9月になっても君に会いたい

赤井あんず

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出会いと8月の空

秘密の風景と隠しきれない寂しさ

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「着替えてきてもいい?」

 神社に着くなりモエギが、ワクワクとした表情で桜に問いかける。

「どうぞ」

 桜が笑って答え、袋を手渡すとモエギは音符でも付きそうなほど軽い足取りで賽銭箱の奥にある本田の中に入っていった。桜はその様子を見て、ほっとしていた。極端に口数の少ないモエギに本当は服なんて欲しくないのではないかと思っていたのだ。

 桜が買ったのは、柄のない白のTシャツと、黒のスキニー。それからモエギの髪の毛よりも濃い青緑色の半袖パーカーとジーンズ。最後に薄い青のダボっとしたTシャツと、白のスキニー。

「桜」

 モエギの声が風と一緒に届いて鼓膜を揺らす。桜は高鳴る心臓を押さえつけ、ゆっくりと振り返った。モエギが来ていたのは、桜が一番モエギに来てほしいと思っていた、青緑色の半袖パーカーとジーンズのセットだった。

「かっこいい」

 素直な感想が、桜の口から零れ落ちる。モエギしか、桜の目に入らない。桜は自分の心臓が早くなるのを感じた。

「そう、かな」

 自信なさげに、首をかしげるモエギに桜は力強くうなずいた。

「ありがとう」

 ぶわっと風が吹くいて桜の髪を揺らす。
 ふわりと優しく笑ったモエギに、桜の心臓はこれでもかというほど早く鼓動を刻む。桜は早く目をそらさないと心臓が爆発すると本気で思いながらも、モエギから目がそらせなかった。

「桜」

 モエギが桜の名前を呼ぶ。
 その心地いい声につられるように桜はモエギに近づいていく。階段を降り切ったところにいる、モエギのところまで行くと涙目になったモエギがいた。

「え?どうしたの?!」

 桜ははっと我に返って、モエギに駆け寄ると目元にたまる涙をぬぐった。透明な雫はあとからあとから、どんどんあふれ出してくる。

「うれしくてさ」

 モエギは泣きながら、笑った。その笑顔が、桜の心に刺さる。

「泣かないでよ」
「ごめん」

 モエギは小さな声で謝ると、ごしごしと涙をぬぐった。
 泣いてしまったことを謝っているにしては、重すぎるその声は張り付くように、桜の脳に記憶された。


「何かあったの?」

 心配になった桜が、モエギの顔を覗き込む。

「何もないよ」

 モエギは、さっきのようにふわりと優しく微笑むと桜の手を引いた。桜は手をひかれるままにモエギについていく。顔が見えなくなってしまったモエギが、どんな表情をしているのか気になったけれど、あまり追及するのも悪い気がして桜はモエギの手をぎゅっと握った。

 モエギは神社の裏に回るとそのさらに奥にある竹林に入った。竹林の中は昼間なのに薄暗く、ざわざわと音を立てる竹が不気味な雰囲気を醸し出している。オカルト的なことは何も信じていない桜でも背筋がぞっとするほどだ。


 モエギは何の迷いもなく、どんどん竹林を進んでいく。桜はもう一度ぎゅっとモエギの手を握った。

「怖い?」
「怖くない」

 ちょっと笑いを含んだモエギの声に、桜は意地になって本当の気持ちとは逆のことを答える。

「本当は?」

 桜の気持ちを見透かしたのか、また笑い声を含んだ声でモエギが桜に問いかける。

「怖くないってば」
「じゃあ、手離すよ?」
「それはだめ」

 やばい、にやける。桜は緩みそうになった唇をつながれていないほうの手で隠すと、モエギの手をぎゅっと握った。

「やっぱり怖いんでしょ」
「怖くない」

 ちょっと意地悪な声色になったモエギに、桜はすぐに返事をする。

 だんだん前が開けてきて、明るくなっていく。
 怖さが薄れるのと同時に、手が離れてしまいそうで桜は今度はそれが怖かった。

「桜、目つぶって」

 もう少しで竹林が終わるというところでモエギが、振り返ってそういった。桜は言われたとおりに目をつぶる。真っ暗な視界に、ざわざわと竹の音が響く。一歩一歩モエギに手を引かれながら桜は進んだ。不思議と桜の胸に不安はなかった。

