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第三章 勇者

第十六話 狼煙

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「ホントウニ、コノ、キュウナヤマノ、チョウジョウニ、スンデイルノカ?」

ゴブリン将軍は悪態を吐きつつ山道を登る。

「ソノヨウ、デスナ。アレダケ、イタメツケテ、ウソハ、イエナイ、デショウ」

それに付き従うように大隊長がついていく。
今回導入した軍隊は1000人規模。
敵を必ず仕留めることを源としたつわもの揃い。山頂に向かってぐるりと囲みながら逃がさない様に隊を分けて進む。

その大隊の真ん中より前方の方にザガリガの姿があった。

彼は十字の木に錆びたくさびで手足をはりつけにされ、ゴブリン3体が磔のザガリガを運び、意識が朦朧とする中で案内をさせられていた。

「モウ…イッソノコト…コロシテ、クレナイカ…」

死にかけの身で長生きしたいとは思わない。
死ねばどれだけ楽だろう。
ザガリガは痛みからの解放を望んでいた。

それをチラリと見て唸りもせずプイッと前を向く。
その行動は言葉以上に残酷だった。

「タノム…コロシテ、クレ…」

うわ言の様に出る悲劇の言葉は完全に無視され。
戦士たちは黙々と行進する。

「酷い仕打ちじゃノぅ」

まだ頂までは少しあるかという所で声をかけられた。グルルゥという低い唸り声をあげて警戒する。
そこにはヒューマンの女性と思わしき影。武器や道具などを携帯せず、仁王立ちで迎えられた。

ゴブリン将軍が声を張り上げる。

「オマエ、ナニモノダ?」

「別に誰でもヨかろう?それヨりぬしらはこノ軍勢でどこに行こうというんじゃ?」

将軍は人影が話の通じない奴と見るや手を上げる。いわゆる合図だったのか、弓兵たちが一斉に構える。

わらわには通用せんぞ?矢ノ無駄じゃ」

ゴブリン将軍はその体制のまま動かない。
弓兵たちによく狙いを定めさせているのか、あるいは人影の別の行動を期待してか。と、その時。

「待て!待ってくれゴブリンたち!!」

そう言って出てきたのはくたびれたハットに無精ひげのヒューマンの男性。

「俺たちは敵じゃない!話し合おう!ザガリガはどこだ!!」

ゴブリン将軍は手を水平に移動し、下に下ろす。
同時に弓兵も矢は番えたままだが弓を下ろした。

「オマエハ?」

「俺はラルフ!ザガリガの友達だ!」

その名前に聞き覚えの合った将軍はザガリガを見る。

「ナルホド、ソウイウコトカ…」

これは言うなればザガリガの謀反。
ゴブリンの丘を襲撃し、同胞を壊滅させたのがここにいるヒューマンだろう。ザガリガは地位向上の為、ヒューマンと結託。そして、ずる賢いザガリガはこのヒューマンたちを大隊と衝突させ、証拠隠滅を図るつもりだったのだ。

怪しいとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思いも寄らなかった。

弓を構えられて、焦って出てきて仲間を主張するという事からこうなる手はずではなかったのだろう。この大隊を前に感謝でもされると思ったのか?

「ヒューマン、ツクヅクオロカナ、イキモノヨ…」

ふっと苦笑気味に笑い、ラルフを見下す。

「まずは話し合おう。ザガリガはどこに?」

スッと指をさす。

「ミエナイノカ?メノマエニ、イルデハナイカ」

「え?ま、まさか…」

顔は潰れ、手足を楔で打ち、おおよそ絶命していないだけの無残な物体。一見すれば彫像や何かの旗印にも見えなくはない。
だが、それを先程まで一緒だったザガリガだと
思うには無理がありすぎた。

「な…何でこんなことを?」

「イチゾクノタメ、ウラギリハ、ヨウシャシナイ。ソレニ、カタンシタ、オマエタチモ、シヌ。ソレガ、ドウリ」

「くはっ!衝突は避けられんぞラルフぅ…ざっと500ちょっとかい。わらわも喰い切れルかノぅ…」

嬉しそうに舌なめずりをして陰からぬぅっとベルフィアが出る。その姿を見た時、将軍は震える。それはヒューマンではない。魔族だ。

「!?オマエ…マゾクト…!ソウイウコトカ…ドウリデ、オカノ、ドウホウガ、ヤラレタワケダ…」

ザガリガの謀反、ヒューマンとの結託、挙句に魔族。魔族の情報は一切なかった。
単純に知らなかったのか、知ってて隠したのか。知っていて隠していたのなら、軍部に打撃を与え、それを解決する事でキングに気に入られようと画策したことまで考えられる。十中八九そうだろう。

