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一章 第二話

4.けものにのけものにされてる奴WWW

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 ベイノック山山中にて――。
 
 生きていた。
 今日もまた目を覚まし、なんとか生きている。
 皆がやられ、私もどうにか賊を倒しその場を離れることはできた。
 血は止まっているようだが、全身が痛い。
 もしかしたらどこか折れているだろうか、体を起こすのがやっとだ。
 かなりマズイ状況だが、ここに留まっていても野垂れ死ぬのを待つだけだ。
 今頃アイツらも何か動いているだろう。
 生きている限り、ただで死ぬ訳にはいかない。
 少しでも下山しなければ……。
    
 …………。



 ヨアン村、畜舎――。

「げッ!    まだ居やがった」

 畜舎の入り口の方を見ると、若い金髪の男がなんとも嫌そうな顔をして立っていた。
 見た目はなんというかチンピラみたいだが……。
 入り口にいる金髪に向かってアイオックさんが話しかける。

「おい。てめぇこそなんでまだここに居やがる。森から丸太運んで来いっつったろ!」
「あんな重いもん運んで来れるか!! 森からここまでどれだけあると思ってんだよ!」
「だったらウマでも連れて行きゃあいいだろ」
「連れていけねぇんだよ!!」
「じゃあ手で運んで来いよ」
「人の話聞いてましたっ!?」
    
 なんだか二人で愉快な喧嘩が繰り広げられている。見た感じお互い心底嫌ってる訳では無さそうなので止めようとは思わないが、こちらにも用事があるので声をかけてみよう。

「あのーすいません」

 すると、予想どおり金髪の目がこちらを捉えた。標的がこちらに変わったようだ。

「あぁ?  なんだオマエ?  見せもんじゃねえぞ」

 金髪が険しい表情で睨みを利かせてくる。
 ……なんでだろう。
 メンチ切られてるのになんだか全然怖くない。

「あぁ、それはごめんなさい。目の前で勝手に盛り上がってるもんだから」
「こっちだって盛り上がりたくて盛り上ってる訳じゃないんだよっ!!」
「なら普通にしゃべれば良いのに……」
「これが普通だよっ!!」
「そうなんですか。……しんどいですね」
「し・ん・ど・く・ね・え・わぁぁぁっ!!」

 金髪は顔真っ赤にして地団駄を踏んでいる。

「あぁ……。(多分こいつ……ただのバカなんだな)」
「ムキャー!!  せめて言葉にしろやぁぁぁぁ!?」

 金髪の男がとうとう殴りかかってきた。
 さすがに一発もらうかと思ったが、次の瞬間目の前の光景が紙芝居のように移り変わった。

 金髪が――巨大な角に。

「へぷんっ!」というなんとも間抜けな声と共に、金髪が派手な音をたてて、左の壁に張り付いていた。逆さで。
 そして目の前には、さっき戯れていた母ウシヤギが間仕切りの柵から巨大な頭部を突き出している。

 (こいつが横から突っ込んで来たのか……)

 自分にも当たっていたかもしれないと思うと肝が冷える。
 母ウシヤギは自分の頬を舐めて直ぐに子供の方に戻っていった。なぜか、どこか少し得意気に佇んでいるようにも見える。

 それにしてもすごい威力だな。あんなに威勢の良かった金髪が一発でのびている。他の家畜達にも嫌われないようにしよう。
 哀れな金髪をみんなで眺めていると入り口にまた人影が射した。

「おーいアル、なにやって……ゲッ」

 今度は暗い髪色の背の高い青年だった。端正な顔立ちだが、ギアード達とは違いクールな印象を受ける。

「おい、てめぇもここでなにやってんだ?」

 アイオックさんが青年に声をかけると、青年は壁でのびている金髪を見て答える。

「アイツがサボるから連れ戻しに来た」
「仲間を売るんじゃないよ!!」

 金髪が目を覚ました。すごいフィジカルだ。
 対して青年は少しだるそうに金髪に言った。

「ホントの事だろ」
「適当に時間潰して納屋に置いてある薪を持って帰って、やったことにしようって言ったじゃんか!!」
「それ全部オマエが勝手に言ったことだろうが!」

