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第四章 崩壊

第二十二話 脱出

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山に住んでいた魔獣達は妙な胸騒ぎと異変を感じ、足早に山を下る。

飛べるものは空から。走れるものは全力疾走で。地中は出来るだけ真っ直ぐに。全生き物達が下へ下へ、とにかく下へ逃げる。

山を駆け降りた後も油断はできない。許す限り森の中に向かって、全速力で駆け抜ける。一心不乱にまるで狂ったように離れるのは恐怖からだ。

動き出しが人や魔族の何倍も早い。考える前に体が動いている。それは考える脳がないと言うことではなく、考える必要がないと答えるのが正しい。野生の生き物は直感で生きている。時にチームワークを考えた様な行動を見せるが、死の危険が迫った際は直感によって早期に動き出す。

生い茂る木々、懸命に作った巣、湧き出す水。自然が生み出す営みは、この日この時をもって消滅した。

これは比喩表現ではない。本来瓦礫として残るはずの岩盤や木々、湧き水すらも蒸発したのだ。

文字通り山は消え去った。永遠に月の光が射すことなどあり得なかった炭鉱跡内部に色が満ちる。

『こんなことが……』

驚きと絶望がオロチの心を支配する。世界がひっくり返るような事象。それはたった一柱の魔王が起こしたとんでもない悲劇。

この死の空間で生きているのは奇跡だと言える。それもそのはず、この事態を引き起こした最悪の存在がここにいる仲間達と藤堂とオロチにシールドを張ったのだ。

藤堂は缶詰を抱えてうずくまっていたが、吹き抜ける風が肌を撫でた時、おもむろに顔を上げる。月の光は消え去った山の残骸を照らし、何百、何千年と変わることの無かった景色を大きく変化させた。

「ここはぁ……外?……なのかい?」

自分のいる場所が正確に把握できず混乱しているとブレイドが答えた。

「外ですよトウドウさん。監獄は消えてなくなりました」

藤堂は顔を上げた時の様にゆっくり立ち上がると辺りを見渡す。木々の香りが満ち溢れ、かび臭い臭いも風に乗って飛んで行く。天井は留まる事を知らず吹き抜け、空は星が降るほどの美しい夜空をさらけ出し藤堂を囲む。こんな空を見たのは閉じ込められる前。

開放的で空気が旨い。

空中に浮いていたミーシャが藤堂の前に降り立つ。

「どれ程の長い期間をこの薄暗い穴倉で過ごしてきたのかは知らないが、お前を縛る地は無くなった。今後はどこへ行くもお前の自由!元の世界とやらに帰るのだな!!」

手を前に突き出し、上位者のポーズで鼻高々に告げる。その姿はまるで迷える魂に進むべき道を導き出した導師のような雰囲気を感じさせた。

その様子にうっとりするのはベルフィアただ一人。他はミーシャの規格外の力に舌を巻いて言葉が出ない。ラルフはミーシャの放った一撃のあまりの光量に目が一時潰れていた。徐々に回復し、山の惨状に目をやると、驚きのあまりへたり込んだ。

「なんつー力技だよ……ミーシャに常識なんざ通用しないぜ?なぁ、サトリ……」

自分自身がただの人間である事を改めて再認識する。サトリはきっとこの状態を恐れていたはずだ。閉じ込められた藤堂を、山を崩落させてでも助けると踏んでいたから、関わらずに立ち去るように告げたのだ。ラルフが関わらなければミーシャも積極的に関わるようなことはしないと踏んでの事だろう。

しかし、ミーシャは度重なる経験で変わった。自分で考え、自分で行動する。ラルフに左右される事の方が多いものの、今回の件だって自分で考え実行したのだ。魔族に裏切られて初めて暴力装置である事を否定できた、ミーシャだからこそ藤堂を助ける事が出来た。

ただの人であるラルフに運命を変える力はない。起こる事象に文句のいえない、傍観者であるしかない。単なる一生物である事を噛み締め藤堂同様ゆっくり立ち上がる。

慣れっこだ。何故なら自分より強く、自分より人生を上手に生きている奴なんて、それこそごまんといる。人生負け続きで凹まされ続けた。できれば永遠に隠したい過去の経験から、常識や術や恥を知ったラルフに、ここで挫けてしまうような初心うぶな心は持ち合わせていない。

幾らか呆けて眺めていたが、よく考えて見たら派手にやりすぎだ。きっと凄まじい爆発が起こったに違いない。生態系の破壊は勿論の事、近くの国には確実に気づかれている。ここでジッとしているのは不味いだろう。それを思ってか、先に動いたのはジュリアだった。スッと跪くと声を上げる。

