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別れと9月の風

残酷な運命と傷ついた神様

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 ふらふらとあてもなく桜は街を歩いた。

 商店街、住宅地、遊具が三つしかない公園。混乱した頭はまとまらないまま、気がついたら桜は神社の鳥居の前に立っていた。

 中に入る勇気はないけれど、ほかの場所に行く気にもなれなくて、桜は狛犬の近くに座り込んだ。

 だんだん雲行きが怪しくなる空をぼんやりと眺めながら、桜はずっとモエギのことを考えていた。

 モエギは本当に神様なんだろうか。
 普通に考えれば違うと言いきれるのに、桜はどうしても自分のたてた仮説が、違うとは思えなかった。

「桜……?」

 柔らかくて暖かくて、桜の大好きな、でも今は一番聞きたくない声で名前を呼ばれて桜はビクッと肩を震わせた。

 無視しようか、そんなことが一瞬桜の頭をよぎる。

 けれど、結局そんなことは出来なくて、桜はゆっくりとした動作で後ろをふりかえった。

「モエギ」
「何してるの?こんなとこで」

 まるで近づくなとでも言いたげな、硬い声が返ってきて桜はすこしムッとした。

 別にモエギに会いに来たわけじゃないのに。

 いつもなら悲しくなるけれど、今はとてもそんな風には思えなかった。

「早く帰った方がいい」

 モエギの視線が桜から目をそらすように下がる。

「死の神様の神社だから?」

 弾かれたように、モエギの視線が桜にむく。

 その素早い動きを見て、桜は小さな絶望と一緒に自分の仮説が正しいことを確信した。

「それ、誰に」

 焦ったようなモエギの声が桜の鼓膜をゆらす。

「友達に聞いた。
 モエギのことじゃないよね……?」

「何言ってるの、そんなわけないでしょ」そう言って欲しくて、桜は問いかける。

 けれど、モエギから返ってきたのは肯定とも否定ともとれる沈黙だった。モエギの視線が、地面に下がる。

「違うよね……?」

 もやもやと広がる嫌な気持ちに蓋をして、桜はもう一度モエギに問いかける。

「……そうだよ、俺がこの神社の神様」

 眉を寄せて、小さな声で呟くモエギに桜は体中の力が抜けていくのを感じた。手足の感覚が不鮮明になって、じぃんと耳鳴りがする。

「なんで……」

 震えた声が、桜の口からこぼれ落ちる。

「なんで、お母さんだったの……?」

 目に涙を浮かべながら問いかける桜に、モエギがまるで朝ごはんのメニューを告げるみたいななんでもない口調で、低く呟く。

「なんとなく」
「なにそれ……!
 なんとなくってどういうこと?人が死んじゃうんだよ!?」

 感情が高ぶって、それに合わせて桜の声が荒くなる。

「じゃあどうすればいいんだよ!?
 顔しか分からない人を選ばなきゃいけないのに、なんとなく以外でどうやって選べばいいんだよ!!」

 モエギも声を荒らげる。

 違う、こんな風に争いたいわけじゃない。

 そう思いながらも、ブレーキの壊れてしまった車のように言葉は止まってくれない。

「なんとなくなら別にお母さんじゃなくても良かったじゃん!」
「俺だって、桜のお母さんだって知ってたら選ばなかった!!」
「そんなこと今更言わないでよ!」
「じゃあなんて言えばいいんだよ!?
 俺だって、俺だって」

 モエギが苦しそうに言葉に詰まる。泣きそうなその声に桜も涙が出そうだった。

「俺だって、こんな自分死んじまえって毎日、思ってる……!」

 モエギの目から、涙が溢れ出す。

 桜は慰めることも、怒鳴ることも出来なくて、その場にただ、立っていることしか出来なかった。

「帰れよ、もう
 俺の気持ちなんかどうせわかんないだろ……!」

 自分が一番不幸だと、そう言いたげなその言葉に桜は思わず怒鳴り返した。

「モエギにだって!失うことの辛さなんかわかんないでしょ!?」
「じゃあ、桜には生まれた時から恨まれ続ける気持ちがわかるのかよ!?」
「なんで自分が一番不幸だって、決めつけて閉じこもるの!?わかんないよ!分かるわけないよ!だって、モエギはなんにも教えてくれない!!」

