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第六章 戦争Ⅱ

第三十二話 難解

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「……ん?」

 白絶は何かに気付いたように首をもたげた。

「……如何されましたか白絶様」

「……しつこい連中だ……何度来ても……同じ事なのに……」

 小さくため息を吐いて呆れている。それに対してお辞儀をして踵を返す喪服女。

「……行かなくて良い……」

「……宜しいのですか?」

「……どの道……ここまでは辿り着けない……」

 それを聞いて一瞬考える素振りを見せた後、喪服女は定位置に戻った。

「……今はこっちが……忙しいから……」

 白絶が手を動かすと、すぐ下にいたミーシャの右手がスッと上がる。その目は虚ろでどこを見ているのかも分からない。

「……あと少しなんだ……けど……その少しが遠い……」

「……手伝えれば宜しいのですが、そういう力を持ち合わせていないので……」

「……ふふ……難解なパズルほど……解いた時がより一層嬉しいんだ……」

 心底楽しそうに笑う。久方ぶりに出会った最大級のモルモットに腕が鳴る。史上最強の魔王と名高きミーシャを手中に収めれば、この世界で白絶に敵う者はいなくなる。

「……待っていろ……黒雲……」



 ラルフ達はアンノウンが召喚した翼竜「ワイバーン」に乗って白い珊瑚ホワイトコーラルの甲板に乗船した。

「こいつが噂の幽霊船か……」

 ラルフは辺りを見渡しながら立派な帆船に瞠目する。トレジャーハンターという稼業柄、海賊にも憧憬の念を抱いたことがある。しかし魚人族マーマンとの邂逅により、海賊はこの世界から事実上消滅した。海の悪行はそのまま海底送りという死に直結するからだ。ラルフが憧れたのも海賊の歴史を書物で見たからにすぎない。

「船なんて初めて乗りましたよ。山に篭ってましたし、海に来る機会すら生涯無いと思ってました」

「これで景色が見えてたら最高なんだろうけど……」

 ブレイドとアルルは若干興奮気味に話す。

「ねぇ、観光じゃ無いから。あんま浮かれてるとブツわよ」

 シャークはそんな二人の初体験に水を掛ける。ブレイドとアルルはハッとして「すいません」と頭を下げた。

「やだ~、シャークちゃん乱暴~。怖~」

 のほほんとした声で緊張感なくシャークの言葉に反応したのは9シスターズ、三女のシーヴァ。

「シャークってそういうとこ本当に空気読めませんわよね。ところでわたくしも今日が乗船初めてですの!こういう機会でも無いと要塞から出られませんし、何だか新鮮ですわ~!」

 快活にベラベラと言葉が出てくるのは五女のカイラ。側には黙って辺りを見渡す七女のリーシャがいる。

「姉様方、ここはシャーク姉様の言う通りですわ。もう少し緊張感を持って……」

 末っ子のアイリーンは冷静に指摘する。

「ですわね。ほらほら、妹の方がしっかりしてますわよ。メラ姉様とティララとイーファの為にも気を引き締めなさい」

 パンパンっと手を叩いて次女のエールーがまとめ役を買って出た。デュラハン勢ぞろいである。

「……何だか遠足みたいだね」

「エンソク……ッテ何?」

 アンノウンはジュリアの疑問の表情に軽く微笑んだ。

「おいお前ら、良い加減にしろよな。ここは敵の領域だぞ?いつ攻撃が飛んでくんのか分かんねーのに気を緩めすぎだ。ミーシャとベルフィアと他三人を助ける為にも……」

「ちょっと!メラ姉様とティララとイーファ、ですわ!」

 エールーが聞き捨てならないと主張する。

「……ごめんって……メラとティララとイーファの三人な。この五人の救出が主力だが、その為には白絶を倒す必要がありそうだ。アンノウンからの情報だと操られてるみたいだしな」

 その言葉でアンノウンに視線が集中する。アンノウンはひらひらと手を挙げて自分だとアピールした。

 ラルフ、ブレイド、アルル、ジュリア、アンノウン、9シスターズの六人の計十一人で魔王を三体相手にしないといけない。白絶の唯一の部下である喪服女は多分上級魔族。となれば相当強いことは必至。もしかしたら戦闘能力は白絶を超える可能性すらある。特異能力だけで魔王になっているパターンの場合は側近が強いことがざらにあるのだ。少なくとも人類側は王より部下の方が圧倒的に強い。

