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第107話 制裁
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正直、何をされたのか覚えていない。
妙に冷たい手に触れられ、いきなり膝の力が抜けた。違う。全身の力が抜けた。息を吸うのすら苦しい。まるで濡れた布を口に当てられているような息苦しさ。
「……こひゅっ!!」
意識が朦朧としていたスキンヘッドは突然濡れた布を口から離されたような感覚を感じ、肺に酸素を一気に取り込む。ボヤっとしていた視界が鮮明になり、辺りを見渡せるくらい回復するとたくさん空気を取り込むため息を荒々しく吸ったり吐いたりする。
「ガハッ!……ハァッハァッ!!」
動悸が激しく胸が苦しい。出来れば胸に手を当てたかったが相変わらず手が動かない。だが金縛りみたいではなく後ろ手に縛られているようだ。足まで縛られているのか立ち上がる事さえできない。
すぐ真横にはよだれを垂らしながら白目を向いてヒックヒックと息しづらそうに痙攣している仲間たちがいる。
並び的にはスキンヘッド、ひろき、平面顔、あごひげの順だ。ここに痙攣し続けて泡まで拭いていた竜彦がいないのは恐怖でしかない。
ここは立体駐車場の屋上だ。吹き抜けの雲の晴れた空の下、硬いコンクリートの上に正座の状態で座らされている。ひろきの車も目の前に駐車されている事を鑑みるに、何らかの方法で気絶させられ車をわざわざ屋上まで5人と共に移動させたらしい。しかし、相手は免許も持ってなさそうな学生だったはず。そんな様子に不思議がってると足が痛くなってきた。足を組み替えたいところだが、縛られた足ではどうのしようもない。
「……どうなってんだ?」
今の自分の状況が分からな過ぎて混乱している。その時、ガツンッという殴る音が背中越しに聞こえる。突然の音にビビッて振り返ろうとするが首が回らず、ハッキリとは見えないが人が倒れて行くのが見える。ドサリと倒れた時にその顔が見えた。
「竜彦!!」
その声を聴いて後ろで動く音と視線を感じる。
「聖也。ハゲが起きたぞ」
女の声だがかなりぶっきらぼうな言い方だ。初めて聞く声に戸惑う。
「そうか、じゃ次はハゲをやるか」
ジャケットの襟首を持つと物凄い力で引きずられた。体を捻ったり体重をかけてもお構いなしに移動する。機械に引っ張られるレベルの理不尽さを感じ、「おい!ゴラァ!止めろや!!」と叫び散らす。
恐怖を感じての事だが、それを悟られないよう気持ちを奮い立たせて歯向かう。
無駄な足掻きだ。暴れた所で事態が好転する事はない。引きずられた後、ひょろ男の前につき出された。
ひょろ男は竜彦が所持していたメリケンサックをつけてスキンヘッドを見下ろす。
「てめぇ!!こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
その問いに答えたのはサック付きの拳だった。
ガツンッ
頬を殴られる感触。竜彦を殴っていたであろう音に体内から反響するくぐもった音と、骨の軋むような音が合わさった聴いたことのない音が鳴った。
堪らず倒れるがすぐに起こされる。口内を切ったようで鉄の味が口一杯に広がる。
一方的な暴力しかしてこなかったスキンヘッドにとってやり返される事態など想定していない。だからこそ自分が傷つかない形で役得だけを拾うように心掛けてきた。それがこんな……。
「……なんでこんなことするんだ!俺たちがお前の女に何かしたのか!?」
それを聞くなり男はまた殴った。ほぼ同じ位置で、またガツンッと音がなる。今度は倒れないように元の位置に引き戻された。
「……!あ、ああ……確かに殴った!でも竜彦がやったことで、俺らがやった事じゃ……」
ガツンッ
なにも喋らず一定の間隔で殴る。スキンヘッドが「ブフッ」と血の唾を地面に吐く。口に溜まった血が行き場を失って外に出たのだ。
ガツンッ
特に声も出していなかったがまた殴られた。これにはスキンヘッドも意識が朦朧としながら喚く。
「ガッ!!……て、てめぇ……イカれてんのか!!」
ガツンッ
今度は反応すると同時に殴る。スキンヘッドはあまりの痛さに意識が飛びそうになるが、グイッと元の位置に座らされる。その引き戻しがスキンヘッドの気絶を許さない。