 自分はさっきと同じく、宥めるような雰囲気でもないので一連の流れを見守っていた。
 なんか今日は茶番が多いな。村長なんか自分の隣で顔真っ赤にして震えている。今日は村長にとって、さぞ愉快な一日になることだろう。

 するとアイオックさんが指を折り鳴らしながら金髪に詰め寄っていた。

「なるほど。そーゆー事だったか……」

 金髪の顔がみるみる青ざめている。村長は決壊寸前だ。

「やっべ!」と、入り口の青年はいち早く離脱。
 アイオックさんは金髪の襟を掴み引っ張り上げ入り口まで持っていき、おもいっきり外に向かって投げ飛ばした。

「遊んでねぇでとっとと行ってこい!!!」
「あああああああぁぁぁぁぁ……」
と、断末魔に似た金髪の声が遠ざかっていく。
    
「……凄いなここ」

 さっき挨拶に行った所のステラおばさんは気の良い普通のおばさんだったが、ここは、なんというか、全員のキャラが濃い。
 村長は持たなかったようだ。腹を抱えて涙目になって大笑いしている。

「わりぃな。下らねぇ事で時間くっちまって。アイツらがウチで働いてるガキ共でよ。バカだがまぁ、仲良くしてやってくれ」
「え、あ、はい」
「それじゃあ、寝床用の藁だったな。取りに行くついでに他の奴等にも挨拶していくか」と、言ってくれたので牧場を一通り案内してもらった。

「よし、荷車は今日中に返してくれれば良いから、いつでも返しに来い。これから他の所にも行くなら、パン焼き小屋に嫁と娘がいると思うから、挨拶してやってくれ」
「はい。ありがとうございます!」

 牧場で働く人達に挨拶を済ませ、荷車一杯の藁を分けてもらい、また村長の家に戻った。



「もうそろそろ昼前じゃし、何か腹に入れて掃除を終わらせるかの」

 村長の家に帰る道中。確かにそろそろ日も高くなっている。
 そろそろ部屋の掃除も終わらせて、明日からある程度働けるようにしないと。
 裏の庭に藁を積んだ荷車を置いて家の中に入ると、既にサクラさんが昼食の準備を始めていたので昼食を頂いた。
 食事が終ると村長は、掃除や他の仕事もあるから残りの挨拶は明日にしよう、と言って畑に出ていったので、サクラさんと掃除道具を持って借りた部屋に向かった。
   
 もしかしたら掃除の仕方も現世と違うかもしれないので、旅人設定にかっこつけてサクラさんに聞いてみた。
 基本的には普通に、床を掃いたり、拭いたりしているだけということだったので問題無さそうだ。
 ようやく、借りた部屋の掃除に取り掛かる。
 始めてみると家具も殆ど無いので、埃を叩き、拭いてやるだけで特に問題なく、すぐに終ってしまった。
 後はさっき持ってきた藁を使ってベッドを作るだけだが、念のためサクラさんに指示を仰ごう。

「サクラさん。こっちは掃除終わりました」
「そうですか。早かったですね」
「ええ、あまり汚れてもなかったので、次は何しましょう」
「じゃあ、私はまだ家のお掃除が残ってるので、薪割りをしてもらっても良いですか」
「わっかりました!」

 サクラさんに言われたとおりに家の裏庭に行く。
 杭と紐で作った物干し台にサクラさんが昼間洗っていた洗濯物が風に靡いている。庭は小さな森を切り開いて作ったような所で、子供が走って遊ぶ程度の広さがあった。薪用の木と割台もすぐに見つかったので早速仕事を始めた。

