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第六章 戦争Ⅱ

第十五話 未来の為に

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「あ、あの……ゼアルさん」

 歩はカサブリア城に向かっている中、先ほどから無視出来ない感覚に悩まされてゼアルを呼んだ。

「どうした?ガーディアン」

 ゼアルは足を止めることなく並んで進む歩に目を向ける。

「あ、歩でお願いします……それ、仰々しくて……」

「……アユム。君は見たところ感知に優れているな。もしかして何か感じたのか?」

 その言葉に瞠目する。ゼアルには……もといエルフにすらまともに能力について話していないのに、わずかな接触で見破られた。観察眼に長けているゼアルには、歩の立ち回りで何となく察していた。この様子を見るに正解だったと確信する。

「……あ、えっと……」

 驚いた拍子に会話が途切れたことに気付き、慌てて取り繕う。

「ぼ、僕が言いたかったことは正にそれです。実は何か得体の知れない……いや?確か一度感じたことのある気配……あ、すいません。分かりづらいですよね……」

「大丈夫だ。続けてくれ」

「あ、はい、すいません……えっと、その……とにかくすごい力を持った奴が来たみたいなんです」

「全隊止まれぇ!!」

 ザッと一斉に停止する。不躾な目を向けてくるのは前ではしゃいでいた四人。それ以外はどうしたことかと不思議な顔で次の指令を待つ。

「何処だ?」

「えっと……あっちの方角に……」

 といって指を差した方向は隊が目指す城を正面にして右手。ゼアルはそっちに振り向いて目を細めるも、何も見ることは出来ない。

「……あちらも戦力を隠していたか?それとも偶然か……いや、偶然ではないだろうな……」

 ゼアルは自分の部下であるバクスに目を向ける。

「ここから二手に別れて行動する。魔王”銀爪”の討伐にはガノンとルールー、そしてアウルヴァングで行け。ガーディアンとハンターは私と共に来い。アニマンの軍は城へ、黒曜騎士団の半数は私の指揮下に入れ。バクス隊長、城方面の指揮を任せる」

「……おいコラ、ゼアル!勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!まず先に事情を話せや!」

 突然の別行動に困惑が隠せないガノンは大声で抗議した。ゼアルも説明不足だったと感じて分かりやすく説明する。

「……どうも他の勢力が来ているようだ。私が確かめに行くから、そちらは変わらず銀爪を討伐してくれ。排除次第こちらも追いつく」

「なるほどのぅ。了解した」

 アウルヴァングは即座に返答する。

「コヂラモ了解ダギャ。マ、ワダシハ元カラ銀爪以外ニ興味モ無イ、適当ニシロ」

「……ふんっ……銀爪は俺が殺す」

 ルールーもガノンも理解してそのまま歩き始めた。この中で不満を抱いたのは正孝だけだ。

「おい、フザけんな。指図すんじゃねぇよ。俺も城の方に行くぜ」

 守護者を一括りにされたのが気に入らなかったのか、突然感情を発露させガノンたちの後を追って行ってしまった。

「はぁ……他に気に食わない者はいるか?……良し、行動を開始しろ!」

 正孝以外は特に逆らうこともなく二手に別れた。程なく接敵する両部隊の敵は想像を絶する強さを誇る。群を超える個を本当の意味で知る事になる。



「俺ハ……何ノ為ニ……」

 オルドは眼前で起こっている死を前に膝を折った。全てを投げ打ち、心臓を潰しても銀爪の為に立ち上がって城を出た。そこにあったのは女、子供等の非戦闘員と呼べるものの亡骸。
 それがアニマンや白の騎士団によるものなら守りきれなかった自分の不甲斐なさを呪い、その死に詫びよう。悲しい話だがその死は決して無駄にならない。人との戦争による死ならば、魔獣人一丸となって弔いの戦いに赴ける。

