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第四章 崩壊

エピローグ

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「不甲斐ないですね。何のために待ち伏せまでしたのか……紫炎様もやはりこの程度でしたか……」

イミーナがぺルタルクに戻ると蒼玉そうぎょくからの突き上げが待っていた。銀爪ぎんそうも一応ぺルタルクに戻ってきたが、この部屋には通していない。別の応接間にて女中たちに相手をさせている。黒影には声をかけたが、遠慮された挙句、とっとと国に帰ってしまった。

「貴女には期待していたのですが、この程度では何のために魔王にしたのか分かりませんねぇ」

イミーナの目は見ない。青く塗った爪の出来を見ながら関心もなく冷淡に話す。イミーナは右腕の傷を抑えながら苦々しくバツが悪そうに俯く。ふと爪から目を離し、イミーナの方に目を向けた。

「まぁいいでしょう。あの子に対してこの程度の傷でよくぞ戻れたと褒めるべきでしょうし、現地にいなかった私が叱責するのは卑怯というものでしょう……」

イミーナはジロッと睨みつけるように蒼玉を見る。なら最初から言うなと言いたいような目だが機嫌を損なうような真似は出来ない。すぐに視線を下に向け、頭を下げる。

「……面目次第もありません」

「やはり特異能力のないような魔王が上に立つのは間違っていますね。紫炎様は亡くなられたので、群青様、銀爪様等には早々に降りてもらう事も視野に入れないと……」

ただの世間話程度に気軽に話す蒼玉にイミーナは苛立ちの顔を向ける。

「あの……できればすぐにでもこの手をどうにかしていただきたく思うのですが……。それは叶いませんか?」

消し去られた右腕を前に出し、蒼玉に差し出す。それに対して、今気づいた様にとぼけた顔を見せた。

「ああ、これは失礼しました。そのままでは役に立ちませんからね。それでは……」

蒼玉はイミーナの消滅した右腕に手をかざす。魔力が集束し、イミーナの消えた右腕の周りに魔方陣が囲うように現れる。暫くすると焼けるような痛みが走る。

「うっ……ぁぁあああっ……!!」

ジュウゥゥッと肉が焼けるような音が鳴り、イミーナの腕が徐々に元の形を取り戻していく。右手の中指の爪の先まで再生しきると、魔方陣は消えてなくなった。

「ハァ……ハァ……」

脂汗をかきながら髪を振り乱し、腕の感覚を握ったり開いたりしながら確認する。

蒼玉は治ったのを確認すると手を下ろして腕を組む。

「お疲れさまでした。次回の活躍を期待してますね」

「ハァ……これが、復元魔法……ですか……」

イミーナは疲れた顔でニヤリと笑う。蒼玉は得意気に鼻を鳴らし、にっこり笑う。

「在りし日の時間を遡る事の出来る魔法です。とはいえ、かなり限定的ですがね……」

蒼玉はすぐそばに活けられた花を一つ毟って握り潰す。手を開くと何事も無かったように花は、一番輝いていた満開の時期にまで戻り、その美しい花を彼女の手の中で咲かせて見せた。

「私がいる以上、欠損しても治すことは可能です。死ななければ何とでもなると思って積極的に動いて下さいね」

その満開の花を毟った茎に戻し、パッと離すと満開の時期のまま花は蘇った。

回復魔法、そして回復剤は傷や状態異常を治す事は出来ても、失くなったものを生やすような事は出来ない。回復魔法の上位互換と呼べる能力。蒼玉にしか使えない唯一無二の能力。

「感謝いたします……蒼玉様」

イミーナはにこりと笑って一礼する。顔を見られないように深々と頭を下げると奥歯を噛み締めた。

魔王になり肩を並べたまでは計画通りだが、未だに対等という立ち位置には立てていない。その事にも腹を立てる。ミーシャさえいなければ、そして、ラルフさえいなければ、もっと良い結果になっていたに違いない。

(復元魔法……これさえ手に入れば……私は……)

開発やオマージュなど、魔法に関する知識は山のようにある。しかし、復元魔法は別ベクトルの力が働いていると言わざるを得ない。

(復元魔法は今のところは無理か……しかし、人類の回復剤は必須。治す手だてがあるのと無いのでは違うから……。開発を急がせねば……)

人類との協定もある。そのお陰もあって技術が追い付いている事を感じる。他の魔王達の領土は旧体制のカビの生えたようなルールに縛られ、さらに傲慢がゆえ、魔族独自の技術開発はある時期を境に失くなったも同然。せめて自分だけでもと、グラジャラクで長年研究していた。いずれ来る自分の世界の為に……。

――――――――――――――――――――――――

「あり得ませんよ!!何考えているのですか?!」

守護者ガーディアンの供回りを勤めるエルフ達は声を荒らげて抗議する。グレースが勝手に提案したことに食い付き、ラルフ達の中で勝手に話が進んでいった感じだ。魔王がどこより安全な故郷に、しかも侵入を手引きしようという。それをもう決まった事のように後から聞かされたのだから反発は当然だ。

