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オウジサマってなんだ?
28.調書は可能な限り詳細かつ正確に
しおりを挟む下級騎士のブラックジョークによって妙な空気は流れたが、気を取り直して調書作成が進められる。
四日前、緑風の森の狩猟小屋で出会ったこと。この国の言葉は何一つ解らない事。
名はヴァニラ、家名はまだ訊いてなかった事。魔道も習ったが事なく、自分が魔力操作の初歩を教えながら、王都に向かっていた事。
「王都に用があったのか?」
「いや、なんかのアテがあったわけじゃなくて、生きる為に、自由民株を買ってやって、一緒に狩猟や何でも屋をやりながら生計をたてるつもりだっただけだ」
「アテがない? 国には戻らないのか?」
「言っただろう、もうない国だと。戻りたくても戻れないんだよ」
「そ、そうか。すまない。悪い事を聞いた」
謝りながらも、最近滅んだ国があったか、素早く記憶の中の情報を整理する。
年齢の割に異性や自身のことに無頓着で、どういう言動が男を煽るのか、自分を見る目が変わるのかまったく気にしていなかった事。
多くの女子供が小動物好きだが、例に漏れずかなり好きそうで、森で拾った吸精妖魔を名付けて可愛がり、止めても無駄だった事。
「名付けた? 魔道も知らぬのに消費魔力の調節が難しい吸精妖魔を使役してたのか?」
身を乗り出すように訊ねてくるルーシェンフェルドにじわりと気圧され、ジュードはやや身を引く。
「ベ、別に使役してたとか、ゆうこと利かせてた訳じゃなくて、そのまんま、名前をつけて、たまに自分の魔力か霊力かを舐めとらせてただけだ」
「そんな事が可能なのか? 従属契約なしに、ただ可愛がる、だと? 吸精妖魔を?」
「あ、ああ、召喚したとか、従属契約だとか、魔術が使えないんだからそれはない。見てたけど、本当に名前呼んで毛並み撫でたり普通にペット飼う感じだった」
「それはそれで凄い才能?ですね」
オウルヴィがフォローするが、あまり効果はないようだった。
しかし、これはどうしたことか。
調書を取る間、とても犯罪者とは思えない明るい人物像。反省してないのとは少し違う。現場に踏み込んだ瞬間こそは見苦しい言い訳をしたりふてぶてしい感じもあったが、公爵邸にいる間は殊勝な態度であったし、こうして対面して会話している今、本当に普通の青年だった。
その後も、魔道を使えず、タオルで汗を拭くだけの様子に髪を洗ってやった事を話すと、ルーシェンフェルドの表情が硬くなってくる。
(やべー。話しすぎたか?)
「か、髪だけですよ? 全身とかじゃ無いんで。今の時期はもう川の水で沐浴は風邪ひくでしょ? ヴァニラが、頭を洗いたいって言うから……」
「全身とかなら、罪状を増やすからな」
オウルヴィは、調書に書き込みながら、別の紙にメモもとっていく。
「も、勿論です、承知してますよ、嘘偽りは無しと誓約してますから信用して下さいよお」
魔道士の誓約は、文字通りの誓いであり対策も無しに破ると、魔道が使えなくなる、声が出せなくなる、呼吸が浅くなる、全身の血が沸騰するなど、決められたペナルティが科せられたり、ペナルティを事前に決めていない場合は、生死に関わる危険を伴う事が多い。それこそ自分の存在を懸ける行為なのだ。
今回、ジュードは、便宜を図ってもらう見返りとして自ら、事前契約なしに、誓約したのだ。嘘を言うわけにはいかない。それはオウルヴィも解っていての軽口である。
世話になった人の元を離れて自由民株を購入、事前に準備をして森に入ったジュードと違い、何も持たずに野宿していたので面倒をみていた事。
本人も、なぜ森にいたのか解ってない様子だった事。
女性である事からハッキリとした年齢は確認しなかった事。自分より年上かと思われる事。
「はあ? 貴様よりも年上だと? 冗談は大概にしろ。あの子がお前より年上に見えるのか?」
クルルクヴェートリンブルクが笑い飛ばす。
「いや、本当に怪しいですって! 俺よりも色んな事を識ってたし、古い事も変な豆知識もいっぱい。ものの固有名詞が年寄りの使う古い言葉だったりして、JRを国鉄なんて言うのは30年以上前の事で……いや、もう無い俺達の国の習慣の話ですがね」
「年寄りが多く側にいたとか、本をよく読む子だったとか、環境の問題じゃ無いのか?」
ジュードは椅子の上に胡坐をかいて、机に手を突っ張るようにして椅子ごとグラグラしながら考え込む。多少行儀は悪いが、誰も咎めなかった。
「確かに、言い訳だと思ってたけど、国鉄ってお婆ちゃんが言ってたから釣られたとか言ってたし、本が無いと死ぬとかも言ってたような……?」
「ほれみろ。肉も弛んでなかったし、貴様が浄化だか洗浄だかで洗ったとしても何日も野宿してなおの、艶と天使の輪の髪、年増には到底見えな……」
クルルクヴェートリンブルクの言葉が途切れる。斜め向かいから冷気と怒気と魔力を帯びた静電気を感じたからだ。ルーシェンフェルドである。
「クルルクヴェートリンブルク・カスルヴァ・シルルブェンドリウム・ヒルシェヴァーン曹長」
「はっ」
クルルクヴェートリンブルクの背に、冷たい汗が流れ落ちる。身も力が入って硬くなり、気が遠くなりそうだった。
「少女の悲鳴を聴いて森に入った辺りから、ジュード・フォンマを捕縛して帰途につくまでの間の、余計な記憶は今すぐ抹消するように」
*** *** *** ***
──氷の微笑。クーラー要らずの人間製氷機
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