「厳シイ戦イニナルナ……アタシガ仲間ニ入ッタ途端ニ ミーシャ様ガ敵ッテ、ドウイウ事ナノヨ……」

 ジュリアは項垂れて目を右手で隠す。デュラハン達もその意見に同意して「うん」と一様に頷いた。

「はい、先生」

 アンノウンはラルフを見ながらピッと手を挙げた。

「あん?なんだよ」

「そのゴブリンは何故連れて行くの?見る限り戦え無さそうだけど……」

 ラルフの手の中に収まったウィーを指差して尋ねる。

「こいつは探索の名人だ。確かに戦う事は出来ないが、居るのと居ないのじゃ天と地ってな。まぁ見てろ。こいつの凄さは見ないと分からないから」

「へぇ……」

 ハードルが上がってドキドキのウィー。アンノウンと目を合わせられずチラッと困り顔でラルフを見ていた。

「とりあえず移動しませんか?五人の安否が心配ですし」

 ブレイドはみんなが同じ方向を向いたと感じて声をかける。

「っだな。それじゃアンノウン」

「ああ、さっき案内されたのはこっちだ」

 船尾の柵に手を置くと舵に向かって指を差した。見ると大きな穴が舵の左側に開いている。海の水が入りそうなものだが、何らかの阻害魔法で浸水しない仕様になっている。

「あのドラゴンじゃ難しそうだな。鉤縄を渡すから一人ずつ降りてきてくれ」

 ラルフが先導し、全員が縄を伝って入り口に侵入する。侵入後、改めて道を確認していると、形はまるで違うが炭鉱跡を彷彿とさせた。

「ラルフさん、これって……」

 アルルはラルフに視線を向けながら確認する。

「……あれだな。虫はいなさそうだが確実にあれだ」

「って事は転移の罠があるって事ですか?」

「転移かどうかは分かんねぇけど、罠はありそうだな……アルル。防御魔法は使えるか?」

 アルルは目を閉じて槍をかざすと詠唱を始める。

「我が名はアルル……大魔導士アスロンの名を……ん?あ、あれ?」

 アルルは困惑気味に目を開ける。慌てて右手を出して手に魔力を溜めようとするが、全くと言って良いほど魔力が溜まらない。収束しようとした瞬間に霧散する。

「どうした?アルル」

 ブレイドが不安げにアルルに尋ねる。

「おかしいの……魔力が集まらないの……」

「……遅延魔法か何かか?」

 ラルフはそうであって欲しいと願いつつ質問する。ここで防御魔法が使えないのは痛すぎる。万が一即死の罠とかあったら痛いでは済まない。

「違います。遅延魔法は術式を阻害するので魔力自体は溜まります。消去魔法も魔法自体は発動するし……こんな事一度も……」

「何だか気味が悪いですわね。いやーな気配というか……この気持ちは一体何なんでしょう?」

 カイラは両肩を抱いて身震いする。何となく悪寒を感じているのかもしれない。

「……恋~?」

「シーヴァ姉は黙ってて!」

「シャークちゃん当たり強すぎ~……」

「……ウゥム、確カニソコノ デュラハン ノ言ウ通リネ。何ト言ウカ、臭イガ違ウ。自然ジャナイ」

 ジュリアは鼻をスンスン鳴らしながら辺りを嗅ぐ。船の中なんだし当たり前だろうとも思ったが、どうやらそう言うことでは無さそうだ。

「この船内だけなのか、はたまた霧が生み出しているのか……楽観視しないなら霧の方か?この霧の中にいるものは例外なく魔法が使えないとかそんなの……」

 ラルフは顎に手を当てて考え込む。と言っても魔法の使えない者にアルルの感覚は分からないので答えなど出るはずもない。

「いや、確か魔王は使ってたと思うよ」

「えぇ……卑怯じゃね?」

 アンノウンの言葉に尻込みする。

「ああ、フェアじゃないね。でも自分の得意な領域テリトリーに誘い込むのは当然のことじゃないかな?誰だってそうするさ」

 その通りなのだが、感情的に受け入れたくない。

「私……足手まといですね……」

 アルルは肩を落とす。槍はそんなアルルを見てオロオロしている。

「馬鹿言うなよ。そんなこと言ったら俺の方が足手まといだ。アルルのお陰でこの事態が分かったんだぞ?もうちょい自信持てよ」

「うぅ、ラルフさん」と涙目で感謝の念を送る。

「しかし、白絶様が使えてわたくしたちが魔法無しなのはキツすぎませんこと?これでは為す術無く殺されるのがオチでは?」

