上 下
44 / 52

41 獣人

しおりを挟む
「転移」

 結局ダニエルはバリー卿に背後から抱えられるようにして転移していった。屈強な騎士に、背の高い男前のダニエル……圧迫感のある組み合わせ、二人ともうんざりした表情かおをしているが、ダニエルは疑惑だらけなんだから仕方ない。

「テレシアごめん、後ろから俺に捕まってくれないか?万が一襲撃があった場合、俺が前の方がお前を守りやすい」
「わかった」

 私は魔法も使えるし、ちょうど良いだろう。ふと、レオンの隷属契約を解いていないことが今の状況となっては悔やまれる。
「い…行こう」
 レオンの背後から手を回して門の下に立つと、前が見えない。広く大きい背中に体をくっつけ、思わず心臓がドキドキと鳴りだすがーー聞こえませんように。
 今はそういう時じゃないから。落ち着けーー

「転移」

 視界の歪んだ後、目の前はまだレオンの背中だった。
「大丈夫だ、進むぞ」

 転移門から2、3歩離れレオンから手を離すと、霧がかった中に村が見える。

「ようこそ、テレシア・ポムエット様。獣人の村へよくお越しくださいました」

 ダニエルが仰々しくお辞儀をしてみせた。
 本当にどういうつもりなのかーー

 最後のエルとメイソン卿の転移が済んだところで、バリー卿に剣を向けられながらも案内するダニエルについていく。
 獣人の村ーー獣人さんが平和に暮らせる場所があったなんて。ルトルヴェール国内の獣人もここからきたのだろうか? でもーーそれなら何故安住の地ではなく、奴隷のように扱われる過酷な地にその身を置いているのだろう。

「すごい霧ですね。お嬢様、我々から離れないでくださいね」

 ドキッとした。キョロキョロしていたのがバレたのだろうか。背中を向けながらそう言うバリー卿に、返事をするとしっかり前を見て進んだ。
 霧の中にうっすらと見えていた家々が次第にはっきりとしてくる。
 むせかえるように濃厚な甘い匂いがすると、レオンがボソッと呟いた。

「……あれの匂いだ」
「あれって?」
「獣人商人の馬車にいた時……いつも食べていた意識が朦朧とするパンの匂い」

「ほぉ……あのパンを覚えているのじゃな」

 いつの間にか、目の前に白い髭を蓄えた、年配の獣人が立っていた。

「獣人の守護者をお連れしました。村長」

 そう、ダニエルが私の方を見ながら口にすると“村長”と呼ばれた獣人が近づいてくる。

「あなた様が……」
「ようこそ、いらっしゃいました。聞きたいことは沢山あるのでしょうが……まずは、あなた様が“本物”であるのかどうか、我らに確認させていただけないでしょうか。決して危害を加えたりしないと、この命にかけて誓います故」

 ここまで来たのだ。進むしかないだろうと、村長の屋敷に招かれることにした。

 建物正面の扉を開けると広い空間になっており、テーブルと椅子の並ぶダイニングのような食堂の様なスペースは吹き抜けで天井の梁が剥き出し、2階へ続くオープンな階段と、2階の廊下、各部屋のドアまで見渡せるような簡素な作りになっていた。

 着席を勧められ椅子に腰掛けると、村長の合図でお手伝いらしき若い手袋をつけた獣人が、奥の扉から大きな玉を転がしてきた。

「魔力測定の玉ーー!?」
「何故それがここに」

「話すと長いのです。それは追々……獣人の守護者様、ご無礼は承知ですが、まずはあなた様が“本物”であるのかどうか、確認をさせていただけないでしょうか。この玉に触れていただきたいのです」