「そう大声を出さないでよ。魔王に聴かれたら大変だよ?」

ハンターは困った顔でなだめようとするが、そんなことは不可能だ。だが、エルフもバカではない。声を落として叱責する。

「……これは重大な反逆行為です。いくらハンターさんと言えど、限度がありますよ?我らは断固として反対します」

供回りの隊長は毅然とした態度でハンターに言って聞かせる。

「じゃ、どうするの?魔王は天樹の事を知ってしまった。もし、案内しないなら殺されるんだけど……それは良いの?」

ハンターは調子を崩さず飄々と言ってのける。

「……それは……天樹の事を口にした彼女に責任が……」

それを聞いたハンターの目に冷たい輝きがキラリと光る。

「確かにグレースは一言余計だったと思うよ?そのせいでこんな面倒な事になったしね……」

その台詞にハンターも同じ気持ちであると判断し、ほっと安堵する。ハンターは一拍置いてまた話し始めた。

「でもそういう言い方はないんじゃないかな?グレースだって……」と熱くなって同胞の考えを否定しようとしている。ハンターがまさか庇うと思ってなかったので同胞も慌て始めた。そこへ……。

「まぁ待ちなよハンターさん。話は聞かせてもらったぜ」

草臥れたハットの男が話しかけた。

「何だお前は!?部外者が口を挟むな!」

供回りのエルフはカンカンに怒っている。それを遮ったのはハンターだ。

「えっと……ラルフさん……だったっけ?何か妙案でもあるのかな?」

「ラルフで良い。そこのエルフに聞きたいんだが、仮にこのままエルフの里に入れたとすればどれ程の罪になるんだ?」

「それはもう我らは全員が反逆者として処刑される。しかし、脅されて仕方なくという事と、反対はしたがグレースさんが積極的に加担したという事にして、彼女が全ての咎を負えば、我らの命は助かるかと……」

エルフはハンターを伺うような目で盗み見る。

「なるほど……あんたの言う責任とは彼女の命で贖うという事か。理解した。まぁそれぐらいしか助かる道は無さそうだな」

ハンターはその言葉に反応し、眉間にしわを寄せて不快感を表す。ラルフはハンターの感情を無視して少し考えた素振りを見せるが、「うん」と一つ頷くと向き直る。

「ところで守護者あいつらの使命はなんだったかな?」

唐突の質問に不思議な表情を見せる。

「彼らは”みなごろし”を殺すために召喚された者達であり、我らエルフの護り手だ」

「そうか、じゃあ今のあんたらの仕事は何だ?」

「は?それはもちろん守護者ガーディアンの供回りを……」

そこでハンターはハッと気づく。

「……という事はつまり反逆者の僕達と憎き魔王一行と一緒に帰るって事?君達は守護者ガーディアンとこのまま国に帰ったら駄目じゃないか?……君らと守護者ガーディアンの立ち位置は法的にどうなるんだい?」

「そ、それは……」

当然反逆者だ。エルフの危害を無くすため、魔王を倒すために守護者ガーディアンを投入したはずなのに、鏖と戦わず帰国。あまつさえ魔王の侵入を許せば、たちまち世界の敵だ。

グレースは口を滑らせた程度の事だが、こと自分達に置き換えれば処刑どころではない。子々孫々、末代に至るまで裏切りのレッテルを貼られる。

最悪、親族共々処刑されることもあり得る。自分達の命一つで贖えるならそうしたいくらいに罪の度合が変化した。もうこれは個人単位の問題ではない。ラルフはこれ好機と笑う。

「なるほど、なるほど……つまりこのまま一緒に帰らなきゃいいわけだ。そこで君達に提案がある」

「何を……ヒューマンの、まして魔王の手下の話なんぞ……」

「まぁ聞け、要はこの事を聞かなかった事にすればいいだけの話だ。俺達は天樹に関する情報を持っていて、エルフの里に行くことに決めた。でもその頃あんたらは見当違いの所を探していた。これでスッキリするだろ?」

最初から出会ってなかったことにすれば考える事など何もない。しらばくれれば良いのだ。グレースの失態もエルフの仲違いも存在しない。魔王が気まぐれにエルフェニアに行くだけだ。

「出来るわけないだろう!我らに国を裏切れというのか!?」

理屈は分かるが感情的に容認出来ない。出来るわけがない。

「いやぁ……別に良いんだぜ?こっちにはあんたらの最終目標の魔王がいる。戦力だって強いのもゴロゴロ連れてるわけだし?魔王を殺せば一件落着だ。でも勝てんのか?俺程度なら簡単に殺せるんだろうが他はどうするつもりだ?ん?」

それを言われると辛いものがある。正直な所、正攻法では守護者ガーディアンじゃ勝てないだろう。赤いドレスの魔王に対しても出て行く事の出来なかった臆病者たちに鏖を倒せるとは到底思えない。この男は魔王の傘に隠れて物を言ってくるが、言っている事は正論である。