既に意識を飛ばしているであろう竜彦を恨めしく見ながら、涙で滲んだ目でひょろ男を睨み付ける。
「……何で何も喋らねぇんだよ!卑怯だぞ!これをほどいてサシで勝負しろ!!」
男はスキンヘッドの顔を覗き込む。ようやく口を開いた。
「卑怯?例えばどんなのだ?女を誘拐し、5人で輪姦して恐怖を植え付ける……とかか?」
まさかメガネ女をダシに暴行してきた女たちの復讐のため、こんなことをしているのではないか?と予測する。ならばかなり周到に準備された事なのかもしれない。
「いや、待ってくれ……誤解だ。俺たちはただ女の子たちと遊ぶためにナンパしていただけで……」
「言い訳は警察に話するんだな」
男はスキンヘッドの言葉をさらりと流すとガッと胸を押すように床に倒した。手足を縛られ、なす術もなく倒れると頭を打って軽く切ってしまう。左頬の腫れ上がりのせいであまり痛みを感じなかったものの、威圧のためにスキンヘッドにしていたのが頭を切ることに繋がった様だ。
「畜生痛ぇよ……何で俺がこんな目に……」
スキンヘッドは他の連中と違って積極的に動いていたわけではない。ギリギリ捕まらない程度に……というより竜彦がキレた場合3人では止まらないのでブレーキ係を必要とし、竜彦グループに誘われて半ば強引に入れられたのだ。キレやすい喧嘩浸りの細マッチョが殺しに発展しなかった理由は彼の存在が大きい。
とは言え彼も輪に参加しなかったわけではないので犯罪者である事に変わりない。
「よしっ、じゃ次を持ってこい」
淡々と業務のようにこなす姿に寒気を覚える。以前興味本位で見た家畜の屠殺動画を思い出す。電気ショックで気絶させた後、逆さに吊るし上げ、血抜きをする。
やっている事が正に同じであるとは言えないだろうか?何らかの方法で気絶に追い込み、一人ずつに気が済むまで制裁を加える。
モニターの前で哀れにこと切れる家畜どもを見て笑っていた時を思い出す。笑ってられた理由は自分には一切関係がなかったからだ。いざ同じ立場になれば恐怖のあまり吐き気を催す。恐怖に耐えかねたスキンヘッドは縋るような目で男に言葉を投げかける。
「ま、まさか殺したりしないよな……?こ、殺さないでくれ……!」
涙を流しながら懇願する。
「安心しろ。殺したりしないよ。死ぬ一歩手前まで追い詰めるだけだ」
それだけ言い残し、男が次なる犠牲者に向き直る。移動させられたひろきが目を覚ましたのか何か騒いでいるが、男が拳を振り抜くと即座にすすり泣く声に変わった。
………
「うあああああぁあぁっ!!!」
ショッピングモールの屋上付近からのダイブ。20mはくだらない高さから真っ逆さまに落ちる。頭からは勿論、足から落ちたとしても死んでしまいそうな高さ。地面にわずか2秒で到達する自由落下にバンジージャンプなどで使用されるような紐はついていない。落ちているのは勿論5人の強姦魔たち。
一斉に投げ落とされるちょっと前――。
殴られ続けて気力を失った5人はすすり泣きながら並べられていた。一人だけギロリと睨みつけるのはこのグループのリーダー竜彦だ。殴られた頬を腫らし涙を浮かべながらも恨めしい目で睨めつける様は往生際が悪いと言わざるをえない。
「ふむ、なるほど。痛みはもう慣れたわけか」
竜彦の態度に頷く春田。慣れるわけがない。竜彦以外の面々が首を振って何かを訴えようとするが、殴られた直後よりも腫れ上がって上手く口を動かす事が出来ず、ふがふが言葉にならない声を上げる。
「で、どうするんだ?」
ヤシャは腕を組んで5人を見下ろす。
「どうって?決まってる。こっから落とすんだよ」
それを聴いた5人の顔が青ざめる。4人は「止めてほしい」とか「話が違うと」ふがふが許しを乞い、竜彦だけは「ふざけんな」とか「殺す」とかをふがふが反抗的に訴える。
「ヤシャ、そいつらをそっちに並べろ。俺はこいつを動かす。ポイ子はそいつな」
「分かった」と頷くとヤシャはさっさと連れていく。暴れようが何をしようが関係ない。襟首を掴めば誰であろうと抗うことも出来ずにグイッと連れていかれる。
ポイ子もわりと軽々人を運ぶ。人外の二人にこの程度の重さなど有ってないような物だとでもいいたいのか。
それと比べれば春田は無様である。暴れて転んで逃げようとするのを引きずりながら何とか駐車場端まで連れていく。
5人を駐車場端でズラッと並べる。落とすには柵を越えなければいけないが、一人ずつ柵越えさせて落とすつもりなのだろうか?