「ミーシャ様。アタシハ一度国ニ戻リマス」

「うむ。行け」

「ハッ!」と言って立ち上がると周りを見渡す。ブレイド、アルル、ウィーを経由し、ベルフィアでしばらく目が止まった後、ラルフを見る。最後にもう一度ミーシャを見るとスッと会釈して走り去った。

「しかし、ジュリアだけが来ている所を見ると、今はただの様子見ってところなのか?アルパザで仕掛けてきた時とは明らかに違うじゃないか……」

「魔族側も手が足りんノんじゃろ。カサブリア王国キングダムノ精鋭しか出せんところを見ルに、裏切りノ汚名は被りタくないと見ルノが妥当……それか今は根回しノ最中かノぅ」

頬に人差し指を置いて首を傾げるベルフィア。会話の切れ目をついて藤堂が声を上げる。

「……俺ぁ自由なのか?もう行っちまっても良いのか?」

今の状態に困惑が隠せない。その証拠に震えが止まらず、目が泳いでいる。

「何を言う?当然だ。何のために炭鉱を破壊したと思っている?」

炭鉱どころではない。山もろとも消し炭にしたのにこの言いようだ。

「……ブレイブ……俺ぁとうとう外に出ちまった……。俺ぁ結局一つの約束さえ守れねぇ弱い人間だったんだなぁ……」

遠い目をしながらうなだれる様に俯いて肩を震わす。その様子は泣いているようにも見え、悲しい気持ちにさせた。

「トウドウさん……」

ブレイドは自分の父ブレイブの事を思い、藤堂の気持ちに寄り添う為、分からないながらもそれに答える。

「……それは違います。トウドウさんは罪を償いました。もう出て行ってもいい頃です」

「けどよぉ……ブレイブに言ったんだ。一生ここで償うって……オロチと仲良くできたのも、罪を贖う準備が出来たからこそだ。俺ぁ悪い事をしちまったんだ……だから……」

揺れ動く心。藤堂は監獄から一歩も外出できないからせめて神妙にルーティーンをこなしてきた。炭鉱を歩き虫の餌になっては罪を実感し、出られない外に憧れを抱かぬよう出入り口から遠ざかって生きてきた。苦しいばっかりだが、ブレイブに言われたのだ。

『罪を償う意思があるならあんたはいずれ救われる。たとえそれが世界の終わりでも、最後にはこれで良かったと思える日が必ず来ると俺は思う……』

無責任なセリフだったが、その通りだと思った。藤堂がやらかしたのは世界の均衡の崩壊。本来なら殺されるのが妥当な所を生かされたのだ。それが例え苦しみ抜いて精神を破壊しようとする創造主の嫌がらせでも生かされたのだ。”いずれ救われる……”そう思えば心は軽くなった。

ブレイブの言葉は藤堂の支えだった。

「ん?ねぇ、トウドウさん。貴方の一生っていつの事なの?」

アルルはふとした疑問から質問する。

「……俺の……一生?」

言われた意味が頭に浸透せず藤堂は思考の渦に飲まれる。ベルフィアがニヤリとして突然藤堂の胸に手刀を叩き込んだ。その手は難なく胸骨を打ち砕き、心臓を捉える。

それに一番驚いたのはラルフだ。

「ベルフィア!?何やってんだお前!!」

焦って駆け寄ろうとするが、違和感に気付く。藤堂の顔が平気そうなのだ。不思議に思い立ち止まると、ベルフィアが手を引き抜く。血が噴水の様に出るのを想像するが、一滴も流れ落ちない。どころか何事もなかったかのように再生してしまった。

「んな馬鹿な……これじゃまるで……」

わらわみタい、かえ?」

そうだ。見た目はただのヒューマンだが、その再生能力は吸血鬼のそれだ。ならば藤堂も吸血鬼だというのか?