しかも、守護者ガーディアン守護者ガーディアンだが、魔王と戦わせようとすらしない供回りなど、何の為に側にいるのか理解しかねる。こうして話し合いに興じているだけで犯罪なのだ。今更裏切りがどうのこうのは片腹痛い。

それを踏まえた上で、ラルフの言っている事が自分達を救う唯一の方法だと気付く。

「……どうすれば良い?」

絞り出した声で何とか口から出た。ラルフはそれを聞き逃さない。

「ここからひたすら東を目指せ。山を二つ越えた先の森にそびえ立つ城が見える。その城を南に降りれば町があるからそこに行くんだ。町名はアルパザ。ああ、それと黒曜騎士団も一緒に連れて行ってくれ。正直一緒に居たくないからな」

「アルパザ?」

「そうだ。そこで一日過ごして魔王に会えなかったことを伝令して国に戻るんだ。俺達はその間エルフの里に到着して、天樹で事を済ます。これで一件落着だ」

アルパザまでは遠い。しかし山の一つは消し飛んだ為、そう時間はかからない。だからこそアルパザで一日過ごす事の提案。二、三日そこに居たら時間をかけすぎている事になる。逆に怪しまれる事を見越しての事だ。”いない”という伝令が届く頃にはラルフたちは里から離れている。それが届いた時、エルフの王は憤慨する。「当たり前だ!!ここにいたのだから!!」と。

「あ、肝心な事を忘れてたぜ」

ラルフは神妙に聞くエルフたちの顔を見て思い出した事がある。

「エルフの里はどこにあんの?」

致命的な所だ。案内を頼んでいる事から気付くべきだが、一部の人間にしか伝わっていないのにラルフごときが知るわけもない。ハッと気づいたエルフたちはここから交渉に移れないか精査し始める。

「ま、いいや。グレースさんを借りてくね」

これにはハンターが背中に提げた弓を取り出した。

「容認しかねる」

殺気だった顔で睨んでくる。

「じゃ、あんたも来いよ」

その時のハンターの顔はきょとんとした間抜け顔だった。

「さっきグレースさんが口を滑らせたけど、その罪を自分も背負うって感じだったし行けるだろ?ほら、”反逆者の僕達”って……」

言質を取られたとはこの時に使うのだろうか。別に後悔はしていないが。ハンターはフッと笑った。

「……僕の負けだね。案内するよ」

「ハンターさん……」

白の騎士団への加入も考慮に入れられる程に有能なエルフが反逆者に代わる。グレースを盾にされたとはいえ、これを覆せる言い分を同胞は持ち合わせていない。ハンターの決意に俯くしかなかった。

「男に二言はない、か。流石だな。それじゃまずは自己紹介から始めようぜ」

ここでラルフ達と守護者ガーディアン一行は今回の一件を内密にするという条件の下、二手に分かれた。黒曜騎士団の猛反発があったが、ミーシャやブレイド、ハンターまでも加わって全力で脅しをかけた結果引き下がった。渋々だが守護者ガーディアンとアルパザに逆戻りする羽目になった。

ラルフはアンノウンの元に行く。

「しばらくのお別れだ。まぁ寂しくなったらいつでも来いよ」

「フッ……近々また会おう、ラルフ。元の世界への帰還にしか興味がなかったが、お前にも興味がわいた。またゆっくり話をしよう」

「ああ」

二人は少し見つめ合って、アンノウンから視線を切った。踵を返して守護者ガーディアンたちの所へ行く。

「ちょっとラルフ。あいつと妙に親しいじゃない?」

ミーシャはぷっと頬を膨らませてラルフの背後に立つ。

「うおっ……ビックリした……そう見えたか?まぁいろんなコネは持っとくもんだぜ」

ミーシャの側に行くと肩をポンと叩いた。

「とにかくベルフィアを何とかしないとな。つか天樹は本当に大丈夫なのか?」

「絶対じゃないけど、賭ける価値はあると思う。灰燼かいじんはどこを徘徊しているかも分からない老人だし、蒼玉が知っていても、古い知識の可能性もあるもの。だからバシッと新情報で特定してやりましょ」

フンッと鼻から勢いよく息を噴射する。

個人で行動して来た時がどれだけ楽だったか思い出す。自分の事しか考えず、自分の事が出来ていれば万事解決していたあの時を。

今は全く違う。チームの事を考えなきゃいけないし、チームの一人がいなくなれば探さなきゃならない。面倒な事だ。それが何か仕方がない事で別れたらそれは諦める。なるべくして別れたのだから。

でも今回は違う。一方的に攫われたのだ。嫌がる女を無理やり攫ったのだ。到底許される事ではない。それが例え生き物の頂点捕食者で死ぬ事も難しい吸血鬼だとしても、加入直後は出来ればいなくなって欲しいと思った輩だったのにだ。一人でも欠けると気分が悪い。

「ああ、分からせてやろうぜ。俺達のメンバーに手を出す事の恐ろしさって奴をな……」
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