上 下
14 / 718
第一章 出会い

第十三話 反逆者 後

しおりを挟む
『まだ始末できねぇのか?』

その声は苛立ちと侮蔑に満ちていた。
ネチネチと絡んでくる陰湿な空気すら感じる。

「今しばらくお待ちください”銀爪ぎんそう”様。あれ・・ももう虫の息。吹けば消え去るのです」

いつも使っていたお気に入りの椅子とは違う感触を楽しみながら、イミーナは余裕の態度で受け答えする。チッと舌打ちをして、”銀爪”はそっぽを向く。

魔晶ホログラム。
最近導入した遠い地からメッセージを直で交換し合える最新の魔道技術。

呼び出しに相手が答えてくれないと繋がらないが、わざわざ手紙などで連絡しあわなくてもその場で話し合える事も在って、利便性の良さを感じていた。

ここはグラジャラク大陸。
第二魔王”みなごろし”が統治する、世界で二番目にでかい大陸。魔族国家最強の称号を持ち不落要塞と呼ばれている。

その最奥に位置する魔王の玉座に座り、イミーナは”銀爪”の慰めをしていた。

『俺の部隊も貸してやったんだ。とっとと殺せよ』

イミーナは感触を楽しんでいた椅子の手すりから目を離し”銀爪”に視線を会わせる。

「そう焦らずに、楽しみませんか?貴方も嫌な思いをされたじゃないですか。簡単に殺してしまうのは惜しいでしょう?」

『おちょくってんのか?殺せっつったら殺せ!』

椅子をガタガタさせて、苛立ちを爆発させる。

「フッ…せっかちは嫌われますよ?」

イミーナは”銀爪”を嘲笑の眼差しで見る。
まるで子供のような降るまいに微笑ましさすら感じた。

「大丈夫ですよ、私に考えがありますし貴方の部隊の”牙狼がろう”は既に居所をつかんでいます。優秀な部下に恵まれて羨ましい限りですよ」

『…わかってんだろうなぁ…俺をバカにするならてめぇも容赦しねぇぞ…』

先の発言が余程、気に食わなかったようだ。
一方的に通信を切られる。

しかしイミーナにはそれが好都合だった。

なにもしない”銀爪”からの突き上げが正直うっとうしく感じていた頃だし、今日は他にも連絡先があったからだ。

魔晶を操作し、通話の態勢に入る。通信が繋がり通話相手がホログラムに映る。イミーナは玉座に背中を預けて話し始める。

「犬を放ちました。良い結果を期待しておりますよ、我々の未来のために…」

――――――――――――――――――――――――

「あり得ない…何故…吸血鬼が…」

「あれが?…吸血鬼なのですか?」

騎士の連中はあまりのことに動揺を隠せない。
絶滅したとされる怪物。

吸血鬼は知る人ぞ知る伝説の化け物。
団長はこの化け物の脅威に恐れおののいていた

しかし知識の中でその存在を知っていたとして、”吸血鬼”など咄嗟に出てくるわけがない。何故なら絶滅しているからだ。団長はこの地域の情報はすでに把握済みと思われる。

「久しぶりノ食事じゃ…わらわも混ぜろ」

吸血鬼ベルフィア=フラム=ドラキュラ。
かつて不死身と呼ばれ、人類、魔族、生けとし生けるすべての生き物に忌み嫌われた存在。

しかし現在は従者として働く身。第二魔王”みなごろし”の配下にして侍女じじょ。つい今しがた言伝ことづてを頼んだばかりだというのに、無視したのか、一人の騎士が犠牲になった。

「ハイネス…まさかお前の仲間はあの吸血鬼にやられたのか?」

「え゛っ?あ、そ…そうそうあんな奴だったと思うが…」

一瞬言葉に詰まる上に、ベルフィアに聞かれないよう極力小声になってしまう。

ラルフは測りかねていた。
ここには騎士が残り7人。
ベルフィアにかかれば一般人なら瞬殺できる。
しかし職業騎士ならどうなのか?
黒曜騎士団は精鋭中の精鋭。
ここで戦闘を継続すればベルフィアを殺せる可能性もある。