いずれにしても大変な労力だ。それを可能にしそうなのはすぐ側に立つこのゴリラ女だけだが……。
「ナルルは準備出来てるのか?」
「下で待機しております。いつでも大丈夫です」
「出来れば殺したくないからそこら辺は頼むぞ。まぁ失敗しても死ぬのは犯罪者だからどうでも良いんだけどな」
春田は青筋を立てていた頃に比べれば、若干柔和にポイ子に話しかける。そして、5人を一瞥すると一つ頷く。
「……それじゃ落とすか」
ドキッとする。それが当たり前のように発言する。まるで部屋の片付けに着手するような気軽さだ。
慌てて身を捩ったり、泣き叫んだり、その場で転がったりして抵抗する。その中でも竜彦はじっと座って肩越しに春田を睨む。その目にはこう書かれている。
『単なる脅しだろ?やれるもんならやってみやがれ!』
察しの良い春田はすぐに気付いた。ニヤッと笑ってそれに答える。
「マレフィア。出番だぞ」
車のスライドドアが開いて女が出てくる。マレフィアは春田の隣に立つとチラッと格子状の柵を見る。
「こっから落とすの?」
女は出るなり物騒なことを言う。泣きじゃくっていた4人はきょとんと呆ける。ゴリラ女ならまだしも、まさかこんな華奢な女が出てくるとは思わなかった。「出番」ということはここから落とすのはあの女なのか?竜彦同様「脅し」の文字が頭に浮かぶ。
「ああ。でも、なるべく固めて落としてくれよ。辺り一面バラバラに落としたら、いくらナルルでも助けきらないだろ?」
「あー、はいはーい。じゃ、そっち方面に全部ポイッで良いわけね」
5人にとって全く意味の分からない事を話し合いながらマレフィアが一歩前に出る。どうするつもりなのか?結局引っ張る姿しか想像できない。それとも早々にできない事を告げてゴリラ女に交代するつもりなのか?
「えいっ」
と可愛い掛け声の後、手を広げて5人にかざす。やっていることは傍から見れば馬鹿げた行為だが、ここで違和感が生まれる。5人の体が一斉に浮かび上がった。
「うあああっ!」「わあああっ!」
5人の体は見る間に柵より上に持ち上がる。5人全員がハッタリだと信じていたかったが、今度は夢だと思いたい状況に置かれる。そして完全に宙づり状態で20m先の地面を見せられる。手足を後ろ手に縛られ、恐怖をやわらげる事も出来ない。体全身の毛という毛が総毛立ち、冷汗に交じって股間が濡れる。高級なパンツからしずくが垂れる程水分を放出した5人の若者は肝が冷えて持ち上がる独特の感覚を感じながら叫ぶ。竜彦もこれには堪らず春田に向かって許しを請う。
「ひゃめへふれ(やめてくれ)!!ほふぇのふぁへば(俺の負けだ)!!あやまりゅふぁりゃ(謝るから)ふぁすへふぇふりぇ(助けてくれ)!!」
腫れ上がった頬に恐怖が合わさり呂律も回ってない。
「ん?なんだ?やっと分かったのか。まったく、こんぐらいやんなきゃ分かんないんだもんなぁ」
「はぁっ」とため息を吐く。ガタガタ震えながら許しを待つ5人。竜彦のおかげでなんか助かりそうな言いように目を輝かせる。助けるとは露ほども言ってないのに藁にも縋る思いで次のセリフを待つ。
「でも駄目だ。お前らは結局何度でも繰り返す。もう叱る段階は済んでんだよ」
「ふぉんあ(そんな)……」
5人全員の顔が恐怖と絶望に染まる。竜彦は「へへぇぶっほろしゅ(てめぇぶっ殺す)!!」と吠える。体をくねらせ縛られた手足が何とか自由にならないか試みる。よく映画や小説等の創作物で見る縛っていた手錠や縄が主人公の決死の力で千切れたり、解かれたりする事がある。そういう時は完全に不利な状況をひっくり返せるような奇跡が起こるのが相場だ。そんな竜彦の努力を見て4人も悪あがきに転ずるが、この小説の主人公はお前らじゃない。
「さぁて罪を償う時間だ」
春田は右手の親指をピッと立てて、それを首にあてがうとスッと横にスライドする。マレフィアはそれを見るとスッと手を下ろし、5人にかけていた浮遊魔法を消す。
