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第一章 出会い

エピローグ

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辺りが夜の闇より白み始めた頃。
バサバサッという音に目を覚ました。

すぐそこに鳥がいたようで、飛び去るまで気づかなかった。よほど疲れていたらしい。

ジュリアは目をこすりながら体を起こす。
向かい側で寝ていた兄の姿はなく、すでに起きているようだ。洞窟から出ると、入り口付近の調度死角になる場所に壁にもたれるようにして立っていた。

「ジュリア。起キタカ」

「オハヨウ兄サン…ソレハ?」

兄は何らかの書状とネックレスを持っていた。

「コレハ”小型の通信機”トイウ奴ラシイ。書状ト共ニ、連絡鳥ニ括リツケラレテイタ」

先の鳥の羽ばたきは味方の連絡鳥のようだ。
作戦から少し時間が経っているためか、しびれを切らし書状を送ってきたようだ。

連絡鳥を自分たちに対し飛ばしたのならアルパザに向かっていたはずだが、ここまで移動した事を感知したのであれば、相当探索に長けた鳥であることが分かる。

「…通信機?聞イタコト無イ物ネ。何ナノ?」

兄は書状を広げ、先ほど見ていた内容を今一度読み直し、口の中で何度か内容を転がした後、話す。

「何デモ”遠く離れた地でも会話ができる魔道具”ラシイナ」

長々と書かれていた書状を、噛み砕いてジュリアに伝える。「ヘー」と生返事するがマジマジとネックレスを見てしまう。情報を紙ではなく、声で伝えろと言う事のようだ。初めての事に驚きは隠せない。

「”グラジャラク大陸”ノ イミーナ公カラ書状ヲ頂イタ。時間ヲ合ワセナイト交信ガデキナイトモ書カレテイル」

「ソウナノ?少々面倒ネ…規定時間ヲ超エタラ報告ガ出来ナイト言ウ事ヨネ?ソンナ効率ノ悪ソウナ事ヲヤッテルノネ彼ノ国ハ…」

鳥が現場に着かない、書状を落とすなど、連絡鳥でも効率の悪いことは数知れない。

それでも今までの経験や他の方法を考えれば、空輸が阻まれる壁や丘や山、崖がない分、早いことは明確だ。鳥が一番なじみ深いのも込みで軍配が上がる。

「ソウクサスナ、大丈夫ダ。コレハ使エルサ。ソレニモシ失敗シテモ、連絡鳥ニ書状ヲ持タセタカラ安心シロ」

使えるというが結局、兄は連絡鳥に書状を持たせたらしい。任務の内容をしたためて、時間の超過、魔道具の起動ミス、その他、諸々の失敗があっても取り返せるようにしている。
この魔道具の使用経験がない分、心配はしていたようだ。

「ソレナライイワネ…ソレデ?イツ頃ニ起動スルノ?」

空を見上げ、周りの空気を鼻から取り込む、少し目を閉じて、時間毎の独特な臭いを嗅いで識別する。

これは人狼ワーウルフの時間の識別法の一つであり、人狼ワーウルフ内では一般化している方法でもある。
天気によって判別できないときもたまにあるし、個人差はあるが、ある程度の正解率がある。兄は時間の識別を済ませ、書状に目を落とし今一度確認する。

「…書状ノ内容ガ確カナラ、モウスグダナ」

ジュリアはそれを聞くと手を上にあげ、気持ち良さそうに伸びをした後、肩を回したり首を回したりしながら、寝て固まった関節をポキポキッ鳴らし体をほぐす。

「寝起キノママデハ イミーナ様ニ失礼ヨネ。顔ヲ洗ッテクルワ」

言うが早いかジュリアは川に向かって走り出した。昨日の様子は影を潜め、吹っ切れたように振舞っている。

兄はジュリアに対し「大人になった」と感慨にふける。もちろん強がりだろうが、感情を外に出さずに抑え込む事が出来ることになったのは成長だと思っている。

ネックレス型の通信機をいじりながら、先日の悲劇についてとその後を考える。

全てを伝えた時、イミーナ公はどんな反応を見せるのか、報告後、自分たちに下されるであろう罰則を思えば胃が痛くなる。
自分が連絡鳥に持たせた書状の情報を考え、矛盾のない報告をジュリアの帰りを待ちつつ考える事にした。

