上 下
7 / 66
本編

第6話「着ぐるみに痴女認定の屈辱」

しおりを挟む
とんでもない目にあったわ…

夕暮れ時、学院から寮に戻りながら
わたしはげっそりとこの数時間で痩せたような心持ちで結局最後まで逃げられなかったひと時を思い出す。

「だから…っ違……!そういう意味じゃなくてですね!!」

言い方か順番か、とにかく色々間違って口にしてしまった言葉は取り消せない。
殿下とシルヴィ様は残念なものを見るような目でわたしを見ていた。

着ぐるみに憐れまれるとは何たる屈辱…!!

「背中…そう!背中だけでいいんです!まずは服の上からでも!背中のチャックを服ごと下ろしてみたいというかですね……って違う!誤解を招かない言い方がわからない!!」

「ユーリア嬢、まずは落ち着け」

「大丈夫ですよ、わたし達は誤解していません。」

「絶対してる!その目はわたしを痴女と思ってる目です!!」

着ぐるみに発情する性癖はない!

「しかし君も伯爵家の令嬢だろう。伯爵家の令嬢が男の服を脱がしたいなどと言ったらどうなるか。考えて口にした方がいい。」

「ええ、誘っていると思われるならまだいい方です。最悪…」

「わたしは変態ではありません!!」

心からの叫びに
2人は揃って沈黙した。

くそぅ…失敗した……。

ただの中に人間が入っていないか確かめたかっただけなのに…。
着ぐるみのチャックは背中にあるものでしょ!チャックをおろしてみたら中から普通の人間が出てくるのかなと思ったのよ!そうだといいなって!その方が怖くないから!

「もういいです…忘れてください……」

だってあなた達着ぐるみじゃん、とは言えないわたしには
どう言い方を変えても誤解を解けるとは思えなくて
半ば投げやり気味に諦めた。

いいもん…着ぐるみにどう思われたって平気だもん。
痴女でも変態女でも好きにして。
マーシャル様とショーン様にさえ言わないでくれたら。

わたしはぐったりと項垂れた。

「それで…変態女に相談ってなんでしょうか……」

ヤケクソだ。
こうなったら聞くだけ聞いて適当に相談にのったらさっさと帰ろう。
涙目になっているのを自覚しつつ、止まっていた話の続きを促した。

「あ、ああ…」

「相談にのってくださるのですね、助かります。」

「その代わりマーシャル様のことお願いしますね。」

「任せておけ。」

殿下が頷いた。

いつの間に動いていたのか、生徒会室の隅に置かれたソファの間にあるテーブルにお茶が置かれている。

…そっちへ移動しろと?

目線だけで問うと頷かれたけど行きたくない。

「わたし達はこのまま動きませんのでどうぞ。熱いうちに。」

「……では…。」

お2人がこっちに来ないと言うならまあ。
せっかく用意してくれたのに断るのも失礼か。

渋々わたしはソファへ移動した。
殿下は中央の窓際に置かれた机の椅子に座っていて、シルヴィ様はその横に立っている。ソファからはまあ、ちょっと距離がある。

カップを手にとって一口、紅茶をすする。
うん、美味しい。
いい茶葉使ってるわね。

少しだけ気持ちが和らいでここが着ぐるみの巣窟だということを忘れそうになる。

「レイトンとミラもルルに求愛していることは?」

「知っています。」

わたしがカップを置くのを待って、殿下が話し始めた。
レイトンとは赤髪の殿下達よりもさらに体格のいい着ぐるみだ。あれこそ無理。本気で怖い。デカすぎる。

「レイは代々騎士を輩出している伯爵家の嫡男です。レイ自身もいずれは国を守る騎士になるためにと剣の腕を磨いていて実力はもちろんその精神も騎士の鏡のような男なのですが」