手足が縛られたまま落ちていく。落下の感覚は浮かされている時とは違う浮遊感で、内臓を押し上げられるような奇妙な感覚を覚える。腹の底から断末魔の様な叫び声を響かせ、垂直落下する。とその時、体に一瞬浮遊感を持ち、地面すれすれで止まる。車の急ブレーキの様に落下直前で速度を落とされた。ほとんど急に止まったので体の中がぐちゃぐちゃにされたような痛みと気持ち悪さを感じ、昼に食べた内容物を目と鼻の先の地面にぶちまけた。目は充血し、鼻からは鼻血が出ている。
「ふぅ、まったく。殺さんようにするのも難儀なもんじゃな」
ナルルは影からぬぅっとその姿を現す。秘術”影繰り”。落ちてきた5人の影を操ってギリギリで下に落ちないように”影縫い”との応用でストップをかけた。影縫いだけを使えば体は停止する。しかし、内容物に関しては保証が出来ない。慣性の法則を考えれば、ガワだけを停止させた場合、内臓をぶちまける事になる。
ある程度のブレーキをかければこの通り瀕死で生かす事が出来るという寸法だ。魔法は内容物すら停止させたりできるので恐怖を煽るだけなら魔法で全部してしまえばいいのだが、今回のテーマは「償い」。罪の意識もない馬鹿どもにしっかり償ってほしいという気持ちを込めた行いだ。痛みの伴わない罰則程度では「今度はバレない様に上手くやろう」と再度犯罪に手を染めるものだ。
「ポイ子よ、マレフィアにこの人間どもを屋上に戻すよう伝えるのじゃ」
『了解しました』
それからすぐに5人の強姦魔は屋上に浮遊していった。
軽々と柵を越えてひろきの車の前に放り出される。生きてはいるもののピクピク痙攣し動こうとしない。腹から食べたものと腸内に溜まっていたものすべてを外にぶちまけて気絶している。
「うぇ……きったなーい」
マレフィアはもう見たくないとそっぽを向く。ヤシャも春田も苦々しい顔でその醜態を見る。単純に臭いのだ。ポイ子は平気な顔で春田の顔を見て次の指示を待っている。ほどなくナルルも”影渡り”で屋上に到達すると、春田にぺこりと頭を下げた。
「ご苦労だナルル。見事に全員生かしたな」
「造作もないこと……」
その労いに笑顔で答える。
「仕上げだ。やれヤシャ」
「応っ」
ヤシャは待ってましたと飛び上がり、ひろきの車を叩き潰した。ハンマーの様に上からぶっ叩き天井が座席近くまで凹む。ガラスも飛散するが、そこはマレフィアがシールドを張りガラスを防ぐ。正面に回り込むと中段突きをかまし、まるで事故でも起きたように無残な姿になる。その様子を確認してヤシャは戻ってきた。
「柔い。多少手加減したのにこの様だ。本気で殴れば屋上から飛んでいくな……」
「流石ヤシャだな、ご苦労。後は警察の仕事だ」
春田は踵を返す。四天王はその後ろについていきその場を後にした。残されたのは死にかけの5人と大破した車が一台。マレフィアの魔法が解けたのはそれから3分後。春田たちが去って10分くらいで客が気付き、警察と救急車が呼ばれた。
妙に冷たい手に触れられ、いきなり膝の力が抜けた。違う。全身の力が抜けた。息を吸うのすら苦しい。まるで濡れた布を口に当てられているような息苦しさ。
「……こひゅっ!!」
意識が朦朧としていたスキンヘッドは突然濡れた布を口から離されたような感覚を感じ、肺に酸素を一気に取り込む。ボヤっとしていた視界が鮮明になり、辺りを見渡せるくらい回復するとたくさん空気を取り込むため息を荒々しく吸ったり吐いたりする。
「ガハッ!……ハァッハァッ!!」
動悸が激しく胸が苦しい。出来れば胸に手を当てたかったが相変わらず手が動かない。だが金縛りみたいではなく後ろ手に縛られているようだ。足まで縛られているのか立ち上がる事さえできない。
