12 / 25
一章 第二話
4.けものにのけものにされてる奴WWW
しおりを挟む
ベイノック山山中にて――。
生きていた。
今日もまた目を覚まし、なんとか生きている。
皆がやられ、私もどうにか賊を倒しその場を離れることはできた。
血は止まっているようだが、全身が痛い。
もしかしたらどこか折れているだろうか、体を起こすのがやっとだ。
かなりマズイ状況だが、ここに留まっていても野垂れ死ぬのを待つだけだ。
今頃アイツらも何か動いているだろう。
生きている限り、ただで死ぬ訳にはいかない。
少しでも下山しなければ……。
…………。
ヨアン村、畜舎――。
「げッ! まだ居やがった」
畜舎の入り口の方を見ると、若い金髪の男がなんとも嫌そうな顔をして立っていた。
見た目はなんというかチンピラみたいだが……。
入り口にいる金髪に向かってアイオックさんが話しかける。
「おい。てめぇこそなんでまだここに居やがる。森から丸太運んで来いっつったろ!」
「あんな重いもん運んで来れるか!! 森からここまでどれだけあると思ってんだよ!」
「だったらウマでも連れて行きゃあいいだろ」
「連れていけねぇんだよ!!」
「じゃあ手で運んで来いよ」
「人の話聞いてましたっ!?」
なんだか二人で愉快な喧嘩が繰り広げられている。見た感じお互い心底嫌ってる訳では無さそうなので止めようとは思わないが、こちらにも用事があるので声をかけてみよう。
「あのーすいません」
すると、予想どおり金髪の目がこちらを捉えた。標的がこちらに変わったようだ。
「あぁ? なんだオマエ? 見せもんじゃねえぞ」
金髪が険しい表情で睨みを利かせてくる。
……なんでだろう。
メンチ切られてるのになんだか全然怖くない。
「あぁ、それはごめんなさい。目の前で勝手に盛り上がってるもんだから」
「こっちだって盛り上がりたくて盛り上ってる訳じゃないんだよっ!!」
「なら普通にしゃべれば良いのに……」
「これが普通だよっ!!」
「そうなんですか。……しんどいですね」
「し・ん・ど・く・ね・え・わぁぁぁっ!!」
金髪は顔真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
「あぁ……。(多分こいつ……ただのバカなんだな)」
「ムキャー!! せめて言葉にしろやぁぁぁぁ!?」
金髪の男がとうとう殴りかかってきた。
さすがに一発もらうかと思ったが、次の瞬間目の前の光景が紙芝居のように移り変わった。
金髪が――巨大な角に。
「へぷんっ!」というなんとも間抜けな声と共に、金髪が派手な音をたてて、左の壁に張り付いていた。逆さで。
そして目の前には、さっき戯れていた母ウシヤギが間仕切りの柵から巨大な頭部を突き出している。
(こいつが横から突っ込んで来たのか……)
自分にも当たっていたかもしれないと思うと肝が冷える。
母ウシヤギは自分の頬を舐めて直ぐに子供の方に戻っていった。なぜか、どこか少し得意気に佇んでいるようにも見える。
それにしてもすごい威力だな。あんなに威勢の良かった金髪が一発でのびている。他の家畜達にも嫌われないようにしよう。
哀れな金髪をみんなで眺めていると入り口にまた人影が射した。
「おーいアル、なにやって……ゲッ」
今度は暗い髪色の背の高い青年だった。端正な顔立ちだが、ギアード達とは違いクールな印象を受ける。
「おい、てめぇもここでなにやってんだ?」
アイオックさんが青年に声をかけると、青年は壁でのびている金髪を見て答える。
「アイツがサボるから連れ戻しに来た」
「仲間を売るんじゃないよ!!」
金髪が目を覚ました。すごいフィジカルだ。
対して青年は少しだるそうに金髪に言った。
「ホントの事だろ」
「適当に時間潰して納屋に置いてある薪を持って帰って、やったことにしようって言ったじゃんか!!」
「それ全部オマエが勝手に言ったことだろうが!」
自分はさっきと同じく、宥めるような雰囲気でもないので一連の流れを見守っていた。