「開けていいよ」

 モエギに言われて目を開く。

「わあ」

 桜は思わず息をのんだ。
 桜の目の前に広がっていたのは、すぐ近くを流れる川と、その先に広がる田んぼと、数えるほどしかない家々だった。この神社は土手の上に建っているらしい。

 昔話やファンタジーに出てきそうな緑であふれた風景は、桜にとっては新鮮でとても美しく見えた。驚きと感動で言葉を失っている桜に、モエギは得意げな声で言葉をつづけた。

「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。この景色見てるとさ、いろんな悩み事が小さく思える」
「うん、わかる気がする」

 桜は小さくつぶやく。
 つい、喜代の家を探してしまってからふと、喜代の家は土手の反対側だったことを思い出した。モエギは、土の上に胡坐をかいて座り込んだ。桜もその隣に体育座りで座った。二人はしばらくの間、じっと無言でその、のどかな風景を眺めていた。



 プルルルル、と桜のカバンに入れてあるスマホが音を立てる。桜は慌ててカバンからスマホを取り出そうとしてまだ手をつないだままだったことに気が付いてさらに慌てた。桜は名残惜しさを感じながら手を放し、スマホを取り出すと受話ボタンを押した。

「もしもし」
「あ、もしもし、桜ちゃん?」

 喜代の声が、電話越しに聞こえてきて桜はこの幸せな時間が終わるのを悟った。

「もうすぐ、お昼ごはんにするから帰っておいで」
「わかった」

 桜は電話を切ると、モエギのほうを向いてもう帰らなくてはならないことを告げる。

「そっか」

 モエギの、さみしそうな顔を見て桜は胸が痛んだ。この人が寄り付かない神社にずっと一人きりでいるのだ。寂しくないはずがなかった。

「また来るから」

 桜は気が付くとそうこぼしていた。

「ありがとう」

 ふわりと優しく微笑むモエギの顔にはぬぐい切れていないさみしさが見え隠れしていた。そのことが桜の胸を締め付ける。なにか言わなきゃと思うのに、言葉は何も出てこなかった。

「鳥居まで送るよ」

 モエギはそういうと立ち上がった。その声は会ったときと変わらなくて、桜はそのことに少し安心して立ち上がる。モエギがまた桜の手を引いて歩きだす。桜は竹がたてるざわざわという音よりさっきのさみしさが見え隠れする笑顔のほうが気になっていた。桜が何か、なにか言おうと考えを巡らせているうちに竹林が終わって手が離れる。すごく、自然に。

 心の中にある栓が抜けてしまったようなさみしさと不安を桜は感じた。こんな風に不意に、とても自然にモエギがいなくなってしまうようなそんな不安と恐怖が桜を襲う。

 思わず立ち止まってしまった桜を三歩ほど先に進んだモエギが不思議そうに振り返った。桜はその視線に何でもないと首を振ってまた、歩き出した。




 お昼ごはんの冷やし中華の麺を桜は無心ですすった。ななめ向かいでは陽が昨日と同じようににこにこと楽しそうに麺をすすっている。モエギといるときはあんなに華やかで幸福に満ちていた桜の心にまた雲がかかる。

「おねえちゃん」

 陽が、桜を指さしながらまた笑う。

「ごはんおいしいねえ」

 陽ににこにこと話しかけられて、桜はどうしたらいいかわからなくなる。本音を言えばお母さんのお葬式で走り回るようなあなたと話したくない。その時ふと、桜の心にさっきモエギと見た景色がモエギの笑顔とともに浮かんでくる。桜の心にかかっていた雲はその笑顔と風景に一蹴されてしまう。

「うん」

 桜は思っていたよりも明るい声で返事をすることができた。
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