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3章
25、見逃せない戦い
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レッドはイベントの開始時間に合わせて街に入った。冒険者ギルドが何を考えて企画したのか、一体何をするのか気になるところ。
イベント会場はかなり前から閉鎖されていた闘技場。昔は腕自慢たちの試し合いの場となっていたのだが、それもダンジョンが見つかるまでの話。
賭け事で得られる0か100の報酬では確実に食べていくのは困難だ。しっかりコツコツ稼いでいく方針に切り替えるのは自明の理。
それに過去の闘技場では同族同士で戦うこともしばしばあったので、常に魔獣と戦うダンジョンの方が気軽に戦えるのも理由の1つだ。
そんな闘技場付近に到着したレッドだったが、思ったより人がまばらであることに気付く。
「ん?何でこんなに少ないんだ?」
昨日は街の宿に泊まることが出来ないほど人で溢れ返っていたのに、イベント会場に人が集まらないのはどういうわけか。
考えられるのは2つ。1つは会場が変わった、若しくは日程が変わった。もう1つはイベントの中止だ。
後者の場合は暴動が起こっても不思議ではないが、そんな様子は微塵も感じない。
そこでふとイベントののぼりを見つける。イベントの会場が変わっていないのはここで気付いた。
『日程の変更でしょうか?』
「……多分」
『では取り敢えずギルド会館に行って聞いてみては?』
「……そうだな。そうしようか」
レッドは踵を返してギルド会館に直行する。イベント初日のはずが、昨日と同じく普段通りのギルド会館を不思議に思いつつ中に入っていく。
中は空いていて冒険者の姿はほんの2、3組。受付カウンターに行く前に掲示板を確認しに行く。そこで目にしたのはイベントの延期に関するものとヴォーツマス墳墓の依頼が書かれた掲示物。レッドは立ち止まってじっくり読み始めた。
「名だたる面子が一同に介してクエストに挑戦だって?!これは一大事だ!」
超有名な冒険者チームが4組と人類最強ではないかと謳われるディロン=ディザスターが組んで戦う。この目で見なければ人生の損だ。こんな機会二度とないと断言出来る。
「ダメです」
その時、背後から受付嬢が声をかけて来た。
「!……ま、まだ何も言ってないのに……?」
「その反応で分かりますよ。ここを見てください」
恐ろしく冷たい声音で依頼書の一部を指し示す。
「なお、このクエストは特別部隊として編成しているため、他の冒険者の参加を一切禁ずる?」
「ええ。つまり邪魔立て不要とのお達しです。何人たりともこの件に関わらないよう我々も交代で見張りを立てているので、ヴォーツマス墳墓には絶対に近付いてはなりません。これだけ言っても近付くものにはペナルティが科せられるので覚悟してくださいね」
レッドにだけではない。受付嬢は早朝から同じことを他の冒険者にも言い続けたという。それだけこの任務は危険だということだろう。
レッドはガッカリと肩を落としながらすごすごとギルド会館を後にする。しばらくそのまま歩き、ギルド会館が見えなくなったところでサッと振り向いた。
『レッド。このまま諦めるのですか?』
「いいや、生涯あるかないかのレアケースだ。こんなの見逃す方がどうかしている。でもペナルティが重いんだろうな……みんな今日は動くつもりがないらしい」
レッドは顎で遠くの店を指す。そこにはどんちゃん騒ぎする冒険者の姿があった。
レッドは知りもしないが、昨晩突発で開始された首都防衛戦による臨時収入が彼らを潤しているので、今回のクエストにはそれほど固執することもなく街に留まったのだ。
本来ダンジョンには凄いお宝が眠っている可能性が高いのだが、今回はなんといってもあのヴォーツマス墳墓。拾えるお宝などたかが知れているのも彼らのやる気を削ぐのに十分だった。