 桜の頬を透明な雫が伝う。それと同時に空からも雫が降ってきて、桜とモエギの全身を濡らしていく。

 涙なのか、雨なのか、もう分からないけれど、冷たい液体が頬を伝うのを桜は感じた。

「帰って。もう、来ないで」
「なにそれ、悲劇の主人公ぶらないでよ……!」

 モエギからの返事を聞く前に桜は神社を走り去った。

 初めて、突き放された日も帰り道は雨だった。
 そんなどうでもいいことが桜の脳裏をよぎる。

 どうして、あんな風に言ってしまったんだろう。
 後悔が桜の胸に苦く広がる。

 どうして一番近くに居たいと思う人が、一番憎いと思う人なんだろう。

 傘もささずに泣きながら歩く桜を、傘をさした中学生らしき男の子が、ぎょっとしたように振り返ってから追い越していく。

 なんで。

「なんで、モエギだったの……?」

 この地にきて、恋に落ちたのがモエギではなかったら。
 モエギが神様ではなかったら。

 こんなに苦しくなかった。
 こんなに、辛くなかった。

 桜は小さな段差につまづいて、大きく転んでしまった。

 そのまま、立ち上がる力は桜にはもうなくて、その場に座り込んで桜は、子供のように声を上げて泣いた。

「なんでよ……!?なんで!」

 ぐっと握りしめた拳を地面にたたきつける。

 水たまりの水が跳ね返って桜の服の裾を濡らしたけれど、そんなこと今の桜は気にする余裕がなかった。

 信じてもいない運命だとか、神様だとか、そんなものに桜はただひたすら怒りをぶつけた。

 本当に悪いのは、モエギの気持ちを考えずに話してしまった自分で、それが八つ当たりであることも分かっていたけれど、桜は怒りを止められなかった。

「なんで、なんで、なんで……!!」

 なんで、私はモエギに出会ってしまったの。
 なんで私はモエギに恋してしまったの。

 神様も、運命も、残酷だ。

 冷たい雨が桜の、頬を、肩を、足を、全身を濡らしていく。

 目から溢れ出す涙は、止まることを知らない。雨と一緒に桜の頬を伝っていく。

「桜っ!?」

 聞きなれた声がして、桜は泣きながら振り返った。

「奏音……!!」

 傘を投げ出して、走ってくる奏音に桜は思い切り抱きついた。

「どうしたの!?こんなとこで、こんなびしょ濡れで!」

 奏音も、同じように桜のことをきつく抱きしめてくれる。その温かさに安堵しながら桜は黙って泣き続けた。

 説明しないといけないと思いつつも、今はうまく言葉にできる自信がなかった。

 桜が説明出来ないことを察したのか、奏音は朝と同じように、ゆっくりとしたテンポ桜の背中を叩いてくれていた。



 桜が涙が枯れるんじゃないかというくらい泣いて、涙が止まる頃には二人ともびしょ濡れになっていた。

 雨は止まるどころか、さらに強くなっていた。

「桜、涙止まった?」
「うん……どまっだ」

 泣きすぎたせいで、鼻声になった桜の頭を撫でて、奏音は近くに落ちていた傘を拾った。

「じゃあ、帰ろう」
「うん」

 何も聞かないでいてくれる奏音に安心しながら、桜は傘をさした奏音に手を引かれるままに自分の家に向かう。

 ぎゅっと繋がれた手が暖かくて、桜はまた静かに泣いた。

 雨粒が傘を叩く音が、桜の鼓膜を揺らす。パタパタパタという心地のいいその音が、桜と奏音の間に満ちる沈黙を、かき消してくれていた。

 始終無言のまま桜の家にたどり着く。

 玄関を開けると、駆け寄ってきた喜代にとてもびっくりされて、奏音も一緒にいお風呂に入ることになった。

 そんな会話を、桜は薄い膜がはったようなぼんやりとした状態で、聞いていた。
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