なんか今日は茶番が多いな。村長なんか自分の隣で顔真っ赤にして震えている。今日は村長にとって、さぞ愉快な一日になることだろう。
するとアイオックさんが指を折り鳴らしながら金髪に詰め寄っていた。
「なるほど。そーゆー事だったか……」
金髪の顔がみるみる青ざめている。村長は決壊寸前だ。
「やっべ!」と、入り口の青年はいち早く離脱。
アイオックさんは金髪の襟を掴み引っ張り上げ入り口まで持っていき、おもいっきり外に向かって投げ飛ばした。
「遊んでねぇでとっとと行ってこい!!!」
「あああああああぁぁぁぁぁ……」
と、断末魔に似た金髪の声が遠ざかっていく。
「……凄いなここ」
さっき挨拶に行った所のステラおばさんは気の良い普通のおばさんだったが、ここは、なんというか、全員のキャラが濃い。
村長は持たなかったようだ。腹を抱えて涙目になって大笑いしている。
「わりぃな。下らねぇ事で時間くっちまって。アイツらがウチで働いてるガキ共でよ。バカだがまぁ、仲良くしてやってくれ」
「え、あ、はい」
「それじゃあ、寝床用の藁だったな。取りに行くついでに他の奴等にも挨拶していくか」と、言ってくれたので牧場を一通り案内してもらった。
「よし、荷車は今日中に返してくれれば良いから、いつでも返しに来い。これから他の所にも行くなら、パン焼き小屋に嫁と娘がいると思うから、挨拶してやってくれ」
「はい。ありがとうございます!」
牧場で働く人達に挨拶を済ませ、荷車一杯の藁を分けてもらい、また村長の家に戻った。
「もうそろそろ昼前じゃし、何か腹に入れて掃除を終わらせるかの」
村長の家に帰る道中。確かにそろそろ日も高くなっている。
そろそろ部屋の掃除も終わらせて、明日からある程度働けるようにしないと。
裏の庭に藁を積んだ荷車を置いて家の中に入ると、既にサクラさんが昼食の準備を始めていたので昼食を頂いた。
食事が終ると村長は、掃除や他の仕事もあるから残りの挨拶は明日にしよう、と言って畑に出ていったので、サクラさんと掃除道具を持って借りた部屋に向かった。
もしかしたら掃除の仕方も現世と違うかもしれないので、旅人設定にかっこつけてサクラさんに聞いてみた。
基本的には普通に、床を掃いたり、拭いたりしているだけということだったので問題無さそうだ。
ようやく、借りた部屋の掃除に取り掛かる。
始めてみると家具も殆ど無いので、埃を叩き、拭いてやるだけで特に問題なく、すぐに終ってしまった。
後はさっき持ってきた藁を使ってベッドを作るだけだが、念のためサクラさんに指示を仰ごう。
「サクラさん。こっちは掃除終わりました」
「そうですか。早かったですね」
「ええ、あまり汚れてもなかったので、次は何しましょう」
「じゃあ、私はまだ家のお掃除が残ってるので、薪割りをしてもらっても良いですか」
「わっかりました!」
サクラさんに言われたとおりに家の裏庭に行く。
杭と紐で作った物干し台にサクラさんが昼間洗っていた洗濯物が風に靡いている。庭は小さな森を切り開いて作ったような所で、子供が走って遊ぶ程度の広さがあった。薪用の木と割台もすぐに見つかったので早速仕事を始めた。
サクラさんの用事が終わるまで薪を割って過ごす。
晴天の空の下、誰に急かされる訳でもなくただ薪を割る。
なんだろう。単純作業だからか、すごく心が穏やかになる。
途中でサクラさんもやって来て洗濯物をとりこんでいた。頼まれていた量の薪割りを終える頃には、シーツを持ってきてくれていた。
「じゃあ、藁を詰めましょうか」
サクラさんが折り畳まれたシーツを拡げる。どうやら袋状になっているようである。ここに藁を詰めてクッションにするのだろう。
二人で袋に藁を詰め、終わる頃には日が傾きかけていた。
大量の藁を詰め、かなり大きな嵩になったシーツを二人で部屋に運ぶ。
箱状のベッドとシーツの端を合わせて置き、中身を均すように足の方から敷いていく。中身が溢れないように頭のところを折り込み、再び中身の高さを均す。
こうして満を持してベッドが完成した!