 ならばこれをどう見るべきか?
 これはどう見ても銀爪の爪痕。アニマンの軍がここぞとばかりに追い打ちを掛けようとしたあの戦争で見た攻撃の手法と全く同じ。
 国は土地そのものではなく、民がいて国となる。王は民の為に戦い、民はそれを信じてついて行く。だからこそ生半可な力では魔族の頂点に立つことは出来ない。何故なら強くなければ引っ張って行くことは出来ないし、何より戦う事の出来ない民を守らなければならないから。

 銀爪は……いや、リカルドJr.は全て逆の事を行なった。強かったが国を引っ張る事を放棄し、必要な時に居なくて、周りの意見は無視して、気に食わない者を殺す。クーデターが起こってからはオルドの助言もあって我慢していたのに、守るべき民を前にして守る事をせず殺してしまった。

 オルドは半身が潰れた鹿の女魔獣人の遺体を傷だらけの右手でそっと抱える。その魔獣人が身を投げ打ってまで守ろうとした布に包まれた赤ちゃんも、その衝撃の前に息絶えていた。もう二度と流すまいと決めた涙は真紅が混じり、既に赤く染め上がっていた遺体に落とした。怒りに震えた手は徐々にその震えを止めて、怒りに歪んだ顔をそのままに瞳が濁る。

 オルドはこの日この時息絶えた。恨み辛みと無念と怒りが混じった死んでも死ぬ事の出来ない壮絶な感情の只中で……。



 ジュリアは走る。
 この国に今ラルフが来ている。その事に気付いた彼女は兄に接触した後、一緒にラルフの元に行こうと考えた。ラルフがいるならミーシャも必然ここにいる。となればミーシャを味方につけて銀爪を殺す、または追い出すことも出来る。
 幸いミーシャの元々の領地であるグラジャラクから追いやられている現状もあるので、この国を治めてもらうのも良いかもしれない。
 あちらには安全地帯がないので、ここを拠点に動いてもらえば敵国に対する牽制にもなる。そうなれば古い文化や慣習、政治の改正も見込める。思いつく限りでも魔獣人たちの未来は明るい。二度と悲劇の起こらない国を作ることは亡き魔獣人たちの弔いでもある。

 ジャックスが待機していたはずの監視場所には姿形もない。兄も機を見計らって動き出したのだと悟る。臭いを辿ると城内へと続いていた。流石に手が早い。銀爪と翼人族バードとの戦いを見て城の占拠に向かったに違いない。ジュリアも血の臭いが蔓延する城に侵入を試みる。

「……オルド!!」

 城の入り口に満身創痍で膝をつくオルドが居た。入り口を塞いでいるように感じたジュリアはザッと構えるが、奇妙な違和感に気づく。

「?……死ンデル」

 その顔は憤怒に彩られて今にも動き出しそうな程生々しいが、動く気配はおろか、息遣いも瞬きも微塵もない。その胸には見事なまでにクッキリとついた拳の跡が見えた。心臓を狙った一撃は対一戦闘で用いる”疾風怒濤”を彷彿とさせる。それだけで誰が放ったのかは容易に想像できた。その技が撃てるのは開発した本人だけ。彼の戦士長を相手取ってジャックスが勝利を収めたのだ。ここにいないのは既に王の玉座の前にいるのだろう。

「兄サン!」

 ジュリアは嬉しくなって駆け出す。オルドの遺体をすり抜け、城内を疾走する。軽やかに進んでいたその足は徐々に速度を落とした。

(エ?……オカシイ……何デ?)