「冒険者チームの何組かペナルティを恐れない奴らがこっそり向かっていればそれに便乗する手も考えたけど、あの雰囲気から察するに期待は出来ない。かなり遠回りになるが「急がば回れ」だ。走れば何とかいけるんじゃないかと思ってる」
『行きましょうレッド!世界で1番の冒険者チームがどのような活躍をするのか私も興味があります!』
「ふっ……分かっているじゃないかミルレース。よし!すぐに行動開始だ!」
レッドは脇目も振らずに走った。風のように走り去るレッドの一部始終を見ていた通りすがりの市民が、目をパチクリさせながら率直な感想を口にする。
「……え……怖っ」
ずっと独り言を喋っている変質者にただただ恐怖していた。
*
──ブォンッ
ディロンが振り下ろした斧は狙った心臓に当たることなく空を切った。
「おいおーい!いきなり心臓狙いかよ!風情もへったくれもねぇな!」
ハウザーはニヤニヤ笑いながら心臓を弄ぶ。ディロンはそのまま連続で斧を振り回す。
大雑把で滅茶苦茶に振り回しているように見えたが、斧の振るわれた全ての軌道は全て急所に向かっていた。
首、手首、太もも、腹、頭。時にフェイントを入れつつ振り回し続けるも、その全てを紙一重で避けるハウザー。凄まじい身体能力であることと、ディロンとの実力の差がどれほどのものなのか思い知らされる。
「良いね良いねぇ!キレのある攻撃!俺はお前が大好きだ!!」
「オメーこの野郎……!遊んでんじゃねぇ!!」
ドッ
苦し紛れの前蹴りはハウザーの腹に刺さった。しかし鋼のような腹筋にダメージの1つも入らないどころか、ディロンの方が背後に3歩下がることとなった。
「そんな腰の入ってない攻撃が俺に入ると思ってんのか?」
ディロンは舌打ちして斧を握る手に力を込める。
「思っていないさ」
ハウザーとディロンの間合いにスルリと入り込んだのはニール。手には火が纏わり付いた魔剣を持ち、間髪入れずに横薙ぎに振るう。
「おぉっと?!」
ゴゥッと音を立てて業火を振るったものの、火の粉にすら当たること無く避けられる。但し先のディロンとの戦いでは見られなかったハウザーの後退を確認出来た。
これを以ってハウザーに魔法攻撃が通用することが窺い知れる。
背後で観察していたライトやヘクター、ルーシーが反応したと同時に待機していた特別部隊の半数がハウザーに向けて攻撃を開始、残り半数は周りの敵の警戒に当たる。
「流石だ!練度が高ぇとここまで揃うのかよ!息ピッタリだぜ!」
炎、雷、魔導弓から放たれた魔法の矢。神聖魔法や魔剣での接近戦。その全ての攻撃をハウザーは笑顔で掻い潜る。
(何て奴だ……この連撃を前に余裕を崩さない。どころかまともに当たらない)
ライトは戦いの中で瞬時に武器を持ち替えつつハウザーに効果的な攻撃を繰り出しているつもりだが、避けられ、往なされ、防がれる。
ライトだけではない。本来不死者に有効なはずの聖騎士ヘクターの攻撃も同様に決定打にならない。
魔道具で神聖化させた武器や防具もハウザーの前には意味を成さず、かすり傷の1つも与えることが出来ない。
ハウザー1人に多数が圧倒されている。この事態に愕然とする特別部隊。あまりの実力差に手が止まる者も居た。
「はあぁぁあっ!!爪刃!!」
しかしリックは諦めることなく斬撃を飛ばす。そのタイミングが神がかっていた。全ての攻撃に対応していると余裕綽々でいたハウザーが、他の魔法にかまけてリックの爪刃を見逃してしまった。
迫る斬撃は偶然にもハウザーの心臓に接触した。
「おふっ!」
ハウザーの体は一瞬止まる。針の穴を通すほどの難しい攻撃をリックがやってのけた。ビギナーズラックというべきものだったが、ニールたちはその隙を逃しはしない。
「今だっ!!」
魔法攻撃による一斉射。四方八方から放たれた攻撃はハウザーの全身を覆う勢いで襲った。
