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第五章 戦争
第三十三話 真相心理
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何もない真っ暗な空間。トボトボと歩くベルフィア。何を考えるでもなくただボーッと進む。しばらく歩くと光が見えた。小さな蝋燭に点いたような火の光。少し立ち止まって眺めていたが、おもむろに光に向かって歩き出した。
そこにいたのは焚き火をしている小さな頃の自分だった。何か嫌な事があればこうして森の奥の秘密の場所にやって来て、暇潰しに焚き火に耽ったものだ。
幼いベルフィアは何もかもが小さく、この空間には似つかわしくないほど可愛らしい。その小さな背中から顔を見る為に焚き火を来るっと回り込む。小さなベルフィアの前に座るが、当の彼女はまったく意に介する事なく、右側に積み上がった小枝をポイッと投げて火を絶やさない。
「……そちはここで何をしておル?」
ベルフィアは幼い自分に語り掛ける。幼い自分は焚き火から目を離してベルフィアを見据える。
『何もしておらん。火を見とルだけじゃ……。おぬしは何をしておル?』
「さぁノぅ……こノ暗い空間に一人は寂しゅうて、光が見えたから寄って見タんじゃ……」
火を見つめて火の粉が散るのを観察する。
『……寂しゅうノうなっタかい?』
「ふふっ……いや、もっと寂しゅうなっタ。何ゆえ昔ノ自分と対話せねばならんノじゃ、とな……馬鹿馬鹿しゅうて笑ってしもうタワ」
小さなベルフィアはそれを聞いて俯く。焚き火に目を落とすと何も言わずに小枝を投げた。
「時に小さき妾。ここに一人で居ルノは何でなんじゃ?」
フンッと皮肉交じりに鼻で笑う。
『それはわらわノセリフじゃノぅ。おぬしはあノ日あノ時、何故誰も連れずにここに居っタんじゃ?』
幼い顔に嫌な笑みが張り付き、詰るようにベルフィアを見る。同胞が生きていたあの頃、誰からも必要とされず、唯一出来そうな事は子を産み増やす製造機になる事。それすら蹴って見放され、一人になった。ただ一人の吸血鬼として認めて欲しかった。それだけなのに。
パチッ
一瞬呆けていて意識が別に向いていたが、焚き火の火花で呼び戻される。ふと幼い自分を見ると、そこに座っていたのは母だった。
「は……母、上?」
『……ほんに、そちは役に立タん愚か者ヨ……何故我が細胞からこノ様な弱者が誕生しタノか……』
その言葉に下唇を噛む。何も言い返す事が出来ない。凛とした母の真後ろにスッと足が現れる。その足を追って上に向くと男性型吸血鬼が立っている。貴族のように小綺麗で端正な顔立ち、黒いマントを羽織った見るからに偉そうな立ち姿。
「……父上……」
母と共に一族を牽引した族長。誰より賢く、誰より身体能力の高かった父。最初こそ期待を一身に掛けてくれた父だが、途中から完全にベルフィアとの関係を断って自分の仕事に専念した。母は生みの親としてなのか一応構ってくれたが、父に至ってはベルフィアを最初から無いものとして放っておいて見る事すらしなかった。よく注意すらされなくなったら終わりと聞くがその通りだ。同じ里に居て透明人間になった様な違和感を覚えたものだ。
「父上、妾は……!」
『貴様は吸血鬼にふさわしくない。我らと共には歩めぬ。我ら血族ノ名誉ノ為、潔く消えて無くなルが良い』
言いたい事を言ったという風にマントを翻し、暗闇に消えた。反論の余地も与えない。父は能力の無い者にはこうだった。最早会話する権利すら与えられない。困惑して母を見るが、何も言う事なくスッと立ち上がった。
「は、母上……」
『族長ノ命じゃ。死ね、ベルフィア』
その言葉を残して母も暗闇に消えていった。
「そうじゃ……妾はこノ世に居ってはならん存在なノじゃ……あノ時、ミーシャ様に滅ぼされていれば……」
