上 下
1 / 128

第1話 婚約破棄

しおりを挟む
 



「アンドレア嬢、貴女との婚約を今この場で破棄するっ。理由は言わずともわかっているね?」

 それは、ロバート第一王子との正式な婚約式の前夜に行われている、王城での豪華絢爛な舞踏会でのこと。この日の為にと競うように着飾った大勢の貴族達が集まる場で宣言された、センセーショナルな発言。

 唐突で一方的告げられた第一王子殿下の言葉に、お祝いムードで楽しげに笑いさざめいていた周囲も何事かと訝しみ、思わず口を噤んで様子を伺う。

 徐々に事態の異様さを感じとると、人混みでごった返していた会場は、いつの間にか彼らの周りだけポッカリと空間が生まれ、まるで波が引くようにざわめきが収まっていく……。

 そして今度は、シイィィン……と、痛いほどの静寂が訪れた。

 いつの間にか賑やかだった音楽も止まり、水を打ったかのように静まり反った会場では、参加している貴族たちの好奇の視線が吸い寄せられるように一点へと集中していく。


 ――アンドレア・キャメロン公爵令嬢……。


 人々の注目を一身に浴びることになったのは、一人の高貴な令嬢だった。複雑に結い上げられた豪奢な金髪は、シャンデリアの光を受けて宝冠のようにキラキラと輝き、長い睫毛に縁取られた少しつり目勝ちの緑の瞳は、まるで宝石を嵌め込んだかような強い輝きを放つ。 真珠のように美しい艶肌とふっくらとした唇には、匂い立つような色香があった。

 十人中十人が美人だと断言する美貌の持ち主だが、くっきりとした派手な顔立ちは、彼女を必要以上に気位が高く、意志の強そうな女性に見せている。

 襟ぐりが少し深めに開いた深紅のドレスは、胸元から裾にかけて細かな刺繍や宝石が贅沢にほどこされ、着る人を選ぶ豪華さだったが、その輝きにも負けない、咲き誇る薔薇のように華やかな美しさを持つ人でもあった。まだ十七歳の少女だというのに、この会場の中でも一際、鮮やかで圧倒的な存在感を放っている。



 その彼女と対峙する形で、第一王子とその取り巻きの青年貴族達が、ふわふわと砂糖菓子のように甘く、愛くるしい顔立ちの小柄な男爵令嬢を守るようにして立っていた。

 こちらも、見た目は文句なしに可憐な美少女だ。夢見るようなベビーピンクの髪に、青空を閉じ込めたかのような優しい色合いのクリクリとした大きな瞳。ふんわりと膨らんだ光沢のあるピンクのドレスは、フリルやリボンをたっぷり使った可愛らしいデザインで、まだ大人に成りきっていない瑞々しい雰囲気の彼女によく似合っていた。

 何故か既に涙ぐんで、小動物のように小さく震えているのは、思いの外冷たい眼差しを、取り巻き以外の貴族達から一斉に浴びせられて怖じ気づいたのか……。

 いずれにせよその姿は、成人したてで経験不足の青年貴族たちの保護欲をよほど誘うのか、守護騎士を自称する面々が鼻息荒く張り切って周囲を警戒しているのが、とてつもなく浮いている。

 一体、一番警備の厳しい王城での舞踏会で、なにから彼女を守ろうというのだろう。そもそもこの場所では、男爵令嬢である彼女こそが不審人物だというのに。


(王家主催の舞踏会には、子爵家以上でないと招待されない。まさかそんな貴族社会の常識を、彼らは都合よく忘れる事にしたのでしょうか……)


 場違いなところに、取り巻きの青年達を使って堂々と乗り込んでくるその図々しさ。大人しげでか弱そうな見た目と違って、随分と計算高く強かな少女である。その悪女にコロッと騙されていることに気づいていない、お馬鹿な第一王子と取り巻き達。

 この場の誰よりもベッタリと王子に身体を密着させている男爵令嬢ユーミリアに、未婚の令嬢がする振る舞いではないと、周りの貴族達が眉を潜め、侮蔑するような視線を送っている事も、当の本人たちはまるで気づいていない。

 むしろ、会場中の注目を集めたことで満足しているようだ。勘違いも甚だしい。


 今はまだ王子の婚約者であるはずのアンドレアも、勝手に盛り上がっている彼らに白けた視線を送った。


(全くもう。公式の場でコレでは、臣下として庇って差し上げる事も出来ませんわ……)


 思わずため息がこぼれそうになるのを、押し殺す。そして、険しい表情で睨みつけてくる彼らをものともせず、アンドレアは貴族令嬢らしい優雅さと落ち着きを失わずに、堂々と微笑んでみせた。



「さぁ? 婚約者のわたくしを蔑ろにし、王族の責務より私情を優先なさる方に、お咎めを受けるようなことなどした覚えなどありませんわ?」

「理由が分からないというのかっ」

「殿下に対し無礼ですよアンドレア嬢! 口を慎しまれたらどうです?」

 すかさず口を挟んできたのは、王子の隣に立つスラリとした体躯を持つ銀髪の美青年。

 たくさんいる取り巻きの中心人物で、王子の信頼も厚い宰相の三男である。見かけだけは立派に大人の仲間入りをはたしている彼は、敵意を隠す気も無いようだ。不快なものを見たかのように顔をしかめて糾弾してくる。



 はぁ、態々間違いを教えて差し上げるほど親切ではございませんが、本当に無礼なのは貴方様の方なのですよ?