完成したてのベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けになる。
「あー、ベッドだー」
馬鹿の発言だった。
一晩板の上で寝ただけなのにシーツの感触がかなり久しく感じる。意外にシーツの触り心地がよく、なんなら現世の物と比べても上等の物のようだった。
「今夜はゆっくり休めますね。掛ける用に毛布も干しておいたんで、使ってください」
サクラさんが毛皮の毛布を渡してくれた。
「ありがとうございます! でもこれ、本当に僕が使って良いんですか。シーツも多分結構良いものですよね」
「良いものかはわからないですけど、お客さん用に予備でしまってたものなんで気にしないで使ってください」
「そうですか、わかりました。何から何までありがとうございます」
本当にありがたい。
装備はあるとは言え、この世界に来て初日からこんな村に辿り着くことが出来て本当に良かった。
「それじゃあ、日が暮れない内に荷車返して来ます」
「はい、帰ったら夕飯の準備のお手伝いお願いできますか」
「解りました! 寄り道せずに帰ります」
冗談っぽく言って、家を出た。
アイオックさんに荷車を返し、今度は一人で帰路に着く。
歩きながら昨日、今日、そしてこれからの事を考える。
とりあえず当面の拠点は出来た。後はこの世界で「何をするか」だ。
メトロンさんは『この世界で自分に心から納得のいく何かを成せばこの世界に帰る道が開く』と言っていた。
もし自分の達成感が基準なのであれば、昨日無事に下山出来た時点で帰れていてもおかしくはない。
しかし、それっぽい現象は表れなかった。
規模や難易度が問題なのだろうか。極端な事を言えば政治的な革命を起こしたりとか、ラノベの主人公の様に現世の知識を使って技術を発展させたりとか……。
いや、違う気がする。難易度が基準なら、見知らぬ地で遭難から抜け出すのも本来かなり困難の筈だ。それに現世の知識にしても、既にこの世界の動植物だけでも似通うところはあれど現世とは全く異なっている事がわかっている。そうなれば、現世の知識の応用が利く事もあるかもしれないが、乱暴に当て嵌める事自体が不適当である事もあるだろう。
そもそも『自分に納得がいく』という時点で、ノルマ的に何かを達成すればというのが間違いなのかも――。
考えるほどわからなくなってくる。
だが、やはり何をするにしても必要なのは情報だろう。この世界の文化、産業、風俗……。
当分は普通に生活して、この世界を知ろう。
その後で「自分に出来る事」と「この世界で活かせる事」を分析しよう。そうすればこの世界で成せる事も浮かぶかもしれない。
ふと、夕焼け空を見上げる。
もうそろそろ夕陽が山際に沈みかけ、東の空には細い月が蒼白く登っていた。
ほとんど現世と同じだが、やはりどこか違う気がする。
主婦が小窓から外で遊ぶ子供たちに声をかけると、
子供達は笑いながらパタパタと駆けていった。
帰らなきゃ。待ってる人達がいる。
イナトは家路を急ぐ。
一章 第二話 完
生きていた。
今日もまた目を覚まし、なんとか生きている。
皆がやられ、私もどうにか賊を倒しその場を離れることはできた。
血は止まっているようだが、全身が痛い。
もしかしたらどこか折れているだろうか、体を起こすのがやっとだ。
かなりマズイ状況だが、ここに留まっていても野垂れ死ぬのを待つだけだ。
今頃アイツらも何か動いているだろう。
生きている限り、ただで死ぬ訳にはいかない。
少しでも下山しなければ……。
…………。
ヨアン村、畜舎――。
「げッ! まだ居やがった」
畜舎の入り口の方を見ると、若い金髪の男がなんとも嫌そうな顔をして立っていた。
見た目はなんというかチンピラみたいだが……。
入り口にいる金髪に向かってアイオックさんが話しかける。
「おい。てめぇこそなんでまだここに居やがる。森から丸太運んで来いっつったろ!」
「あんな重いもん運んで来れるか!! 森からここまでどれだけあると思ってんだよ!」
「だったらウマでも連れて行きゃあいいだろ」
「連れていけねぇんだよ!!」
「じゃあ手で運んで来いよ」
「人の話聞いてましたっ!?」
なんだか二人で愉快な喧嘩が繰り広げられている。見た感じお互い心底嫌ってる訳では無さそうなので止めようとは思わないが、こちらにも用事があるので声をかけてみよう。
「あのーすいません」
すると、予想どおり金髪の目がこちらを捉えた。標的がこちらに変わったようだ。
「あぁ? なんだオマエ? 見せもんじゃねえぞ」
金髪が険しい表情で睨みを利かせてくる。
……なんでだろう。
メンチ切られてるのになんだか全然怖くない。