俯いて涙が溢れそうになる。一族から疎まれ、両親から死を望まれる。誰より才能の無かった自分が生き残れたのは、単に運が良かった。ただそれだけの事。
ふと気配が目の前に現れる。その者は積み上げられた小枝を火に焼べる。顔を上げたベルフィアの目に飛び込んできたのは草臥れたハットの男。
「……そち……」
「何だよ、らしくねーな。俯いちまって……俺が来たのも分からなかったか?」
バッと顔を隠す。溢れた涙を急いで拭う。
「……今のお前に夜番は任せられねーな。何なら俺が代わってやるよ?」
「ふ、ふんっ!おどれはいつもそうじゃ!何故肝心な時におどれが出てくルんじゃ!!」
「さぁな」
ラルフはハットを被り直して小枝で焚き火をつつく。ベルフィアは泣きそうになるのを我慢して鼻を啜ると、手を退けてラルフを見据える。その顔はリラックスした優しい顔で焚き火を眺めていた。
「……そちはここで何をしておル?」
「何って?助けに来たんだよ。ははっ、お前も世話の掛かる奴だよな」
「そちに言ワれとうはないが……残念じゃノぅ、妾はもう……」
ベルフィアは俯く。もう終わったような諦めた顔をして……。
「まだ行けるだろ?お前はまだ死んじゃいないんだからよ」
ベルフィアはフッと自嘲気味に笑う。
「……いや、妾はもう駄目じゃ。心ノ臓腑を取られては再生も何も出来んノじゃヨ。核だけは取られてはならんと散々言ワれてきタノに……タっタ一つノ事もまともに出来んとは惨めなもノじゃノぅ……」
「……そうだな。確かに奴に大事なものを奪われた。でもまだ奪われて無いものもあるだろ?」
ラルフは全部分かったような風で投げ掛ける。ベルフィアはその訝しい顔を上げた。
「……何ノ事じゃ?核以上に大事なもノなんぞ……」
「あるよ。そいつは夢だ」
「夢じゃと?ふふふっ……何とも可愛らしいことを言いヨるワ。妾ノ心ノ臓腑に比べれば夢など塵に等しい」
「どうかな。お前は俺の血を心ゆくまで飲むんだろ?それが夢だったはずだ。忘れたのか?」
「そういえばそんな話したノぅ……いや、こうなっては無理じゃろ……」
ベルフィアの弱気なセリフにラルフはお手上げのポーズで呆れたとジェスチャーを見せる。
「意地と矜持はどこに行った?儚い夢を追うならば必要だと言ったのはお前じゃねーか」
その言葉に違和感を覚える。
「……そちにそノ話をしタ覚えはないが……」
「ああ、そうだ。お前の記憶通り俺本人には話しちゃないさ。なら知ってる俺は誰だって?俺はお前の記憶の住人だよ」
ラルフは立ち上がる。踵を返すと暗闇に一歩踏み出した。
「待て、行くな!妾を一人にすルな!」
その必死の叫びにピタッと立ち止まる。
「何処にも行かないよ。俺はお前の記憶の住人だぜ?それにお前は一人じゃない。俺を含めて五人、お前の帰りを待ってる。さぁ、立って」
ベルフィアはその言葉に立ち上がる。ラルフはベルフィアに手を差し出した。ベルフィアは焚き火を避けてラルフの側に立つ。それを確認したラルフは暗闇に向かって歩き出す。その背中を追って焚き火を離れた。
少し歩いて何かの視線に気付き振り返る。焚き火を背に両親が立っていた。いつもの険しい顔は鳴りを潜め、少し優しい表情に見える。その両親の間には幼い自分が立っていた。幼い自分は手を振ってベルフィアを見送る。それを見た彼女の目に一筋の涙が流れた。
「どうした?」
「何でもない」
ベルフィアは清々しい顔でラルフに向き直る。もう振り返らない。自分の帰るべき場所は記憶の底ではない。記憶のラルフに連れられて暗い暗い空間を歩く。ラルフが妙に光って見えるのは気のせいではないだろう。夜光虫のように自ら光っている。
「……ここいらでいいか?」
ラルフが立ち止まる。ベルフィアは周りを見渡すが辺り一面真っ暗な何も無い空間だ。ラルフが振り返り、手を広げる。
「さぁ、ベルフィア。俺の首に噛み付け」
「は?何を言うとル?」
困惑を隠せないベルフィア。