「そうかぁ。そうだったなぁ……この鎖の影響で俺ぁ死ねないんだ……俺に一生なんぞ存在しなかったんだ……」

その瞬間ブレイブの言葉の続きを思い出した。

『俺には出来なかった……でもあんたはその機会を与えられた。もし救われるきっかけに出会ったなら喉元掴んで絶対離すな』

自分を縛る地が崩壊し、この世界にまた干渉する事が出来る。それはつまり、藤堂の悲願を叶えるきっかけ。

「俺ぁ救われても良いのか?ブレイブ……」

『良いわけがない!!』

その声は頭のすぐ上から聞こえてくる。巨大な蛇の化け物。鎌首をもたげ藤堂を見下ろす。

『我が使命は藤堂源之助をこの地に縛る事!約束したはずだ!お前の人生を捧げると!約束を違えるな!未来永劫罪を償い続けろ!!』

大口を開けて今にも飛び掛かりそうだ。藤堂はオロチの言い分に委縮し背を丸める。頭を抱えて悩みだす。

その雰囲気に戦闘の空気を感じ取ったラルフたちは即座に武器を構えた。ミーシャは腕を掲げ、ベルフィアは半身に構える。ブレイドは剣を引き抜き銃の様に構え、アルルは槍を抱え込む。ウィーとラルフには武器がないのでそれとなく腰を落とす程度。

オロチの言い分に苛立ちを隠せないのはブレイドだ。

「ふざけんな。未来永劫だと?大概にしろよ口縄……。あんまり無茶言うと、かば焼きにするぞ」

思った以上にキレている。小屋から出た際、無駄な争いを生まない様に敬語に切り替えていたが、それを忘れる程はらわたが煮えくり返っている。今のブレイドなら眉を数ミリ動かした程度で撃ってきそうな空気さえある。

「同意見だ。かば焼きが何かは知らないが、この男はもう自由だ。お前が縛る事は出来ない」

『自由?自由だと?誰の権限でだ!!』

ミーシャはニヤリと笑う。

「我が名はミーシャ!みなごろしと呼ばれ恐れられた最強の魔王!我が権限を持ってこの男を自由とする!逆らうものは……」

そしてまたクロークを翻す。

「皆殺しだ」

ギラリと睨みつけると、心臓に刺さる冷たい殺意がオロチの体を冷やす。オロチは今まで感じた事も無い脅威と恐怖を実感する。

「……よせ」

そこに割って入ったのは藤堂だ。

「そこまでにしてくれないか?」

藤堂はオロチに向き直ると

「なぁ頼むよオロチ。もうお前の居場所もなくなっただろう?一緒にこの世界を旅しないか?それか俺の事は放っておいて、別々の道を歩むとか……」

『戯言を……我の役割はお前の監視だ。お前さえ出て行かなければそれで済む話だし、我が力を持ちいてここに封印する事も考えている。自由になってはいけないというのはこの世界の創造主の意見だ。我の支配者は創造主。なればそれに従うまでだ……』

「……残念だよオロチ。俺達なら外でもやっていけるはずなのに……」

オロチとの交渉は決裂した。その瞬間をミーシャとブレイドは見逃さない。上あごとどてっぱらに二発。魔力砲は容赦なく穴をあける。オロチは成す術もなくその場に倒れ込んだ。

「え!?おい!マジか!まだ早いだろ?!少し戦ったりとかして、相手の気持ちを変えさせるとかさぁ……!」

ラルフは大げさに騒いで見せる。

「いや、すまない……これでいい。ありがとう、二人とも……」

藤堂はオロチに近寄り「すまない」と一言つぶやいて泣き始めた。ウィーはその様子を自分と重ねて悲しむ。心なしか涙をにじませ今にも泣きそうだ。

ミーシャはその様子を見てフンッと鼻を鳴らす。ブレイドも剣先を下に降ろし、鞘にしまう。それを確認したアルルはブレイドに寄り添い、ブレイドもアルルの肩を抱く。

ミーシャはその様子を見て「あっ」という顔をするとラルフにちょこちょこ歩み寄る。ブレイドとアルルの様にそっと寄り添う。二人を見て来たことが分かるので、ラルフも無下にはしない。

しかし、そうするとベルフィアがイライラする。ミーシャとベルフィアのどちらを取るかと言われればミーシャなので、幾らでもイライラしとけと言う感じだが面と向かって言うことはしない。

敵に気取られないよう、近道のためにやって来た山は無くなり、そこら中に光を振り撒き、目立つことになった。これからが大変だと言うのに、感傷に浸り遅滞している。

ラルフは今後のことに思いを馳せる。自分が進むべき道を指定すると、必ず酷いことになっている。このまま進むべきか、それとも迂回すべきか、頭はその事で支配された。

(無事に目的地へ到着する……)

ミーシャの頭を撫でながら呟く。

「……それだけだ……」

ミーシャはその呟きが一瞬気になったが、頭を撫でてくれたのでそんな疑問はすべて吹き飛び、撫でられるがままラルフの胸に身を寄せた。
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