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出会いと8月の空

お菓子作りと膨らむ不安

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買い物を終えた桜と奏音がスーパーを出たところで奏音のスマホが音を立てて震えた。

「あ、かえでだ」

スマホの画面を確認した奏音が小さく声をもらす。奏音はそのまま流れるように電話に出た。

「もしもし。
あー、今ちょうどスーパー出たところ」

桜は電話で話している奏音を横目に青く晴れ渡った空を見上げた。モエギも今どこかでこの空を見上げているのだろうか。

頭にモエギの顔を浮かべたからか、桜は無性にモエギに会いたくなってしまった。けれど、それと同時に「もう、帰って」と突き放された冷たい声が桜の耳の奥でまた響いて、胸がぎゅっと苦しくなる。

「ここまで迎えに来てくれるって」

いつの間にか電話を終えていた奏音に声をかけられて、桜は空を向けていた視線を奏音に戻した。

「それはありがたい」

買うものは桜の想像よりも多く、そして一つ一つが重たかった。桜は手にずっしりとくる重たい買い物袋を持ち直した。

奏音と桜は、かえでが来てくれるという商店街の入口に向かった。本屋さん、男物の服を扱うお店、雑貨屋さん、それから花屋さんの順で通り過ぎると、ようやく商店街の入口にたどり着く。

二人でわいわいと話しながら、桜と奏音はかえでの車を待った。

「ふう、重たい」
「結構買うものあったもんね」

もう一度、買い物袋を持ち直したところで一台の青と白のツートンになっている軽自動車が近づいてきた。

「この車?」
「そうだよ」

奏音がうなづいてすぐに、助手席のドアが開いてかえでが降りてくる。その手にはしっかりと、マドレーヌの型が握られていた。
むき出しで持ってきたかえでが少しおかしくて、桜はちょっとだけ笑った。

「ほら、乗って乗って」
「お願いしまーす」
「お、お願いします」

奏音は何度も乗ったことがあるのか、なれた様子で車に乗り込んだ。一方桜は、友達の家の車に乗ることがほとんど初めてですごく緊張しながら、車に乗り込んだ。

時々かえでのお母さんも交えつつ、三人でわいわいと話しているうちに、桜の家がもうすぐそこまで迫っていた。

自分の家と言っていいのかはまだ、分からないが、自分の生活している空間に、友達を招くことが初めての桜は内心とてもドキドキしていた。

二人は喜代の家を見て、どう思うだろうか。
部屋をちゃんと片付けてくればよかったかな。

「桜ちゃん、この次を右折?左折?」

そんなことを考えていると、かえでのお母さんに話しかけられて、桜は驚いて飛び上がりそうになるのをなんとか堪えて、道を確認した。

「あ、えっと、右折です」
「りょうかい」

ニコッと笑ったかえでのお母さんは、ウィンカーを出すと右に曲がった。右折するとすぐに喜代の家が見えてくる。

「あ、ここです」
「はーい、とうちゃーく」

少しふざけたトーンでかえでのお母さんがそう言って、車は止まった。桜は、買い物袋を持ち直すと、お礼を言ってから車をおりた。

「かえで、迎えは?」
「あ、お願い」
「はいよ、じゃあ終わったら電話ちょうだい」
「はーい」

桜はドキドキとうるさい心臓を、小さな深呼吸で落ち着けると、古い扉をガタガタと開いた。扉を音を聞き付けて、喜代がパタパタとスリッパの音を響かせながら、やってくる。

「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「こんにちは、お邪魔します」

奏音とかえでは綺麗に靴を揃えたあと、喜代にむかって頭を下げた。

「お昼ご飯はどうする?」
「あ、どうしよっか」

喜代の言葉に時計を確認すると、もう十時半を過ぎてしまっていた。

「決まってないんだったら、家で食べていく?」
「でも、迷惑じゃないですか?」

奏音が、遠慮がちに声をあげる。

「そんなことないわよ、ぜひ食べてって」
「じゃあ」

確認するように、奏音はかえでと目を見合わせてからうなづいた。

「ありがとうございます」
「お世話になります」
「じゃあ、桜ちゃん。終わったら声掛けて」
「あ、うん」

桜が頷いたのを確認した喜代は、そのまま奥の部屋に行ってしまった。桜は、緊張しているのか少し表情の硬い二人を台所に案内した。

重たい買い物袋を置いて、手を洗った三人はさっそくお菓子作りに取り掛かった。

お菓子作りは大変なことの連続だった。
桜が、粉の分量が2グラム少ないまま入れようとしたり、かえでが粉を目分量で測ろうとしたり。その度に奏音は「お菓子は分量が命なの!」と、怒って声を上げていたけれど、桜とかえではそんな奏音がおかしくて二人で笑いあっていた。

「なんで二人共料理はできるのに、お菓子作りはあんなに適当なの……?」

オーブンにマドレーヌの生地を入れた奏音がげっそりとした様子で、かえでと桜を見る。

「料理では2グラムくらい許されるもん」
「目分量でも大丈夫だし」

洗い物と食器拭きの手をとめずに二人で言い訳っぽく言うと、奏音から大きなため息が返ってきた。

三人でやったからか洗い物と食器拭きはあっという間に終わった。

「紅茶入れるから、居間で二人は座って待ってて」
「はーい」
「手伝う?」

心配そうな奏音に、桜は笑って「紅茶くらいは入れれるよ」と返した。奏音には、トラウマを植え付けてしまったかもしれないと、桜は少しだけ反省しながら紅茶を入れた。

二人の所に紅茶を持っていった桜はそのまま、喜代の寝室に向かった。

「おばあちゃん」

慣れない呼び方はまだ、少しだけくすぐったさがある。喜代の返事が聞こえてきたので、桜は襖を開いた。

「もう、台所使えるよ」
「はい、教えてくれてありがとう」
「うん」

にこにこと笑っている喜代に頷きを返して、桜は居間に戻った。

そこからはあっという間に過ぎた。

三人で、わいわいと話しているうちに喜代が昼食を作ってくれ、それを学校の話をしながら四人で食べた。そうこうしているうちに、マドレーヌが焼けて、奏音とかえでは自分たちの分を持って帰っていった。

あっという間に感じたのは、楽しかったからで時間としてはそんなに経っていなかった。桜は、もう一度商店街に戻ると、雑貨屋さんで忘れていたラッピングを選んだ。

モエギ色と黄色のリボンがついた中が見える透明な袋。モエギみたいだと、一目惚れしたものだ。

帰ってそれにマドレーヌを詰めると、まるで買ってきたようなプレゼントになった。桜は、奏音とかえでに心の中で、感謝しながら今度は神社に向かった。

住宅街を通り抜け、遊具が三つしかない公園の脇を抜けると、赤い鳥居が見えてくる。

狛犬の前で桜は立ち止まった。

桜はスーハーと、ドキドキとうるさい心臓が少しでも静かになるように深呼吸を繰り返す。

また、追い返されたら。
受け取ってもらえなかったら。
仲直りできなかったら。

桜の心にそんな不安が心の中でもくもくと膨らんでどんどん大きくなる。

大丈夫、モエギは優しいから、きっと謝れば許してくれる。

そう思うのに、桜は不安と恐怖で足がすくんで動けなくなる。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何度も何度も言い聞かせて、桜は鳥居をくぐった。

いつも、賽銭箱の前の階段にいるのに今日はそこにはいなくて、桜は避けられているのかなとまた不安になる。

神社の本堂の中にはいなそうだったので、桜は神社の裏の竹林に足を踏み入れた。
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