「お前の夢を叶えろ。それがここから出る第一歩だ」
「し、しかし……」
「躊躇うなよ……一思いに、さぁ!」
いざ「吸え」と言われると引いてしまう。だが出るにはこれが必要だという。気こそ乗らなかったが半信半疑でラルフの首筋に噛みついた。ラルフの血は栄養の片寄った淡白な、それでいて好みの味だったのを思い出した。
そこにいたのは焚き火をしている小さな頃の自分だった。何か嫌な事があればこうして森の奥の秘密の場所にやって来て、暇潰しに焚き火に耽ったものだ。
幼いベルフィアは何もかもが小さく、この空間には似つかわしくないほど可愛らしい。その小さな背中から顔を見る為に焚き火を来るっと回り込む。小さなベルフィアの前に座るが、当の彼女はまったく意に介する事なく、右側に積み上がった小枝をポイッと投げて火を絶やさない。
「……そちはここで何をしておル?」
ベルフィアは幼い自分に語り掛ける。幼い自分は焚き火から目を離してベルフィアを見据える。
『何もしておらん。火を見とルだけじゃ……。おぬしは何をしておル?』
「さぁノぅ……こノ暗い空間に一人は寂しゅうて、光が見えたから寄って見タんじゃ……」
火を見つめて火の粉が散るのを観察する。
『……寂しゅうノうなっタかい?』
「ふふっ……いや、もっと寂しゅうなっタ。何ゆえ昔ノ自分と対話せねばならんノじゃ、とな……馬鹿馬鹿しゅうて笑ってしもうタワ」
小さなベルフィアはそれを聞いて俯く。焚き火に目を落とすと何も言わずに小枝を投げた。
「時に小さき妾。ここに一人で居ルノは何でなんじゃ?」
フンッと皮肉交じりに鼻で笑う。
『それはわらわノセリフじゃノぅ。おぬしはあノ日あノ時、何故誰も連れずにここに居っタんじゃ?』
幼い顔に嫌な笑みが張り付き、詰るようにベルフィアを見る。同胞が生きていたあの頃、誰からも必要とされず、唯一出来そうな事は子を産み増やす製造機になる事。それすら蹴って見放され、一人になった。ただ一人の吸血鬼として認めて欲しかった。それだけなのに。
パチッ
一瞬呆けていて意識が別に向いていたが、焚き火の火花で呼び戻される。ふと幼い自分を見ると、そこに座っていたのは母だった。
「は……母、上?」
『……ほんに、そちは役に立タん愚か者ヨ……何故我が細胞からこノ様な弱者が誕生しタノか……』
その言葉に下唇を噛む。何も言い返す事が出来ない。凛とした母の真後ろにスッと足が現れる。その足を追って上に向くと男性型吸血鬼が立っている。貴族のように小綺麗で端正な顔立ち、黒いマントを羽織った見るからに偉そうな立ち姿。
「……父上……」
母と共に一族を牽引した族長。誰より賢く、誰より身体能力の高かった父。最初こそ期待を一身に掛けてくれた父だが、途中から完全にベルフィアとの関係を断って自分の仕事に専念した。母は生みの親としてなのか一応構ってくれたが、父に至ってはベルフィアを最初から無いものとして放っておいて見る事すらしなかった。よく注意すらされなくなったら終わりと聞くがその通りだ。同じ里に居て透明人間になった様な違和感を覚えたものだ。
「父上、妾は……!」
『貴様は吸血鬼にふさわしくない。我らと共には歩めぬ。我ら血族ノ名誉ノ為、潔く消えて無くなルが良い』
言いたい事を言ったという風にマントを翻し、暗闇に消えた。反論の余地も与えない。父は能力の無い者にはこうだった。最早会話する権利すら与えられない。困惑して母を見るが、何も言う事なくスッと立ち上がった。
「は、母上……」
『族長ノ命じゃ。死ね、ベルフィア』
その言葉を残して母も暗闇に消えていった。
「そうじゃ……妾はこノ世に居ってはならん存在なノじゃ……あノ時、ミーシャ様に滅ぼされていれば……」
俯いて涙が溢れそうになる。一族から疎まれ、両親から死を望まれる。誰より才能の無かった自分が生き残れたのは、単に運が良かった。ただそれだけの事。
