上 下
123 / 148
10章 過去編

123、尊き犠牲

しおりを挟む
 メフィストは後悔していた。満を持してミルレースに強力な一撃を放ったというのに、全くの無意味。いや、無意味だったことが知れたのは必要なことだったが、もっと前に知りたかった。
 こうして身を晒し、有益な攻撃が出来るのを知られてしまった以上ただでは済まない。さらに煽りまで入れてミルレースの敵意を買ってしまった。
 今出現している怪物たちすべてがメフィストに向くわけではないが、ミルレース本人と直接戦うことになるやもしれない。もし戦えば勝ち目はゼロ。死が待つのみ。

「うふふっ……覚悟は出来ていますか?なんでしたっけ……皇魔貴族?でしたよね?あなたはこう、一番上の階級って感じですね。もしかして王様とかでしょうか?」

 メフィストはただ黙ってミルレースを見る。一挙手一投足を見逃せば途端に致命の一撃を食らうかもしれないから。そのつまらない対応にはミルレースも唇を尖らせた。

「……当たらずも遠からず、といったところでしょうか?まぁいいです。どのみち死んでもらうので」
(来るかっ?!)

 ミルレースの言葉に緊張が走る。しかしミルレースが動き出す前にことは起こった。

 ──ズゥッ

 異様な音だった。排水溝に水が流れ落ちるような、何かを吸い込むような奇怪な音。
 それが鳴ったのは戦車ザ・チャリオットの方からだった。

「え?」

 ミルレースも驚いたその音は戦車ザ・チャリオットにまとわりつく黒い何かが発していると気付く。形は翼竜のように見えなくもないが、何とも言えない気持ち悪さを感じる。

 ズゥッ

 またしても聞こえたその音に正体を見た。翼竜の身体から黒い波動のようなものを発し、薄い膜の球体を作る。それが翼竜に吸い込まれると同時に戦車ザ・チャリオットの胴体の一部が消失した。
 まるでそこに局地的なブラックホールでも発生させたかのような光景。戦車ザ・チャリオットは欠損させられた箇所を補う術を持たないため、かなりバランスが悪くなっている。
 最初の音を合わせて2回やられたと思ったが戦車ザ・チャリオットの欠損部分は胴体の一部だけ。多分悪魔ザ・デビル皇帝ザ・エンペラーに対して使用し、あまり意味がなかったために攻撃対象を戦車ザ・チャリオットに切り替えたものと思われる。
 だからといって戦車ザ・チャリオットの装甲を抜ける攻撃が来るとは思いも寄らない。

「え?は?……い、いったい何なんですか?」

 メフィストに構っている暇がなくなったミルレースは、この場の戦闘を女帝ザ・エンプレス審判ザ・ジャッジメントに任せて離脱。翼竜の情報収集に走った。
 メフィストも内心助かったと胸を撫で下ろす。背後に部下が走ってくるのを感じて振り返る。

「メフィスト様っ!」
「お前たちっ!ここは任せたぞっ!何としてでも怪物どもを食い止めるのだっ!!」

 デザイアが動き出したのなら封印は最終段階に入ったと言って過言ではない。部下にアルカナとの戦いを任せ、メフィストはミルレースの後を追った。
 漆黒の翼竜を追うミルレース。数を数えながら翼竜の動きに目を凝らす。

「全部で7体ですか……気持ち悪い……ただの生き物じゃないことだけは分かりますね。このような生物を隠し持っていたとは魔族たちも侮れませんねぇ。しかしどこにどうやって?戦車ザ・チャリオットを倒せるような能力を持つ生き物を捕まえることなど……まして入れておける囲いなど存在するのでしょうか?」

 ミルレースは疑問を吐露する。自身の絶対的な力を考えた時、さっきまで戦っていた魔族たちとの隔絶した能力の差をどうしても無視出来ない。この世界最強種の魔物を洗脳の一種で操っているのか、はたまたまったく別物の何か特別な力によるものなのか。
 考えたところで答えが出るわけもないが、自分を万に一つも殺せる可能性があるものは潰しておくに限る。

「まぁ路傍の石につまづくなんてつまらないですからね。私のために絶滅していただかないと……──ザ・ムーン

 ミルレースは翼竜が意味深に旋回する中心に立ち、杖を空に向けてかざす。すると空に2つ目の月が出現する。
 近い。雲より下にクレーターのある惑星。その能力は引力である。
 ザ・ムーンが出現してすぐ、空で旋回していた翼竜たちがザ・ムーンに引っ張られて制御を失い、惑星にビタンッと勢い良く叩きつけられた。
 翼竜たちは黒い波動を出そうと力を溜めたが、力の発動前に体が引き潰れ、影も形もなくなっていく。7頭いたデザイアが創りし翼竜はミルレースのザ・ムーンの力で消滅させられた。

「耐久力は皆無ですか……しかし妙ですね。これほど簡単に死ぬならば戦車ザ・チャリオットに近づくことなど出来ないと思いますが……いや、回避能力に優れていたのかもしれません。簡単に倒せるのは良いことですし、ここは素直に喜んでおきましょう」

 ミルレースは満足げに頷きながら戦線に戻ろうと足を踏み出す。だがそうはさせじと風帝と生き残った竜王たちが攻撃を仕掛けた。

『オオオッ!我が名は風帝エンリル!!女神ミルレースよっ!貴様の犯した愚行の数々をその命を以って清算しろぉっ!!』

 ゴォッと突風が吹き荒れる。バレエダンサーのように引き締まった体の青年は見た目にそぐわない荒々しい声でミルレースを糾弾する。ミルレースは名乗られたことに不快感を示しエンリルを見た。それを見た竜王たちも続く。