砂埃が立ち昇り、攻撃の手も止まる。ハウザーに攻撃を仕掛けたメンバーは体力や魔力をかなり使ったがために肩で息をする。
最高のタイミングでこれだけ凄まじい攻撃を仕掛けたのだ。もはや原型すら留めていない可能性すらある。
──ブワァッ
砂埃が晴れた瞬間、期待とは裏腹に特に怪我もしていないハウザーの姿があった。履いている袴だけがズタボロになったのが唯一の変化と言える。
「……あーあ、大事な大事な一張羅を……」
ハウザーは何も持っていない左手で汚れを払う。そして歯茎が見えるほどの笑顔を見せた。
「素晴らしいっ!!人間はこれほど進化していたのかっ!!」
高笑いしながら冒険者たちを見渡す。冒険者たちはその目に戦慄する。
喜悦。あの攻撃で見せたのが怒りでも失望でもない喜びの感情。その余裕が冒険者の精神をすり減らす。
(倒せる未来が……見えない)
プリシラは不安にかられてニールを見た。ニールはすがるようなプリシラの目に自身を奮い立たせる。
「……やり切るしか無い」
ザッと前に出る。だがすぐにディロンの手で止められた。
「オメー気づかなかったか?あの野郎は一度もオレたちに手を出してねぇ。ずっと遊んでやがった。つまり……ここからが本番ってとこだぜ」
ディロンの指摘に背筋に悪寒が駆け上がる。心の底からの恐怖が足を震わせた。
「くくく……お前らの力に敬意を評し、俺の本気を見せてやろう」
ハウザーは右手に持った心臓をポッカリと開いた胸の穴に差し入れた。
ドクンッ
心臓の鼓動が辺りに鳴り響く。ハウザーの真っ黒だった皮膚は血のように赤く染まり、薄っすら光を放っている。体が一気に熱を持ったためか、陽炎が見えるほどの蒸気が全身を覆っている。
「あー……随分久々に心臓を入れたせいかイマイチしっくり来ねぇな……ちょっと運動するか……」
トーンットーンッとリズミカルに跳躍し始める。体を慣らすように肩を回したり、腕を振ったりしながら調整し始め、ある程度動かした後でピタッと静止した。
「待たせたなお前ら!続きだ続き!この体じゃうっかり殺しちまいそうだから俺は左手だけで戦ってやるよ。良いハンデだろ?」
イベント会場はかなり前から閉鎖されていた闘技場。昔は腕自慢たちの試し合いの場となっていたのだが、それもダンジョンが見つかるまでの話。
賭け事で得られる0か100の報酬では確実に食べていくのは困難だ。しっかりコツコツ稼いでいく方針に切り替えるのは自明の理。
それに過去の闘技場では同族同士で戦うこともしばしばあったので、常に魔獣と戦うダンジョンの方が気軽に戦えるのも理由の1つだ。
そんな闘技場付近に到着したレッドだったが、思ったより人がまばらであることに気付く。
「ん?何でこんなに少ないんだ?」
昨日は街の宿に泊まることが出来ないほど人で溢れ返っていたのに、イベント会場に人が集まらないのはどういうわけか。
考えられるのは2つ。1つは会場が変わった、若しくは日程が変わった。もう1つはイベントの中止だ。
後者の場合は暴動が起こっても不思議ではないが、そんな様子は微塵も感じない。
そこでふとイベントののぼりを見つける。イベントの会場が変わっていないのはここで気付いた。
『日程の変更でしょうか?』
「……多分」
『では取り敢えずギルド会館に行って聞いてみては?』
「……そうだな。そうしようか」
レッドは踵を返してギルド会館に直行する。イベント初日のはずが、昨日と同じく普段通りのギルド会館を不思議に思いつつ中に入っていく。
中は空いていて冒険者の姿はほんの2、3組。受付カウンターに行く前に掲示板を確認しに行く。そこで目にしたのはイベントの延期に関するものとヴォーツマス墳墓の依頼が書かれた掲示物。レッドは立ち止まってじっくり読み始めた。
「名だたる面子が一同に介してクエストに挑戦だって?!これは一大事だ!」
超有名な冒険者チームが4組と人類最強ではないかと謳われるディロン=ディザスターが組んで戦う。この目で見なければ人生の損だ。こんな機会二度とないと断言出来る。
