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その名で予約しないで
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「檸檬くんですかーー?」
「あ、ねこまんまさんーーですね」
緊張しながら、声をかける。
スマホを片手に柵によりかかるその人は、手首にちょっと目に痛い黄色いリストバンドをはめている。
私の手首にも同じものが付いている。
待ち合わせの目印にしよう、とお互いに揃えたものだ。
リュックを片側にかけたゲームの相方“檸檬くん”とこの日初めて現実で会ったーー。
◇◇◇
「うん、うん、無事に拾ったから。そっち向かいます」
彼はピッと電話を切ると、多く人の行き交う夕方の駅前から並んで歩き出す。
「迎えに来てもらっちゃって、すみません。ここの駅迷宮過ぎて……助かりました」
「ハハ。わかりにくいですよね」
前髪の長い彼はちらりともこちらを見ず、乾いた、笑いにもならない効果音を漏らす。
あーー、これは、イメージと違ったパターンかぁーー
無口な“檸檬くん”に心の中でため息をついた。
今日はプレイしているオンラインゲームのギルド“唄う者”のオフ会に向かっている。
“ねこまんま”は私のゲームキャラクターネームだ。
“檸檬くん”はギルド内で唯一同じ県の人、よく一緒に狩り場を回るため、ゲーム内で疑似結婚システム、ペアリングをしている相手だ。
ちなみにゲームコインのマニーを積めばいつでも離婚できるという、アッサリしたシステムである。
ペアリングは、ゲーム内からリアルへとガチ恋をしているカップルもいたが、私達はゲームの中のお友達であり良いギルド仲間ーーだった。
今日までは。
この様子ではゲーム内離婚確定だろう。
檸檬くん……
魔法放つタイミングが絶妙でやりやすかったんだけどなぁ……
色んな飲食店が立ち並び、歩くにつれ辺りは賑やかさを増してきた。
「……ったんですね」
「あ、ごめんなさい。考え事して聞いてなかったです。も一回」
「ねこまんまさん、ほんとに女の子だったんですね。すみません、ネットのイメージたくましすぎて、今日もオフ会に一人で来るって言うし……完璧ネカマ、だと思ってました」
ゲームでは、ショートヘアにムッキムキの“筋肉装備”をつけたキャラクターデザインをしている。
女聖職者、戦う前衛のモンク。
美女キャラがムキムキって、かっこよくないー?
檸檬くんは後方から敵を狩る、魔術師だ。
「あははーー。ゲームでも、中身女って言ってもまず信じてもらえないもんね。キャラもちゃんと女なのに、失礼しちゃうよねーー」
長い前髪に黒縁眼鏡の檸檬くんは、ある意味キャラのイメージ通りだったり、ある意味ではイメージと違うとも言える。
その見た目は、魔法再使用可能時間を計算して攻撃する魔術師のイメージにはピッタリながら、しかしゲームだといつもよく喋っていた。
いや、だから単に私の見た目が“期待はずれ”で気落ちしてるだけだってーー。
ゲームの中には出会い目的で女キャラに近づき、オフ会にこぎつけようとする人もいるらしい。
檸檬くんも、ゲームでの印象はそんな人じゃないだろう。
けれど、女だとあれだけゲーム内で訂正していれば、多少初めて会う女性に期待する気持ちがあったとしたって不思議ではない。
ーーガラガラガラーー
どことなく気不味い空気の流れる中、オフ会場の飲み屋についた。
「いらっしゃいませーー!」
「すみません、連れが先入っててーー“……”のーー」
「ご予約名“唄う者”様ですねー。ご案内しますよー」
わざわざ小さめの声で言った檸檬くんに対し、店員の大きめの声が店に響くと、居酒屋から若干の笑い声が漏れる。
え、ギルド名で予約してる。
なにそれ恥ずかしい。
前にいたギルドの中には「漆黒を駆ける暗黒の闇」もあった。まだマシだとは思いつつ…
思わず顔が熱くなり下を向きながら、檸檬くんの後ろをついて歩いた。