 どうしよう、見た目はそっくりだけど違うもの、なんてことはないのか。
 少し悩んでいるとバリー卿が動く。

「まずは私が確認させていただきます!」

 バリー卿がダニエルから離れこちらに見えるように玉に触れると、2色の光と名前が浮かんだ。

「間違いなく、魔力測定器であるようです」

「テレシアちゃん、触ってみてーー」

 ライラ先輩がそう促し、レオンを見やればこくりと頷かれ私も頷き返す。
 みんなと対になるように立ち玉に触れると、虹色にも似た世界が広がった。

「なんとーー」

 村長の声が響く。何度触っても、変わることのない名前と日本語で書かれた“転生者”そして守護者の文字が浮かんだ。

「膨大な魔力量ーー」

「テレシア・ポムエット様、あなた様は“転生者”だったのですねーー」
「ーー!!」

 そこで手を離した。

「転生者ーー?」
「転生者とは一体…」

 ライラ先輩、エル、騎士2人が口々に呟きにも似た声を放つ。

「村長様、その話はここではーー」

 レオンが苦言を呈すが、ここで部屋を分けるのは不用心だろう。そうでなくても得体の知れない場所に、少数で乗り込んでいるのだからーー

「皆様はご存知ないのですね。大変、失礼しました」

 みんなに聞かれることを承知の上で、口を開いた。

「村長さん、あなたは“転生者”と書かれたあの文字が読めるんですねーー?」
「もちろんでございます。何故なら……ダニエル、見せて差し上げなさい」
「はい」

 作り笑顔と今ならわかる胡散臭い表情で返事をすると、ダニエルはおもむろに玉に手をついた。

 黄緑色の光と共に浮かぶのは、
 “ダニエルーー【転生者】ーー“

「「ーー!!」」
「転生者ーーっ」

 雷に打たれるような衝撃を受けた。そこには私と同じく“日本語で”転生者の文字が浮かんでいる。そして獣人も魔力測定の玉を触れるーー。

「テ、テレシア……」

 驚愕の声を漏らした隣のレオンを見ると、震えている。

「これが、お前の魔力測定でも浮かんだ文字なのかーー?」
「そ、そうだけど……どうしたのレオン、大丈夫ーー?」

 目を見開きガタガタと震えるそのあまりの異様さに、肩に手を触れるとビクリと大きく跳ねた。

「ーー読めるんだ。俺にも……あの見たことのない文字が“転生者”だと読める……あ、頭が痛い……寒い……」

「ーーえ?」

 訳がわからない。

「ダニエル、レオンさんを休ませてあげなさい。テレシア様、よろしいですかな」

 様子のおかしいレオンを無理させるわけにはいかない。

「ーーは」
「俺、は大丈夫だ。ーー一緒に聞くよ、テレシア」

 ダラダラと汗を流し顔は真っ青になったレオンが、ダニエルに肩を掴まれながらそう答える。

「レオン、無理しないでーー」
「大丈夫だ。それに、俺が一緒に聞きたいんだ」

 レオンが肩の手を振り払うと、ダニエルはやれやれと言った表情で奥の部屋へ向かうと、茶葉の香りのする暖かそうな飲み物を持って戻り、一人ずつ配った。

「村長さんダニエルさん……あなた方も“転生者”ーーつまり、以前生きた人生の記憶があるんですか……?」

 キャロリーヌやライラ先輩、みんなが驚いているのはわかるが、重要なことだ。

「さて、どこから話したものか……」

 村長は真っ白い顎鬚を撫で下ろしながら、熟考した様子の後口を開いた。

「まずーー、我々には“前の人生”とやらの記憶はありません」

 この世界に転生して12年ーー同じ世界から来た人に会えたと思い期待した心は、一瞬で砕ける。

「あの文字は……既に滅んだ国の文字なのですじゃ。そして、意味はよくわかりませんが、我々にはこの様な言い伝えがございます」

「何処かーー別の次元にある別の世界……そこで命を落とした我らは神に愛されていた。その世界での我らの生を不憫に思った神が、“獣人”としてこの世界で幸せに暮らすために転生させたのだ、と」

「ーーえ、でも……」
 言いかけて口を噤む。この世界での獣人の扱いはあまりにも酷い。いや、少しずつ改善される今、酷かった、と言うべきか。

「仰りたいことはわかります。今の我らは、祝福を受けたにしてはあまりにも酷い暮らしをしていると」

「長い話になりますが、ご清聴願います」

 そうして村長は、昔話を始めたーー
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...