トゥーマウス

大好き丸

文字の大きさ
上 下
21 / 32

第二十話 頂上の戦い

しおりを挟む
 ドンッ

 リョウの動き出しは早かった。迷いない突撃。弾丸より速い攻撃をこの小さな体に放つ。グラシャラボラスを殴った勢いを考えれば少女の肉体だと判別不可能なほど無茶苦茶な肉塊になる事は目に見えている。

 ギィンッ

 金属同士がぶつかったような硬質で甲高い音が鳴る。ぬいぐるみの手が大きく変化し、上にかち上げるように向いていた。
 その手は人間と獣の手を合体させたような歪なもので、打ち上げると同時に元のぬいぐるみに戻り様子を窺う。追撃はせず、リナというか弱い女の子を守る何らかの装置のようにそれ以外の動きをしなかった。
 リョウはその手に打ち上げられ空中を彷徨う。足を思いっきり後方に回して体勢を戻すと、難なく地面に着地した。

 ザッ

 その恰好はまるでネコ科の動物のようにしなやかに手足を地面に着け、間髪入れずに走り始める。手を後ろに下げて腰を落とし、相手を観察するように周囲をぐるりと走る。彼女はくすっと笑てその動きを目で追う。

「遊ぶ時間だよ!プルソン!」

 リナはぬいぐるみを上に放り投げた。ぬいぐるみは空中でただただくるくる回転する。それを見たリョウは無防備のリナに突撃する。その動きは直角に、真っ直ぐ飛ぶように向かっていく。

 ビダンッ

 その進行を止めたのはやはり大きな手だ。リョウはその手に押しつぶされる直前、寸でのところでブレーキをかけて後方に飛び退く。
 距離を開け顔を上げると、ぬいぐるみの体が変化していくのが視認できた。ビキビキという音が鳴りながら小さく窮屈な体を伸ばし、大きく大きくなってその姿をさらしていく。
 燃えるような紅蓮のたてがみ、獅子のように勇ましく且つ怒り狂う猛獣のように近寄りがたい捕食者の顔立ち。肩幅が異常に広く筋骨隆々な浅黒い体、腕は地面に着きそうなほど長く、太さは樹齢千年の樹を思わせる程太くたくましい。それに比べれば足は人間の足のように細く貧弱に見える。しかし腕の大きさと比べるから小さく見えるだけで、よく見れば限界まで鍛え上げられたボディビルダーの足三人分くらいしっかりと地面に根を張るように立っていた。
 歪なゴリラにライオンの顔を取り付けたような悪魔。暴虐の巨人に比べれば少し小さいがその大きさは5mはある。赤い毛皮が服のようにまとわりつき、荒々しくも猛々しい姿は恐怖より権威を感じ、憧憬を抱かせる。
 彼こそソロモンの悪魔が一柱”獅吼しこうの剛王”プルソン。

「ようやく俺の出番か?おいチビ助!こいつを殺せば俺は自由で間違いないか?」

「もー!リナって名前があるんだからそっちで呼んでよ!……改めて聞くまでもないけどそういう事。トゥーマウスを殺せたらその体をあげる」

 プルソンは口を大きく開けて「ゴォ!!」と唸った。それが笑ったのだと気付けたのは隠しきれない嬉しそうな顔からだ。

「良いだろうリナ!契約成立だ!!トゥーマウスと言ったか?お前を殺し俺はこの世を征服する!!」

 リョウはいつでも動けるように腰を落としていたが、スッと体を伸ばし普通に立った。

『……お前らにはそれしかないのか?この世界に来ては「支配」だの「征服」だの……。こっちはもう飽き飽きしてんだ……良いからとっとと死んでそこをどけ。お前には興味がないんだよ……』

 右手を振って「しっしっ」と、どっか行けと言った風なぞんざいな扱いをする。「ほう!」と感心したような声を出しながら豪快に笑った。

「グァッハッハッハ!俺を前にしてよう吠えた!殺すのが惜しい相手よ!!」

 図体がでかく声もデカい。重そうな手を振るって真横に構える。身長こそ暴虐の巨人が高かったが、横幅を合わせるとプルソンの方が遥かに大きい。暴虐の巨人がバランスが良かっただけにこの肩幅の広さや腕の太さは異常だと言わざるを得ない。
 対して人の中では高身長とは言えたかだか180cm。見た目だけで言うなら力の差は歴然。だがそんな事はお構いなしにリョウは真正面から立ち向かう。相手の懐に潜り込むため地面を蹴った。瞬間、横から凄まじい勢いを持ってプルソンのデカすぎる手に叩かれた。

 ゴッ

 掌で叩かれたとは思えない程に硬い。重力のあるこの星でこの質量の腕をこの速さで振るうとは完全に想像の外。踏ん張る事が出来ずに地面に体を擦りながら吹き飛ぶ。

 ゴバァンッ

 近くの壁にぶつかると、建物の内側から破裂したような壊れ方を見せた。土煙が上がるその建物から土煙を纏いつつリョウが飛び出す。先の攻撃を食らったというのにダメージがまるでないような動き。プルソンは左手で叩き潰そうと腕を振り上げた。