 いくら宰相閣下のご令息とはいえ、ただの侯爵子息で爵位のない貴方が、仮にも第一王子の婚約者で公爵令嬢であるわたくしの名前を直接呼ぶなんて、それこそ不敬極まりない。一体、これまでどんな礼儀作法を学んでこられたのでしょう……。

 ちらりと宰相閣下のいらっしゃる辺りを拝見してみれば、真っ青になって頭を押さえていらっしゃる。

 お年を召してからできた三男が可愛いのは分かりますけど、だからといって少し甘やかしすぎたようですわね……?




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結保証】あれだけ愚図と罵ったんですから、私がいなくても大丈夫ですよね? 『元』婚約者様?

りーふぃあ
恋愛
 有望な子爵家と婚約を結んだ男爵令嬢、レイナ・ミドルダム。  しかし待っていたのは義理の実家に召し使いのように扱われる日々だった。  あるパーティーの日、婚約者のランザス・ロージアは、レイナのドレスを取り上げて妹に渡してしまう。 「悔しかったら婚約破棄でもしてみろ。まあ、お前みたいな愚図にそんな度胸はないだろうけどな」  その瞬間、ぶつん、とレイナの頭の中が何かが切れた。  ……いいでしょう。  そんなに私のことが気に入らないなら、こんな婚約はもういりません!  領地に戻ったレイナは領民たちに温かく迎えられる。  さらには学院時代に仲がよかった第一王子のフィリエルにも積極的にアプローチされたりと、幸せな生活を取り戻していく。    一方ロージア領では、領地運営をレイナに押し付けていたせいでだんだん領地の経営がほころび始めて……?  これは義両親の一族に虐められていた男爵令嬢が、周りの人たちに愛されて幸せになっていくお話。  ★ ★ ★ ※ご都合主義注意です! ※史実とは関係ございません、架空世界のお話です! ※【宣伝】新連載始めました!  婚約破棄されましたが、私は勘違いをしていたようです。  こちらもよろしくお願いします!

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

「いつ婚約破棄してやってもいいんだぞ?」と言ってきたのはあなたですから、絶縁しても問題ないですよね?

りーふぃあ
恋愛
 公爵令嬢ルミアの心は疲れ切っていた。  婚約者のフロッグ殿下が陰湿なモラハラを繰り返すせいだ。  最初は優しかったはずの殿下の姿はもうどこにもない。  いつも暴言ばかり吐き、少しでも抵抗すればすぐに「婚約破棄されたいのか?」と脅される。  最近では、「お前は男をたぶらかすから、ここから出るな」と離宮に閉じ込められる始末。  こんな生活はおかしいと思い、ルミアは婚約破棄を決意する。  家族の口利きで貴族御用達の魔道具店で働き始め、特技の刺繍や裁縫を活かして大活躍。  お客さんに感謝されて嬉しくなったり。  公爵様の依頼を受けて気に入られ、求婚されたり。  ……おや殿下、今さらなんの用ですか?  「お前がいなくなったせいで僕は不愉快な思いをしたから謝罪しろ」?  いやいや、婚約破棄していいって言ったのはあなたじゃないですか。  あなたの言う通り婚約破棄しただけなんですから、問題なんてなんてないですよね?  ★ ★ ★ ※ご都合主義注意です! ※史実とは関係ございません、架空世界のお話です!

【完結】ご結婚おめでとうございます~早く家から出て行ってくださいまし~

暖夢 由
恋愛
「シャロン、君とは婚約破棄をする。そして君の妹ミカリーナと結婚することとした。」 そんなお言葉から始まるばたばた結婚式の模様。 援護射撃は第3皇子殿下ですわ。ご覚悟なさいまし。 2021年7月14日 HOTランキング2位 人気ランキング1位 にランクインさせて頂きました。 応援ありがとうございます!! 処女作となっております。 優しい目で見て頂けますようお願い致します。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~

富士とまと
恋愛
リリーは極度の男性アレルギー持ちだった。修道院に行きたいと言ったものの公爵令嬢と言う立場ゆえに父親に反対され、誰でもいいから結婚しろと迫られる。そんな中、婚約者探しに出かけた舞踏会で、アレルギーの出ない男性と出会った。いや、姿だけは男性だけれど、心は女性であるエミリオだ。 二人は友達になり、お互いの秘密を共有し、親を納得させるための偽装結婚をすることに。でも、実はエミリオには打ち明けてない秘密が一つあった。

処理中です...