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オウジサマってなんだ?
22.私はヴァニラ、貴方は……大魔法使い?
しおりを挟む食事が済むと、ルーシェンフェルドは縦抱きに少女を抱え直して立ち上がり、母親と妹に挨拶をしてから退出する。
昨夜と同じく、ベリーを喜んで食したので、ルーシェンフェルドは、ベリー類を好物認定し、後で、定期的に少女のメニューに加えるよう申しつけようと心に決めた。
2階の少女に与えられた部屋に戻ると奥に真っ直ぐ進み、窓の近くにある華奢なデザインの1人掛け用のアンティークソファに座らせる。自身は膝をついて少女と目線を合わせ、膝の上に置かれた少女の両手に己のそれを添わせて正面から向き合った。
「解らぬと思うが、訊きたいのだ。いいかな?」
わからないなりに、理解しようとしているのだろう、じっとルーシェンフェルドを見つめて来る。
が、他人と正面から向き合うのになれていないのか、緊張からか次第に頰が赤く染まっていく。
それでも理解しようと一生懸命考えているのが手に取るように解る。
知らない言語に悩んでも答えが出る筈もなく、質問返しする事で現状の打開を図る事にしたようだ。
《公爵様のお名前をお聞かせ願えますか?》
今度は、ルーシェンフェルドが盛大に疑問符を飛ばす番だった。
《お名前を訊ねる時はこちらから名乗るべきです。失礼しました。
私の名前は……》
ルーシェンフェルドの温かな手から左手を抜き出し、自分の胸元を指しながら、名を連呼した。
《ヴァニラ。ヴァニラです。ヴァニラ、わかりますか? ヴァニラ、ヴァニラ、ヴァニラ!!》
「……ヴァニラ」
ルーシェンフェルドは、母親に似た優しい顔立ちを女優のように微笑みにして、少女の頭を撫でた。そのまま手が滑って柔らかく少し熱くなっている少女のつるんとした頰を包む。
少女の頰の熱が少し上がったような気もしたが、そのまま指の背でもうひとつふたつ撫でた後、名残惜しげに離す。
少し大きめに息を吐いた後、少女は自分をさしてた指をルーシェンフェルドへ向ける。
《あなたは?》
これはルーシェンフェルドにも、自分の名前を聞いてきているのだと解る。
ので、この国の習慣に則り、正式にフルネームで答えた。
「ルーシェンフェルド・クィルフ・エッシェンリール・アッカード=エリキシエルアルガッフェイル公爵だ。
……覚えられるかな?」
後半、苦笑も混じる。この国の長くなりがちな名は、他国の者には覚えづらいというのは一応認識している。
再度、ゆっくりとかみ砕くように名乗ってみた。
「るーしぇ…んふ? キルフ、えるしぇる、アッカード、エルキシェルアルグフェル?ディルク!」
間違いながらもたどたどしく復唱する姿には苦笑がもれた。甘めの高い声で、異国の慣れない言葉の発音に苦戦してる様子が、また子供らしくて愛らしく感じる。
《るーしぇ……れんれん……も魔法使いだよね?
あ、駄目ですよね、すみません。
るーしぇうど、グイるふ、えるしぇる、アッカード!》
何度か繰り返して練習する。舌使いが合っておらず、発音もどこかおかしいなりに、近づけようと頑張る姿は可愛いのだが、
「るーしぇうど! るーしぇ! るーちゃん!!」
この国で、名を正しく発音しない事は、相手を侮辱する行為だ。
それでも、構わなかった。初めての事だ。
少女にるーしぇと呼ばれると、雷撃の訓練に失敗して自家中毒で麻痺を起こした時のように全身に力が入り、呼吸が浅く、鼓動も速くなる。
《るーちゃん?》
少女が呼びかける。反応がないのを不思議に思ったのか、首を傾げて目を覗き込んでくる。
少女の濃い橡色の目が間近に迫ると、硬直が解ける。
再び柔らかく微笑んで、少女を指さし「ヴァニラ」と呼び、自分を指さし「ルーシェ」と返した。
通じたのが嬉しかったのか、少女が満開の笑みを浮かべる。
「ヴァニラ。……ヴァニラ。ルーシェ、ヴァニラ」
何度か呼んで、頰を撫でたり髪を梳くように撫でたりした後、自分を指しながらルーシェと名乗り、再び少女の頰を撫でながら、名を呼ぶ。
もっと、呼びたい。もっともっと、呼んで欲しい。ルーシェと短縮でもいい。呼んで欲しい。
何度か呼び交わした後、再び少女を抱え上げた。
ルーシェンフェルドは、続き部屋から出て、階段を降り、エントランスホールから食堂の前を通り過ぎて隣にある、綺麗な花が彫られた木の扉を開く。
そこは向こう側の壁が一面ガラス張りで明るいサンルームだった。
*** *** *** *** ***
2人は、互いの名を覚えた!ちゃららちゃっちゃちゃ~ん★
名前って、大切ですよね
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