上 下
29 / 45
オウジサマってなんだ?

28.調書は可能な限り詳細かつ正確に

しおりを挟む

 下級騎士のブラックジョークによって妙な空気は流れたが、気を取り直して調書作成が進められる。

 四日前、緑風の森の狩猟小屋で出会ったこと。この国の言葉は何一つ解らない事。
 名はヴァニラ、家名はまだ訊いてなかった事。魔道も習ったが事なく、自分が魔力操作の初歩を教えながら、王都に向かっていた事。

「王都に用があったのか?」
「いや、なんかのアテがあったわけじゃなくて、生きる為に、自由民株を買ってやって、一緒に狩猟や何でも屋をやりながら生計をたてるつもりだっただけだ」
「アテがない? 国には戻らないのか?」
「言っただろう、もうない国だと。戻りたくても戻れないんだよ」
「そ、そうか。すまない。悪い事を聞いた」
 謝りながらも、最近滅んだ国があったか、素早く記憶の中の情報を整理する。

 年齢の割に異性や自身のことに無頓着で、どういう言動が男を煽るのか、自分を見る目が変わるのかまったく気にしていなかった事。
 多くの女子供が小動物好きだが、例に漏れずかなり好きそうで、森で拾った吸精妖魔を名付けて可愛がり、止めても無駄だった事。

「名付けた? 魔道も知らぬのに消費魔力の調節が難しい吸精妖魔を使役してたのか?」
 身を乗り出すように訊ねてくるルーシェンフェルドにじわりと気圧され、ジュードはやや身を引く。

「ベ、別に使役してたとか、ゆうこと利かせてた訳じゃなくて、そのまんま、名前をつけて、たまに自分の魔力か霊力かを舐めとらせてただけだ」
「そんな事が可能なのか? 従属契約なしに、ただ可愛がる、だと? 吸精妖魔を?」
「あ、ああ、召喚したとか、従属契約だとか、魔術が使えないんだからそれはない。見てたけど、本当に名前呼んで毛並み撫でたり普通にペット飼う感じだった」
「それはそれで凄い才能?ですね」
 オウルヴィがフォローするが、あまり効果はないようだった。

 しかし、これはどうしたことか。

 調書を取る間、とても犯罪者とは思えない明るい人物像。反省してないのとは少し違う。現場に踏み込んだ瞬間こそは見苦しい言い訳をしたりふてぶてしい感じもあったが、公爵邸にいる間は殊勝な態度であったし、こうして対面して会話している今、本当に普通の青年だった。

 その後も、魔道を使えず、タオルで汗を拭くだけの様子に髪を洗ってやった事を話すと、ルーシェンフェルドの表情が硬くなってくる。
(やべー。話しすぎたか?)

「か、髪だけですよ? 全身とかじゃ無いんで。今の時期はもう川の水で沐浴は風邪ひくでしょ? ヴァニラが、頭を洗いたいって言うから……」
「全身とかなら、罪状を増やすからな」
 オウルヴィは、調書に書き込みながら、別の紙にメモもとっていく。

「も、勿論です、承知してますよ、嘘偽りは無しと誓約してますから信用して下さいよお」
 魔道士の誓約は、文字通りの誓いであり対策も無しに破ると、魔道が使えなくなる、声が出せなくなる、呼吸が浅くなる、全身の血が沸騰するなど、決められたペナルティが科せられたり、ペナルティを事前に決めていない場合は、生死に関わる危険を伴う事が多い。それこそ自分の存在を懸ける行為なのだ。

 今回、ジュードは、便宜を図ってもらう見返りとして自ら、事前契約なしに、誓約したのだ。嘘を言うわけにはいかない。それはオウルヴィも解っていての軽口である。

 世話になった人の元を離れて自由民株を購入、事前に準備をして森に入ったジュードと違い、何も持たずに野宿していたので面倒をみていた事。
 本人も、なぜ森にいたのか解ってない様子だった事。
 女性である事からハッキリとした年齢は確認しなかった事。自分より年上かと思われる事。

「はあ? 貴様よりも年上だと? 冗談は大概たいがいにしろ。あの子がお前より年上に見えるのか?」
   クルルクヴェートリンブルクが笑い飛ばす。

「いや、本当に怪しいですって! 俺よりも色んな事を識ってたし、古い事も変な豆知識もいっぱい。ものの固有名詞が年寄りの使う古い言葉だったりして、JRを国鉄なんて言うのは30年以上前の事で……いや、もう無い俺達の国の習慣の話ですがね」
「年寄りが多く側にいたとか、本をよく読む子だったとか、環境の問題じゃ無いのか?」
 ジュードは椅子の上に胡坐あぐらをかいて、机に手を突っ張るようにして椅子ごとグラグラしながら考え込む。多少行儀は悪いが、誰も咎めなかった。

「確かに、言い訳だと思ってたけど、国鉄ってお婆ちゃんが言ってたから釣られたとか言ってたし、本が無いと死ぬとかも言ってたような……?」
「ほれみろ。肉もたるんでなかったし、貴様が浄化クリーンだか洗浄ウォッシュだかで洗ったとしても何日も野宿してなおの、艶と天使の輪の髪、年増には到底見えな……」
 クルルクヴェートリンブルクの言葉が途切れる。斜め向かいから冷気と怒気と魔力を帯びた静電気を感じたからだ。ルーシェンフェルドである。

「クルルクヴェートリンブルク・カスルヴァ・シルルブェンドリウム・ヒルシェヴァーン曹長」
「はっ」
 クルルクヴェートリンブルクの背に、冷たい汗が流れ落ちる。身も力が入って硬くなり、気が遠くなりそうだった。

「少女の悲鳴を聴いて森に入った辺りから、ジュード・フォンマを捕縛して帰途につくまでの間の、余計な記憶は今すぐ抹消するように」


  *** *** *** ***

 ──氷の微笑。クーラー要らずの人間製氷機
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...