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オウジサマってなんだ?

4.私の領地で犯罪は赦さん

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《やっ! やぁ! やめっ!! 止めてって! バカァ! 止めてってばぁ! 誰かー!! 誰か来てー!! 止めてってばぁ! 助けてー!!》

 明らかに女性の、助けを求める切羽詰まった悲鳴に違いないが、ルーシェンフェルドは元より、その場に居た、オウルヴィにも、クルルクヴェートリンブルクにも、何を言っているのか、言葉が全く理解できなかった。

「必死過ぎて何を言っているのか全く解りませんが、かなり逼迫した状況のようですね。
 局長、行ってみましょう!
 局長のお力で魔獣などは出ない筈ですが、クルルクヴェートリンブルクも気をつけて」

 言いながらも、オウルヴィは馬を操り繁みを飛び越え、林の中の比較的木の少ない道なき斜面を、声のする方に向けて走らせる。
 もうすっかり日は落ちて、足元は殆ど闇である。仕方なく、魔道で、自分のマントの留め具に灯りをつける。が、それでも木があるか判る程度だ。
 2人がちゃんとついてきてるか振り返るが、少し遅れてクルルクヴェートリンブルクの薄黄色い頭しか見つけられない。
 焦って進行方向に目を向けると、自分よりもだいぶ先に、馬が飛ぶように駆けさせるルーシェンフェルドの姿があった。
 魔力を帯びて仄かに光っているのでなんとか
発見する事が出来た。
 馬を魔力で操り、暗い林の中を危なげなく駆けている。オウルヴィが走り出した時点で、既に林に飛び込んでいたようだ。

「私の! 領地で! 婦女を危険な目にあわせる存在など……この私が断じて赦さん!」
 緑風の森を横目に自分が領主である事に誇らしさを感じていた時に、領内で女性が危険な目に会うなどとは、なんともタイミングの悪い事であった。いつもよりも気が昂ぶる。

 この国では、アルコール類や薬物などの依存症関連と、窃盗・暴力、性犯罪の類いは、過半数が終身刑になる。そこに執行猶予や保釈、恩赦は無い。
 何故なら、それらは常習性が強く、保釈したり年期を勤め上げても、外に出ると再犯率が高く、更正は難しいからだ。
 普通の人は、犯罪に繋がる事に欲求を覚えても、行動にはうつさない。常識・倫理に対する理性と精神力があるからだ。
 だが、簡単に犯罪を犯す者は、そこに道徳観も倫理観も無い。これは駄目であると識っているのに、欲求を抑える堪え性が無い。自分に、欲求に、我が儘で甘いのだ。
 自分を律せない者を世間に解き放つとどうなるのか。被害を最小限に抑える為に、犯罪者に対してかなり厳しい対応をとらざるを得ない事を選んだ国であった。

 また、ルーシェンフェルドは比較的早くに父を亡くし、残された跡取りの長男として、未熟ながらも領主として、母と妹を護り、領地運用と国防を必死に努めてきたが故に、女性や子供が危険な目に合う事を極端に嫌う。

《イヤーッ!!》

 またも女性の悲鳴が聞こえる。かなり近い。
 この時のルーシェンフェルドを見ると、鬼か魔物かと思うほどに、怒りに満ちた表情であったが、幸い、誰も見る事はなかった。
 日本人が見れば、美人女優にも見える優美な造りの顔が怒りに満ちる様は、実に震えの来る恐ろしいものだった。

「見えた!! あれか!」

《やだっ! やだってばぁ、もう止めて! イヤッ、嫌ぁあ…ううぇ、えっ、誰かぁ》

 馬から飛び降り、駆け寄ると、傭兵や冒険者と名乗って国境をふらふらする自由民のような出で立ちの若い男が、小柄でまだ少女と呼べる子供を組み伏せ、旅装なのか護身に男装しているのか足首まである下衣を乱暴に引き下げ、腿の中程までしかないスカートの内側に手を差し入れて少女の脚を押し開こうとしているのが見えた。

 男ガ、我ガ領地デ、少女ニ不埒ナ乱暴ヲ、働イテイル……狼藉者が、我が領地に!?

