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第四章 崩壊

第三十三話 戦力

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三対一。

傍から見れば完全に不利だが、実際は違う。三柱が揃って始めていい勝負となる。ミーシャはそれだけ強い。彼女は右手首を回しコキリと骨を鳴らすと手を開いて魔力を溜め始めた。

「本気なんだな?本気で敵対するんだな?」

紫炎しえんは何度も尋ねる。仲間として迎え入れる準備は出来ているし、もし執着がないなら魔王の座をイミーナに正式に委譲しグラジャラクを捨てればいいと思っている。ミーシャが魔王を放棄するなら灼赤しゃっか大陸にて匿う事も考慮の内だ。裏切り者たちの組織や国に固執する事は無い。

「……くどい」

そんな紫炎の気持ちなど察しようとすらしないミーシャは、説得にかかる紫炎を真っ先に攻撃した。灰燼かいじんの部下を一瞬にして消し炭に変えた光の柱を撃つ。両腕を目の前で交差させることで受け止めると、ガキィッと鋼鉄同士をぶつけた音が鳴り響き、紫炎を3m程後退させる。地面には踏ん張って地面の掘り返された跡が真っ直ぐ残っていた。

「くはぁっ!ミーシャァ……」

顔を歪ませながら交差させた腕を解く。ミーシャの魔力で鱗が剥がれ、痛々しく爛れている。生き物を消滅させる一撃を受けてもこの程度で済んでいる事を思えば頑丈という他ない。ミーシャが魔力を放った瞬間、銀爪ぎんそうは攻撃を仕掛ける。椅子を後ろに蹴った衝撃で地面を掘り起こし約5mの距離を瞬く間もなく詰める。硬質な爪を10cm程伸ばし、魔力を纏わせた貫通力のある必殺の一撃を放つ。

(もらった!死ね!!)

三対一である事を忘れたように、自ら戦端を開いたミーシャを内心間抜けだと思う。一人の立場であれば、まず距離を取って一対一の状況に持ち込む、そして一人ずつ潰していくのが基本だ。ここで紫炎に攻撃を仕掛けると、別角度からの攻撃は見えるはずもない。銀爪の攻撃で胸に風穴が開いたと幻視する。

ここで幻視という表現を用いたのは実際には起こっていないからだ。銀爪が伸ばした右手の中指と薬指の爪を、ミーシャは左手の人差し指と親指でつまんで止めたのだ。全体重を乗せた一撃をいとも簡単に止められ、銀爪は記憶にない事にきょとんとした。

ミーシャの目が銀爪に向けられた瞬間、つまんだまま捻り上げる。「うおっ!」という間抜けな声と共に体が回転すると、空中で無防備な状態となる。ミーシャはその機を見逃さない。銀爪を殺そうと右手で魔力を溜める。銀爪の背筋がひやりと冷たくなるが、それをイミーナが許すはずはない。

右手に溜めた魔力を朱い槍で突いて霧散させる。意識外からの攻撃にミーシャの顔が強張る。左手の握力が弱まった瞬間を銀爪は見逃さなかった。一気に手を引いて後ろに飛び退く。銀爪が離れたのを確認すると、さらに槍を十本出現させ、ミーシャに向けて放たれる。

ミーシャはこの槍にやられた記憶から警戒は人一倍だ。射出された槍を後退しつつ一本ずつ叩き落とし、距離を取らされる。終始イミーナは余裕の顔で対応している。ミーシャは血管を浮かばせてイミーナを睨み付けた。銀爪は焦った顔で黒影に目を向けると騒ぎ始める。

「おい糞執事!!マジで何もしないつもりかよ!とっとと戦え!!」

冷ややかに様子を見ていた黒影は、銀爪の指摘にため息を吐いて血の騎士ブラッドレイを見る。

「行きなさい。貴方の出番です」

「はっ!!」

ブラッドレイは微動だにしなかったが、黒影の言葉でいきなり臨戦態勢に入った。剣を構えて銀爪の前に出る。間合いが開き仕切り直しとなったが、未だミーシャの優勢は変わらない。