「ダメです」
その時、背後から受付嬢が声をかけて来た。
「!……ま、まだ何も言ってないのに……?」
「その反応で分かりますよ。ここを見てください」
恐ろしく冷たい声音で依頼書の一部を指し示す。
「なお、このクエストは特別部隊として編成しているため、他の冒険者の参加を一切禁ずる?」
「ええ。つまり邪魔立て不要とのお達しです。何人たりともこの件に関わらないよう我々も交代で見張りを立てているので、ヴォーツマス墳墓には絶対に近付いてはなりません。これだけ言っても近付くものにはペナルティが科せられるので覚悟してくださいね」
レッドにだけではない。受付嬢は早朝から同じことを他の冒険者にも言い続けたという。それだけこの任務は危険だということだろう。
レッドはガッカリと肩を落としながらすごすごとギルド会館を後にする。しばらくそのまま歩き、ギルド会館が見えなくなったところでサッと振り向いた。
『レッド。このまま諦めるのですか?』
「いいや、生涯あるかないかのレアケースだ。こんなの見逃す方がどうかしている。でもペナルティが重いんだろうな……みんな今日は動くつもりがないらしい」
レッドは顎で遠くの店を指す。そこにはどんちゃん騒ぎする冒険者の姿があった。
レッドは知りもしないが、昨晩突発で開始された首都防衛戦による臨時収入が彼らを潤しているので、今回のクエストにはそれほど固執することもなく街に留まったのだ。
本来ダンジョンには凄いお宝が眠っている可能性が高いのだが、今回はなんといってもあのヴォーツマス墳墓。拾えるお宝などたかが知れているのも彼らのやる気を削ぐのに十分だった。
「冒険者チームの何組かペナルティを恐れない奴らがこっそり向かっていればそれに便乗する手も考えたけど、あの雰囲気から察するに期待は出来ない。かなり遠回りになるが「急がば回れ」だ。走れば何とかいけるんじゃないかと思ってる」
『行きましょうレッド!世界で1番の冒険者チームがどのような活躍をするのか私も興味があります!』
「ふっ……分かっているじゃないかミルレース。よし!すぐに行動開始だ!」
レッドは脇目も振らずに走った。風のように走り去るレッドの一部始終を見ていた通りすがりの市民が、目をパチクリさせながら率直な感想を口にする。
「……え……怖っ」
ずっと独り言を喋っている変質者にただただ恐怖していた。
*
──ブォンッ
ディロンが振り下ろした斧は狙った心臓に当たることなく空を切った。
「おいおーい!いきなり心臓狙いかよ!風情もへったくれもねぇな!」
ハウザーはニヤニヤ笑いながら心臓を弄ぶ。ディロンはそのまま連続で斧を振り回す。
大雑把で滅茶苦茶に振り回しているように見えたが、斧の振るわれた全ての軌道は全て急所に向かっていた。
首、手首、太もも、腹、頭。時にフェイントを入れつつ振り回し続けるも、その全てを紙一重で避けるハウザー。凄まじい身体能力であることと、ディロンとの実力の差がどれほどのものなのか思い知らされる。
「良いね良いねぇ!キレのある攻撃!俺はお前が大好きだ!!」
「オメーこの野郎……!遊んでんじゃねぇ!!」
ドッ
苦し紛れの前蹴りはハウザーの腹に刺さった。しかし鋼のような腹筋にダメージの1つも入らないどころか、ディロンの方が背後に3歩下がることとなった。
「そんな腰の入ってない攻撃が俺に入ると思ってんのか?」
ディロンは舌打ちして斧を握る手に力を込める。
「思っていないさ」
ハウザーとディロンの間合いにスルリと入り込んだのはニール。手には火が纏わり付いた魔剣を持ち、間髪入れずに横薙ぎに振るう。
「おぉっと?!」
ゴゥッと音を立てて業火を振るったものの、火の粉にすら当たること無く避けられる。但し先のディロンとの戦いでは見られなかったハウザーの後退を確認出来た。