「あぁ、それはごめんなさい。目の前で勝手に盛り上がってるもんだから」
「こっちだって盛り上がりたくて盛り上ってる訳じゃないんだよっ!!」
「なら普通にしゃべれば良いのに……」
「これが普通だよっ!!」
「そうなんですか。……しんどいですね」
「し・ん・ど・く・ね・え・わぁぁぁっ!!」
金髪は顔真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
「あぁ……。(多分こいつ……ただのバカなんだな)」
「ムキャー!! せめて言葉にしろやぁぁぁぁ!?」
金髪の男がとうとう殴りかかってきた。
さすがに一発もらうかと思ったが、次の瞬間目の前の光景が紙芝居のように移り変わった。
金髪が――巨大な角に。
「へぷんっ!」というなんとも間抜けな声と共に、金髪が派手な音をたてて、左の壁に張り付いていた。逆さで。
そして目の前には、さっき戯れていた母ウシヤギが間仕切りの柵から巨大な頭部を突き出している。
(こいつが横から突っ込んで来たのか……)
自分にも当たっていたかもしれないと思うと肝が冷える。
母ウシヤギは自分の頬を舐めて直ぐに子供の方に戻っていった。なぜか、どこか少し得意気に佇んでいるようにも見える。
それにしてもすごい威力だな。あんなに威勢の良かった金髪が一発でのびている。他の家畜達にも嫌われないようにしよう。
哀れな金髪をみんなで眺めていると入り口にまた人影が射した。
「おーいアル、なにやって……ゲッ」
今度は暗い髪色の背の高い青年だった。端正な顔立ちだが、ギアード達とは違いクールな印象を受ける。
「おい、てめぇもここでなにやってんだ?」
アイオックさんが青年に声をかけると、青年は壁でのびている金髪を見て答える。
「アイツがサボるから連れ戻しに来た」
「仲間を売るんじゃないよ!!」
金髪が目を覚ました。すごいフィジカルだ。
対して青年は少しだるそうに金髪に言った。
「ホントの事だろ」
「適当に時間潰して納屋に置いてある薪を持って帰って、やったことにしようって言ったじゃんか!!」
「それ全部オマエが勝手に言ったことだろうが!」
自分はさっきと同じく、宥めるような雰囲気でもないので一連の流れを見守っていた。
なんか今日は茶番が多いな。村長なんか自分の隣で顔真っ赤にして震えている。今日は村長にとって、さぞ愉快な一日になることだろう。
するとアイオックさんが指を折り鳴らしながら金髪に詰め寄っていた。
「なるほど。そーゆー事だったか……」
金髪の顔がみるみる青ざめている。村長は決壊寸前だ。
「やっべ!」と、入り口の青年はいち早く離脱。
アイオックさんは金髪の襟を掴み引っ張り上げ入り口まで持っていき、おもいっきり外に向かって投げ飛ばした。
「遊んでねぇでとっとと行ってこい!!!」
「あああああああぁぁぁぁぁ……」
と、断末魔に似た金髪の声が遠ざかっていく。
「……凄いなここ」
さっき挨拶に行った所のステラおばさんは気の良い普通のおばさんだったが、ここは、なんというか、全員のキャラが濃い。
村長は持たなかったようだ。腹を抱えて涙目になって大笑いしている。
「わりぃな。下らねぇ事で時間くっちまって。アイツらがウチで働いてるガキ共でよ。バカだがまぁ、仲良くしてやってくれ」
「え、あ、はい」
「それじゃあ、寝床用の藁だったな。取りに行くついでに他の奴等にも挨拶していくか」と、言ってくれたので牧場を一通り案内してもらった。
「よし、荷車は今日中に返してくれれば良いから、いつでも返しに来い。これから他の所にも行くなら、パン焼き小屋に嫁と娘がいると思うから、挨拶してやってくれ」
「はい。ありがとうございます!」
牧場で働く人達に挨拶を済ませ、荷車一杯の藁を分けてもらい、また村長の家に戻った。
「もうそろそろ昼前じゃし、何か腹に入れて掃除を終わらせるかの」
村長の家に帰る道中。確かにそろそろ日も高くなっている。
そろそろ部屋の掃除も終わらせて、明日からある程度働けるようにしないと。
裏の庭に藁を積んだ荷車を置いて家の中に入ると、既にサクラさんが昼食の準備を始めていたので昼食を頂いた。
食事が終ると村長は、掃除や他の仕事もあるから残りの挨拶は明日にしよう、と言って畑に出ていったので、サクラさんと掃除道具を持って借りた部屋に向かった。
もしかしたら掃除の仕方も現世と違うかもしれないので、旅人設定にかっこつけてサクラさんに聞いてみた。
基本的には普通に、床を掃いたり、拭いたりしているだけということだったので問題無さそうだ。
ようやく、借りた部屋の掃除に取り掛かる。
始めてみると家具も殆ど無いので、埃を叩き、拭いてやるだけで特に問題なく、すぐに終ってしまった。