すぐ真横にはよだれを垂らしながら白目を向いてヒックヒックと息しづらそうに痙攣している仲間たちがいる。
並び的にはスキンヘッド、ひろき、平面顔、あごひげの順だ。ここに痙攣し続けて泡まで拭いていた竜彦がいないのは恐怖でしかない。
ここは立体駐車場の屋上だ。吹き抜けの雲の晴れた空の下、硬いコンクリートの上に正座の状態で座らされている。ひろきの車も目の前に駐車されている事を鑑みるに、何らかの方法で気絶させられ車をわざわざ屋上まで5人と共に移動させたらしい。しかし、相手は免許も持ってなさそうな学生だったはず。そんな様子に不思議がってると足が痛くなってきた。足を組み替えたいところだが、縛られた足ではどうのしようもない。
「……どうなってんだ?」
今の自分の状況が分からな過ぎて混乱している。その時、ガツンッという殴る音が背中越しに聞こえる。突然の音にビビッて振り返ろうとするが首が回らず、ハッキリとは見えないが人が倒れて行くのが見える。ドサリと倒れた時にその顔が見えた。
「竜彦!!」
その声を聴いて後ろで動く音と視線を感じる。
「聖也。ハゲが起きたぞ」
女の声だがかなりぶっきらぼうな言い方だ。初めて聞く声に戸惑う。
「そうか、じゃ次はハゲをやるか」
ジャケットの襟首を持つと物凄い力で引きずられた。体を捻ったり体重をかけてもお構いなしに移動する。機械に引っ張られるレベルの理不尽さを感じ、「おい!ゴラァ!止めろや!!」と叫び散らす。
恐怖を感じての事だが、それを悟られないよう気持ちを奮い立たせて歯向かう。
無駄な足掻きだ。暴れた所で事態が好転する事はない。引きずられた後、ひょろ男の前につき出された。
ひょろ男は竜彦が所持していたメリケンサックをつけてスキンヘッドを見下ろす。
「てめぇ!!こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
その問いに答えたのはサック付きの拳だった。
ガツンッ
頬を殴られる感触。竜彦を殴っていたであろう音に体内から反響するくぐもった音と、骨の軋むような音が合わさった聴いたことのない音が鳴った。
堪らず倒れるがすぐに起こされる。口内を切ったようで鉄の味が口一杯に広がる。
一方的な暴力しかしてこなかったスキンヘッドにとってやり返される事態など想定していない。だからこそ自分が傷つかない形で役得だけを拾うように心掛けてきた。それがこんな……。
「……なんでこんなことするんだ!俺たちがお前の女に何かしたのか!?」
それを聞くなり男はまた殴った。ほぼ同じ位置で、またガツンッと音がなる。今度は倒れないように元の位置に引き戻された。
「……!あ、ああ……確かに殴った!でも竜彦がやったことで、俺らがやった事じゃ……」
ガツンッ
なにも喋らず一定の間隔で殴る。スキンヘッドが「ブフッ」と血の唾を地面に吐く。口に溜まった血が行き場を失って外に出たのだ。
ガツンッ
特に声も出していなかったがまた殴られた。これにはスキンヘッドも意識が朦朧としながら喚く。
「ガッ!!……て、てめぇ……イカれてんのか!!」
ガツンッ
今度は反応すると同時に殴る。スキンヘッドはあまりの痛さに意識が飛びそうになるが、グイッと元の位置に座らされる。その引き戻しがスキンヘッドの気絶を許さない。
既に意識を飛ばしているであろう竜彦を恨めしく見ながら、涙で滲んだ目でひょろ男を睨み付ける。
「……何で何も喋らねぇんだよ!卑怯だぞ!これをほどいてサシで勝負しろ!!」
男はスキンヘッドの顔を覗き込む。ようやく口を開いた。
「卑怯?例えばどんなのだ?女を誘拐し、5人で輪姦して恐怖を植え付ける……とかか?」
まさかメガネ女をダシに暴行してきた女たちの復讐のため、こんなことをしているのではないか?と予測する。ならばかなり周到に準備された事なのかもしれない。
