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別れと9月の風
最後と最後のキス
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「嫌だ、さよならなんて言わないで」
桜は子供のように泣きながら続けた。
「もっと一緒にいたい!また、服買いにいきたいし、クッキーだって毎日作ってあげたいし、もっといっぱい話したいことがあるし、来年のお祭りだって一緒に行きたい!」
モエギは何も言わずに、ただあやすように桜の背中をぽんぽんと優しくたたいてくれていた。
「もっと、たくさんしたいことがあるの……!!」
「俺も、まだ桜といたいよ」
抱きしめられている力がギュッと強くなる。それが、うれしくて、でももう本当に最後なんだと実感して苦しくて、桜の胸がギュッと痛くなる。
「くだらないことでいいから毎日話したいし、桜が泣きそうなときは側にいたいし、桜が笑う視線の先に俺がずっといられたらって思う」
「じゃあ、いっしょにいてよ、ばかあ」
子供みたいな理屈を桜はこねる。駄々っ子ってわたしのことだなあ、なんてどっちでもいいことを考えた。
少しでも、現実逃避したかったのかもしれない。
それから少しの間、二人は無言で抱きしめあっていた。話したいことがたくさんあるのに、今は無言が心地よかった。何かを話したら、モエギが消えてしまうようなそんな恐怖も少しはあったかもしれない。
「桜」
先に沈黙を破ったのはモエギの方だった。
「なに?」
鼻声で、桜が返事をする。
「俺、人間になりたかった」
「桜は、神様になりたかったよ」
「楽しかった、桜といて。桜に会えてよかった」
「私も、モエギに得会えてよかった」
こつんと、おでこを合わせてモエギが笑う。近くで、モエギのことを目に焼き付けたくて、桜はひたすらモエギのことを見つめた。モエギも同じことを考えているのか、じっと目が合う。
「モエギの目が好きだった」
「桜の小さな手が好きだった」
「モエギの優しいところが好きだった」
「桜の子供っぽいところも好きだった」
「モエギのちょっと意地悪なところが好きだった」
「桜の泣き虫なところも好きだった」
いたずらっぽく、モエギが笑う。
「その笑顔すき」
「俺は、桜が泣いた後に笑う時の顔が好き」
好きなところなんてあげていたら一日あっても、言い足りないと思うのに、次の言葉が出てこなかった。
モエギの暖かさが、気配が、少しづつ、でも確実に薄れていくのを感じた。
「ほんとに、さよならしなきゃダメ?」
「俺も、さよならしたくない」
桜とモエギは、目を見合わせてほほ笑みあった。
「このまま、神様になれないかな」
「このまま、人間になれないかな」
二人の声が重なる。
「私たち、どっちもわがままだね」
桜が笑うと、モエギも笑顔を返してくれる。もう向こうの景色が番槍と見えるほど、モエギの体は薄れてきている。いよいよ近づくお別れの時間に、桜はまた駄々をこねたくなる。
少しでも引き留めておきたくて、抱きしめる力を強める。
「桜、俺、桜が好きだった」
「過去形なの?」
桜がクスリと笑うと、モエギもクスリと笑う。
「ううん、ずっと好きだよ」
「私も、モエギがずっと好き」
桜の目から涙が一筋零れ落ちる。
「桜は泣き虫だね」
「うるさい」
モエギが涙をそっと優しくぬぐってくれる。
「好きだよ、桜」
「私も」
そっと、やさしくモエギの唇が桜の唇と重なる。
人生で二度目のキスの味は、しょっぱい涙の味がした。
桜は子供のように泣きながら続けた。
「もっと一緒にいたい!また、服買いにいきたいし、クッキーだって毎日作ってあげたいし、もっといっぱい話したいことがあるし、来年のお祭りだって一緒に行きたい!」
モエギは何も言わずに、ただあやすように桜の背中をぽんぽんと優しくたたいてくれていた。
「もっと、たくさんしたいことがあるの……!!」
「俺も、まだ桜といたいよ」
抱きしめられている力がギュッと強くなる。それが、うれしくて、でももう本当に最後なんだと実感して苦しくて、桜の胸がギュッと痛くなる。
「くだらないことでいいから毎日話したいし、桜が泣きそうなときは側にいたいし、桜が笑う視線の先に俺がずっといられたらって思う」
「じゃあ、いっしょにいてよ、ばかあ」
子供みたいな理屈を桜はこねる。駄々っ子ってわたしのことだなあ、なんてどっちでもいいことを考えた。
少しでも、現実逃避したかったのかもしれない。
それから少しの間、二人は無言で抱きしめあっていた。話したいことがたくさんあるのに、今は無言が心地よかった。何かを話したら、モエギが消えてしまうようなそんな恐怖も少しはあったかもしれない。
「桜」
先に沈黙を破ったのはモエギの方だった。
「なに?」
鼻声で、桜が返事をする。
「俺、人間になりたかった」
「桜は、神様になりたかったよ」
「楽しかった、桜といて。桜に会えてよかった」
「私も、モエギに得会えてよかった」
こつんと、おでこを合わせてモエギが笑う。近くで、モエギのことを目に焼き付けたくて、桜はひたすらモエギのことを見つめた。モエギも同じことを考えているのか、じっと目が合う。
「モエギの目が好きだった」
「桜の小さな手が好きだった」
「モエギの優しいところが好きだった」
「桜の子供っぽいところも好きだった」
「モエギのちょっと意地悪なところが好きだった」
「桜の泣き虫なところも好きだった」
いたずらっぽく、モエギが笑う。
「その笑顔すき」
「俺は、桜が泣いた後に笑う時の顔が好き」
好きなところなんてあげていたら一日あっても、言い足りないと思うのに、次の言葉が出てこなかった。
モエギの暖かさが、気配が、少しづつ、でも確実に薄れていくのを感じた。
「ほんとに、さよならしなきゃダメ?」
「俺も、さよならしたくない」
桜とモエギは、目を見合わせてほほ笑みあった。
「このまま、神様になれないかな」
「このまま、人間になれないかな」
二人の声が重なる。
「私たち、どっちもわがままだね」
桜が笑うと、モエギも笑顔を返してくれる。もう向こうの景色が番槍と見えるほど、モエギの体は薄れてきている。いよいよ近づくお別れの時間に、桜はまた駄々をこねたくなる。
少しでも引き留めておきたくて、抱きしめる力を強める。
「桜、俺、桜が好きだった」
「過去形なの?」
桜がクスリと笑うと、モエギもクスリと笑う。
「ううん、ずっと好きだよ」
「私も、モエギがずっと好き」
桜の目から涙が一筋零れ落ちる。
「桜は泣き虫だね」
「うるさい」
モエギが涙をそっと優しくぬぐってくれる。
「好きだよ、桜」
「私も」
そっと、やさしくモエギの唇が桜の唇と重なる。
人生で二度目のキスの味は、しょっぱい涙の味がした。
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