後はさっき持ってきた藁を使ってベッドを作るだけだが、念のためサクラさんに指示を仰ごう。
「サクラさん。こっちは掃除終わりました」
「そうですか。早かったですね」
「ええ、あまり汚れてもなかったので、次は何しましょう」
「じゃあ、私はまだ家のお掃除が残ってるので、薪割りをしてもらっても良いですか」
「わっかりました!」
サクラさんに言われたとおりに家の裏庭に行く。
杭と紐で作った物干し台にサクラさんが昼間洗っていた洗濯物が風に靡いている。庭は小さな森を切り開いて作ったような所で、子供が走って遊ぶ程度の広さがあった。薪用の木と割台もすぐに見つかったので早速仕事を始めた。
サクラさんの用事が終わるまで薪を割って過ごす。
晴天の空の下、誰に急かされる訳でもなくただ薪を割る。
なんだろう。単純作業だからか、すごく心が穏やかになる。
途中でサクラさんもやって来て洗濯物をとりこんでいた。頼まれていた量の薪割りを終える頃には、シーツを持ってきてくれていた。
「じゃあ、藁を詰めましょうか」
サクラさんが折り畳まれたシーツを拡げる。どうやら袋状になっているようである。ここに藁を詰めてクッションにするのだろう。
二人で袋に藁を詰め、終わる頃には日が傾きかけていた。
大量の藁を詰め、かなり大きな嵩になったシーツを二人で部屋に運ぶ。
箱状のベッドとシーツの端を合わせて置き、中身を均すように足の方から敷いていく。中身が溢れないように頭のところを折り込み、再び中身の高さを均す。
こうして満を持してベッドが完成した!
完成したてのベッドに腰を下ろし、そのまま仰向けになる。
「あー、ベッドだー」
馬鹿の発言だった。
一晩板の上で寝ただけなのにシーツの感触がかなり久しく感じる。意外にシーツの触り心地がよく、なんなら現世の物と比べても上等の物のようだった。
「今夜はゆっくり休めますね。掛ける用に毛布も干しておいたんで、使ってください」
サクラさんが毛皮の毛布を渡してくれた。
「ありがとうございます! でもこれ、本当に僕が使って良いんですか。シーツも多分結構良いものですよね」
「良いものかはわからないですけど、お客さん用に予備でしまってたものなんで気にしないで使ってください」
「そうですか、わかりました。何から何までありがとうございます」
本当にありがたい。
装備はあるとは言え、この世界に来て初日からこんな村に辿り着くことが出来て本当に良かった。
「それじゃあ、日が暮れない内に荷車返して来ます」
「はい、帰ったら夕飯の準備のお手伝いお願いできますか」
「解りました! 寄り道せずに帰ります」
冗談っぽく言って、家を出た。
アイオックさんに荷車を返し、今度は一人で帰路に着く。
歩きながら昨日、今日、そしてこれからの事を考える。
とりあえず当面の拠点は出来た。後はこの世界で「何をするか」だ。
メトロンさんは『この世界で自分に心から納得のいく何かを成せばこの世界に帰る道が開く』と言っていた。
もし自分の達成感が基準なのであれば、昨日無事に下山出来た時点で帰れていてもおかしくはない。
しかし、それっぽい現象は表れなかった。
規模や難易度が問題なのだろうか。極端な事を言えば政治的な革命を起こしたりとか、ラノベの主人公の様に現世の知識を使って技術を発展させたりとか……。
いや、違う気がする。難易度が基準なら、見知らぬ地で遭難から抜け出すのも本来かなり困難の筈だ。それに現世の知識にしても、既にこの世界の動植物だけでも似通うところはあれど現世とは全く異なっている事がわかっている。そうなれば、現世の知識の応用が利く事もあるかもしれないが、乱暴に当て嵌める事自体が不適当である事もあるだろう。
そもそも『自分に納得がいく』という時点で、ノルマ的に何かを達成すればというのが間違いなのかも――。
考えるほどわからなくなってくる。
だが、やはり何をするにしても必要なのは情報だろう。この世界の文化、産業、風俗……。
当分は普通に生活して、この世界を知ろう。
その後で「自分に出来る事」と「この世界で活かせる事」を分析しよう。そうすればこの世界で成せる事も浮かぶかもしれない。
ふと、夕焼け空を見上げる。
もうそろそろ夕陽が山際に沈みかけ、東の空には細い月が蒼白く登っていた。
ほとんど現世と同じだが、やはりどこか違う気がする。
主婦が小窓から外で遊ぶ子供たちに声をかけると、
子供達は笑いながらパタパタと駆けていった。
帰らなきゃ。待ってる人達がいる。
イナトは家路を急ぐ。
一章 第二話 完
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる