トゥーマウス

大好き丸

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第一話 霧の都

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 ヒリつく空気の中、霧の都は今日も静かに夜の帳が下りる。

 街灯は影を照らすには力が足りない。その上、立ち並ぶ間隔は遠くせいぜいが足元を照らすだけで合間合間に闇が広がる。
 闇は奴らの住処。その暗がりからたくさんの笑い声や囁き声がそこらかしこに響いてくる。最近この都で頻発している失踪事件は女子供問わず、屈強な男であれ失踪している。最初の内はホームレスの失踪事件から始まり、特に大きな事件とはならなかったが、ある一家の失踪から事件は急変する。

 この国の事務次官が狙われたのだ。勿論、国家を挙げての大捜索となったが痕跡すら見つからず、今でも引き続き捜索が行われている。各国から来たボランティアも参加し、失踪した全ての人間の捜索も合わせて行われた。
 そしてそのボランティアの人たちにも失踪者が出始めた頃、事務次官の捜索以外打ち切りが発令され、ボランティアも逃げるように国に帰っていった。

 この時を境に夜の闇から囁きや笑い声、苦しむ声や助けを呼ぶ声を聴くようになる。失踪者が死んでからも自分たちを探してほしいと呼びかけているのだと、死者が生者を引き込もうと躍起になって呼んでいるのだと恐れられ、誰も夜には出歩かなる程に警戒される。

 失踪者の居所についても、何の痕跡も見つけられない今の事態から次第に悪魔の仕業ではないかと噂される様になる。教会には連日多くの人が訪れ、自分が失踪しない様に祈る。それを馬鹿にし、教会に訪れなかった者の失踪が騒がれた時、より一層の信者たちが集まりだした。

「皆様、ここなら安全です。悪魔の侵攻はこの街を害し、我々の平和な暮らしを妨げています。神に祈りましょう。我らに祝福を……」

 夜だというのに教会の椅子が満杯になる程信者たちが座り、祈りを捧げている。家に閉じこもるのも危険と捉えた信者たちが常に身の危険を感じ、詰めかけたせいだ。連日連夜、祈りを捧げ続ける信者たちを思い神父も疲労が溜まっていた。
 ある日の夜、そんなに大きくないこの教会には人が押し寄せ、座る場所すらなくなっていた。人々とは怯え切って震え上がり、大人数だというのに小さく縮こまって見える。

「これは……一体、どうしたのですか?」

 神父は日頃の疲労から夢を見ている様な変な気分になる。そういえば今日は外から聴こえてくる妙な声が大きく、いつもより多いような気がする。

「神父様!お願いします!奴らを追っ払って下さい!!」

 そこらかしこから聴こえるこの声は教会を取り囲み、人の出る隙間さえ失くしている。

「皆様!落ち着いて下さい!悪魔は入ってこられない!ここなら安全です!大丈夫です!」

 怯え切った民衆を宥める為、大声でとにかく自分の言葉を伝える。その瞬間、教会の外で聴こえていた声はまるで何事もなかったかの様にスッと治まってしまう。
 その様子に気付いた教会内の人間が怯えて騒いでいた人たちに、静かにする様促す。静まり返った事が皆に知れ渡ると、教会内の人たちはホッと胸をなでおろした。

『本当にそうかな?』

 たくさんの声が折り重なってできた気味の悪い声が多少のズレはあるものの同じ言葉を発していた。その声は外から聴こえ、今まで聴こえていたとされるどの声よりハッキリと分かる言葉を出した。

『この建物は本当に安全なのかな?』

 その不気味な声は民衆の心を揺さぶるのに効果覿面こうかてきめんだった。恐れ慄き、大の大人も泣き出す者が出てきた。

「惑わされてはいけません……奴らは外に出そうと考えています。ああして我々を謀るのは入れないからです。安心してください」

「そうだ!」
「神の家には入れないんだ!」

 民衆も希望を取り戻し、外の悪魔に牽制する。皆の心が一致団結した頃。教会はミシミシと悲鳴を上げ始める。天井や梁にたまった埃が降り注ぎ、頭に降りかかる。子供たちは一層泣き始め、この世の終わりと悲観する。だがそれも一時だ。地震のように起こった家鳴りも特段目立った痕跡もないまま治まる。

「ビビらせやがって!神の力を思い知れぇ!!」

 一人の大柄な男性がいきり立って叫び出す。その時、ゴボッという音と水が滴る音が壇上から……いや、神父から聴こえてくる。民衆が壇上に注目すると神父は口から血を吐き出し、泡を吹いて白目を向いていた。「キャー!」という女性の甲高い声が聴こえたかと思うと神父は宙に浮き始め民衆の真上に来る。

「み……な……さ……いの……祈りを……」

 神父は最後の力を振り絞ってそれだけを絞り出す。その言葉を最期に神父の体は破裂した。血が降り注ぎ、民衆にかかると大半が発狂してその場で叫び散らしている。その叫びと同時に入り口が開け放たれ、はめ込まれたステンドグラスは弾け飛んだ。いきり立った男は腰砕けになり、その場にへたれ込む。

 灯された蝋燭は一瞬で吹き消され、暗闇が押し寄せる。その場に無数にして赤い目が光りを放ち、生者を睨む。闇は瞬く間に侵入し、民衆を飲み込んだ。
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