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第二十九話 都市、消滅
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「ヒュー……。こいつはすげぇな……」
頭が禿げ上がったフリーの記者は、自分の頭を撫で上げながら躓かない様にソロソロと抉られた場所に降りていく。
そこはかつて「霧の都」と呼ばれた場所。今は見る影もなく、陥没し川が流れ込んで大きな湖のようになっている。瓦礫も何もない。まるで都市をそっくり抉り取ってどこかに移したような空虚さ。
市民は先に避難を完了しており、この惨状に巻き込まれる事は無かったが住んでいる場所を失ったので、移民となって受け入れ先を求めている。
バタバタバタ……
上にはメディアのヘリコプターが飛び、何がどうなっているのか撮影し生放送している。最近まで軍や特殊部隊などに封鎖されてヘリコプターも飛ばせなかったので、解放された今日に大手のマスコミもようやく現地入りできた。
未だ軍はチラホラいるが特に記者に対して何かをすると言う事は無い。水際には寄らない様に規制線を張っているくらいだ。軍に直接話を聞くものがいれば、ちょこちょこやって来た住居を奪われ呆然と立ち尽くす元住民たちを取り囲んで口々に「何かを見たのか?」とか「どんな気持ちか?」など取材を行っている。
ミサイル?軍事訓練?放射能は検出されず、核ではない。地盤沈下?瓦礫がないのはどうしてか?情報が錯綜する中、特に異彩を放っていたのは数人の神父たちの姿だ。何故か記者たちと一緒に現地入りし、独自に調査しているように見える。
この事態を機に布教しに来たのだろうか?神父に話を聞きに行った記者も何人かいたが、住んでいたわけでもなく何らかの縁がある人物というわけでもなかったので、単なる野次馬だろうと早い段階で記者も捌けた。
だが、この禿げた記者は神父たちこそがこの惨状をよく知るのではないかと睨んでいた。連日各メディアで国を挙げて調査している旨を報道していたが、国は何も知らず、そして何も出なかったのだろうと長年の勘で察した。
というのも禿げ記者も数日前から現地より少し離れた町に到着して国の動向を傍から見ていたが、地震や洪水に類する自然災害があった様な対応をしていた。こんな局地的な災害は他に類を見ないが、他に理由がつかないのだろう。軍が淡々と仕事をこなしているのを見れば早々に調査を切り上げたのは明らかだ。
大手のマスコミは軍部にご執心だが、だからこそあえてこちらはゴシップを狙う。
「すんません。ちょっと話聞かせてもらえないですか?」
禿げ記者は神父たちの元に行くとぶっきら棒に話しかける。神父たちは男を見るとにこりと笑って応対する。
「何か御用ですか?」
妙に体格の良いシワだらけで白髪の神父が丸眼鏡の位置を直しながら返答した。優しい紳士的な声に絆されそうになるが、記者はしゃがれたようなドスの利いた声で尋ねる。
「ここの事に詳しそうだから取材させてほしいんだが?もちろん取材の報酬は出させてもらう。チップだと思って懐に仕舞うのも良いし、献金するのも自由だ」
目の前で金をチラつかせる。この態度にその辺の人間ならすぐに癇癪を起こすだろう。「何て奴だ!」って。しかし、この神父は違う。ニコニコ笑いながら右手をかざす。
「私は教会からそれなりにいただいていますので結構です。もしよろしければあなたご自身で教会に行き、献金していただければ神もお喜びになられるでしょう」
穏健な神父なら誰でも言いそうなセリフだ。そのセリフに機械じみた空気を感じる。金で動かない事を知るとひょうきんな顔をして財布に仕舞う。
「そうか、チップはいらないか。こっちの懐事情もあるから助かるってもんだ。じゃ本題だが、ここで何があった?」
「他の記者の方にもお答えしましたが我々は何も知りません。あちらの軍の方にお聞きしては?」
それだけ言って踵を返す。
「それじゃあんたらは何をしにここに来たんだ?」
「ここに住まわれていた方々の不幸を偲んで訪問いたしました。我々にも何かお手伝いできることがあれば……」