「いや、待ってくれ……誤解だ。俺たちはただ女の子たちと遊ぶためにナンパしていただけで……」
「言い訳は警察に話するんだな」
男はスキンヘッドの言葉をさらりと流すとガッと胸を押すように床に倒した。手足を縛られ、なす術もなく倒れると頭を打って軽く切ってしまう。左頬の腫れ上がりのせいであまり痛みを感じなかったものの、威圧のためにスキンヘッドにしていたのが頭を切ることに繋がった様だ。
「畜生痛ぇよ……何で俺がこんな目に……」
スキンヘッドは他の連中と違って積極的に動いていたわけではない。ギリギリ捕まらない程度に……というより竜彦がキレた場合3人では止まらないのでブレーキ係を必要とし、竜彦グループに誘われて半ば強引に入れられたのだ。キレやすい喧嘩浸りの細マッチョが殺しに発展しなかった理由は彼の存在が大きい。
とは言え彼も輪に参加しなかったわけではないので犯罪者である事に変わりない。
「よしっ、じゃ次を持ってこい」
淡々と業務のようにこなす姿に寒気を覚える。以前興味本位で見た家畜の屠殺動画を思い出す。電気ショックで気絶させた後、逆さに吊るし上げ、血抜きをする。
やっている事が正に同じであるとは言えないだろうか?何らかの方法で気絶に追い込み、一人ずつに気が済むまで制裁を加える。
モニターの前で哀れにこと切れる家畜どもを見て笑っていた時を思い出す。笑ってられた理由は自分には一切関係がなかったからだ。いざ同じ立場になれば恐怖のあまり吐き気を催す。恐怖に耐えかねたスキンヘッドは縋るような目で男に言葉を投げかける。
「ま、まさか殺したりしないよな……?こ、殺さないでくれ……!」
涙を流しながら懇願する。
「安心しろ。殺したりしないよ。死ぬ一歩手前まで追い詰めるだけだ」
それだけ言い残し、男が次なる犠牲者に向き直る。移動させられたひろきが目を覚ましたのか何か騒いでいるが、男が拳を振り抜くと即座にすすり泣く声に変わった。
………
「うあああああぁあぁっ!!!」
ショッピングモールの屋上付近からのダイブ。20mはくだらない高さから真っ逆さまに落ちる。頭からは勿論、足から落ちたとしても死んでしまいそうな高さ。地面にわずか2秒で到達する自由落下にバンジージャンプなどで使用されるような紐はついていない。落ちているのは勿論5人の強姦魔たち。
一斉に投げ落とされるちょっと前――。
殴られ続けて気力を失った5人はすすり泣きながら並べられていた。一人だけギロリと睨みつけるのはこのグループのリーダー竜彦だ。殴られた頬を腫らし涙を浮かべながらも恨めしい目で睨めつける様は往生際が悪いと言わざるをえない。
「ふむ、なるほど。痛みはもう慣れたわけか」
竜彦の態度に頷く春田。慣れるわけがない。竜彦以外の面々が首を振って何かを訴えようとするが、殴られた直後よりも腫れ上がって上手く口を動かす事が出来ず、ふがふが言葉にならない声を上げる。
「で、どうするんだ?」
ヤシャは腕を組んで5人を見下ろす。
「どうって?決まってる。こっから落とすんだよ」
それを聴いた5人の顔が青ざめる。4人は「止めてほしい」とか「話が違うと」ふがふが許しを乞い、竜彦だけは「ふざけんな」とか「殺す」とかをふがふが反抗的に訴える。
「ヤシャ、そいつらをそっちに並べろ。俺はこいつを動かす。ポイ子はそいつな」
「分かった」と頷くとヤシャはさっさと連れていく。暴れようが何をしようが関係ない。襟首を掴めば誰であろうと抗うことも出来ずにグイッと連れていかれる。
ポイ子もわりと軽々人を運ぶ。人外の二人にこの程度の重さなど有ってないような物だとでもいいたいのか。
それと比べれば春田は無様である。暴れて転んで逃げようとするのを引きずりながら何とか駐車場端まで連れていく。
5人を駐車場端でズラッと並べる。落とすには柵を越えなければいけないが、一人ずつ柵越えさせて落とすつもりなのだろうか?