――――――――――――――――――――――――

朝日が森に差し、朝露が輝きだした頃。
通信機が突然起動する。
通信機の装飾部分が光始め、その時が来たことを知らせる。

兄は説明書を何度も読み、操作方法を確認していたため、特に慌てる様子もなく装飾部分に触れる。

その時、輝きだした装飾部分から光が約20cmほど伸びて通信相手であるイミーナ公を映し出した。
説明書に書かれていないことが起こったことについては対処ができず、二人とも目を丸くしてこの事象を見ていた。

『…どうも”グラジャラク”のイミーナです。”牙狼がろう”のジャックス隊長で間違いないですか?』

ジャックスと呼ばれた人狼ワーウルフは慌てて岩の上にネックレスを置き、ジュリアと共にひざまずいて返答する。

「失礼イタシマシタ!私ガ”牙狼”ノ隊長、ジャックス デゴザイマス。ソシテコチラハ部下ノ ジュリア デス」

「ジュリア デス。オ見知リオキヲ」

すぐさま跪き、敬意を表した所を見て少しいい気分になる。イミーナは躾の行き届いた愛玩動物を眺める感覚で、人狼ワーウルフに対し慈愛の眼差しを向ける。

『そうかしこまらなくても…というよりこういった形であなた方を驚かせてしまって申し訳ございません。この報告方法に関しては、ある種、実験的な所もあるのでご容赦ください』