「我が領地で少女に不埒な乱暴を働くとは、この狼藉者めが!!」

 カッと頭に血が上ったルーシェンフェルドは、咒も唱えずに、反射的に雷撃系の魔力弾を飛ばし、男の筋力を削ぐ。
 痺れて崩れる男を蹴り転がして子供から引き剥がし、泣きながら震える側に膝をつく。

「恐ろしかったであろう。もう大丈夫だ。怪我はないか?」
 先までの鬼の形相を崩し、可能な限り優しく声をかけるが、少女は身を縮こませながら震えるばかりで、答えようともしない。が、無理もない。
 片足はすっかり脱がされてしまい、月明かりで照らし出される白い腿が生々しく、普段女性の脚など見る機会もないルーシェンフェルド達3人の目には眩しすぎた。
 震える白い腿の内側に、男に強く摑まれたのであろう指の痕が赤く、痛々しい。

 ルーシェンフェルドは自分の防寒用のマントを外し、少女の脚にかける。後ろから、オウルヴィ達2人の安堵の溜息が聞こえる。2人とも、ルーシェンフェルドに傾倒し、仕え、自由時間の少なさからか本人の資質か、女性との交際やふれあいはないまま成人し、今に至る。そんな2人に、女性の脚を直に見るのは、刺激が強すぎたようだ。

 安堵の溜息を漏らした後、オウルヴィは少女の横に転がる男を、馬の荷から出した捕縛の魔道を編み込んである縄で縛り上げる。オウルヴィかルーシェンフェルドが解呪の咒を唱えるまでほどける事はない。

「貴様、この国のものではないな?
 この手の犯罪を最も嫌う局長に見つかるとは運のないことだ。己の罪を認め観念するのだな」
 女性に乱暴を働くと、ほぼ将来は強制収容所で労働に費やす事になるのだ。女の事を考える余裕を持たされず、国のための肉体労働に従事しなければならない。
 そんな危険を犯す若者は少なかった。

 クルルクヴェートリンブルクが詰問しても、男の視線は、ルーシェンフェルドに固定されていた。

「我が、我が領地って…局長って…まさか、魔道王ルーシェンフェルド・クィルフ・エッシェンリール・アッカード、エリキシエルアルガッフェイル公爵?」
 男はルーシェンフェルドを見上げ震え上がった。

「やっあっあの! 違うんですよ、コレはただの痴話げんかって言うか、仲間内のコミュニケーションと言うか、嫌よイヤよも好きの内って言うか、強姦じゃなくて合意の上ってハナシ…ギャッ」
 男が慌てて言い訳するが、あまりの見苦しさに、ルーシェンフェルドは一瞥もなく再び咒も唱えずに電撃を叩き込む。先ほどよりも強く、死なない程度に電圧の高いものだ。

「呆れたな。言い訳するならもっと上手くやれ。アレだけ離れた場所に居ても危機感を感じる悲鳴が上がったのだ。それも、断続的に。合意があるとか痴話げんかだとか、誰が信じるのだ」
 オウルヴィは可愛い系の顔を歪めて吐き出し、男の足を踏みつけた。

「や、本当に、同郷の女で、ここまでは仲良く旅してきたんですよ? ちょいと出来心っつうか、ムラムラって感じが…」
「その、出来心とやらを抑えられず、自分を律せない者を、犯罪者と呼ぶのだ。
 簡単に一線を越える者は、何度でも同じ過ちを繰り返す。太古から変わらぬ事だ、嘆かわしい。収容所で己の不明を後悔するが良い」
 クルルクヴェートリンブルクも不快を顕わに、男の背を蹴り飛ばした。

「痛てて…!
 男と2人で、夜も共に行動するんですぜ? 女にだってその気があるとか、無くても油断する方が悪いっ…ギャギャッ」
 学習能力の無いことだ。再び電撃を受ける。

「犯罪者が悪いに決まっておろうが。こんな少女を連れ回す事自体、未成年略取の罪も加えてやろうか?」
「それこそ! それこそ濡れ衣ですよ、その女は子供じゃありません。成人してかなり経ってますよ! 本当ですって! 本人に確認してみて下さいよ」
「だとしても、貴様のやった事は変わらん」
「未遂で! まだヤレてなかったでしょ?」
「だからと言って、罪は軽くならん。
 貴様の国ではどうか知らぬが、ここでは、犯罪を犯そうとする心根、人品を裁くのだ。第一、我らが間に合わなければ完遂していたであろうが」

 3人のやり取りを一応聞いてはいたが、ルーシェンフェルドの目は、少女から離れなかった。
 この国には珍しい夜闇色の髪。抵抗する時に乱れたのだろう地面に広がり、草葉がついている。
 暗いので黒く見えるが、多分焼き栗やつるばみ色をしているのだろう目を見開き、流れる涙を拭いもせずに、ルーシェンフェルドを見つめている。そこには、味方か新たな敵かを見極めようとしているようにも、助けを求めて縋るようにも見える。

 なぜだろう、無闇に触れる訳にもいかぬのに、止めどなく流れる涙を拭ってやりたい。

 *** *** *** *** ***

 女性の生足に耐性の無い貴族男性3人グループでした。
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