その時ミーシャの後ろから魔力の柱が伸びてきた。その魔力砲はミーシャを無視して前に出たブラッドレイに向かっていった。ブラッドレイは剣を構えると目の前で円を描くように高速で回し始めた。魔力砲は高速回転する剣に弾かれ、傷一つ負う事無く霧散した。ただそれなりの威力だった為かほんの少し後退させられていた。

「ミーシャ!一人で突っ走るな!」

ラルフ達が追い付いた。ブレイドは剣を構えていつでも撃てる態勢になっている。というか既に一発撃った。アルルも魔槍を構えて臨戦態勢だ。無防備なのはラルフとウィーくらいのものだろう。ミーシャは感情のままに動き、ラルフ達をおいてけぼりにしたことに今更ながら慌てる。

「来るなラルフ!こいつらは魔王達だ!ブレイド達を連れて早く逃げろ!」

自分なら勝てる。その自信はあるが戦いながらラルフ達を守れるほど相手は易くない。

「「ラルフ」」

紫炎とイミーナが反応した。くたびれた茶色いハット、やたらポケットがついている機能的なジャケットを羽織り、肩掛けのカバンを斜めにかけた黒い髪で無精ひげの男。その外見を目の当たりにした時、二人の顔は著しく変化した。

「殺してやる!!」

「……殺す」

紫炎も顕著だったが、イミーナの表情は生まれてこの方百十余年共に生活してきて一度も見たことの無いくらい酷く醜い顔だった。その瞬間に理解する。この襲撃はミーシャが狙いではない、ラルフの命が狙いだったのだと。

彼等の動き出しは早かった。紫炎は類まれな身体能力でラルフを狙う。イミーナは魔力の扱いに長けているので硬質化した魔力の槍を一瞬で数十本出現させる。さっきの攻防とはえらい違いだ。本来ならラルフはもう死んでいる。しかし、ここにはミーシャがいる。

紫炎の突撃を瞬時に捉え、羽交い絞めにする。そして硬質化した槍を魔力の壁で阻んだ。この槍が阻めたのはミーシャに放った槍に比べ、魔力の練りが甘かったと考えられる。精神のブレは即ち魔力の乱れ。あのミーシャがヒューマンごときを自分の身を呈して守る姿は意外と言う他ない。

「離せミーシャ!!貴様人間を助けて何のつもりだ!!」

「うるさい!逃げろラルフ!!」

焦りながら大声でラルフに伝える。イミーナは少し落ち着いて魔力を練り直す。一点突破の最強の槍はミーシャが作り出す自動防御に近い魔力障壁をいとも簡単に破壊するだけの力がある。ミーシャが邪魔するなら障壁ごと貫ける自信がある。そんな考えは魔力砲に阻まれる。ブレイドはイミーナの不穏な動きを感じ取って魔力砲を飛ばしていた。

「!?」

ブラッドレイを後退させた一撃をノータイムで放つ。警戒心を強めるのと他に無駄なあがきだと今一度力を入れる。しかしどういうわけか魔力の流れが不規則だ。思ったように魔力を練ることが出来ない。

(これはまさか”遅延ディレイ”!?)

相手の魔力発動に合わせて効果を遅らせる魔法。こんな繊細な魔法がミーシャに使えるわけがない。少年の隣にいる若い女性。よく見れば握り締めた槍から魔力を感じる。ミーシャだけなら攻略出来る状況も思いも寄らない存在を前にすると途端に破綻する。

「紫炎様!側近の二人を!!」

羽交い絞めにされた紫炎はその言葉に気付いて叫ぶ。

「メギド!グース!奴らを殺せ!!」

あまりの攻防に固まっていた二人の竜魔人は弾かれたようにラルフ達に突撃する。ラルフは小突かれただけで死ぬ。この二人、ベルフィアより遅いが避ける事は不可能。イミーナの時と同様、一人だったら一溜りも無かったろうが、ブレイドとアルルがいる。動き出しが早かった竜魔人の一人をガンブレイドの魔力砲で撃ち落とすと、もう一人の攻撃を剣で防ぐ。

