうよ」

 公爵の返答を機に動き出す。これがアスロンとブレイブの最初の出会いだった。
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