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第7話 思い出

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 別れる際には、王子の母君がお好きだったと言う、庭園に咲いていた可憐なピンクのバラの花を自ら摘み取り、小さなブーケを作ると、少し恥ずかしそうにしながらもソッと手渡してくれる。

「今日、貴女に会えた記念にこれを……」

「まあ殿下、嬉しいですわ。ありがとうございます」

「これからも時々、この場所で会ってくれるかい? また、神竜様の話を聞かせて欲しいな」

「はい、殿下。喜んで」


 ――王子が初めて彼女に贈った、可愛らしいプレゼント。これは長い間、アンドレアの大事な宝物となる。


 彼にとっても大切な母君との想い出のバラの花。その花が咲かない季節でもご覧になれるようにと、早速、押し花にして栞を作り王子にも差し上げた。

 優しい想いが込められた手作りの栞を受け取ったロバート王子は、彼女の期待以上に喜んでくれて、常に手元に置き、大切に使ってくれるようになる。そんな小さな事がとても嬉しかった。

 第一王子の身を守るためにと要請され、正式な聖女になる道を諦めて受け入れた政略結婚ではあったが、彼女はこの時、心が軽くなるのを感じたものだ。
 十七歳で正式な婚約式をするまでには、まだ沢山の時間がある。彼との間になら愛を育めそうな予感がして、期待に胸を躍らせた。

 ――この時には確かに、幼いながらも共に将来を生きていこうとする確かな絆と、暖かい信頼関係が二人の間に生まれつつあったのだ。



 その後も王城にて、ロバート王子とアンドレアは定期的に交流を続けることになる。

 あの頃にはまだ、殿下より少し年長の優秀な少年たちが何人も周りに控えていた。婚約者と同様、幼少時からロバート王子と共に勉学に励み、信頼関係を築かせる為だ。将来を見据えての配置で、長じて後まで力になって貰おうと、苦心して王が集めた者達だった。

 アンドレアはそんな少年達とも交流を深めていく。共に第一王子を支える同士として、真摯にお仕えしようと誓い合ったものだ。



 だが、キャメロン公爵が後見についたとはいえ、建国以来続く名門一族出身である王妃の派閥の勢いを止めるのは難しかった。彼女の産んだ第二王子が成長するにつれ、その権勢は日増しに強まっていく。

 王家の血を濃く引き、希少な聖魔法の持ち主で聖女候補であるアンドレアを排除するのは厳しい。
 そこでまずは優秀な側近候補達に狙いを定め、第一王子から引き剥がして、彼を守る盾を一枚ずつ削いでいくことにした。

 王の目を掻い潜り、あれこれと搦め手を使って圧力を加えて揺さぶり、己の陣地に取り込み、結束を切り崩しにかかる……。

 虚像と裏切りの横行する王宮で守るべき母親もなく育った彼は、次第に疑心暗鬼になっていった。



 ――心から支えようとしたアンドレアや側近たちさえも、次第に信じられなくなっていってしまう程に……。





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