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第一章 出会い

第四話 黒の円卓 後

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「あ゛あ゛っ!!?」

ガンッと机を蹴り上げ、立ち上がる。
イラついたといった態度で”銀爪ぎんそう”は食って掛かる。何故ならここで折れればさっきまでの行動が無駄だし、何よりプライドが許さない。

このチンピラが魔王になれるきっかけなんてたった一つ、親の七光りだ。

前任の”銀爪”は人類の最大戦力である組織に殺されかけ、息も絶え絶えに領地に戻った。幹部、親族を集め、虫の息の中「息子が跡を継ぐのだ」と言い残し息絶えた。

この決定に猛反対した幹部ももちろんいたし、国を離れた権力者も少なくない。それもそのはず、現在の”銀爪”は上の者としての自覚が足りず、経験も足りない。彼の支持率は低迷するばかり。その上、人間との小競り合いが絶えない領地で指揮官でもあった前任の喪失は軍部でも計り知れず。一同皆、国の終わりを悲観していた。

しかしそこは魔王の血筋。
生まれながらに身体能力が高く、魔力量も基準値を大幅に超え自前の実力を見せた彼は人間の戦線に大打撃を与えた。初戦開幕で大金星を飾ったのだ。

あの時に現れた人類の組織はいなかったのでただ幸運だっただけ。指揮力に関しても当てにならなかったが、軍の印象はかなり好意的なものになった。
自国の民から呆れられながらも、かわいいバカくらいにもてはやされる様になる。

国は古株の家臣が政治を行うし、大きな決定に関しても間違っていればブレーキがかかる。逆に言えば特に何もなければ、自分の決定は何の阻害もなく通ると言う事。昔にも親の威光はあったが、帝王学やそれによる稽古など頭を悩ます束縛が多かったし親の顔色をうかがうという面倒くさいことをしていたのだ。

親父が死んでくれたおかげで何をしても許される。

その解放感は凄まじく、とにかくふんぞり返っていた。王という立場は恐怖を消し、余裕を持って行動ができると固く信じている。本当はその重圧や責任を感じなければいけないわけだが、そんなことは二の次、三の次だった。
今回、円卓という種族の今後をも左右する会議に遅れたのも、女遊びのせいである。彼は国民や家臣の想像以上に王の器がない。

今現在行っているこの無謀は、”銀爪”のたくさんの勘違いからきている。
このことから「俺は王だぞ!」という小さなプライドが声を荒げ机を蹴るに至った。

一触即発。
どちらかが動いたが最後、この場は乱戦になる。なにも知らずこの部屋に入ってもわかるほどに、空気が張り詰めていた。

だが誰も止めようとはしない。

なぜならこの後の結末はこの場にいる、”銀爪”達以外の誰もが予見しているからだ。

ぞわっ

今立った鳥肌がなぜ立ったのか、一瞬理解できなかった。ここに集まるほとんどの魔族が感じた事象。頂上であるはずの魔王達ですらこの心胆から冷え切る感覚を抑えられなかった。

ミーシャは怒っていた。”銀爪”の度重なる無礼。特に謝罪もなく円卓の場を穢し、目上を敬わず、前任の頂点えんたくまで行きついた苦労に唾を吐き、王の王たる意義、意志、権威に泥を塗る行為に。ミーシャは怒っていた。

圧倒的で絶大な殺意。
この殺意の前に足がすくみ、逃れる術を失う。
すでに一部の側近たちは自らの死を覚悟していた。
もし主が狙われても盾にすらならない。
立ち尽くして首を差し出すほかない。

ならば当の本人はどうだろうか?
”銀爪”に放たれた殺意は氷柱つららを心臓に突き立て氷の手でそのまま握るような、瞬時に鼓動を止めてしまいたくなるような、そんなイメージだった。

「……あっ…ぇあ…?」

声がうまく出ない。頭で考えがまとまらない。頭ではなく身体が死を覚悟していた。

「殺すぞ…」

言われて脳が追い付く

(…殺される!)

腰が抜けて椅子に座る。もはや声は出ない。

古株の家臣がここにいて操縦していればこうはいかなかった。
ならなかった。

手違いでも、こうなれば許してもらうために首を差し出したかもしれない。こんなチンピラのために、いや国のために。

ここにいるのは誰のためでもなく勝手に首を差し出した哀れな娼婦たちだけだ。ミーシャは真面目で、律儀で、頑なで、融通が利かない。後悔、先に立たず。誰もが次の第七魔王はうまくやれるように考える中。

パンッ

と手をたたく音が鳴る。
見ると”黒雲こくうん”が手をたたいていた。
その音につられ、場内の皆が”黒雲”に注目する。

「やめろ…何のための円卓か思い出せ…」

”黒雲”は黒子のように顔を隠し、滅多に顔を晒さない。しかし姿勢は堂に入ったもので、王の威厳を放つ。

ミーシャの殺気が嘘のように掻き消え、弛緩した空気が流れる。一部の家臣は息ができなかったようで息を大きく吸い込み、吸い込みすぎて咳き込んでいる。

「…失礼しました」

蒼玉そうぎょく”の家臣だったらしく、家臣の粗相を詫びる。

ミーシャはフンッと鼻を鳴らし、つり上げた眉をそのままに、口をへの字に結び、腕を組んで視線を戻す。

「私はまだ怒っている」というアピールだ。許してないけど仕方なくという、子供のような態度をとる。それに和むのは”蒼玉”だけで他はビクビクしている。

「”銀爪”…円卓は初参加だったな…自国のことで手一杯となっているようだが…同族への尊敬を忘れるな…仲違いなど愚の骨頂…どんな形であれ…人間を絶滅させるまでは手を取り合うのだ…」

顔は見えないが、ミーシャは視線を感じていた。”黒雲”は”銀爪”をダシにミーシャに警告したのだ。このことから”銀爪”を歯牙にもかけていないのが良く分かる。

「あ…ああ…理解した、気を付ける」

意地でも謝罪しない小さなプライドが透けて見えるが、机に置いた足は床に戻し姿勢を正しているところから、多少は懲りたのも分かった。

「では、本題に入ろう…」

”黒雲”は執事に目配せをする。

「僭越ながら、ここからは私が進行役を勤めさせていただきます」

”黒雲”が誇る敏腕執事が主の真横に立ち、定時報告から始まる。
現在の魔族側の状況から、人類の組織の情報、特に戦力の強化面についてを議題としていた。

何事もなかったかのように、淡々と会議が進むなか、”銀爪”は段々と余裕を取り戻していた。

(王である筈の自分が、何故追い詰められねばならないのか?)

そう感じると先の恐怖も怒りに塗り固められていく。
まさにのど元過ぎれば…である。

ミーシャの横顔を恨めしく睨みつける。
自分が最も大事にしていた”王である誇りプライド”を傷つけたのだ。

初円卓で頂点の連中を掌握し、さらに躍進をするはずの自分に唾を吐き、あまつさえ恥をかかせた。ビビらせるはずがビビらされた。”銀爪”にとってミーシャは人間以上に敵意を持つ邪魔者になった。

その視線をミーシャの後方から見ていたイミーナは心で笑う。

(いいじゃないあの子、利用できそうね)

その気持ちはほんの少し顔に表れる。微笑という形で。
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