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第六章 戦争Ⅱ

第一話 内と外

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 カサブリア王国キングダムの中心地、王の城が建つこの場所に多くの反逆者達が集い、つい先程、第四塔を堕とした魔獣人の一人が勝鬨を上げていた。

「オオォォッ!!!」

 その声に合わせて打倒銀爪を掲げる部隊が同じように声を張り上げる。この部隊の隊長である男は振り上げた腕を下ろして小さくため息を吐く。勝利の余韻とは違う失望のため息。
 左腕をガントレットで包み込み、左目を眼帯で覆った人狼ワーウルフ。その名はジャックス。

(国ノ崩壊、カ……ドウシテコンニ事ニ……)

「兄サン」

 少し物思いに耽っていたジャックスは妹のジュリアの声にハッと振り向く。

「シザーサンガ呼ンデルワ。……イヨイヨネ」

「……ソウダナ」

 ジュリアの言葉に一つ頷いてからオルドが居るであろう「クレータゲート」を見た。

(オルド戦士長……アナタトハ戦イタク無カッタ……)

 ジャックスは難しい顔をしながらジュリアについて行く。制圧したばかりの塔の内部はあちこち崩れたり、王の軍の連中を捕虜としてふん縛ってたりしている光景が目に飛び込んで来る。国の中で敵味方に別れて潰し合うなど、つい先日まではあり得ないと一笑に伏している。だが今となっては当たり前で、笑う方が糾弾される最悪の状況へと変貌していた。
 最も悲しいのは国の為に尽くしてきた自分が、シザーと共に”国家反逆軍リベリオン”の中心に立ち、積極的に国家転覆を実行しているという事だ。現在の王が愚王であり、国民の怒りを買ったことは変えようのない事実であるものの、それに便乗する形で裏切るなど不貞の極みであり、不義理だと叩かれても開き直るくらいしか逃げ道がない。

「……皮肉ナモノダ……我ラガミナゴロシニ返リ討チニ合ッタセイデ、結果的ニ稲妻ト竜巻ヲ壊滅サセテシマッタトイウノニ……コウシテ反乱ノ矢面ニ立ッテイルトハナ……」

 ふと、もしもの出来事を考えてしまう。人狼ワーウルフ部隊”牙狼”が鏖を抹殺し、この国の繁栄が約束された世界。
 稲妻も竜巻もいて、獣人族アニマンとの生存競争に勝ち、確かな安心安全で子々孫々受け継がれる夢の実現。そんな妄想に思い耽るジャックスに冷たい言葉が突き刺さる。

「遅カレ早カレコウナッテイタワ。リカルド様ハ立派ナ方ダッタケド、ソノ血ヲ受ケ継イダ筈ノ息子ガアレダカラ……出涸ラシトハ良ク言ッタモノヨネ。コレナラ兄サンノ方ガ上手ク国ヲ纏メラレルワヨ」

「オイ、言イ過ギダゾ。モウ少シ表現ヲ柔ラカク出来無イノカ?」

 ジュリアはムッとした顔で振り返る。

「私達ハ私達ニ出来ル精一杯ヲヤッタ。結果ハ散々ダッタケド、稲妻ヤ竜巻ノ事マデ責任ハ持テ無イワ」

 ジュリアの言っている事は正しい。ジャックスは原因の一端を極大解釈している節がある。牙狼の一件は鏖が復活していた時点で失敗は確定していたし、その後の展開も鏖が十全に動いている時点で部隊が全滅する事は想像に難くない。その全てが自分のせいだと思っている。それを雰囲気で理解しているからこそジュリアの毒舌が炸裂した。
 二人の間で沈黙が流れ、しばらくそのまま歩いていたが、影になった通路に入るとジュリアがこっそり話しかけた。

「……トコロデ兄サン、アノ事、考エテクレタ?」

 ジュリアが帰国した時、会って話された事を思い出した。要約すると鏖に組するという事。最初こそ正気を疑ったが、今となってはこの判断こそ最良の方法ではないかと思えた。全てが終わった後の逃げ道として丁度良い場所である。