「そうらしいですね」

「…ユーリア嬢、先程から少し言葉使いが乱れてないか?」

「痴女ですから。」

「………」

レイトン伯爵子息は同じ伯爵位ではあるけれどあちらは色持ちの名家。皇帝陛下の信頼も篤い将軍のご子息なのでしがないただの伯爵家のわたしとは面識も接点もない。

「レイは一本気な男だからな。一度惚れた女はとことん信じようとするんだ。わたし達が何を言っても…聞き入れようとしない。」

「ほっておけばいいんじゃないですか」

そのうち目が覚めるか他のライバルがいなくなって一人勝ちするかじゃないですか。

「そうはいかない。レイもわたしと共に兄上とこの国を支える柱となる有望な人物だ。こんなところで躓かせたくない。」

「人間一度くらい挫折を味わわなくては大きくなれません。若い時の失敗は人生において得がたい経験ですわ。」

着ぐるみに適用されるかは知らないけどね。

「なるほど…一理ありますね。」

「一度も挫折をしたことのない人間が大きな失敗をすると脆いですわよ?簡単に折れてしまいます。」

これは前世の記憶から出る言葉だ。
前世のわたしは今よりもっと長く生きていたんじゃないかと思う。
だからこの、青春真っ盛りの彼らの恋愛を生暖かい目で見られる。

「いいことを聞いた。やはり君に相談して正解のようだ。」

「もう帰ってもいですか?」

もう相談は終わりでいいんじゃない?

「いや、まだだ」

チッ

「レイだけじゃない、ミラも頑ななんだ。『ルルは僕を救ってくれた。僕の恩人なんだ。だからルルが望むなら僕はどうなってもいい』などと言って……」

病んでる。

「かなり重症ですわね」

着ぐるみでヤンデレはちょっとかなり…本気で怖い。
危ない。
ルル嬢をほんの少しでも傷つけたらさくっと何の躊躇もなく殺されそう……!

絶対近づきたくないわ。

リアルで病んでる人ほど怖いものはない。

「やはりそうか…」

「ええ。わたくしでは無理ですわ。幼馴染の殿下方がどうにかしなくては。」

ミラ、とは緑色の髪の着ぐるみだ。学年も一つ?いや二つ?ほど下なので15.6歳か。その年頃の子って思い込み激しいのよねー。そういう時期よねー。

殿下は考え込むように顎に手を置き俯いている。
シルヴィ様は…恐ろしいことにこちらを凝視していた。

その!目が!怖いのよ!!!

「原因がわかればいいのだが…」

「トラウマがあるのではないですか?そこまで重症なら、ルル嬢はミラ様のトラウマを癒したのかもしれません。それでミラ様はルル嬢に傾倒しているのかも。」

テンプレだもんね。
攻略される側って皆トラウマ持ちってあるあるだよね。
まあ、大なり小なり悩みは持ってて当然、悩みのない人間なんていないって言うしね。着ぐるみも人間?だし……??

「トラウマか…」

「ええ、思い当たることはないのですか?」

「いや…シルはどうだ?」

殿下がシルヴィ様を見上げる。

「わたしもすぐには。ですが調べてみましょう。ミラは昔から自分の気持ちを隠して押し殺すところがありますから…心配していたのですがまさかこんなことになるとは。」

「もっと早く手を打つべきだったな。」

「とにかく探ってみましょう。」

「もう帰ってもいいですか?」

まだですか、そうですか。
ではおかわりください。ついでに甘いお菓子があればなおいいです。食べないとやってられません。

願いは伝わったようでシルヴィ様からそっとお菓子が差し出された。
差し出される時に若干身体がひいてしまったが可愛らしい見た目の美味しそうなお菓子にすぐに持ち直した。

「ユーリア嬢、わたし達が揃ってルルにいれあげてしまったのは何故だと思う?」

殿下が聞いてくる。
なんでルドフォン伯爵令嬢からユーリア嬢に呼び方変わってるんですかね?

「何故と聞かれましても……ご自分のことでございましょう?」

なんでわたしに聞くのさ。
あ、これ美味しい。さくさくな食感なのに中はしっとりしてて甘すぎないところもいい!

「そうなのですが、目が覚めてみると腑に落ちない部分もありましてね」

「プライドが邪魔をしてご自分の失敗を認めたくないのでは?」

うん、このお菓子とこの紅茶の相性最高!
ぴったりだね!

「っそ、それは…そう、かも…しれませんが……」

「ユーリア嬢、あまり苛めないでくれ」

あら。人をサドみたいに言わないでもらえます?
着ぐるみを苛めたら子供に怒られますわ。

「殿下とシルヴィ様もトラウマをお持ちだったのでは?悩みのない人間などいませんもの。それか…自尊心をいい感じにくすぐられました?」

男を落とすには褒めて褒めて持ち上げるといいって前世の記憶が言ってる。
2人はまた黙り込んでしまった。

「思い当たることがあるみたいですわね。」

容姿と身分に惹かれる女はとか言いながらチョロイわね、この着ぐるみ!

