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オウジサマってなんだ?
44.寝る前に歯磨きは忘れずに
しおりを挟む「ちょうどよかったわ。ヴァニラちゃんはそろそろ休む頃よ? 今日は早かったのね?」
出迎えたフィリシスティアーナに帰宅を告げ額に軽く挨拶をし、その足でルーシェンフェルドは階段を上がり始める。
「少しは元気になりましたか?」
「ええ。絵本を見てしばらく泣いてたけど、その後は概ね楽しげに過ごしたのではないかしら?」
「絵本を見て泣いた?」
足を止めて、後に続くフィリシスティアーナを振り返る。
「ええ。文字が読めなかったのがショックだったみたい」
「そうか……
あの同郷の罪人にも確認しましたが、書籍や絵画が身近で、好んで触れる生活をしていたようです。この国の文字が読めないのはつらいのでしょう」
軽いノックの後、ルーティーシアが扉を開けて中へ招き入れ、ルーシェンフェルドに続いて、フィリシスティアーナも入室する。
ルーティーシアに帰宅の挨拶と、二言三言交わしながら、そのまままっすぐヴァニラのそばへ、(小柄な彼女からすれば)長身の自分の影や威圧感で怯えさせないようゆっくり近づき、笑顔を見せる。
「ヴァニラ。遅くなってすまない。今日一日、旨いものを食べて楽しく過ごせたか?」
優しい、子供を見守る保護者の目をして、片膝をついて目線を合わせ、もじもじと俯くヴァニラの、つるっとした化粧っ気のない温かい頰に、帰宅の挨拶として、家族と同じように口づける。
ヴァニラには刺激が強いのか、風呂上がりだからだけではない赤らみが、頰にパァっと広がる。
フィリシスティアーナもルーティーシアも、メイド達も、どこか満足げに微笑ましげに見守る。
その気配に、更にヴァニラが挙動不審になる。
もじもじと所在なげに周りを覗い、夜着のフリルを握り締める。顔は熟した林檎のようであった。
当のルーシェンフェルドは挨拶という以上の含みもなく立ち上がり際で、頰を染めて動揺するヴァニラには気づかなかった。
上目遣いで確認し、ルーシェンフェルドに見られてなかった事にホッとしながら俯く。
1度はベッドにあがろうと、片足を夜着の裾から剥き出しにしてよじ登りかけ、しかしそこで今日はまだ1回も歯磨きをしてなかった事に気がついたらしく、マーサのもとへ駆け寄る。
《歯ブラシ、ありますか? 歯ブラシ。皆さんも、歯、磨きますよね?》
通じなくてもせめてゼスチャーで伝えようとしたのだろう、頰の前で、歯磨きのパントマイムのような動きをしてみせる。
その行動に思い当たったメイドが、バスルームから、一般的な歯を磨くための先の細い刷毛を出してくる。
獣毛を使ったもので、洗浄や浄化などの魔道が苦手な者の為のものだ。
受け取ったヴァニラが、洗面台の前で口を大きくイーをして、刷毛を当ててみるが、縦向きに出来ている為、奥歯に旨く当てられなくて苦心していた。
見かねたルーティーシアが洗ってやろうと踏み出すが、それより早くルーシェンフェルドが、背後からヴァニラの刷毛を握る手を包み込むように握り、中断させる。
「ヴァニラ。うまく出来ないのなら、私が磨いてやろう」
1度連れだった男に、魔術で磨いてもらった事のあるヴァニラは察したのだろう、
《そっか、歯医者さんみたいなもんやね?》
恥じらいながらも、目を瞑って口を大きく開けた。
風呂場でヴァニラに言って聞かせながら口づけた時もそうだったが、その様子を見ていた者が、フィリシスティアーナを覗いて固まる。
《今、私は、5歳児。幼稚園でオニータン先生に歯磨きを教わる5歳児》
ヴァニラがまるで呪文を唱えるように呟いた。
本人は歯医者の点検のようなつもりで普通にしていたのに、まわりに動揺が広がったので急に恥ずかしくなるのを、状況を設定して自分を誤魔化しているようである。
ルーシェンフェルドの魔力で生みだされた、すうっとしたハッカのような感触の霧が、ヴァニラの口に入り、丁寧に1本1本、歯を磨いていく。
《りううろはんおりおおりょうる》
連れの男のやり方ではそこで終わりだったのだろう。油断して話すが、ルーシェンフェルドのやり方はその後があった。
「んっ」
うがい代わりに、中に溜まった濃い霧が口内を渦巻くように洗浄し、覚悟してなかったヴァニラは、咳込みそうになるのを必死で耐えた。
咳いていたら、口内の汚れを溜めた霧を盛大にルーシェンフェルドの顔に吹きかける事になる。
すべての洗浄を終えた霧が引いていくのを感じとると、ヴァニラは横を向いてケホケホと咳を繰り返す。
ルーシェンフェルドは、洗浄していたすべての霧を引かせると、よく頑張ったなと労いながら縦抱きに抱え上げ、ヴァニラの背中を摩る。
見ているまわりの者の目には、ちびっ子の咳を背を摩って宥めながら抱っこする、若い父親の幻影が重なって見えていた……
フィリシスティアーナを除いて。
そのままベッドまで運び、昨夜と同じように、眼鏡を外してやり、眠るまで手を握り見守ってやる。
慣れない環境に疲れていたのだろう、すぐに寝落ちてしまった。
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