「こちらのお座敷になりますー。ごゆっくりー」
終始にこやかな笑顔の店員はプロだーー。
「あ、ねこまんまさんーーですね」
緊張しながら、声をかける。
スマホを片手に柵によりかかるその人は、手首にちょっと目に痛い黄色いリストバンドをはめている。
私の手首にも同じものが付いている。
待ち合わせの目印にしよう、とお互いに揃えたものだ。
リュックを片側にかけたゲームの相方“檸檬くん”とこの日初めて現実で会ったーー。
◇◇◇
「うん、うん、無事に拾ったから。そっち向かいます」
彼はピッと電話を切ると、多く人の行き交う夕方の駅前から並んで歩き出す。
「迎えに来てもらっちゃって、すみません。ここの駅迷宮過ぎて……助かりました」
「ハハ。わかりにくいですよね」
前髪の長い彼はちらりともこちらを見ず、乾いた、笑いにもならない効果音を漏らす。
あーー、これは、イメージと違ったパターンかぁーー
無口な“檸檬くん”に心の中でため息をついた。
今日はプレイしているオンラインゲームのギルド“唄う者”のオフ会に向かっている。
“ねこまんま”は私のゲームキャラクターネームだ。
“檸檬くん”はギルド内で唯一同じ県の人、よく一緒に狩り場を回るため、ゲーム内で疑似結婚システム、ペアリングをしている相手だ。
ちなみにゲームコインのマニーを積めばいつでも離婚できるという、アッサリしたシステムである。
ペアリングは、ゲーム内からリアルへとガチ恋をしているカップルもいたが、私達はゲームの中のお友達であり良いギルド仲間ーーだった。
今日までは。
この様子ではゲーム内離婚確定だろう。
檸檬くん……
魔法放つタイミングが絶妙でやりやすかったんだけどなぁ……
色んな飲食店が立ち並び、歩くにつれ辺りは賑やかさを増してきた。
「……ったんですね」
「あ、ごめんなさい。考え事して聞いてなかったです。も一回」
「ねこまんまさん、ほんとに女の子だったんですね。すみません、ネットのイメージたくましすぎて、今日もオフ会に一人で来るって言うし……完璧ネカマ、だと思ってました」
ゲームでは、ショートヘアにムッキムキの“筋肉装備”をつけたキャラクターデザインをしている。
女聖職者、戦う前衛のモンク。
美女キャラがムキムキって、かっこよくないー?
檸檬くんは後方から敵を狩る、魔術師だ。
「あははーー。ゲームでも、中身女って言ってもまず信じてもらえないもんね。キャラもちゃんと女なのに、失礼しちゃうよねーー」
長い前髪に黒縁眼鏡の檸檬くんは、ある意味キャラのイメージ通りだったり、ある意味ではイメージと違うとも言える。
その見た目は、魔法再使用可能時間を計算して攻撃する魔術師のイメージにはピッタリながら、しかしゲームだといつもよく喋っていた。
いや、だから単に私の見た目が“期待はずれ”で気落ちしてるだけだってーー。
ゲームの中には出会い目的で女キャラに近づき、オフ会にこぎつけようとする人もいるらしい。
檸檬くんも、ゲームでの印象はそんな人じゃないだろう。
けれど、女だとあれだけゲーム内で訂正していれば、多少初めて会う女性に期待する気持ちがあったとしたって不思議ではない。
ーーガラガラガラーー
どことなく気不味い空気の流れる中、オフ会場の飲み屋についた。
「いらっしゃいませーー!」
「すみません、連れが先入っててーー“……”のーー」
「ご予約名“唄う者”様ですねー。ご案内しますよー」
わざわざ小さめの声で言った檸檬くんに対し、店員の大きめの声が店に響くと、居酒屋から若干の笑い声が漏れる。
え、ギルド名で予約してる。
なにそれ恥ずかしい。
前にいたギルドの中には「漆黒を駆ける暗黒の闇」もあった。まだマシだとは思いつつ…
思わず顔が熱くなり下を向きながら、檸檬くんの後ろをついて歩いた。
「こちらのお座敷になりますー。ごゆっくりー」
終始にこやかな笑顔の店員はプロだーー。
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