上 下
27 / 66
本編

第26話「金の皇子着ぐるみの口車」

しおりを挟む
前世、時の皇帝カエサルは言ったという。

「ブルータス、お前もか」

我が親友レイチェル様に加え、エイレーン様。あなた様まで…

「ユーリア様が殿下を怖がっておられることは承知しておりますが、殿下はお優しい方なのですわよ?わたくし、殿下の幼馴染の一人として、ユーリア様にはぜひ殿下のことを知ってほしくて。」

エイレーン様は悪意など全くない笑顔でそう言ってわたしに微笑んだ。

「申し訳ない、ユーリア嬢。どうしても無理だと言うのならわたしは席を立とう。…怖がらせるのは、本意ではない。」

カタカタカタカタ…

わたしの座る椅子が奏でる音は食堂の雑音に紛れ彼らには届かない。

「まあ、殿下。そんな弱気でどうしますの?」

「エイレーン、しかし」

「ユーリア様に慣れていただくには積極的に関わっていくしかございませんわよ?」

エイレーン様1体ならいい。
けど、
2体になると一気に圧がすごくなる。

「ユーリア様?…申し訳ありません。わたくし…勝手なことを……」

「い、いえ……」

そうですね、本当にそうですね、と。
言えないのはわたしが小心者だからです!

「本当に申し訳ない。わたしも直前まで知らなかったのだ。しかし…よければどうかわたしへの恐怖を少しでも克服してほしい。わたしは、何もしないから。」

「恐怖…?」

隣に座るレイチェル様が呟いた。
それに、エイレーン様が困ったように微笑んで答える。

「そうなのですの。レイチェル様はお気づきでいらっしゃいませんでした?ユーリア様は…殿下が怖いみたいなんですの」

「そうだったんですか…?」

レイチェル様、今更ですか?!だからわたし違うって言いましたよね?!レイトン様やシルヴィ様が近づいてくるたびにレイチェル様の後ろに隠れてましたよね!?なのに何で今更知らなかったみたいに驚いてるんですか?!

涙目でわたしはレイチェル様に向かって高速首振りをしてみせた。

「ユーリア様は殿下に必要以上の敬意と畏怖を抱いていらっしゃるのかと思うのですが…」

「ああ、そういえば。殿下方がエイレーン様と言い合いをしていらしゃるのを見ている時も、ユーリア様はいつも眩しそうにしていらっしゃいましたわ…」

抱いてない!
むしろ逆!
敬意どころか着ぐるみにしか見えていません!
レイチェル様もなんでそうなるの!眩しそうにしてたんじゃなくてキャラクターショーに飽きてただけ!生暖かい感じで目を細めてただけ!

「ですがユーリア様。そんな必要はないのですわよ?ここは学院ですし、殿下といえどわたくし達は平等な立場におります。そうでなくともユーリア様は伯爵家のご令嬢。皇家に嫁ぐことも可能な爵位です。殿下はこう見えて、気さくでお優しい方ですから、怖れることはございませんわ。」

「ユーリア様は時々ご自分の言葉遣いの乱れを気にしていらっしゃいますから、それで殿下のお怒りを買うのを怖れているのかも…」

「まあ、レイチェル様。そうなのですか?」

「ユーリア嬢、わたしはそんなことは気にしない。罰することなどしないからどうか気楽に話してほしい。」

ふと視線が合ってしまったわたしの前に座る金の着ぐるみ、アレク殿下は他の2人に見えないよう口元だけで笑った。

この着ぐるみわかっててやってやがる…!!

「ユーリア嬢、どうかそう怖がらずに慣れてくれないか。」

「………」

おちょくられている。
殿下の顔からはそれがありありと滲み出ていた。

着ぐるみにおちょくられる屈辱…!

人のいいレイチェル様もエイレーン様もそんな殿下の様子には全く気づいた様子はない。この着ぐるみめ…元婚約者を利用してわざわざわたしをおちょくりに来るとはいい度胸ではないか!あれ以来会わなくてせっかく存在すら忘れていたというのに!

「ところで」

レイチェル様が少し声を落として、でもたまらず、と言ったように口を開いた。

「お2人は、その…」

それだけで、エイレーン様も殿下も察したらしい。苦笑してから頷いて、レイチェル様に答えたのはエイレーン様の方だった。

「ええ。婚約は解消しましたが、元々わたくし達は幼馴染。むしろ解消したことで以前の関係に戻れてほっとしているのですわ。」

「わたしが言うことではないが…幼馴染として以前よりもいい関係になれているよ。もちろん、エイレーンのおかげでだが。」

「そうでしたの…」

ああ、そうですか。
そういえばそこ気にするところでしたね。

「今ではわたくし、アレクの…殿下の恋を心から応援しているのですわ。殿下には殿下だけを大切にしてくれる優しい方と幸せになってほしいと思っています。」

「わたしも同じだ。エイレーンにはわたしなど勿体無い。」

へーふーんほー。

「素敵な関係ですわ…。」

レイチェル様がうっとりと呟く。

「えー、それなら殿下がエイレーン様を幸せにすればいいじゃないですかー。お互いに大切に想いあっているなら復縁なさればいいのにー」

てっきりこの2人、元鞘に戻ると思ったのにー。

つい口を出たのは繕う気ゼロの淑女もなにもあったものじゃない庶民丸出しの言葉だった。

「………」

「………」

ちょびっと苛々してた。
着ぐるみにからかわれて意趣返しの意味もあった。

「ユーリア嬢」

「なんでしょうか、アレク殿下」

恐怖よりもおちょくられた苛々が上回っていたわたしは強気だった。
アレク殿下の射抜くような視線にもわたしは気丈に見つめ返した。

「わたしとエイレーンが再び婚約することはない。」

「そんな言い切っていいんですか?」

アレク殿下は組んだ両手に顎をのせ
じっとわたしを見つめたまま続けた。

「ああ。かまわない。何故なら……そんなことをすればわたしはまたエイレーンを裏切ることになる。わたしの心にはすでに…他の人が棲んでいるからね」

ルル嬢のことまだ好きだったのか!!