「んな口上はどうだっていい。大体、被害ったって人死にはいねぇんだろ?住んでいる家を失って可哀そうだねぇって?……話せない事情があるならあんたの感想だけで良いんで聞かせてくれないか?ここで起こった悲劇とやらについてな」
一瞬の沈黙。遠くにいるはずの記者たちの取材が大きく聞こえるほど。その中に何かをこすり合わせるような音が混じる。ギチギチと。
「いけませんねぇ……人の不幸を食い物にするような輩というのはどうしてこう……」
ゾッと寒気を感じる。ここらで止めなければいけないと体がぶるぶると震え、警鐘を鳴らす。しかし止まらない。
「はっ!宗教を盾に食い扶持を広げた連中が良く言うぜ。綺麗ごと並べてんなよ?こっちだって食うのに必死なんだからよ」
そのセリフに他の神父たちの顔も強張った。不快感を感じているのは一目瞭然だ。
「記者の方……これ以上踏み込むと大事なものを失う事になりますよ?」
「ヒュー……脅しかよ。いいね。その口調だとやっぱなんか知ってんだろ?」
ニヤニヤしながら踏み込む。遠くの喧騒と一緒に聴こえていたギチギチという音が何故か大きくなったように感じる。そう、まるで耳元で鳴っているような。その瞬間、ガクッと膝に力が入らなくなった。グラッと視界が歪み吐き気を催す。
「ぶっ……おぇ~……」
びちゃびちゃと吐しゃ物をまき散らしながら蹲って立てない。
「おやおや、どうかなさいましたか?これは仕方ない。軍の医療班を呼んでください」
神父の一人が急ぎ近くの兵士に声をかけに走った。
「てめぇ……なにしやが……おうぇ……」
ドサッ
視界が歪んでそのまま地面に突っ伏した。
「あ、あの……まさか……」
一人の若い神父が慌てながら丸眼鏡の老神父に声をかける。
「まさか、死んではいませんよ。ほんの少し三半規管を狂わせただけです」
それを聞いてほっとしていいのかどうか迷う所だが、若い神父は口を噤んだ。
「ルロイ神父!」
他の所で調査をしていた神父が丸眼鏡の老神父を呼んだ。
「何か進展があったようですね。ここをお任せしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
ルロイと呼ばれた神父は長い手を後ろ手に組んでゆっくりと歩いて行った。若い神父は倒れた記者の下に寄り添いながらその後ろ姿を見てつぶやく。
「あれがノイズハンド……か……」
頭が禿げ上がったフリーの記者は、自分の頭を撫で上げながら躓かない様にソロソロと抉られた場所に降りていく。
そこはかつて「霧の都」と呼ばれた場所。今は見る影もなく、陥没し川が流れ込んで大きな湖のようになっている。瓦礫も何もない。まるで都市をそっくり抉り取ってどこかに移したような空虚さ。
市民は先に避難を完了しており、この惨状に巻き込まれる事は無かったが住んでいる場所を失ったので、移民となって受け入れ先を求めている。
バタバタバタ……
上にはメディアのヘリコプターが飛び、何がどうなっているのか撮影し生放送している。最近まで軍や特殊部隊などに封鎖されてヘリコプターも飛ばせなかったので、解放された今日に大手のマスコミもようやく現地入りできた。
未だ軍はチラホラいるが特に記者に対して何かをすると言う事は無い。水際には寄らない様に規制線を張っているくらいだ。軍に直接話を聞くものがいれば、ちょこちょこやって来た住居を奪われ呆然と立ち尽くす元住民たちを取り囲んで口々に「何かを見たのか?」とか「どんな気持ちか?」など取材を行っている。
ミサイル?軍事訓練?放射能は検出されず、核ではない。地盤沈下?瓦礫がないのはどうしてか?情報が錯綜する中、特に異彩を放っていたのは数人の神父たちの姿だ。何故か記者たちと一緒に現地入りし、独自に調査しているように見える。
この事態を機に布教しに来たのだろうか?神父に話を聞きに行った記者も何人かいたが、住んでいたわけでもなく何らかの縁がある人物というわけでもなかったので、単なる野次馬だろうと早い段階で記者も捌けた。
だが、この禿げた記者は神父たちこそがこの惨状をよく知るのではないかと睨んでいた。連日各メディアで国を挙げて調査している旨を報道していたが、国は何も知らず、そして何も出なかったのだろうと長年の勘で察した。
