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第六章 戦争Ⅱ

第四話 まさかの……

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「アスロンさん!いや、まさか……貴方は死んだはず……だって俺が貴方をこの手で埋葬したんだから……」

 動力炉を見に行った三人はあり得ない存在と対面していた。死んだ筈の男、大賢者アスロン。最期を看取った二人は幽霊を見た様な驚きの表情でマジマジとその老人を見ている。

「うむ、その節は感謝に耐えん。ありがとうのぅブレイド……知っての通り儂は死んだ。しかしそれは一時の事よ。この魔槍マギーアインスに死ぬ直前の記憶を継承して今ここに顕現したのじゃ」

 裾から手を露出させてしわくちゃの手で自分を指差す。何を言っているのか分からず混乱するブレイドとアルル。それを側で見ていたベルフィアはたまらず声を上げた。

「いや待て。そもそもノ話、おどれは何じゃ?アルルノ血縁者であル事は確かな様じゃが、何処に居っタ?何故今こノタイミングで姿を現しタ?いきなり過ぎてついて行けぬぞ」

 アスロンはハッと今更気付いた様な素振りを見せてベルフィアの方を向く。

「これはこれは失礼した。儂の名はアスロン。この槍に巣食う亡者じゃよ」

 ポンポンッとアルルの槍を軽く叩いた。

「元の体では年的にも限界があったでな。孫もまだ幼かった故、心配でこのまま死ねんかった。そこでふと思いついたのが槍に魂を入れる方法じゃ。残念ながら思った様にいかず、儂は記憶の複製品に過ぎぬが、まぁ本質は変わらんじゃろうと今こうしてここにおる。……それと何でこのタイミングか、じゃったか?ズバリこの動力炉よ」

 今度は制御装置の脳ミソ部分を叩く。

「これほどの魔力ならば儂の体を構築する事も可能じゃから槍の記憶をさらに複製し、要塞の制御を儂の物にしたのじゃ。永久機関の魔力炉とは……魔族とは恐ろしいことを考えるが同時に感心したぞい」

 槍は柄の部分がくねりと曲がって、突き刺さった制御装置からの脱出を図る。程なくスポンと音が鳴りそうなほど見事に抜けて、いつも通りアルルの元に帰っていった。槍が離れたというのにアスロンの姿が消えていないという事は乗っ取ったのは間違いないらしい。

「恐ろしい、か……自身ノ記憶を槍に複製しといて良ぉ言えタノぅ……しかしそノ答えでは不十分じゃな。何ノ為に姿を現しタ?まさか寂しかっタとでもというつもりじゃなかろうな……?」

 その瞬間にヘラヘラしていた老人の顔はキッと渋くなった。

「……ベルフィアさん。あなた方の様子は槍の中から見させてもらってたが、このまま邁進するつもりなら必ずまた大きな壁にぶつかる事は明白。儂の孫とブレイドを預けるには少々怖いと思うての。いや、もちろんあなた方には感謝しておるが、昨今の動きはどうも危なっかしゅうて見とれんかった。老婆心ながら儂も旅に加わる事にしたぞい」

「ふはっ!面白い意見じゃな!ミーシャ様は史上最強ノ魔王であり、今や妾も肩を並べルほど強うなっタ。最早、爺ぃノ戯事なんぞに耳を貸す事はない。出てくルノが遅過ぎタノぅ、アスロンとやら」

 カカッと高笑いして見下すベルフィア。彼女の態度に怒ったり苛立ったりする何らかのアクションを期待していたが、アスロンは特に表情を変える事無くベルフィアを見据える。少し感心したベルフィアはその笑みを絶やす事なく言い放つ。

「しかしそちは死人とはいえ元はアルルノ血縁者。親族ノ前で出て行けとも言えんし、元ヨり妾に決定権など無い。敵になりヨうがないなら居ても構ワんが?そちらはどう思う?」

 聞かれたブレイドとアルルはポケーっとしていたが、ベルフィアの質問に我に返る。

「当然一緒に行きましょう!アスロンさんは最高峰の魔道士。必ず俺たちの助けになってくれます!」

「おじいちゃんが居てくれたら千人力だもん。また一緒に暮らせるなんて夢見たい!」

 二人とも嬉しそうに、そして力強く答える。少し強張っていたアスロンの顔は二人の返答に安心した様な柔らかい表情を見せた。

「ふっ……仕方ない、後でミーシャ様に報告すル」

 こうなる事は当然見えていたベルフィアはあっさり受け入れる。

「とりあえずアスロン。そちには制御装置ノ管理を任せヨう。そこに飛び込んだ以上、覚悟ノ上じゃろ?」

「勿論そのつもりじゃ。今やこの動力炉が儂の心臓じゃし、完璧に扱って見せるぞい」



「おいおい……こいつは一体どういう事だよ……」

 暇潰しに要塞内を探索していたラルフたちはチラッと見つけた鍛冶場でウィーの趣味に付き合っていた。そこで出来上がったラルフ専用のダガーに度肝を抜かれていた。

「凄い綺麗な仕上がりだよねー。ウィーにこんな才能があったなんて知らなかったよ。ゴブリンって実はみんな凄いのかな?」

 ミーシャはあっけらかんとしているが、これは無知故に仕方のないことだと言える。何故ならここまで完璧な刃物を打てるのはドワーフでも稀だからだ。ウィーもその誉め言葉に「えっへん」と胸を張る。