「わたしとエイレーンは幼馴染で友だ。それ以上でもそれ以下でもない。そこを、誤解してほしくない。」

「殿下…そこまでですか……」

そこまでルル嬢のことを…!
キープされてたというのにまだ恋は冷めないのですね…!!ライバルを罠に嵌めるしたたかなルル嬢でも殿下の気持ちが変わらないのなら、もう時間が解決するのを待つしかありませんね…!いつか本物の愛に変わることもあるかもしれません。今なら殿下の一人勝ちですわ頑張ってくださいどうぞご勝手に…!

「だから君も、わたしを皇子としてではなくアレクとして、そう怖がらずに知る努力をしてくれないか。」



「何故わたくしが?」

話が全く繋がらないぞ。

レイチェル様もエイレーン様も黙っている。きっとお2人にも殿下の言葉の意味がわからないのだろう。

「わたしがアレクとして君に接することができるのはこの学院にいる間だけだ。皇子だからとそう距離を置かれるのは…切ないものなのだ。」

「はあ……」

まあ、確かに?
わたしも着ぐるみとしてしか殿下を見てなかったし?
それはまあ、失礼ではある。
着ぐるみとはいえそれはわたしにだけであり、彼らも人間らしいのだ。一方的に怖れられてばかりでは哀しくなるというのもわかる。

「………わかりましたわ。」

わたしは溜息をついて了承した。

わたしに悪かった部分があるのは認めよう。
着ぐるみだからと怖れてばかりではなくきちんと相手を知る努力をするべきだ。同じ世界に生きる者同士なのだから。見た目だけで判断しては、いけない。前世でも偏見は駄目だと学んでいたではないか。

「努力、して、みます……」

着ぐるみとして見ないなんて本当にできるかどうかわからないけど。
努力くらいは、するべきだ。

「ありがとう」

わたしの返事に、アレク殿下が破顔した。

「ではこれからは、わたしのことは殿下ではなくアレクと呼んでくれ。その方が、距離も近づく。呼び名に親しみをこめれば恐怖も和らぐかもしれないだろう?」

「…そういう…もの、ですか…?」

なんか納得いかないようなその通りのような。

「そういうものだ。」

「はあ…」

「わたしもユーリアと呼んでもいいか?」

「はあ…お好きにどうぞ…?」

「よかった。では、これからはもっと仲良くなろう。ユーリア。」

金の皇子着ぐるみ改め、
アレクが

やけに満足そうな顔で笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄様が攻略対象者で妹のモブ令嬢のはずですが、攻略対象者が近づいてきて溺愛がとまりません。

MAYY
恋愛
転生先が大好きだったゲームの世界だと喜んだが、ヒロインでも悪役令嬢でもなく…………モブだった。攻略対象のお兄様を近くで拝めるだけで幸せ!!と浸っていたのに攻略対象者が近づいてきます!! あなた達にはヒロインがいるでしょう!? 私は生でイベントが見たいんです!! 何故近寄ってくるんですか!! 平凡に過ごしたいモブ令嬢の話です。 ゆるふわ設定です。 途中出てくるラブラブな話は、文章力が乏しいですが『R18指定』で書いていきたいと思いますので温かく見守っていただけると嬉しいです。 第一章 ヒロイン編は80話で完結です。 第二章 ダルニア編は現在執筆中です。 上記のラブラブ話も織り混ぜながらゆっくりアップしていきます。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は、たった今をもって解消させてもらう!!』  国のこれからを背負う若者たちが学院を卒業することを祝って開かれた舞踏会の日、めでたい筈のその席に響いた第一皇子の声を聞いた瞬間、私の頭にこの場面と全く同じ“ゲーム”の場面が再生された。 これ、もしかしなくても前世でやり込んでた乙女ゲームの終盤最大の山場、“断罪イベント”って奴じゃないですか!?やり方間違ったら大惨事のやつ!!  しかし、私セレスティア・スチュアートは貧乏領地の伯爵令嬢。容姿も社交も慎ましく、趣味は手芸のみでゲームにも名前すら出てこないザ・モブ of the モブ!!  何でよりによってこのタイミングで記憶が戻ったのか謎だけど、とにかく主要キャラじゃなくてよかったぁ。……なんて安心して傍観者気取ってたら、ヒロインとメインヒーローからいきなり悪役令嬢がヒロインをいじめているのを知る目撃者としていきなり巻き込まれちゃった!? 更には、何でかメインヒーロー以外のイケメン達は悪役令嬢にぞっこんで私が彼等に睨まれる始末! しかも前世を思い出した反動で肝心の私の過去の記憶まで曖昧になっちゃって、どっちの言い分が正しいのか証言したくても出来なくなっちゃった! そんなわけで、私の記憶が戻り、ヒロイン達と悪役令嬢達とどちらが正しいのかハッキリするまで、私には逃げられないよう監視がつくことになったのですが……それでやって来たのが既に悪役令嬢に攻略され済みのイケメン騎士様でしかも私の初恋の相手って、神様……これモブに与える人生のキャパオーバーしてませんか?

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...