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第90話 不安を隠して微笑む
しおりを挟む隣国による貴族階級への工作が、国の予想を越えるペースで進んでしまっていたのだ。
ランシェル王子とその側近達の失態を晒してでも食い止めたかったのだろう。
むしろ彼等のサリーナを巡る醜聞を、今回の大捕物を成功させるための隠れ蓑に利用したとも言える。
(そうせざるを得ない事態だったとはいえ……陛下はこれから、第一王子殿下をどうなさるおつもりなのかしら……?)
シルヴィアーナは考え込む。
元々、国内でのランシェル王子の立場は磐石とはいえない。
現国王の王子は現在、公式には第一王子のランシェル殿下のみというのにである。
この国では、魔力が安定するといわれる十八歳で成人をむかえる。
それを鑑みると、まだ十七才の王子が正式に世継ぎだと公表されていなくても、決しておかしくはない。
しかし、伝統的に魔力の器の大きさ、そして保有魔力の質と高さが世継ぎの王子には求められており、帝国の姫君を母親に持つランシェル王子だと、純血の王族に劣っているのもまた、事実であった。
有力貴族の一部が強く反発しているのも、その為だ。
歴史こそ長いが強国とまでは言えないこの国の後継者とするには力不足ではないかと、不安視されているのだ。
周辺国への侵略を繰り返し大国へと急成長し、大陸の覇権を虎視眈々と狙う好戦的な隣国と、広大な領土から得られる潤沢な資源でもって圧倒的な軍事力を持つ帝国に挟まれて、身動きが取れない状態の国……それが、ハワード王国。
この国はとにかく、立地が悪すぎる。
そんな中でも生き残ってこれたのはひとえに、国王をはじめ、戦力となる強い魔力を持つ貴族が他国に比べて多かったからである。
国力増強のために国内貴族同士の婚姻が歓迎される一方で、他国の貴族との婚姻は王の許可がなければ許されなかった。
特に、国外へ嫁いでいく場合にはそれが顕著だった。
力ある者の流出が即、国力の低下に繋がるためだ。
(……このまま帝国に配慮して、予定通り立太子の儀を行うのでしょうか?)
国としては、ランシェル王子の不足分を、『癒しの聖女』と名高いシルヴィアーナを婚約者にすることで補う予定だった。
これには帝国の思惑も絡んでおり、二人が婚約破棄することは不可能だったと言ってもいい。
――そう、今までならば……。
(しっかりしなさい、シルヴィアーナ。願いが叶う時は、近いのよ……今夜を無事に乗り越える事さえできればきっと……)
想い人とは長らく連絡がとれず、反対派勢力の旗印にされてしまう可能性まであって心配事は尽きない。
シルヴィアーナの本当の目的を、共闘したダフネ達に黙っていなければならないことも心苦しい。
だがたとえ、親友と言えども軽々しく相談出来る類いのものではない、ということも分かっていた。
「さて皆様、反省はこのくらいにしておきません? せっかくですし、色々といただきましょうよ」
「そうですわね……では、少しだけ」
美味しそうな軽食の数々に、年相応の笑みがこぼれる友人達へ、同じように微笑みを返す。
泣き叫びたくなるような心細さを隠して……。
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