聖女の厄介事!

神山 祐太

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「見習い宣教師と最初の大事件」5

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 ──ベリオン国際空港 13:00──

 着陸を告げるアナウンスが、機内に流れた。
 次々に席を立つ人の流れが、出口へ向けて溢れ出す。
 その中の一人に、セットアップにミリタリージャケット姿の金髪の少女がいた。ソフィアだった。
 今日は、髪は結んでいない。

 通路を出ると、行き先を示す電光掲示板が、[London][New York]という文字が光っていた。
 搭乗口を出ると、ゲートがあった。更にその前に、航空会社のアテンドと、保安係の係官が立っていた。

 ソフィアがパスポートと聖公会の聖職者身分証を提示した。
 それを見たアテンドの女性が、
「宣教師の方ですね。どうぞ、お通りください。」
 と気を利かせ、優先してゲートを通した。見習い、とはいえ聖公会のお墨付きは、外交官や外務公務員と同等で、ノーチェックだった。
 ソフィアは着いたばかりだったから、査証ビザを持っていなかった。
「ご苦労さまです。ありがとうございます。」
 礼を言ってそのまま、キャリーを引いてゲートを出た。ガラス張りの窓から見える空港の外は、よく晴れていた。寒いには違いなかったが。
 そのガラスの外の冷たい空気を見てとって、ソフィアは暖かい空港の中のロビーにも関わらず、襟を立ててみた。似合っていない、ミリタリージャケットの。

 何となく手持ち無沙汰だったから、ソフィアは、手土産でも見て回ろうかと思案していた。ラウンジに座って、空港内のカフェで何か飲み物でも飲もうか……と思っていたその時、
「だからぁ!」
 という、大きな声がゲートの奥から聞こえてきた。驚いて振り向くと、ソフィアと同年代の女?少女?が、アテンドや係員に向かって、何やら喚いている。

「別に怪しいもんじゃないし!ちょっとくらい通して、飛行機乗せてくれたって良いじゃない!!って言ってんの!!」
「そういう訳には……」
 先程素敵な笑顔で送り出してくれた、航空会社のアテンドの女性が、喚き散らす少女に対して、困ったように対応していた。
「あの、どうしたんですか?」
「あ、先程の……。」
 アテンドの女性が駆け寄って来たソフィアに気付き、
「お騒がせし、申し訳ありません。」
 と、これまた申し訳無さそうに頭を垂れた。

 近くで見ると、声の主の女は、ソフィアと同年代か同い年のようであった。もっとも、彼女の方は
緩いウェーブのかかった長めの栗色の髪にシンプルなパーカー、そして白いミニスカートを履いていて、ソフィアとはまた違うベクトルでの、健康的な可愛らしさがあった。

「あ、聞いてよ!あのね、私のパスポート、期限切れなんだって。」
 彼女がパスポートの最初の方の、顔写真の貼り付けられたページを開いて、ソフィアに押し付けて見せた。そこには彼女の名前、生年月日、パスポート番号、発給国の国籍が書かれている。
「あ……本当だ。」
  ソフィアが少し顔を引いて目を通してみると、確かに、
"Date of Expiry 21, NOV, 2029"
 と刻印されている。2日前だった。
「ちょっとくらい通してくれたって良いじゃん!」
「こらこら、無茶を言ったらダメですよ。入出国の審査は、あなたが思ってる以上に厳格なんですから。」
 ソフィアはそう諭すと共に、どうしたものかと思案していた。
 悪意が無いとはいえ、ここで押し問答を繰り返し、そして長引けば下手をすると不法滞在や不法入国と捉えられる可能性があった。彼女に、その気が無くても。

「……てゆーかあんた誰。」
「ソフィア・グローリーです。」
「大学生?」
「いいえ。いや、まあ大学生っちゃ大学生なんですけど。」
 そう言って、ソフィアは十字架のネックレスを首元から出して、指先で揺らして見せた。
「……ストリートギャング?西海岸の?」
「どうしてそうなるんですか!?宣教師ですよ、宣教師!」
「ああ、宣教師……だってあんた、そんなミリタリーコート着てるし。でもそれ良いわね。それどこの?」
RAFロイヤルエアフォース……空軍らしいですよ。」
「へぇ。てゆーかさ、宣教師って、やっぱりプロテイン?」
「プロテスタント、です。」
「ああ、そう。それそれ。私ね、ベルファストの生まれなの。両親とも移民のプロテスタントでね、でもその親も紛争で……」
 そこまで彼女が言ってからソフィアは、
「とりあえず、場所を移しましょうか。明日、一緒にベリオンの大使館へ行きましょう、わたしも付き添いますから。市内にある筈ですよ。」
「それは良いけど……そういえば、どうしてアンタ外交パスポートなんて持ってるのよ。」


*****
 ひとまず、空港のロビーのラウンジに連れて行った。目の前が大きなガラス張りになっていて、駐機している旅客機が何機も見える。更に、もっと先には海が広がっていた。

「へぇ、聖公会のお墨付きだった、てわけね。」
 ラウンジの仕立ての良いソファーに座り、2人仲良く並んで、手にはカフェラテの紙カップを持って話していた。ソフィアは砂糖を2つ、ケイトは1つだった。

 「ええ、お墨付きなどと言われると大袈裟ですが。」
「てことは、アンタってシスター?」
「プロテスタントは、シスターじゃないんです。うち聖公会は、男も女も、みんな「牧師」なんですよ。」
「何で牧師?」
「人々を導く、よき羊飼いであれ……という意味らしいですよ。」
「こんなミリタリーコートなのに……。」

 ケイトはすっかりソフィアを"シスター"だと思い込んで、物珍しそうにそのミリタリージャケットの裾をくいくいと摘んで弄んでいた。
「コートは関係無いじゃないですか。暖かいんですよ、これ。ほら、ここゲールって寒いじゃないですか。」

 掛け合い漫才のようなやり取りの中で、ソフィアは、しっかりと自身の宗派の宣伝もしていた。
「ソフィアって名前、フランス人なの?」
「スコットランドですよ。」
「あ、ごめん。うちは……」
「ケイトさん、でしょう?」
「ええっ!?嘘ぉ!?何で知ってんの!?アンタってエスパー??シスターって、エスパーでもあるの??」
「違いますよ……それに、シスターじゃありません。さっき、パスポート見せてきたじゃないですか。それで。」
 シスター、と言われた部分についてはしっかりと訂正してから、ソフィアは理由を説明した。
「あ、そっか。」
「ミドルネームまでは、見えませんでしたけどね。」

「私はケイト、ケイト・マリー・クローディア・ヒューストン。長いでしょ?ケイト、でいいわよ。」
 ケイトが、ソファーから行儀悪く脚をパタパタとさせて、ウィンクして言った。
「ケイト、ですか。わかりました。ケイト。わたしは、先程も申しましたがソフィア・グローリー。宣教師です。」
「プロテインで、羊飼いの、ね。あれ?空軍だっけ?」
「それじゃあわたし、従軍牧師じゃないですか。」
「違うの?」
 と言って、ケイトはミリタリージャケットの肩口を摘んでみせた。
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