ふと気配が目の前に現れる。その者は積み上げられた小枝を火に焼べる。顔を上げたベルフィアの目に飛び込んできたのは草臥れたハットの男。
「……そち……」
「何だよ、らしくねーな。俯いちまって……俺が来たのも分からなかったか?」
バッと顔を隠す。溢れた涙を急いで拭う。
「……今のお前に夜番は任せられねーな。何なら俺が代わってやるよ?」
「ふ、ふんっ!おどれはいつもそうじゃ!何故肝心な時におどれが出てくルんじゃ!!」
「さぁな」
ラルフはハットを被り直して小枝で焚き火をつつく。ベルフィアは泣きそうになるのを我慢して鼻を啜ると、手を退けてラルフを見据える。その顔はリラックスした優しい顔で焚き火を眺めていた。
「……そちはここで何をしておル?」
「何って?助けに来たんだよ。ははっ、お前も世話の掛かる奴だよな」
「そちに言ワれとうはないが……残念じゃノぅ、妾はもう……」
ベルフィアは俯く。もう終わったような諦めた顔をして……。
「まだ行けるだろ?お前はまだ死んじゃいないんだからよ」
ベルフィアはフッと自嘲気味に笑う。
「……いや、妾はもう駄目じゃ。心ノ臓腑を取られては再生も何も出来んノじゃヨ。核だけは取られてはならんと散々言ワれてきタノに……タっタ一つノ事もまともに出来んとは惨めなもノじゃノぅ……」
「……そうだな。確かに奴に大事なものを奪われた。でもまだ奪われて無いものもあるだろ?」
ラルフは全部分かったような風で投げ掛ける。ベルフィアはその訝しい顔を上げた。
「……何ノ事じゃ?核以上に大事なもノなんぞ……」
「あるよ。そいつは夢だ」
「夢じゃと?ふふふっ……何とも可愛らしいことを言いヨるワ。妾ノ心ノ臓腑に比べれば夢など塵に等しい」
「どうかな。お前は俺の血を心ゆくまで飲むんだろ?それが夢だったはずだ。忘れたのか?」
「そういえばそんな話したノぅ……いや、こうなっては無理じゃろ……」
ベルフィアの弱気なセリフにラルフはお手上げのポーズで呆れたとジェスチャーを見せる。
「意地と矜持はどこに行った?儚い夢を追うならば必要だと言ったのはお前じゃねーか」
その言葉に違和感を覚える。
「……そちにそノ話をしタ覚えはないが……」
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ベルフィアはその言葉に立ち上がる。ラルフはベルフィアに手を差し出した。ベルフィアは焚き火を避けてラルフの側に立つ。それを確認したラルフは暗闇に向かって歩き出す。その背中を追って焚き火を離れた。
少し歩いて何かの視線に気付き振り返る。焚き火を背に両親が立っていた。いつもの険しい顔は鳴りを潜め、少し優しい表情に見える。その両親の間には幼い自分が立っていた。幼い自分は手を振ってベルフィアを見送る。それを見た彼女の目に一筋の涙が流れた。
「どうした?」
「何でもない」
ベルフィアは清々しい顔でラルフに向き直る。もう振り返らない。自分の帰るべき場所は記憶の底ではない。記憶のラルフに連れられて暗い暗い空間を歩く。ラルフが妙に光って見えるのは気のせいではないだろう。夜光虫のように自ら光っている。
「……ここいらでいいか?」
ラルフが立ち止まる。ベルフィアは周りを見渡すが辺り一面真っ暗な何も無い空間だ。ラルフが振り返り、手を広げる。
「さぁ、ベルフィア。俺の首に噛み付け」
「は?何を言うとル?」
困惑を隠せないベルフィア。
「お前の夢を叶えろ。それがここから出る第一歩だ」
「し、しかし……」
「躊躇うなよ……一思いに、さぁ!」
いざ「吸え」と言われると引いてしまう。だが出るにはこれが必要だという。気こそ乗らなかったが半信半疑でラルフの首筋に噛みついた。ラルフの血は栄養の片寄った淡白な、それでいて好みの味だったのを思い出した。
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