これを以ってハウザーに魔法攻撃が通用することが窺い知れる。
背後で観察していたライトやヘクター、ルーシーが反応したと同時に待機していた特別部隊の半数がハウザーに向けて攻撃を開始、残り半数は周りの敵の警戒に当たる。
「流石だ!練度が高ぇとここまで揃うのかよ!息ピッタリだぜ!」
炎、雷、魔導弓から放たれた魔法の矢。神聖魔法や魔剣での接近戦。その全ての攻撃をハウザーは笑顔で掻い潜る。
(何て奴だ……この連撃を前に余裕を崩さない。どころかまともに当たらない)
ライトは戦いの中で瞬時に武器を持ち替えつつハウザーに効果的な攻撃を繰り出しているつもりだが、避けられ、往なされ、防がれる。
ライトだけではない。本来不死者に有効なはずの聖騎士ヘクターの攻撃も同様に決定打にならない。
魔道具で神聖化させた武器や防具もハウザーの前には意味を成さず、かすり傷の1つも与えることが出来ない。
ハウザー1人に多数が圧倒されている。この事態に愕然とする特別部隊。あまりの実力差に手が止まる者も居た。
「はあぁぁあっ!!爪刃!!」
しかしリックは諦めることなく斬撃を飛ばす。そのタイミングが神がかっていた。全ての攻撃に対応していると余裕綽々でいたハウザーが、他の魔法にかまけてリックの爪刃を見逃してしまった。
迫る斬撃は偶然にもハウザーの心臓に接触した。
「おふっ!」
ハウザーの体は一瞬止まる。針の穴を通すほどの難しい攻撃をリックがやってのけた。ビギナーズラックというべきものだったが、ニールたちはその隙を逃しはしない。
「今だっ!!」
魔法攻撃による一斉射。四方八方から放たれた攻撃はハウザーの全身を覆う勢いで襲った。
砂埃が立ち昇り、攻撃の手も止まる。ハウザーに攻撃を仕掛けたメンバーは体力や魔力をかなり使ったがために肩で息をする。
最高のタイミングでこれだけ凄まじい攻撃を仕掛けたのだ。もはや原型すら留めていない可能性すらある。
──ブワァッ
砂埃が晴れた瞬間、期待とは裏腹に特に怪我もしていないハウザーの姿があった。履いている袴だけがズタボロになったのが唯一の変化と言える。
「……あーあ、大事な大事な一張羅を……」
ハウザーは何も持っていない左手で汚れを払う。そして歯茎が見えるほどの笑顔を見せた。
「素晴らしいっ!!人間はこれほど進化していたのかっ!!」
高笑いしながら冒険者たちを見渡す。冒険者たちはその目に戦慄する。
喜悦。あの攻撃で見せたのが怒りでも失望でもない喜びの感情。その余裕が冒険者の精神をすり減らす。
(倒せる未来が……見えない)
プリシラは不安にかられてニールを見た。ニールはすがるようなプリシラの目に自身を奮い立たせる。
「……やり切るしか無い」
ザッと前に出る。だがすぐにディロンの手で止められた。
「オメー気づかなかったか?あの野郎は一度もオレたちに手を出してねぇ。ずっと遊んでやがった。つまり……ここからが本番ってとこだぜ」
ディロンの指摘に背筋に悪寒が駆け上がる。心の底からの恐怖が足を震わせた。
「くくく……お前らの力に敬意を評し、俺の本気を見せてやろう」
ハウザーは右手に持った心臓をポッカリと開いた胸の穴に差し入れた。
ドクンッ
心臓の鼓動が辺りに鳴り響く。ハウザーの真っ黒だった皮膚は血のように赤く染まり、薄っすら光を放っている。体が一気に熱を持ったためか、陽炎が見えるほどの蒸気が全身を覆っている。
「あー……随分久々に心臓を入れたせいかイマイチしっくり来ねぇな……ちょっと運動するか……」
トーンットーンッとリズミカルに跳躍し始める。体を慣らすように肩を回したり、腕を振ったりしながら調整し始め、ある程度動かした後でピタッと静止した。
「待たせたなお前ら!続きだ続き!この体じゃうっかり殺しちまいそうだから俺は左手だけで戦ってやるよ。良いハンデだろ?」
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