 ジュリアの鼻は兄の微かな臭いとむせ返るような濃度の血の臭いを同時に感じ取る。この血の量は以上だ。そして今になって気付いたが、床にはオルドが付けたであろう血の足跡があり、それ以外に見つからない。まるで元々傷ついたオルドが上から血を滴らせて下りてきたような……。

 その答えに行き着いた時、ジュリアの視界は歪んだ。廊下中に散乱するトラ柄の遺骸。激戦を思わせる凹みや砕けた後に混じる血痕。そして……

「兄……サン……?」

 壁にめり込む胴体が潰れた人狼ワーウルフ。オルドの心臓めがけて叩き込んだであろう右手は粉々に砕けて原型も残っていない。その顔は静かに虚空を見つめるように項垂れていた。

 ジャックスの疾風怒濤は完璧にオルドに入った。その反動で手は砕け、同時にジャックスの命も尽きる。死に体のオルドだったが最後に残った気力と魔力全てをジャックスに叩き込み、再度壁にめり込ませた。結果は相打ち。オルドは死んだ体を引きずり、精神だけで入り口に辿り着いたというのが事の真相だ。

 ほんの少し。ほんの少しだけこの城への侵入を我慢してくれれば生き残ったかもしれない命。ジュリアはジャックスの顔を触る。こんな風に兄を撫でたのは子供の時以来だ。大きくなるに連れてお互い恥ずかしくなって一定の距離を保っていた。こんなに男らしい硬い毛感触けざわりになっていたんだと改めて知る。

 兄のように強くなりたかった。兄のように強くありたかった。妹として最後の血縁者として誇らしかった。両親が生きていたらきっと自分と同じ気持ちだっただろう。「我ラノ家系デ一番ダ」と近所に触れ回っていたに違いない。
 兄のような男に出会っていたら、今頃子を成して幸せに暮らしていたかもしれない。こんな気持ちになるのは妹としても異性としても兄の事が好きだったのだ。

 兄の額に自分の額をつける。涙はまるで湧き水のように後から後からどんどん流れ出た。息も絶え絶えに、嗚咽しながら泣く。関わってきたものが壊れ、泡沫の夢のように消えていく。国も仲間も兄でさえも。寿命というには程遠い若い死だ。

 これを引き起こしたのは何だ?
 人間か?銀爪か?それとも世界か?

 あの洞窟でラルフとミーシャに未来を見た。魔族と人間が手を取り合う平和で垣根のない優しい世界。あの時点で既に心に決めていた。魔族や人間を超えた新しい世界をこの世代から始めようと。兄も国も巻き込んで素晴らしい国を作ろうと……。
 ジュリアの手はジャックスの口を開く。太くて丈夫な犬歯を握ると一本引き抜いた。これを形見に連れて行くのだ。既に貰ってネックレスにしていた牙と合わせて二本の牙を手に入れる。ジュリアは常に兄、ジャックスと共にある。

「……行キマショウ兄サン。未来へ……」



「やあ、ラルフ」

 ラルフ達の前に立ち塞がったのは黒いライダースーツのようなぴったりとした衣装を着込んだ男か女かも分からない中性の顔立ちをしたヒューマンだった。

「あれ?アンノウンじゃないか。こんなところで何してるんだ?」

「んー……君たちと別れた後、ここに派遣されたんだ。私は乗り気では無かったから手を出さなかったんだけどね」

 アンノウンは力を出したがらない。みんなを巻き込むほど強大な能力というのもあるかもしれないが、秘匿する事で守護者連中から牽制しているという節もある。敵が分からない以上、下手に能力をひけらかすのを危険と捉えているのだ。

「それで?何しに来たの?」

 ミーシャはアンノウンに質問する。答え如何によってはどうなるか分かったものではないが、そんな事どうでもいいようにさらっと答える。

「彼等と行動を共にしていてもまるで意味がないからね。私もそろそろ身の振り方を決めようと思って……丁度散策中に君たちに会えたのも何かの縁じゃないかな?」

 アンノウンは元よりラルフ達と行動したがっていた。それは先も言ったように意味がないから。エルフの所にいても帰る方法があるわけじゃないし、使われるばかりで疲れる。ラルフが帰る方法の近道を知ってそうだし、何よりどちらの方が有意義かと問われると断然こちらの方が面白そうだ。

「君の考えを尊重してもう少し我慢しようとも思ったんだけどね、つまらなくて死にそうだからさ……私を仲間に入れて欲しいんだけど……ダメ、かな?」
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