「マダ……考エテイル……」

「チョット兄サン!……時間無イノヨ?私ホントハ、スグ戻ルツモリダッタノニ……!」

「ジュリア、ソウ慌テルナ。ドノ道コレガ終ワラナイト俺ハ何処ニモ行ケナイ。ソレニ例ノ連中ガ何時迄モソコニ居ル訳モアルマイ?全テ終ワッテカラ一緒ニ探ソウ」

 その言葉を聞いてジュリアは一瞬嬉しそうにした。一緒に探そうという事は一緒に来てくれるという事。血を分けた兄妹が離れ離れになるのはやはり感情的に嫌だったのだ。

「分カッタワ兄サン。……ソレジャ行キマショウカ。シザーサンガ待ッテルシ」



 カサブリア内部の争いが激化する中、外でも動きがあった。
 国の境界線に建てた人類側の監視塔内部で、黒い鎧をガシャガシャと五月蝿く鳴らして走り回る兵の姿があった。

「団長!カサブリアで紛争が激化しているようです!戦争を仕掛けるなら今で……す……」

 バンッと忙しなく慌てて入った兵士は部屋の中に居た人物達の視線に固まった。

「騒ガシイ……ソンナ事言ワレズトモ良ク分カッテオルワ。ゼアル、血気盛ンナノハ結構ナ事ダガ、部下ノ教育ハシッカリシテ貰ワント困ルナ」

 そこには上座に座る獣人族アニマンの王"獣王"と、大きな机を囲う白の騎士団の姿があった。

「た……たた、大変失礼致しました!!」

 兵士は直角に頭を下げた。

「バクス隊長、良い。顔を上げろ」

「……え、は?し、しかし……いえ、はいっ!」

 色々葛藤があったものの、バクスと呼ばれた巨漢は顔を上げた。ゼアルはふぅっとため息を吐いて獣王を見る。

「現在一刻を争う事態であり、戦局が変われば忙しなくなるのも無理からぬ事。感謝こそすれ、叱責はあんまりでは無いかと……」

「た、隊長……」

 バクスは自分の粗相を恥じつつゼアルに感謝の念を送っていた。獣王は王である自分に対して口答えするゼアルに苛立ちを見せた。それを見ていたアニマンの女性がゼアルに声を掛ける。

「ゼアルヨォ……アマリ調子ニ乗ルナィ。獣王様ニ対シテ失礼ダギャ」

 不思議な喋り方でゼアルに噛み付く。
 彼女の名はルールー。黒豹を模した彼女は頭頂部に近い場所にある耳をピコピコさせながらゼアルを睨みつける。前髪を切り揃え、耳を隠す程度のうなじが見える短めの黒髪は、濡れているようにつるんとしていて丸く光を反射する。日にこんがり焼けたような浅黒い肌に、ピッタリと張り付く扇情的でありながら動きやすい服装で申し訳程度に腰布を巻いた、この場にも戦場にも似つかわしくない格好の彼女はアニマンの誇る女戦士。白の騎士団が一人、”激烈”の名を冠する双剣の申し子。
 いつもならその腰布に隠すように”古代獣エンシェントビースト”の角から精製された自慢の双剣を佩いているのだが、獣王に剣を向けぬよう信頼する部下に預けてあるのでこの場には無い。