 サクラさんの用事が終わるまで薪を割って過ごす。
 晴天の空の下、誰に急かされる訳でもなくただ薪を割る。
 なんだろう。単純作業だからか、すごく心が穏やかになる。 

 途中でサクラさんもやって来て洗濯物をとりこんでいた。頼まれていた量の薪割りを終える頃には、シーツを持ってきてくれていた。

「じゃあ、藁を詰めましょうか」

 サクラさんが折り畳まれたシーツを拡げる。どうやら袋状になっているようである。ここに藁を詰めてクッションにするのだろう。
 二人で袋に藁を詰め、終わる頃には日が傾きかけていた。

 大量の藁を詰め、かなり大きな嵩になったシーツを二人で部屋に運ぶ。
 箱状のベッドとシーツの端を合わせて置き、中身を均すように足の方から敷いていく。中身が溢れないように頭のところを折り込み、再び中身の高さを均す。
 こうして満を持してベッドが完成した!

 完成したてのベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けになる。

「あー、ベッドだー」

 馬鹿の発言だった。
 一晩板の上で寝ただけなのにシーツの感触がかなり久しく感じる。意外にシーツの触り心地がよく、なんなら現世の物と比べても上等の物のようだった。

「今夜はゆっくり休めますね。掛ける用に毛布も干しておいたんで、使ってください」

 サクラさんが毛皮の毛布を渡してくれた。

「ありがとうございます!  でもこれ、本当に僕が使って良いんですか。シーツも多分結構良いものですよね」
「良いものかはわからないですけど、お客さん用に予備でしまってたものなんで気にしないで使ってください」
「そうですか、わかりました。何から何までありがとうございます」

 本当にありがたい。
 装備はあるとは言え、この世界に来て初日からこんな村に辿り着くことが出来て本当に良かった。

「それじゃあ、日が暮れない内に荷車返して来ます」
「はい、帰ったら夕飯の準備のお手伝いお願いできますか」
「解りました!    寄り道せずに帰ります」

 冗談っぽく言って、家を出た。



 アイオックさんに荷車を返し、今度は一人で帰路に着く。
    
 歩きながら昨日、今日、そしてこれからの事を考える。
 とりあえず当面の拠点は出来た。後はこの世界で「何をするか」だ。
 メトロンさんは『この世界で自分に心から納得のいく何かを成せばこの世界に帰る道が開く』と言っていた。
 もし自分の達成感が基準なのであれば、昨日無事に下山出来た時点で帰れていてもおかしくはない。
 しかし、それっぽい現象は表れなかった。
 規模や難易度が問題なのだろうか。極端な事を言えば政治的な革命を起こしたりとか、ラノベの主人公の様に現世の知識を使って技術を発展させたりとか……。
 いや、違う気がする。難易度が基準なら、見知らぬ地で遭難から抜け出すのも本来かなり困難の筈だ。それに現世の知識にしても、既にこの世界の動植物だけでも似通うところはあれど現世とは全く異なっている事がわかっている。そうなれば、現世の知識の応用が利く事もあるかもしれないが、乱暴に当て嵌める事自体が不適当である事もあるだろう。 
 そもそも『自分に納得がいく』という時点で、ノルマ的に何かを達成すればというのが間違いなのかも――。
    
 考えるほどわからなくなってくる。
 だが、やはり何をするにしても必要なのは情報だろう。この世界の文化、産業、風俗……。
 当分は普通に生活して、この世界を知ろう。
 その後で「自分に出来る事」と「この世界で活かせる事」を分析しよう。そうすればこの世界で成せる事も浮かぶかもしれない。

 ふと、夕焼け空を見上げる。
 もうそろそろ夕陽が山際に沈みかけ、東の空には細い月が蒼白く登っていた。
 ほとんど現世と同じだが、やはりどこか違う気がする。
 主婦が小窓から外で遊ぶ子供たちに声をかけると、
 子供達は笑いながらパタパタと駆けていった。
 帰らなきゃ。待ってる人達がいる。

 イナトは家路を急ぐ。


一章  第二話  完
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