「イエ、我ラモ取リ乱シテシマイ申シ訳ゴザイマセン!イミーナ公ノオ時間ヲ取ラセルコトノ無イヨウ、今スグニ報告ヲ行ワセテイタダキマス!」

『はい。では宜しくお願いします』

イミーナは背もたれに寄りかかり、リラックスした状態で報告を促す。

だがリラックスしたイミーナの耳に飛び込んできたのは想像もつかない事態だった。

『…真実まことですか?』

第二魔王復活。
力を消耗し、虫の息にまで追い詰め、孤立させたというのに、既に回復し、しもべを引き連れて、”牙狼”を壊滅させた。

「”みなごろし”ノチカラニ我ラデハ敵ワズ…」

『いえ、それについては期待していません。それよりどの程度回復していたのか詳しく教えなさい。しもべとは一体どのような奴らで何体いたのですか?』

この上なく焦っている。
ジャックスはできるだけ刺激しないよう、平坦な口調で報告する。

先程のリラックスしていた姿勢はどこへやら、背もたれから離れ、ひじ掛けに体重がかかり、少し放心状態となっている。そして何とか絞り出すようにイミーナは声を出す。

『…なるほど…ほぼ完全回復していて、しもべは一、二体…一体は確実と言う事ですが、もう一体というのは何者ですか?』

「ハ!人間デゴザイマス!」

その時、イミーナの顔が怒りで醜くゆがむ。
だが一瞬のことで、すぐに美しい顔に戻る。

『人間?人間が魔族…いや、魔王を助けたと?』

「人間トハ言エ侮レマセン!上級ニモ匹敵スル ジュリア ガ追イ詰メラレ、殺サレソウニナリマシタ!相当ノ手練レト考エテイマス!」

イミーナはジュリアに目を向け、まじまじと見る。人間の力を考えれば、そのレベルの魔族を追い詰めれるなら最前線に出ていてもおかしくない実力と言う事だ。

『ふむ…ジュリアでしたね?殺されかけたと言う事ですが…見たところ傷などは見受けられませんね。詳細をお願いできますか?』

ジャックスはジュリアに目配せをして発言を頷きで促す。

「失礼シマス。人間ニヨリ鼻ヲ焼カレ、目ヲ潰サレマシタ。ソノ後、何故カ回復サセラレマシタ」

『?なんですか?それは…私を馬鹿にしているのですか?』

ジュリアは言葉を噛み砕いて説明したが、噛み砕きすぎて、意味不明になっていた。

「イエ!ソノヨウナコトハ…タダ アタシモ全然分カラナクテ…何故カギリギリマデ追イ詰メタ後”俺を殺さない代わりに治してやる”ト…」

『なんです?”殺さない代わりに”?命乞いのように感じるのですが、立場が逆だと言う事ですね?……それは騎士風の男でしたか?』

「イ…イエ、騎士デハナイデス…」

イミーナはジュリアの言葉を整理しようとするが、
チグハグ感は否めない。説明に慣れていない事を感じ、少し棘を抜く。

『緊張しているのですか?こういったことは初めて?』

「ハ…ハイ!報告ハ兄…隊長ガオコナッテオリ、発言ハ初メテデス!」

イミーナはジャックスとジュリアを交互に見て、

『ほう…兄妹の関係でしたか。珍しい編成ですね。彼の魔王を前に良く生き残りました。今後の仕事を期待していますよ』

「…!…ア…アリガトウゴザイマス!」

余裕のなかったイミーナはジュリアの不甲斐なさから少し心穏やかになり、今一度その容姿について「どのような人間だったのか」と優しく聞き返した。

「クタビレタ汚イ服装デシタ。鎧ナド装着シテイナク。ドチラカト言エバ、低階級層ノ下劣ナ人種デス。正々堂々デハナク、小狡コズルイ盗人トイウ感ジデス」

『そのような奴があなたを追い詰めたと?先程聞いた情報ではあなたは上級魔族に匹敵すると言っていましたが…』

ジュリアに変わりジャックスがすぐさま陳謝する。

「申シ訳ゴザイマセン イミーナ公!ジュリア ハ新人故、経験ガ浅ク手玉ニ取ラレテシマッタノデス!基礎能力ニ胡坐ヲ掻イタ我ラノ ミス デゴザイマス!」

ジュリアを庇い、自分のせいに持っていき、隊全体のミスとして論点をすり替えた。イミーナにとってジュリアの事などどうでもよかったが、ジャックスの機転には感心していた。

『まぁそう焦らずに。攻めているわけではありません。ただ、その者についてよく観察されているので、もしかしたら名前も聞いているのかと…』

イミーナは冗談交じりに返答する。
それはジュリアにとって見透かされたように感じ
ちょっと驚いた。

「ハイ、ラルフ ト名乗ッテオリマシタ」

その返答は期待していないことだったので、イミーナにはこの報告で最も有力な情報としてインプットした。

『…ラルフですね。情報として受け取ります。その人間の治したと言う事に関してですが…』

しばらく情報を受け取り、人狼ワーウルフの報告が終わった後、今後の任務に関してこれから決めることを伝え、一旦通信を切る。

イミーナは椅子にもたれかかり少し考えた後、立ち上がり、自分の書斎にこもる。机にある自分の所有物を眺めて、考える。

(計画は完璧だった。この机の上のように…)

使いやすいように置かれた物、片付いた机の上。仕事をしやすいように、仕事が少しでもストレスの無いように。

ガチャンッガラガラッガシャッガチャンッ

外に控えていたメイドたちも驚くほど大きな音だった。イミーナの部屋から絶対に聞けないような暴れる音だった。しかしここで飛び込んでいけるような勇気ある部下はいない。

「ハァ…ハァ…人間が…ハァ…」

イミーナは怒りを発散するため物に当たり散らした。机の上にあったものはすべて薙ぎ払われ、壁に刺さったり、床に散乱している。
彼の国から寄贈された見事なクリスタルの福の神の彫像を握り締めている。精巧に作られた彫像は希少鉱石で掘られ、その貴重さを感じさせる。

両国の仲を保つため、という建前で送られた物だが。そんな事などお構いなしに握力で握りつぶす。メキメキッという音で崩れ落ちていく見事な彫像は一転して石クズとなり、ゴミになる。

「…ラルフ…!!」

その名を口にし、手に残った鉱石を机に投げドガンッというでかい音が鳴った後、部屋から出てくる。メイドたちが様子をうかがっていると、

「部屋を片付けておいて、机は新しい物をお願い」

メイドの一人に投げやりに伝え玉座の間に戻っていく。

「ただちに!!」

メイドは焦って部屋を片付けだす。

廊下にはイミーナのハイヒールの音だけが木霊していた。
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