 エールーの言う通りだ。魔法は危機的状況を覆す力を秘めている。そんな力を魔王の方が使えるとなると逆転の目は薄い。というより勝ち目などない。

「……全員が使えない訳じゃないって事は、何らかのカラクリがありそうだな……」

 発想の転換だ。全員がすべからく使えないなら、魔法無効や魔力阻害に関する術式が考えられる。
 しかし白絶だけ例外的に使えるとなると……。

「……アルル、魔法が使えない理由を何とか解き明かしてくれ。仮説でも何でも構わないから思い付いたら共有するんだ」

「えぇ……?責任重大……」

 突如降りかかる難問。突破口を見つけなければ死ぬだけ。ブレイドはアルルを心配そうな目で見つめる。その目を見てアルルは小さく微笑んだ。

「……ふぅ……よしっ!」

 ブレイドに答えるべくアルルは生涯これ以上無いほどに頭を回転させる。だがすぐに行き詰まった。それもそのはず、魔力を使うことはあっても、魔力という自然の力そのものについてを考える機会などこれまで無かったからだ。

「う~ん……分かんないよ……助けておじいちゃん」

 コンッと槍に額をつける。

『アルル……アルルや……』

「へっ?おじい……ちゃん?」

 それは紛れもないアスロンの声だ。頭に響くその声に耳を傾けると、アスロンはアルルに問いかける。

『魔力とは自然そのもの。体から湧いたり、空気中に漂う魔素を使用することで魔法を使える。お前は無意識に様々な事に魔素を使ってきたが、今回は使えなかった。それは何故じゃ?』

「……魔素が無いとか?」

『違うのぅ。魔素が無ければそもそも魔法は使えん。となれば魔王が使用しているのはどうしてじゃ?』

「それが分からないから困ってるのに……」

 側から見ていたジュリアは首を傾げながらその様子を見る。

「彼女ハ何ヲ シテイルノ?」

「さぁね。私は知らない」

 幾つかの問答を繰り返した後「あ、分かった!」と大声を出した。

「おお!言ってみてくれ!」

 ラルフは嬉々としてアルルに尋ねる。

「そうですね、あくまで仮説ですが……」



「……駄目だ……ここの部分は……どうにもならないか……」

 白絶はミーシャの心に幾度と無く侵入を試みたが、一つだけ掌握出来ない部分があった。開示されない心の扉。その鍵はどこにあるのか?

「……完全には洗脳出来ない……いや、まだ始めたばかり……急いでもしょうがないか……まだまだ時間はたっぷりとある……」

 白絶はこのパズルを今後の楽しみに取っておくことにした。それよりも侵入者の排除こそ急務。迷子にさせて勝手に死ぬのを待っても良いが、船内をチョロチョロ歩かれるのは気色が悪い。

「……上の浮遊物も……全部壊さないと……」

 そんなことを思っているとガチャッと扉が開いた。喪服女が開けたのかと視線を落とすと、そこには見慣れない草臥れたハットを被る男がドアノブを握って開けていた。喪服女も驚愕からか、いつもは見せることのないポカンとした顔で男を見ている。

「おっ、当たりだぜ。流石ウィー。人探しにお前がいれば百人力だな」

 男が抱えるゴブリンは照れて自分の後頭部を触っている。

「……あの、どなたですか?」

 喪服女はとりあえず尋ねた。いきなりの訪問に思考が追い付いてないと見える。

「俺かい?俺の名はラルフ。俺たちはそいつら五人を取り返しに来た、あんたらの敵さ」

「……たち?」

 バンッと勢い良く開いた扉からブレイドとジュリア、そしてデュラハンたちが飛び出す。

「!?」

 それぞれが各々の構えで白絶と喪服女を牽制する。その後ろでラルフとウィー、アルルとアンノウンが姿を現す。

「……馬鹿な……どうやってここまで……」

「ま、それなりに修羅場潜ってるんでね。それはそうと良くも俺らの仲間を手込めにしてくれたな……返してもらうぜ。全員な」

「……ヒューマン如きが……戯れ言を……」

 白絶の静かな怒りがラルフたちに襲い掛かる。しかし意に返すこと無くラルフは声を上げた。

「帰るぞ!ミーシャ!」

 虚ろな目をしたミーシャはその言葉にピクンと動いた。
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