「……こいつはゴブリンソードの短剣バージョンだ……最高級品で取引されるドワーフが憧れる剣だぜ……?」

 ラルフはゴクリと唾を飲みながら表面を撫でたり、ひっくり返したりして確認している。

ゴブリンの友人ザガリガの話じゃ、ゴブリンたちの熱意と意欲が積み重なり、屑鉄の中で勝手に錬成される伝説を聞いたが……ウィーが産み出していたのか……いや、しかしウィーが作っていたとするなら時期が合わないものもあるし……これは一体……」

「単純にこのゴブリンの家系が鍛冶スキルを持っているだけでは?」

 横から口を挟んだイーファの言葉に妙に納得する。

「生まれ持った才能というわけか……。誰が作っているかを知られないようにする為に伝説という名のカバーストーリーを仕込むのは上手いやり方だ」

 しかしそうだとするなら疑問が残る。ザガリガのウィーに対する辛辣な態度だ。ゴブリンの丘が襲撃された時点でカバーストーリーを放棄してでもウィーを囲うべきであるし、ザガリガの放った言葉には敬意の一つも感じなかった。ゴブリンソードで一躍有名になった種族だというのにも関わらずだ。
 何人もいるから一人くらいいらないと見たか、嫉妬による破滅願望か。この場合は後者だろう。ブレイドの小屋の襲撃時、ザガリガのやられっぷりを見れば一目瞭然だ。となるとゴブリンの軍がウィーを殺そうとしたのは流出するくらいなら殺そうと考えたのが妥当な線だ。全て憶測の域を出ないが、いずれにしろザガリガが死んだ理由はウィーを放棄したというのが濃厚だろう。
 記念にお守りを作ってもらうつもりが、この要塞内にあるどんな武器より鋭利で芸術性の高いとんでもない短剣を作られるとは思いも寄らなかった。

「研ぎも完璧だ。これは貴族や王様に献上できる逸品だぜ……もし希少金属で作れば国が買える」

「へ~、凄いね!見た目扱いにくそうだけど」

「そうだな。まだ柄が付いてないから仕方ない」

 ラルフとミーシャが感心している他所でイーファが部屋の入り口近くにある棚を物色し始めた。戻ってくるとその手には小さな木片が二つ握られていた。

「これで柄を作れますわね。失敗しても一応備蓄はそれなりに御座いますので使って下さい」

 木片をチラリと見た後、イーファに視線を合わせる。

「良いのか?武器の一本や二本でも灰燼のものだからって気乗りしてなかったのに……」

 フッと自嘲気味に笑う。

「言っても聞かないじゃありませんか。腐らせるくらいならお使いいただいた方がマシです」

 ラルフはイーファから木片を受け取ると一つ頷いた。そのままウィーに刃の部分共々手渡しすると早速柄の作成に入る。

「な?俺たちのやり方に慣れるって言ったろ?」

「……これは諦めですわ」

 今さっきの柔らかい表情が一転してムッとした顔になる。まだまだラルフとの会話に慣れるには時間が掛かりそうだ。

「なになに?何の話?」

「俺達全員仲良くやれそうだなって話だよ」

 優しい雰囲気が流れた頃、突然ザザァ……とノイズが鳴り響く。その音にフッと上を向くと、ノイズが晴れてハッキリとした声になる。

『ザザ……あー、あー、テストテスト。聞こえるかの?ラルフ、ミーシャ、ウィーは今から大広間に集まってくれい。緊急を要する事でな、すぐに来てくれるのが望ましい。繰り返すぞ。ラルフ、ミーシャ……』

 館内放送だ。スピーカーもないのに流れているのは魔法による物だろうが、この音響は聞き慣れなくて困惑する。緊急との事だが、何のことかよく分からないし何より謎なのは

「……誰の声だ?」

 灰燼でもない、ベルフィアでもない、爺口調の老人の声。

「大広間ってのはあそこだな。先に見て回っといて正解だったぜ」

「イーファ、ウィーを頼むわ!私達は先に大広間に行くから!」

「は、はい。承知しました」

 緊急の用事とは何か、そしてこの声の主を突き止める為、何より別れたベルフィア、ブレイド、アルルの三人の無事の確認の為にミーシャとラルフは部屋から飛び出した。
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