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プロローグ

4.明日への扉

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 最後は当面の生活に必要になるお金だな。そうなると向こうの物価や経済について聞いておかないと。あと、思い付きはしたがタイミング的に聞くに聞けなかった、向こうの世界についての細かいことをまとめて聞いておこう。

「これで大体揃ったかな。後は、当面の路銀はどうする」

 メトロンさんも同じように考えていたらしい。

「そうですね……。あっちの世界は貨幣経済が成立してるんですか」
「ああ。成立しているよ。ただし、あっちの世界の貨幣は、現代のように法的に無制限に通用するものではなく、法定通貨としてはいるが、貨幣の鉱物資源に対しての等価交換の意味合いが強いね」

 半分意味が解らなかったが、現代の仮想通貨のように実体の無いお金が発生することは殆どなく、お金にせよ物にせよ物々交換が原則ということなんだろう。まあ、という事はやはりお金も多少は持っていた方がいいのか。

「ちなみに、貨幣の体系とかそれぞれ価値ってどうなってるんですか」
「体系については、金、銀、銅、鉄の金属貨幣が主だね。金貨が最高級で、一般に使われるのは銀貨、銅貨、鉄貨かな。物価については、そうだな……物価や為替については国、街によって変わってくるし、鉱物の産出量によって変動もするから、細かいことは現時点では、この私でも何とも言えないな」

 メトロンさんでも解らないとなると、鉱物ごとに相場が変わったり、両替レートが変わる可能性が考えられるな。

「金が最高級というのは、金貨1枚で日本円で言うと大体のいくら位のイメージなんですかね」
「細かい物価は国によって変わってくるが、大体十万円前後といったところかな」

 それをふまえて当面の路銀として妥当な金額を考える。といっても、最初に降り立つ国での相場が解らないし、大金を持ちすぎても重量や狙われるリスクが増えるしな……。

「それじゃあ、地図と同じように転生後にその国での換算で貰っても良いですか。値段は、銀貨で1万円相当分。それと別に金貨2枚」

 こうすることで、とりあえず最初の街で、どんな物価変動があろうとスタート時最低1万円分以上の残高は確保できる。

「なるほど、そうきたか。良いだろう。こればっかりは、日本と向こうのお金に対する価値観も大きく違っているしね」

 これで当面の路銀の確保は出来た。
 後必要なものは何かないか、改めて出してもらったものを畳の上に並べ確認してみる。
 必要最低限の物で揃えたとは思うが、それでも多いな。荷物だけでも5キロは越えるんじゃないか。
 あと、畳にひろげた後に気づいたがこれらをまとめて運ぶ道具がない。自分で鞄がどうこう言ってたのに……。メトロンさんに風呂敷をだしてもらおうと思ったが少し思いつき、代わりの2メートル大の布と5メートルのロープを追加して貰った。
 布を四つ折りにして敷き、その上に荷物を整理して置いていく。道具が溢れないように包み、たすき掛けに背負ってみる。細かい道具は革袋にまとめているものの、そこそこ嵩張っていて重い。重量を考えると、装備はこれで決定かな。
    
 丁度良い機会なので、鉈やローブも身につけ完全装備にしてみる。両足に日常ではあまりない重さがかかる。試しに少し歩いてみると、やはり踏み出す一歩一歩が重い。

 踏み締める脚から懐かしい学生時代からの景色が帰ってくる。駆け抜けた高校時代。手探りで進み始めた大学時代。そして、明日を掴むためにもがき続けてきた今日まで――。

 ――やっぱり、俺、まだ死にたくねぇな。

「どうやら、覚悟が出来たみたいだね」

 装備を着けたまま、さっきまでと同じようにメトロンさんの対面に座り直す。

「装備は、これでいいです」
「そうか。では、手続きはこれで終了だ。最後に質問はあるかね?」
「それじゃあ――」

 向こうの世界で生きる上で必要な情報を得るため、言葉、文化、倫理観、主な政治体制、他には転生後こちらの自分の肉体はどうなるのかなど、あらゆる事柄について思い付く限りの質問をした。メトロンさんも回答の可否を含め、すべての問いに真摯に答えてくれた。

 ――異世界転生の準備が完了した。

 黄昏の光が射し込む、安アパートの一室。
 異形の宇宙人と時代錯誤な衣装に身を包んだ男が、卓袱台を挟んで対峙している。

「それでは、以上で転生に必要な準備は完了だ。後はあのドアの先に、君がこれから向かう世界が続いている」

 メトロンさんが触手で部屋の玄関のドアを指す。

「わかりました」

 俺は重い装備と腰を上げ、ドアに向かい背筋を伸ばして立ち上がる。

「最後に、失礼かもしれないが今回君に会えて楽しかったよ」

 メトロンさんが最後にそんな事を言い出した。

「手続きの時に、あそこまで慎重且つ懸命に準備を進めた者は久しぶりだ。私も久々に期待してしまったよ。最近は、ろくに準備も確認もしないまま転生してしまう者が多くてね。中には『早く行かせろ』と、せがんできた人間もいる。果たして、今頃どうしているのやら……」

 はぁ。と話を聞いてはいたが、意外だったのはメトロンさんが自らの感想を言っている事だ。これまでも親切ではあったが、あくまで客観的に、傍観者として話をしていた。そこに自らの感想、主観は一切なく、自分でも途中からそういうものなのか、と納得していたところもある。

「私個人としては、君がこちらの世界に戻れる事を心から応援しているよ」

 メトロンさんが、今までも時折見せた紳士的な声色でそう言った。
 本当に、純粋に応援してくれているのだろう。おそらく、このメトロンさんが素顔のメトロンさんなのだ。そんな気がする。

「かといって特別扱いは出来ないがね」
「……ぷっ、はははっ」
  俺につられたのか、メトロンさんも声を合わせて笑いあう。
「ありがとうございます。いつも通り頑張ってきます」
    
 俺は歩み出し、玄関のドアの前に立ちドアノブに手を掛ける。眼を閉じ、一度だけ深呼吸。
    
 ――行くか。

 ドアノブを回しドアを開く。
 柔らかい光が射し、先は見えない。

「では、良い旅を。健闘を祈る」
 メトロンさんが言葉と共に見送ってくれた。    

 絶対にこの世界に帰る。そんな決意を込めて、上京してから久しく言わなかった言葉で答えた。

「いってきます」

 黄昏の光が射し込む、安アパートの一室。
 時代錯誤な衣装に身を包んだ男は、
 いつものように、
 玄関から朝陽のような光に向かって歩き始めた――。



プロローグ 完
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