「え?これまさか丘の悲劇が俺たちのせいになってるのか?待ってくれ、俺たちは助けた側で…」

「モンドウ、ムヨウ」

将軍はまた手を振り上げる。
大隊長はそれに対し号令する。

「キュウ!ダイイチ、ダイニ、ヨーイ…」

中央付近に陣取っていた弓兵が一斉に構える。

「下がれラルフ。そちでは避けられんじゃろ?」

ニヤニヤしながら嬉しそうに前に出る。
戦闘狂という言葉が似合う恐怖の吸血鬼。

「ウィー!!」

そこに飛び出したのは小ゴブリンのウィー。
大隊の前に立つ。

「!?おい!ウィー!どうしてここに!?戻ってこい!!危ないって!!」

ラルフは懸命に叫ぶがウィーも引けない。
何せ自分たちを救い、守ってくれた友人たちを勘違いなんかで、みすみす殺させはしないと考えているから。

同胞に貶され、それでもいつか仲間に入れてもらえると信じて頑張ってきた。

だが、言葉を話せぬ自分を受け入れ、そして慈しみを教えてくれたのは、同胞ではなく旅人たちだった。

同胞には気にも留められず、笑われ、辱められ、そして、それが当たり前だと思っていたのに、両親にもう一度あった様な気持ちを感じさせてくれたこの友人たちを、今度は自分が助けたかった。

「ウィー!わらわノ後ろに来い!死んでしまうぞ!!」

どうだっていい。自分の命でこの場が収まるなら、友人の為なら、死ねる。その覚悟のこもった目で大隊を睨むが、兵士たちにとっては吹けば飛ぶように小さく、脆い覚悟だった。

同胞とて裏切り者は容赦しないのは、ザガリガが証明している。将軍が手を前方に向けた時、大隊長が大きく発声する。

「ハナテェ!!」

構えた弓兵は引き絞った矢を解き放つ。
矢は雨の様にウィーとラルフとベルフィアに降り注いだ。ベルフィアは瞬時にウィーを抱えラルフの盾になり、矢を防ぐ。

「ヨシ。マゾクヲ、サキニ、シマツデキタカ」

矢を受けたベルフィアはハリネズミの様に矢を生やし頭にも三本くらい刺さっている。

「…たく、じゃから下がれというに…」

矢を抜いて、ラルフを見やる。
ベルフィアにはこのダメージなど無いも同じ。
不死身とは何とも卑怯である。

それを見た将軍は恐怖こそあるが、苛立ちが出る。

「グ…マゾクガ、イルナラ、ブタイヲ、カエタトイウニ、ザガリガメ…」

ヒューマンなど物量で圧しきれるが、魔族となればゴブリンキャスターを連れてきただろう。魔法の使えるゴブリンは希少ゆえ、キングの傍で御身を守るよう命じている。

キングが癇癪を起してもその希少さから、手が出せない事を見越しての配置でもある。しかし、戦いが不利となるなら、迷わず連れて行く。それが出来なかったのはザガリガのせいだ。

正に想定の範囲外。

「…やるっきゃねぇのか?」

矢を発射した時点で戦闘開始である。
避けられぬ戦い。ウィーも自分の無力さに涙がこぼれた。

「泣くな、ウィー」

ベルフィアはウィーを見て袖で涙を拭う。

「そちは男じゃ、簡単に涙を見せてはいかん。わらわ達が負けぬヨう、応援すルノが、そちに出来ル唯一ノ事じゃ。わらわ達ノ為に祈ってくれぬか?」

止めど無く出てしまう涙を自身の手で拭い、強く頷いたウィーは下ろしていた手を力強く持ち上げて、貧相な二の腕に力こぶを作る。”任せろ”というジェスチャーだ。普段は察しの悪いベルフィアもこれは分かった。

「いい返事じゃ!それじゃ小屋に戻れ。あそこで我ら五人ノ無事を祈ルがいい」

ウィーは元気に駆けだした。

「お前…優しいな」

ラルフの背中をバシンッと叩く。

「痛っ…て!!」

皮膚が破れたかと思う一撃。
ベルフィアの羞恥の表れである。

「下らんことを言うな。それヨり、ほれ交渉決裂じゃ。さっさとミーシャ様にお伝えせい」

ラルフは渋々、鞄から閃光弾を取り出す。

「キュウ!ダイサン!ダイヨン!カマエ…!」

という声が聞こえた。
次弾がやって来るのも時間の問題だ。

「くそ!結局こうなんのかよ!!」

閃光弾を明後日の方向に投げるラルフ。
それはある程度上に上がると光を放ち、夜空を照らした。

何をしているのか気になるゴブリンたちだったが、それを眺めていると、戦いの狼煙のろしが上がった様な一種の興奮状態になった。閃光弾にそのような効果はないが、戦闘前の兵士に音や光で挑発しているような錯覚を覚えたためだ。

「良い顔じゃ…死にゆくノに良き日を選んだノぅ、原人ども。わらわと戦えル幸運を噛み締めヨ」
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