いずれにしても大変な労力だ。それを可能にしそうなのはすぐ側に立つこのゴリラ女だけだが……。
「ナルルは準備出来てるのか?」
「下で待機しております。いつでも大丈夫です」
「出来れば殺したくないからそこら辺は頼むぞ。まぁ失敗しても死ぬのは犯罪者だからどうでも良いんだけどな」
春田は青筋を立てていた頃に比べれば、若干柔和にポイ子に話しかける。そして、5人を一瞥すると一つ頷く。
「……それじゃ落とすか」
ドキッとする。それが当たり前のように発言する。まるで部屋の片付けに着手するような気軽さだ。
慌てて身を捩ったり、泣き叫んだり、その場で転がったりして抵抗する。その中でも竜彦はじっと座って肩越しに春田を睨む。その目にはこう書かれている。
『単なる脅しだろ?やれるもんならやってみやがれ!』
察しの良い春田はすぐに気付いた。ニヤッと笑ってそれに答える。
「マレフィア。出番だぞ」
車のスライドドアが開いて女が出てくる。マレフィアは春田の隣に立つとチラッと格子状の柵を見る。
「こっから落とすの?」
女は出るなり物騒なことを言う。泣きじゃくっていた4人はきょとんと呆ける。ゴリラ女ならまだしも、まさかこんな華奢な女が出てくるとは思わなかった。「出番」ということはここから落とすのはあの女なのか?竜彦同様「脅し」の文字が頭に浮かぶ。
「ああ。でも、なるべく固めて落としてくれよ。辺り一面バラバラに落としたら、いくらナルルでも助けきらないだろ?」
「あー、はいはーい。じゃ、そっち方面に全部ポイッで良いわけね」
5人にとって全く意味の分からない事を話し合いながらマレフィアが一歩前に出る。どうするつもりなのか?結局引っ張る姿しか想像できない。それとも早々にできない事を告げてゴリラ女に交代するつもりなのか?
「えいっ」
と可愛い掛け声の後、手を広げて5人にかざす。やっていることは傍から見れば馬鹿げた行為だが、ここで違和感が生まれる。5人の体が一斉に浮かび上がった。
「うあああっ!」「わあああっ!」
5人の体は見る間に柵より上に持ち上がる。5人全員がハッタリだと信じていたかったが、今度は夢だと思いたい状況に置かれる。そして完全に宙づり状態で20m先の地面を見せられる。手足を後ろ手に縛られ、恐怖をやわらげる事も出来ない。体全身の毛という毛が総毛立ち、冷汗に交じって股間が濡れる。高級なパンツからしずくが垂れる程水分を放出した5人の若者は肝が冷えて持ち上がる独特の感覚を感じながら叫ぶ。竜彦もこれには堪らず春田に向かって許しを請う。
「ひゃめへふれ(やめてくれ)!!ほふぇのふぁへば(俺の負けだ)!!あやまりゅふぁりゃ(謝るから)ふぁすへふぇふりぇ(助けてくれ)!!」
腫れ上がった頬に恐怖が合わさり呂律も回ってない。
「ん?なんだ?やっと分かったのか。まったく、こんぐらいやんなきゃ分かんないんだもんなぁ」
「はぁっ」とため息を吐く。ガタガタ震えながら許しを待つ5人。竜彦のおかげでなんか助かりそうな言いように目を輝かせる。助けるとは露ほども言ってないのに藁にも縋る思いで次のセリフを待つ。
「でも駄目だ。お前らは結局何度でも繰り返す。もう叱る段階は済んでんだよ」
「ふぉんあ(そんな)……」