というのも禿げ記者も数日前から現地より少し離れた町に到着して国の動向を傍から見ていたが、地震や洪水に類する自然災害があった様な対応をしていた。こんな局地的な災害は他に類を見ないが、他に理由がつかないのだろう。軍が淡々と仕事をこなしているのを見れば早々に調査を切り上げたのは明らかだ。
大手のマスコミは軍部にご執心だが、だからこそあえてこちらはゴシップを狙う。
「すんません。ちょっと話聞かせてもらえないですか?」
禿げ記者は神父たちの元に行くとぶっきら棒に話しかける。神父たちは男を見るとにこりと笑って応対する。
「何か御用ですか?」
妙に体格の良いシワだらけで白髪の神父が丸眼鏡の位置を直しながら返答した。優しい紳士的な声に絆されそうになるが、記者はしゃがれたようなドスの利いた声で尋ねる。
「ここの事に詳しそうだから取材させてほしいんだが?もちろん取材の報酬は出させてもらう。チップだと思って懐に仕舞うのも良いし、献金するのも自由だ」
目の前で金をチラつかせる。この態度にその辺の人間ならすぐに癇癪を起こすだろう。「何て奴だ!」って。しかし、この神父は違う。ニコニコ笑いながら右手をかざす。
「私は教会からそれなりにいただいていますので結構です。もしよろしければあなたご自身で教会に行き、献金していただければ神もお喜びになられるでしょう」
穏健な神父なら誰でも言いそうなセリフだ。そのセリフに機械じみた空気を感じる。金で動かない事を知るとひょうきんな顔をして財布に仕舞う。
「そうか、チップはいらないか。こっちの懐事情もあるから助かるってもんだ。じゃ本題だが、ここで何があった?」
「他の記者の方にもお答えしましたが我々は何も知りません。あちらの軍の方にお聞きしては?」
それだけ言って踵を返す。
「それじゃあんたらは何をしにここに来たんだ?」
「ここに住まわれていた方々の不幸を偲んで訪問いたしました。我々にも何かお手伝いできることがあれば……」
「んな口上はどうだっていい。大体、被害ったって人死にはいねぇんだろ?住んでいる家を失って可哀そうだねぇって?……話せない事情があるならあんたの感想だけで良いんで聞かせてくれないか?ここで起こった悲劇とやらについてな」
一瞬の沈黙。遠くにいるはずの記者たちの取材が大きく聞こえるほど。その中に何かをこすり合わせるような音が混じる。ギチギチと。
「いけませんねぇ……人の不幸を食い物にするような輩というのはどうしてこう……」
ゾッと寒気を感じる。ここらで止めなければいけないと体がぶるぶると震え、警鐘を鳴らす。しかし止まらない。
「はっ!宗教を盾に食い扶持を広げた連中が良く言うぜ。綺麗ごと並べてんなよ?こっちだって食うのに必死なんだからよ」
そのセリフに他の神父たちの顔も強張った。不快感を感じているのは一目瞭然だ。
「記者の方……これ以上踏み込むと大事なものを失う事になりますよ?」
「ヒュー……脅しかよ。いいね。その口調だとやっぱなんか知ってんだろ?」
ニヤニヤしながら踏み込む。遠くの喧騒と一緒に聴こえていたギチギチという音が何故か大きくなったように感じる。そう、まるで耳元で鳴っているような。その瞬間、ガクッと膝に力が入らなくなった。グラッと視界が歪み吐き気を催す。
「ぶっ……おぇ~……」
びちゃびちゃと吐しゃ物をまき散らしながら蹲って立てない。
「おやおや、どうかなさいましたか?これは仕方ない。軍の医療班を呼んでください」
神父の一人が急ぎ近くの兵士に声をかけに走った。
「てめぇ……なにしやが……おうぇ……」
ドサッ
視界が歪んでそのまま地面に突っ伏した。
「あ、あの……まさか……」
一人の若い神父が慌てながら丸眼鏡の老神父に声をかける。
「まさか、死んではいませんよ。ほんの少し三半規管を狂わせただけです」
それを聞いてほっとしていいのかどうか迷う所だが、若い神父は口を噤んだ。
「ルロイ神父!」
他の所で調査をしていた神父が丸眼鏡の老神父を呼んだ。
「何か進展があったようですね。ここをお任せしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
ルロイと呼ばれた神父は長い手を後ろ手に組んでゆっくりと歩いて行った。若い神父は倒れた記者の下に寄り添いながらその後ろ姿を見てつぶやく。
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