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保護児童(ただ飯食い)から公爵様の愛妾に昇格?

望郷に涙する……? 珍獣と飼い主の朝

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 何らかの法則で、不思議フィールドが発生して、言葉が通じるのなら、早くその条件を見つけたい。
 でも、魔術に関する知識もないし、検証するすべもない。

 とりあえず、毎日、なんとか覚えてる単語とゼスチャー、細かいところは漫画で伝える。
 正確に伝わっているかは不明だが、確かめられないし、伝わっていると信じよう。


 爽やかな秋晴れだが、風はかなり冷たくなってきていた。

 ルーシェさんはお忙しく、昨夜も久しぶりに夜中に帰ってきて、うとうとしている私の隣に、いつの間にか添い寝している感じだ。

 朝、大抵は私が先に起きて(初老に差し掛かる中年だから眠りが浅い?)、麗しい寝顔を眺めているうちに長い睫毛を震わしたルーシェさんが起き出して、朝風呂(個別ですよ?)の後、食事になる。

 時々、私が目覚めるといない事もあって、窓の下を覗くと、例の剣術と魔術で運動をしている。
 運動をしてるんじゃなくて、護身用の訓練なのかな?

 危ないと言われたので、あの日以来間近に見学は出来なかった。したいけどね。

 ずっと立ち上げてなかったスマホ、電池残ってたら動画に収めようと思ったけど、もう電源入らなかった。それでも、大切に取ってある。
 棄てられないし、(そもそもこの世界に機械を持ち込んでしまったのは大丈夫なのか)オーバーテクノロジーなオーパーツになりそうなので、なくしたり捨てたり出来ないよね。

 なにより、現代日本と私を繋ぐ唯一の証拠品なのだ。
 長くこの世界にいて、目覚めると、ふと今までの日本での生活の方が、夢や、異世界の誰かの意識に同調して見たのが自分の経験と錯覚してるだけなんじゃないか、って気もしてきてゾッとしたりするのだ。

 あちらにいたら一生関わりのなさそうな、美しい男性ヽヽが隣に寝てるのも、逆に不思議じゃなくなりつつあって、順応なんだか現実逃避なんだか……

 そんな事をぼんやり考えたりゾッとしたりしていたら、その隣に寝ている美しい男性が目を覚まし、温かくて大きな手を、私の頰に添えた。

「どうしたのだ。また、悪い夢を見たのか?」

 今朝は初っぱなから言葉が通じてんのね。そう言えば、初めて言葉が通じていたのも、共寝をして、翌朝起きた時だったっけ?

 悪い夢と言うのなら、暑い夏の終わりにこちら異世界へ来た事すべてが悪い夢とも言えるんじゃないか……

 零れる涙を、私の頰に添えられていたルーシェさんの親指が拾った。

「もう会えないと言う家族を思っているのか、故郷を懐かしんで寂しいのか……
 忘れろ、とは言わない。が、私やマリヴァを、母を新しい家族と思ってみてはどうだ?」

 心の中が見えてんのかと思って驚いた。ら、涙が更に溢れ、流れ出して止まらなくなった。

 今更、家族を懐かしむような歳でもない。普通ならとっくに自立して、新しい自分の家族を持ち、子供だって育てて早ければ成人しているかもしれない──そんな歳なのに。精神年齢は小学生で中二病発病して以来殆ど成長してないけどね。
 実際、上の弟は嫁を貰って小学生の子供だっているし。下の弟も今年の春に国際結婚したばかりだ。
 私? 私はいいの。子供の頃、お父さんに一生傍にいる、お嫁には行かないって約束したし。(大抵の女児は誓って、後に反故にするよね)

 どうしてルーシェさん達が私の身の上のことを一切訊かないのか、言葉が通じたら真っ先に訊くものではないのかと思っていたが、どうやらジュードさんが上手く話したらしい。

 ふたりともずっと東の地の亡国の出身で、ここより幾分ライフラインの整った高度な文明を築いていたが、便利さを優先するあまり、環境や生態系を壊してしまい、元に戻せなくなった上、住めない土地にしてしまったので、生き残った国民は散り散りになり、決して元の国の事は口にしない、2度と戻らない、亡国の技術は持ち出さない、ってルールがある。事にしたらしい。(詳しくは、ルーシェ目線の『空を飛んでも海を渡っても行き着けない、知らない世界から来た娘』の36話 俺のお国は危険がいっぱい、もうないよ をご参照ください)

 ルーシェさんに聴かされた時は、凄えよ、どこのSF映画かと思った。


 起き抜けのお色気を振りまきながら、ルーシェさんが身を起こし、ベッドの端で座って涙する私の頭を抱き寄せた。

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