 ボッ

 その時、先程見せていた速度を優に超える勢いで地面を蹴る。地面が抉れるのより早くプルソンの懐に入ると金属で成形したようなキレッキレの腹筋に右拳を叩き込んだ。

 ズンッ

「おっ!?」

 プルソンはあまりの勢いに一歩後退する。腹筋に刺さった右手から自分が出す湯気の他に煙が混じる。聖骸布のレプリカが機能し、プルソンの肉を焼いたのだ。

 ガッ

 攻撃を入れて隙が出来たリョウの足を振り上げていた左手で掴む。万力のように締め上げられ、足が外せない。そのまま軽々と重機のごとくリョウの体を持ち上げ、7mを超えた位置から振り下ろして地面に叩きつける。

 バガッ

 何の抵抗も出来ず地面にめり込むリョウ。

『ガッ……!!』

 今回この姿になって初のダメージに困惑が隠せず、体は悲鳴を上げる。さらにそのまま、また真上に持ち上げられて逆側に叩きつけられる。それを後二回ほど繰り返した後さっき破壊した建物とは逆側に投げ飛ばす。
 水平に飛ぶリョウは気絶しているように抵抗なく飛ぶが、建物にぶつかる前に突如体を転回させて手足を地面につけてブレーキをかける。

 ギャギャギャギャギャッ……

 地面を抉りながら速度を落とす。まるで線路の様な二本の線が出来て、建物の寸でで止まる事に成功する。その体勢を一気に伸ばしてまたも走り出した。直線的に走ってくるリョウを止めるようにその進路上にまっすぐ張り手のごとく右手を突き出した。
 タイミングはバッチリ。本当なら突き飛ばされて終わりだが、リョウはその攻撃よりさらに低く潜るように攻撃の隙間に飛び込んだ。

「ぬっ!?」

 自分でも完璧だと思ったカウンターは避けられて、またも懐に入るのを許してしまう。リョウは速度を維持したまま直角に飛び上がる。狙うは獅子の顎。

 ガィィンッ

 しかし、リョウのアッパーカットを読んでいたプルソンは左手を攻撃の間に滑り込ませて防御に成功した。勢いが強すぎて体が浮く。プルソンは重心を低く落としてダウンを免れた。
 リョウはバク転を駆使してアクロバットな動きで後方に下がり、距離を開ける。

 両者睨み合いの仕切り直しとなった。

 この様を一から見ていたアークの面々はレベルの違いに翻弄され、手を出す事はおろか、その考えすらすっぽり頭から抜け落ちる程戦いに見入っていた。

「ちょっとちょっと……どうしたらいいわけ?これ……」

 困惑はこの場の隊員みんなの総意だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

疑心暗鬼

dep basic
ホラー
高校3年生のシュンは、イケメンで成績優秀な完璧な生徒だが、日常の退屈さに悩んでいた。しかし、ある日を境に彼の平凡な学校生活は一変する。不可解な出来事が次々と起こり始め、シュンは自分の周りで起こる怪奇現象の謎を解き明かそうとする。

ZUNBE

田丸哲二
ホラー
【愛のあるホラー&バトル・ストーリー】  さしすせそのソの二つ前の「ズンビ」。それは「ゾンビ」より格上の最強の生物だった。  強酸性雨に濡れた街で宇宙から到達したウイルス性微生物(ミズウイルス)が雨水に混在し、人間が感染して最強の生物が誕生した。  それは生物学者と少年の研究により、ゾンビより二つ格上のズンビと呼ばれ、腹部の吸収器官より脳細胞のエキスを吸い取って知能と至高の快楽を得る。  しかも崩れた肉体を修復し、稀に記憶と知性を持つ者も存在した。  隼人は母親が強酸性雨に濡れて感染し嘆き苦しんだが、狂ったモンスターに殺されそうになった時、何故か他のズンビを倒して助けられ、スーパーズンビと呼んで慕い始め母の記憶が戻るのではないかと微かな希望を抱いた。  そしてスーパーズンビの力を借りて、友人の家族と一緒に生き延びようと街から逃走した。 [表紙イラスト、まかろんkさまからお借りしてます。]

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

血の少女

ツヨシ
ホラー
学校で、廃病院に幽霊が出るとの噂が聞こえてきた。

ナオキと十の心霊部屋

木岡(もくおか)
ホラー
日本のどこかに十の幽霊が住む洋館があった……。 山中にあるその洋館には誰も立ち入ることはなく存在を知る者すらもほとんどいなかったが、大企業の代表で億万長者の男が洋館の存在を知った。 男は洋館を買い取り、娯楽目的で洋館内にいる幽霊の調査に対し100億円の謝礼を払うと宣言して挑戦者を募る……。 仕事をやめて生きる上での目標もない平凡な青年のナオキが100億円の魅力に踊らされて挑戦者に応募して……。

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

強烈撃の擬艦化{別称 進撃の擬艦化}

斉藤美琴【♂】
ホラー
世界中〔日本含め〕は平和であった。 長年の長期頃からずっと平和で過ごしていた。 ところが・・・突如、街の中心が何が起きたのだ。 内陸部 町の中心部に謎の鋼鉄の人工物。 道路の中心にから巨大な塊が道路に塞がっていた。 その大きさは戦艦並み大きさであった。

処理中です...