「オメェ如キ双剣ガ無クトモ、一撃デドウトデモナルデ?」

 黒々とした鍵爪がググッと押し出される。ヒューマンとアニマンでは生まれながらに身体能力に差がある。素手ではアニマンの方が圧倒的に有利。

「ケッ……馬鹿か手前ぇらは……んな事してる場合かよ……」

 そこにギザギザの歯を剥き出してヒューマンの大男が呆れる。

「フッ……そなたに正論を言われてはお終いよな」

 額に手を置くキザな格好で翼人族バードも鼻で笑った。大男は”狂戦士”ガノン。バードは”風神”のアロンツォ。西の大陸での一件から間を空けずの参戦である。

「ああっ?……こいつで捌くぞ、鳥……」

「やめておけ、彼我の差が分からぬ愚か者では余の矛の錆よ。いや?自滅の方が早いやもしれんな」

「……手前ぇ……丁寧に羽根毟って唐揚げにしてやろうか……?」

 ルールーとゼアルの争いより先にガノンとアロンツォの戦いが始まりそうな雰囲気に、逆に弛緩した空気が流れる。

「……オメェラ何ヤッテルンヨ?ワダシラ差シ置イテェ……獣王様ァ。突然爪バ剥イテ、マッコト失礼イダシマシタァ。コイヅラニ変ワッテ謝罪イダシマス」

 ルールーは率先して頭を下げてこの場を収めることにした。その対応に右手を上げて答えるとルールーは顔を上げた。

「良イ、ルールー。俺モ少シ短気ダッタ。ソコナ兵士ヨ、急ギノ報告ヲスルガ良イ」

「はっ!現在反乱分子と思われる魔獣人が二つの塔を破壊し、混戦が続いております!見た限りでは反乱分子の方が少し多いという観測がなされており、内乱は先の想定以上に大きいものであると結論付けました!魔獣人を根絶するなら今がその最大の好機と進言致します!」

「ナルホド、トナレバ放ッテ置イテモ瓦解スル事ハ目ニ見エテイルナ……チッ……結局マクマインノ掌カ……面白クネェ……」

 ポツリと漏らした言葉にバクスは感動する。(流石はマクマイン公爵!)と我が主を心で讃えていた。

「何じゃつまらん、戦は無しかいな。せっかく長旅してまでワシらはこの腕を振るいに来たんじゃぞい?」

 ヒューマンの半分ちょっとしか身長のない山小人ドワーフは身の丈より少し大きな斧を持ち替えて腕を組んだ。
 腹に届く赤茶けた立派な髭の先っぽを三つ編みに結ってお洒落な雰囲気を出している。牛の角を模した立派な兜はそれ自体が凶器となってギラついている。筋肉で横に太く、まるでプレス機に少し押しつぶされたかのような体躯は、誰もが相対したくなくなる程強そうに見える。そして実際強い。ドワーフの誇る白の騎士団が一人”嵐斧”の名を冠する男、名をアウルヴァング。

「……たく、聞いてねぇのかジジイ……こいつも言ってただろ?根絶するなら今だってよ……」

「……っつーと、つまりはやるっちゅー事か?ん~……んん?獣王よ、はっきりせい」

 アウルヴァングは少し混乱したのか獣王にせっつく。不敬な態度にルールーが牙を剥くが、獣王が手を上げて制した。

「勿論コノ機ニ乗ジテ我等モ参戦スル。タダ前回ソレデシクジッタ。銀爪ノ行方ガ未ダ分カラヌ以上、参戦ト同時ニ横合イカラ攻メ落トサレル危険性モアル。同ジ轍ヲ踏ム訳ニハイカン」

 アニマンもヒューマンなどと同様二人の最強がいる。ここにいる”激烈”と、前回銀爪に遅れをとった”剛撃”だ。剛撃は現在も意識不明。万が一の事があれば内乱を終えた後の脆弱な魔獣人に逆にアニマンが根絶される可能性もなくは無い。獣王が今一つ踏み切れないのはそういう訳があった。

「心配ない、銀爪は私が片付けよう。すぐ動けるように準備を……」

 名乗りを上げたのは”魔断”のゼアル。瓦解前の魔獣人の王に致命傷を与えたのは何を隠そうゼアルである。実績がある分、彼が言うと説得力が生まれる。

「おいゴラァ!シャシャんな!……魔王の首は俺のもんだ」

「バガ言ッチャナンネェ!剛撃ノアニサンノ仇ヲ見ス見ス譲ルワゲニャイガネェ!アノ首ハワダシンダァ!」

「喧嘩すなっ!こうなりゃ間を取ってワシが殺るわい!」

 ガノンの主張を皮切りにギャーギャーと銀爪の首を取る権利を主張し合う。獣王の目の前だというのに不敬極まりないが、王という立場とて種族が違えば信条も様々な白の騎士団を同じ方向に向かせるのは骨が折れるという事だ。
 それを壁の隅で初めて白の騎士団の集まりに参加した”光弓”の後釜、エルフのハンターはしらーっとした目で眺めていた。

「大変だったろうなぁ……アイザックさん……」

 亡き弓兵の事を思い出しながら黄昏ていた。結局、そのチャンスがあったものが一番乗りを飾れるという事になり、そうなったら恨みっこ無しという線で銀爪の首については話が纏る。その決定にアロンツォは呆れて呟く。

「……全く、幼稚な連中よ」
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