人類につくか魔族につくか、正念場である。

「さぁ…どれが美味そうかノぅ…」

品定めをするベルフィアをしり目に作戦を立てる。

「団長だったか?ここは俺が引き受ける。町まで撤退して、防衛網を敷いてくれ」

「! 気は確かか?相手は吸血鬼だぞ?」

ラルフは団長の耳元で強めに言う。

「だからだ」

「!」

団長は気づく。ラルフ、もといハイネスは囮になる。
吸血鬼の存在を騎士たちが町に知らせることにより、町ぐるみで対策を取るよう、提案したのだ。

「ハイネス…お前…」

「隙を見ていけ!」

ラルフは前に出る。ベルフィアはその行動が理解できず、一瞬戸惑う。その瞬間を狙って、煙幕玉を使う。

煙に覆われたその時

「撤退だ!引け引けー!」

という号令とともに騎士たちは一斉に撤退した。

煙が晴れる頃、ラルフは頭をかきながら突っ立っていた。
ベルフィアは元の位置から動かず、様子をうかがっていた。

「…何ノ真似じゃ?」

ラルフの出した答えはとりあえず保留。
一度、騎士たちに態勢を立て直させることで、決断を先送りにしたのだ。

騎士たちにより片付いた荷物を手に取り、その勢いのまま背負うとベルフィアを見る。

「城に行くぞ」

ベルフィアの質問を無視し、歩き出すラルフ。

その瞬間、目の前の景色がブレて流れる。
体に浮遊感を感じ思わず目をつむる。

ドガッ

首と背中に痛みを感じ、あまりの痛さに目を見開くと、ベルフィアが首を鷲掴みにしてそのまま木に押し付けていた。

めルんじゃないぞ人ノ子。魔王にはやられタが、そちは守られていタだけなノじゃぞ?」

吸血鬼の膂力りょりょくは盗賊風情のラルフには荷が重い。
首を掴んだ左手を掴んではがそうとしてもビクともしない。

「無駄じゃ無駄じゃ。そこで永遠に眠ルおのこよりもそちは弱い。暴れても無駄じゃ」

そうだその通り。
初見で対峙した時から、戦ってはいけない相手だと認識していた。
目の前の騎士が不意打ちとはいえ瞬殺されたところを見るに掴まれた時点で死は確定。

ならばと別の手を打つことにしたが間に合うかわからない。
一応バレない程度に徐々に動く。

(甘かった)

目の前でカラカラ笑うベルフィアに嘗めた態度を取れたのは完全に油断していたからだ。ミーシャがいる限り攻撃されないと高を括った。

わらわノ邪魔をしおって…そうそう、気になっとっタんじゃ、そちノ味をな」

ベルフィアは空いた右手を掲げ、人差し指でラルフの左頬を軽く切る。血がにじみ出た傷に指をあて、血を掬い取るとそのまま口に持っていき指をしゃぶる。

「んん?…そち…栄養が偏っとルな…淡白な味わいじゃ…」

「ケホッ…しょうがねえだろ…最近金がなくてあんま食えてねえんだよ…」

血が出続ける頬にもう一度指をあてがいまたしゃぶる。

「じゃが好みノ味じゃ…」

異様に伸びた犬歯を剥き出しにし、左手の親指で器用にラルフの顔をラルフから向かって右に傾けさせる。

「…なぁ、ちょっと待てよ。落ち着けって…な?」

気道を締め付けられる。
「ぐえっ」っという間抜けな声が出た。
もう喋るなと言う事だろうか。

左側の首筋を走る頸動脈に向かって牙を立てようと顔を近づける。

ガサッ

その音はすぐそばの茂みで聞こえた。ベルフィアは音の発生源に目を向ける。

「誰じゃ?」

どうにも無視できず、何度かキョロキョロする。
それもそのはず、音は四方八方から聞こえてくるのだ。
いつのまにか囲まれていた。

(来たか…)

ラルフはベルフィアから逃げられない。
もしあのままならただ死を迎えただけだ。だからといって今の状況が良かったかと言えばそうではない。だが1イチ0ゼロかで言えば助かる方を選ぶ。

茂みから光る眼がそこらかしこに見える。ただならぬ気配を感じたベルフィアは体勢を変える。ラルフの首から手を放し警戒態勢を取る。敵は何体いるのか?敵の位置は?力のほどは?

ベルフィアは知覚に全神経を集中させると、あることに気づいた。

それは臭いだ。
今まで何で気づかなかったのか、酸いような甘いようなそれでいて刺激のある無視できない香り。その香りの位置を辿ると、ラルフの手に握られた、魔獣用フェロモンスプレーがそれを放っていることに気づいた。

「ほぅ…わらわにバレずに、ヨく巻いタもノヨ…」

ベルフィアは小賢しさから苛立ちを感じたもののその機転の良さに内心感心していた。

「じゃが、これではあまり変ワらないんじゃないかえ?」

死の予感は過ぎ去ってない。

「変わるさ…臨機応変が俺のモットーでな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...