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第1話 女神のやらかしと落とし前

5 新生 常磐詠哉(ときわ かねなり)

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   🦡

 小一時間ほど歩いてみた。

 まだ現地人には出会わないし、言葉を交わす魔獣にもお目にかからなかったが、鳥はよく見た。

 喉渇いたなーと思って、辺りを見渡す。

 鳥がたくさん飛んでいって集まってるらしき場所に行ってみると、滾々と湧き出る泉があった。

 大きさは庭の鯉を飼うための瓢箪型の埋め込みプールみたいなやつを思い出すサイズ。
 子供なら水遊び出来るかな?くらい。

 俺が近づいても、動物達は散らなかった。

 狸か穴熊に似た動物の背に小鳥がいっぱい止まっていて、一羽づつ順番に泉の淵に下りて水を飲んでいる。
 対岸(て言うほど大きくないけど)では、水浴びをする小鳥もいた。

 穴熊の横にも後ろにも、イタチの仲間っぽいのや兔、それらを捕食の対象にしてそうなイヌ科の獣も、きちんと数列に並んで順に水を飲んでいた。

「こんな平和な世界もあるんやな」

≪水は、生命の源でもありますから、水場では、誰も争いません≫

 なるほど? そのルールは野生動物でも効くんだ。

≪野生動物だから、でしょうか。本能で、ここでは争わないでいるのです。逆に、僅かな水を取り合って、一部族を滅ぼしたりするのが人間ですね≫

 ああ。そこは、俺のいた地球と同じなんや。嘆かわしいな。

 魔法の便利さから、文化や技術、経済の成長は停滞していても、少ないものを奪い合ったり、努力や協調なく争いはあるのか。

 豹のようにほっそりしなやかで、鋭い目つきの虎のような縞模様のある獣が水を飲み終え、俺に場所を譲ってくれる。
 豹か? 虎か? どっちや?

「ありがとな」

 言葉は通じなくても、感謝の気持ちは伝わっただろう。
 地に片膝をつき、腕を伸ばして水面に手を浸す。

 地球と同じように、湧き水は一定の水温が保たれているらしく、冷たくて、歩き疲れた身体に気持ちいい。

 手を丸めて匙のようにして水を掬い、先ずは口元をゆすぐ。
 埃っぽくなった水をそっと横に吐き出し、改めて掬い直した水を口に含む。

「冷たくて、美味しいな」

 山の方から斜面の地中を濾過して来た水は、ミネラル分を含み、水道水やただの真水とはまったく違う気がした。

 水浴びする小鳥もいたようだし、顔を洗ってもええかな。

 立て膝していた片方も地について、両手で水を掬おうとして水面をふと見ると⋯⋯

「はぁ!? 誰や?」

 いや、水面に映る映像なら俺なんやろう。顔立ちは確かに約17年間見て来た俺のものだ。
 百面相とはいかないが、眉を上げてみたり、舌を出してみたり、水面を鏡として覗いてみた結果、間違いなく、俺である。

 が、色彩がなんか違う。

 この世界の人間と同じ分子構造に造り直されたという新しい身体は、チョコレート色だった目は蜂蜜やべっ甲飴の琥珀色に、日本男児らしさ満杯の黒髪は天津甘栗の皮の色に。毛先は甘栗の身のような黄茶色に見えるところもあって、陽に透けたシルエットは南米古代遺跡から出土する金塊のような、赤みがかった赤金色アカガネイロ

「ガイジンかぃ」

 外人という言葉は、差別用語というか不適切用語だったか?
 外国人、或いは出世国名で表現しなアカンかったような⋯⋯

 北欧人種ほど白人風に突き抜けてはいないけど、琥珀色の目やダークブロンドっぽい茶髪は、顔が生まれ持ったままな分、なんか違和感が満載や。

≪私の世界の人と同じ構成分子で造り替えた身体は、ギフトやユニークスキルを授けた事もあって、私の力が作用して色が染まりにくくて、日本人の色合いには出来ませんでした。それに、漆黒の髪は、この世界では殆ど見られないのです。そういう意味で変に目立つので、茶色い髪でご容赦ください≫

 うん、まあ、今日が新生常磐詠哉ときわ かねなりの誕生日やからな。初日に苛々したらアカン。

「これからは、この世界の住人として、この色合いに見慣れていかなアカンな。高校デビューしちゃった茶髪野郎とでも思えば」

 日本人の平均的な良くもなく悪くもなくな平凡顔やからなぁ。茶髪が似合ってるのかキモいんか良ぅわからん。

 幸いやったんは、親父オヤジじゃなくて母さんに似たから、男と判る程度に中性的な顔立ちだったことか。
 厳ついヤローが茶髪だと、弱っちい下っ端ヤンキーかチンピラ感が否めないからな。



 水場を離れ、再び草原を歩き出す。

 遠くで人の声が聞こえるから、街が近いのかも。

 軽く駆け出す。

「お? と、とぉ!?」

 最初の、熱の後のぼやっとした感じは抜けているが、なんだか違和感が。

 速い。これ、オリンピック選手になれへんか? 景色が凄い勢いで流れていくで。
 ママチャリと競争出来そうや。

≪この世界の、運動に長けた人の平均的なスピードです。もっと鍛えた者なら次第に引き離される程度には差があります。魔法で加速強化すれば、短時間なら、あなたの世界の乗り物にも匹敵するでしょうね≫
「なんで短時間⋯⋯そうか。人間の肉体の限界か」
≪明察です。今後、魔法に触れる機会もあるでしょうから、忠告しておきます。魔法は便利ですが、万能ではありません。魔素を源としたツールの一つと思ってください。強化しても、あくまでも肉体はそのままなのです。潜在能力の一部を一時的に引き出す程度を越えると、力に耐えられずに壊れます≫

 火事場の馬鹿力の後、全身筋肉痛で数日間のたうち回るようなもんか。
 筋肉痛で済んだらまだいいが、筋肉断裂や腱が傷んだら、それこそ大変だしな。

 気をつけよう。いつか、なにかの時にヒーラーやサポーターが強化魔法をかけてくれる事になっても、調子に乗って使い過ぎないようにしないと。

 違和感の元は、元よりも強くなった筋力と、身体を動かすに当たっての力加減が慣れなかったせいか。

 それが解っても、もう少しなんかおかしいんやが。

 水を飲み走ったことで、代謝が促されたからか、小便したくなった。

「女神さん、まだその辺おるんかな? ちょっと、用足しの間は意識離してくれるとありがたいんやけど」
≪神に羞恥心は不要ですが⋯⋯ 落ち着かないというのなら、しばらくリンクを切っておきます≫

 リンクを切っておきますと言った途端、頭の一部で、ラジオやテレビがついてる部屋に居るときのようなピーンとした感じは消えた。
 ホンマによそへ行ったんかな。

 木陰で、チャックがないズボンの、腰の紐を弛めると、前合わせの部分が着物の襟みたいに重なってるだけだったことに気がつく。

「便利なんか心許ないんか謎の構造やな」

 用を足し始めて、最大の違和感の正体が判った。

「お、お? おぉ!?」

 お、俺の⋯⋯(震え声) 俺のマグナムが!?

「どぉえぇぇぇ!?」

 人気のない草原の木陰で俺の悲鳴が上がり、木の上で休んでいた小鳥が驚いて全羽一斉に飛び立った。




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