「僕の名は水竜王ウルミリアだ!女神!!」
「はぁ?」
「私は火竜王ウルメイト!この世の最後に私の名を刻め!!」

 水色の鱗を持つ薄弱な印象を持たせる少年と赤黒い鱗を持つ豊満で活発な女性がそれぞれ名前を名乗る。

「え?ちょ、うるさ……急に何なんですか?あなた方の名前なんて覚える義理はありませんよ」

 ミルレースは風と火と水の魔法を魔術師ザ・マジシャンで弾きながら杖を振るう。

ザ・ムーンが出ているのにちょこまかと……引力に負けてとっとと潰れれば良いものを……仕方ありません。──吊るし人ザ・ハングドマン

 ──カッカッカッカッ……

 妙に甲高い音で歩く音。ザ・ムーンの表面を難なく歩いている顔に覆面を被せられ、後ろ手に縄を縛られた男性と思しき人影。一国の領主のように煌びやかなパーティー用に仕立てた紳士風のスーツを着込んでいる。
 右足首にいつの間にか縄が巻き付き、地表に向けて落ちる。ガツンッと何かに引っかかったように空中で静止し、破れた覆面から覗く赤い目がギラリと光った。
 次の瞬間、エンリルとウルミリアとウルメイトの両手両足と首に縄が巻き付き、引き千切らんばかりに体が引っ張られる。

「あぐっ!?」

 関節が外れたウルミリアが痛みに喘ぐ。

「あははっ!千切れませんか?なかなか頑丈ですねっ」

 ミルレースはニヤニヤ笑いながら魔術師ザ・マジシャンをけしかける。クリスタルから発射されるレーザーがウルメイトの足を切り離す。

「あああぁぁっ!!ああぁぁっ!!」

 想像を絶する痛みに叫ぶウルメイト。両足を切断されたウルメイトの首の縄がギュッと締まり、「あがっ!?」という声と共に途中で叫び声が途切れる。

「まったく……私に逆らうからこのようなことになるのですよ」
「う……嘘を付くな!僕らが何もしなくたってお前は……!」
「お前ですか?失礼な少年ですねぇ。しかし皇魔貴族よりはガッツのある方々で感心しましたよ」
『き、貴様などに感心されて誰が喜ぶ?』
「何故喜ばないのです?神である私に対し不敬ではありませんか?」

 ミルレースは首を傾げながら質問する。その顔には嘲りがあった。ウルメイトは痛みで目一杯涙を流しながらミルレースを睨み付けた。

「はぁー……はぁー……な、何とでも言うが良い。こうして……私の足を切り落としたところで……お前はここで終わりだ……そうだろう?メフィスト!」

 ミルレースはその名前にハッとして振り返る。気配を感じた背後の岩場にメフィストが立っていた。

「なるほどなるほど。私にあの攻撃を仕掛けようとしているのですね?しかし愚かな竜王のせいでその計画も御破算。頭が弱い生き物と手を組むとこのようなことになるのですね。勉強になります」
「……」

 メフィストは言われるがまま手を前にかざす。

「先の魔力砲ですか。芸のない」
「……お前が芸達者すぎるだけだ。女神」
「やっと喋りましたか。そのような返事になるということはやはり……もうこいつらは良いです。殺しなさい」

 ミルレースは吊るし人ザ・ハングドマンで吊るした3人を用済みと判断し、手を雑に振った。それに反応したクリスタルが光り出す。

「させるかっ!!」

 メフィストはミルレースの殺意に反応し、凄まじい魔力砲を放つ。ミルレースはそれを見越していたように光り輝いたクリスタルの魔法をメフィストの魔力砲に向けて放った。
 魔術師ザ・マジシャンの全クリスタルの魔法とメフィストの魔力砲は真正面から打ち合い、両者の力は拮抗する。

「な、何っ!?」

 思ってもみなかった状況にメフィストの目が見開かれる。打ち合ったことにも驚いたが、自分が最強と思う力がまさか拮抗するとは思いも寄らない。
 そうこうしていると縛られた3人は縄によって上空に引っ張られ、ザ・ムーンの月面に着地した。

『ごあっ!!は、早くしろ……早くしろぉっ!!』
「うああぁっ!!」

 メキュメキュッと体が引力に轢き潰されていく。ウルメイトは既に事切れているのか言葉を発することもなく月面に埋まっていく。
 ウルミリアもエンリルも完全に月面に埋まり、声も出せぬまま血液と思われる液体が勢いよく飛び出る。
 その血液も月面に染み込んで跡形もなくなった。

「あははっ!無駄無駄っ!私には勝てないのですよっ!!」

 ギギギギッ

 メフィストの魔力砲が徐々に圧される。このままではメフィストにも多大なダメージとなるだろう。その時、ミルレースの立つ地面から光が放たれる。ミルレースは急に光った大地に不思議そうな顔を見せる。

「ぐっ……!ようやくか!?遅すぎるぞアレクサンドロス!」
「はっ?突然何を……」

 ミルレースの疑問に答えるようにミルレースの背後から声が聞こえた。
 その声に反応し、肩越しに見たそこに立っていたのは羽をスカートの用に閉じた紳士風の魔族。アレクサンドロスの従者リュート=パスパヤードの姿だった。

「──結晶魔法──”籠の鳥カルブンクルス”」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」 世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。 ”人類”と”魔族” 生存圏を争って日夜争いを続けている。 しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。 トレジャーハンターその名はラルフ。 夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。 そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く 欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、 世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

処理中です...