「ブレイド!!」

「アルル……ラルフさんを守れ。ここは俺が……!」

ギギギギッと硬質なもの同士が擦れる音が鳴り、ブレイドの筋肉が盛り上がる。竜魔人のグースはヒューマンと相対した時の勝率は十割という負けなしの男だ。その戦歴に全く覚えのない力を感じた。硬い皮膚の掌に刃が食い込む。不味いと思ったグースは火を吐こうと口を開いた。竜魔人の攻撃を理解した時、ブレイドの目が血走り唸り、叫び声をあげた。

「うぅ……あああああぁっ!!」

食い込んだ刃はグースの両の掌を真っ二つに切り裂き、喉を掻っ捌いた。感じた事も無かった痛みに目を丸くして血を出しながら徐々に後ろに下がる。「カッ……カッ……」と言葉を出したいが出ない状況に驚愕し、冷える体に自分が死ぬことを悟る。体の力が抜けて膝から崩れ落ちる。ブレイドが剣先をグースの頭にかざすと、その殺意に恐怖して手をかざす。声を出せない状況で「待て」とジェスチャーと口パクで命乞いをする。ブレイドは二回目の制止行動を許さなかった。ドンッという空気が震える音と共にグースの頭が消えた。

「……グ、グース!」

表面を焼かれたメギドは地面から起き上がるとブレイドの機械的な殺しに恐怖と怒りを感じる。紫炎は驚きを隠せない。五十年は連れ添った部下を名も知らない、白の騎士団ですらないヒューマンの少年に殺されたのだ。イミーナは使えない竜魔人に苛立ちを覚え、ブラッドレイを見る。

「ブラッドレイ!ここはいい!アイツを殺して!!」

普段絶対に見る事が出来ないであろうヒステリックな顔で喚き散らすイミーナ。本当なら自分がくびり殺したい。しかし、ここを離れるとミーシャを抑え込む事が出来ない。自分の部下は馬鹿な奴ばかりで信用に置けず、その傲慢から臣下をただの使いっ走りに奔走させているので、ここにいるのはバーバリアンとインプ。ブレイドの実力を見れば瞬殺されるのがオチだ。自分の事を頭がいいと思っていただけにここまで準備不足になるとは思ってもいなかった。というより、竜魔人より強い奴を吸血鬼の他に連れているとは思いも寄らなかったというのが大きい。ブラッドレイは肩越しに黒影を見る。黒影はその視線に一つ頷く。

「……了解」

ブラッドレイはギャッという音を鳴らし、踏みしめた地面を大きく抉って空中に飛び出す。ブレイドは即座に射線を上にあげて発砲する。空中という無防備な場所であるにもかかわらず、体を転回させ、避けながら黒い剣で魔力砲を弾く。さっきよりも上手く捌き、ブレイドに向かって真っすぐやって来る。

ブレイドは恐怖こそ無いが、このままだと上段から剣を叩き込まれることを悟る。鎧の重さ、中身の重さ、重力を利用した斬り降ろし。防ぎきれない。鎖骨の骨折は免れないだろう。アルルがいなかったら。

重力操作グラビティアプレス!」

ブラッドレイは体に重さを感じる。その重さは尋常ではない。まだブレイドまでの距離は遠い。地面に立っていれば耐えられた重みも空中では踏ん張る事が出来ない。ブラッドレイはその場から真っ逆さまに地面にめり込んだ。この程度ではダメージにならないが、谷を飛び越していたのは救いだった。下手すれば谷底まで落ちていた可能性すらあっただけに、すぐ側で立て直せるのは幸運だと感じた。

「ありがとうアルル。助かった」

剣を構え直すと同時にブラッドレイも立ち上がる。

「……厄介な魔法使いだな……」

竜魔人のメギドも起き上がり、ブラッドレイと並び立つ。

「竜魔人、貴殿は魔法使いをやれ。私はこいつをやる」

「……御意」

最前線にミーシャと魔王達、前方にブレイドとアルル対竜魔人とブラッドレイ、後方にベルフィアと魔王一柱とその他。その丁度中心に立つラルフとウィー。いくつかの絶体絶命のピンチに巡り合ったが、これほどヤバい状況は初めてだった。遮蔽物すらない現状は非戦闘員に数えられる二人には相当なストレスだ。

「……生き延びたら豚カツを食おうぜ……」

ラルフは胸に顔をうずめてガタガタ震えるウィーの頭を撫でながらぼそりと呟いた。
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