「ルル嬢はすごい手管をお持ちのようで、わたくしもご教授願いたいものですわね」

いいなあ。それがあればマーシャル様かショーン様を落とせるかなあ。
この世界ではわたしの顔、平凡だからなあ。
手管くらいないと落とせないかもしれない。

本気で少し、考え込んだ。

でもコンマ一秒くらいですぐに却下した。階段での一幕を思い出したのだ。
あんな怖い着ぐるみの目の前に行きたくない。

「わたしは、ルルは魅了の魔法のようなものでも発動したのかと考えたのだが」

「トラウマの件にしても、何故子爵家の庶子だった彼女が知りえたのか納得いきませんね」

あ、やっぱトラウマあったんだ。
ていうか魅了って!この世界魔法まであったの?!

「ルルとエイレーンの両方から訴えが来ている。階段から突き落とされたとか嵌められたとか。」

てんこもりだな!!!

「ルルについても調べてみる必要がありますね。階段の件も目撃者がいないか調べてみましょう」

「………。」

ここにいるけど

黙っておこうかな。

怖いから。

ルル嬢に瞬殺されそうな気がして怖いから。

エイレーン様の冤罪はきっと殿下とシルヴィ様が晴らしてくれるから大丈夫よね!!

そっかあ。
あれ、舞台の練習じゃなかったのかあ。
本気かあ。

…ますます怖っっ!!!





と、いうようなことがあり。
生徒会室を開放される頃にはわたしのお腹はお菓子と紅茶で満腹になっていて

夕飯は食べずに寝たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄様が攻略対象者で妹のモブ令嬢のはずですが、攻略対象者が近づいてきて溺愛がとまりません。

MAYY
恋愛
転生先が大好きだったゲームの世界だと喜んだが、ヒロインでも悪役令嬢でもなく…………モブだった。攻略対象のお兄様を近くで拝めるだけで幸せ!!と浸っていたのに攻略対象者が近づいてきます!! あなた達にはヒロインがいるでしょう!? 私は生でイベントが見たいんです!! 何故近寄ってくるんですか!! 平凡に過ごしたいモブ令嬢の話です。 ゆるふわ設定です。 途中出てくるラブラブな話は、文章力が乏しいですが『R18指定』で書いていきたいと思いますので温かく見守っていただけると嬉しいです。 第一章 ヒロイン編は80話で完結です。 第二章 ダルニア編は現在執筆中です。 上記のラブラブ話も織り混ぜながらゆっくりアップしていきます。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は、たった今をもって解消させてもらう!!』  国のこれからを背負う若者たちが学院を卒業することを祝って開かれた舞踏会の日、めでたい筈のその席に響いた第一皇子の声を聞いた瞬間、私の頭にこの場面と全く同じ“ゲーム”の場面が再生された。 これ、もしかしなくても前世でやり込んでた乙女ゲームの終盤最大の山場、“断罪イベント”って奴じゃないですか!?やり方間違ったら大惨事のやつ!!  しかし、私セレスティア・スチュアートは貧乏領地の伯爵令嬢。容姿も社交も慎ましく、趣味は手芸のみでゲームにも名前すら出てこないザ・モブ of the モブ!!  何でよりによってこのタイミングで記憶が戻ったのか謎だけど、とにかく主要キャラじゃなくてよかったぁ。……なんて安心して傍観者気取ってたら、ヒロインとメインヒーローからいきなり悪役令嬢がヒロインをいじめているのを知る目撃者としていきなり巻き込まれちゃった!? 更には、何でかメインヒーロー以外のイケメン達は悪役令嬢にぞっこんで私が彼等に睨まれる始末! しかも前世を思い出した反動で肝心の私の過去の記憶まで曖昧になっちゃって、どっちの言い分が正しいのか証言したくても出来なくなっちゃった! そんなわけで、私の記憶が戻り、ヒロイン達と悪役令嬢達とどちらが正しいのかハッキリするまで、私には逃げられないよう監視がつくことになったのですが……それでやって来たのが既に悪役令嬢に攻略され済みのイケメン騎士様でしかも私の初恋の相手って、神様……これモブに与える人生のキャパオーバーしてませんか?

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...