5人全員の顔が恐怖と絶望に染まる。竜彦は「へへぇぶっほろしゅ(てめぇぶっ殺す)!!」と吠える。体をくねらせ縛られた手足が何とか自由にならないか試みる。よく映画や小説等の創作物で見る縛っていた手錠や縄が主人公の決死の力で千切れたり、解かれたりする事がある。そういう時は完全に不利な状況をひっくり返せるような奇跡が起こるのが相場だ。そんな竜彦の努力を見て4人も悪あがきに転ずるが、この小説の主人公はお前らじゃない。
「さぁて罪を償う時間だ」
春田は右手の親指をピッと立てて、それを首にあてがうとスッと横にスライドする。マレフィアはそれを見るとスッと手を下ろし、5人にかけていた浮遊魔法を消す。
手足が縛られたまま落ちていく。落下の感覚は浮かされている時とは違う浮遊感で、内臓を押し上げられるような奇妙な感覚を覚える。腹の底から断末魔の様な叫び声を響かせ、垂直落下する。とその時、体に一瞬浮遊感を持ち、地面すれすれで止まる。車の急ブレーキの様に落下直前で速度を落とされた。ほとんど急に止まったので体の中がぐちゃぐちゃにされたような痛みと気持ち悪さを感じ、昼に食べた内容物を目と鼻の先の地面にぶちまけた。目は充血し、鼻からは鼻血が出ている。
「ふぅ、まったく。殺さんようにするのも難儀なもんじゃな」
ナルルは影からぬぅっとその姿を現す。秘術”影繰り”。落ちてきた5人の影を操ってギリギリで下に落ちないように”影縫い”との応用でストップをかけた。影縫いだけを使えば体は停止する。しかし、内容物に関しては保証が出来ない。慣性の法則を考えれば、ガワだけを停止させた場合、内臓をぶちまける事になる。
ある程度のブレーキをかければこの通り瀕死で生かす事が出来るという寸法だ。魔法は内容物すら停止させたりできるので恐怖を煽るだけなら魔法で全部してしまえばいいのだが、今回のテーマは「償い」。罪の意識もない馬鹿どもにしっかり償ってほしいという気持ちを込めた行いだ。痛みの伴わない罰則程度では「今度はバレない様に上手くやろう」と再度犯罪に手を染めるものだ。
「ポイ子よ、マレフィアにこの人間どもを屋上に戻すよう伝えるのじゃ」
『了解しました』
それからすぐに5人の強姦魔は屋上に浮遊していった。
軽々と柵を越えてひろきの車の前に放り出される。生きてはいるもののピクピク痙攣し動こうとしない。腹から食べたものと腸内に溜まっていたものすべてを外にぶちまけて気絶している。
「うぇ……きったなーい」
マレフィアはもう見たくないとそっぽを向く。ヤシャも春田も苦々しい顔でその醜態を見る。単純に臭いのだ。ポイ子は平気な顔で春田の顔を見て次の指示を待っている。ほどなくナルルも”影渡り”で屋上に到達すると、春田にぺこりと頭を下げた。
「ご苦労だナルル。見事に全員生かしたな」
「造作もないこと……」
その労いに笑顔で答える。
「仕上げだ。やれヤシャ」
「応っ」
ヤシャは待ってましたと飛び上がり、ひろきの車を叩き潰した。ハンマーの様に上からぶっ叩き天井が座席近くまで凹む。ガラスも飛散するが、そこはマレフィアがシールドを張りガラスを防ぐ。正面に回り込むと中段突きをかまし、まるで事故でも起きたように無残な姿になる。その様子を確認してヤシャは戻ってきた。
「柔い。多少手加減したのにこの様だ。本気で殴れば屋上から飛んでいくな……」
「流石ヤシャだな、ご苦労。後は警察の仕事だ」
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