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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

50.犬を飼いたいの!④

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「わんちゃん、て呼ぶのもどうかと思うのよ。私がお名前をつけてもいいなら、格好いいのを一生懸命考えるけど、もう誰かに呼ばれているあなたのお名前があるのなら、教えてくれる?」

 ジッと狼犬のつぶらな瞳を見つめる。
 猫と違って、犬は真正面から見ても大丈夫なのかしら? 少し顎をひいたけど、視線は反らさなかった。

《コイツ、喋れるの?》
「言葉は、通じてると思うの……
 ねぇ、私、あなたと仲良くなりたいの。助けてくれた恩人でもあるし、ここで、狩りや畑泥棒しながら生きるのも、野生動物としてはいいのかもしれないけれど、出来れば、屋根のある所で眠り、家族と食事をしたいと思わない?」
 首を傾げるけど、視線はそらさない。

 サヴィアが、私の髪を一筋すくって引く。
《シオリ、そろそろ戻ったほうがイイワヨ。ヒラス達がこっちに向かってる……》
「ありがとう。……じゃ、また、来るわね」

 サヴィアに感謝しながら、狼犬に妖精の羽衣をかけ直し、玻璃梼薬樹エルバレオの落ち葉を更にかけて、埋まるように隠してあげる。

 さっさと帰っていくサヴィアを追っていると、背後からひと言、柔らかい、低くなく甲高くもない、アニメの声優に似合いそうな青年の声が投げかけられた。
《シーグ》

 慌てて振り返る。

 葉に埋もれた狼犬の姿は見えないし、落ち葉の山も動かない。
 それでも、頭に直接響いた声は、彼が名を告げてくれたのだと確信する。

「シーグって呼ばれていたのね? 教えてくれてありがとう。私も、シーグって呼ばせてね」

 拒絶の声は聴こえなかったし、教えてくれたからにはそう呼んでいいという事だと信じ、玻璃梼薬樹エルバレオの根元で休む金茶の狼犬シーグのそばを後にした。

 サヴィアのおかげで、ヒラスさん達がカインハウザー様の畑に着く前に戻れた。
 本当に、ありがたい。

「嬢ちゃん、こっちは世話は終わったから、手伝ってやろうか?」
「ありがとうございます。昨日の雨と、アリアンのまいたお水のおかげで、雑草取りは楽でしたから、もう終わってます」

 畑の端にまとめられた雑草の山を見て、頷いたヒラスさんは、早めの帰宅を勧めてきた。
「昨日ほどの大雨じゃないがな、この後まとまった量降るみたいだ。今日はもうあがりにしないか?」

 雷が鳴るほどではなくても雨が降るという事で、傘もないこの世界の事、是非もなく同意して、一緒に帰る事にした。


 * * * * *


 空飛ぶ子供とは、よく言ったもので、街に着くまでの間、アリアンロッドは、私のまわりをくるくる飛び回ったかと思うと、途中の畑を世話する農民のそばへ飛んでいき、手元を覗き込んだり、先ほど覚えたばかりの水をまくのをやってみたり。

 精霊の加護を持っている人でも、視る眼を持っているとは限らない。大半の人達は、何が起こったのが解らず、まわりを見まわしたり、ポカーンとしている。
 突然水が降ってきたり、土に被せていた藁が吹き飛んで畑の端に積み上がったり。

「アリアン! その藁は、土の温度や湿度を保つためにわざわざ敷いてあるのものなのよ! 落ち葉や雑草じゃないの! 元に戻しなさい!!」
「……嬢ちゃんも大変だな」

 可愛くて便利なだけではなく、人の常識や理念・価値観が通用しないのが、大変だった。
 頭を下げて謝罪し、アリアンが吹き飛ばした藁を拾い集め、元に戻すのを手伝う。
 笑いながら、ヒラスさんやお爺ちゃんズも手伝ってくれた。引退したとは言え、さすがはベテランさん。さくさく手早く藁を敷き、畑の主に、元より上手く綺麗に敷けたと逆に感謝されたのはちょっとおかしかった。


 * * * * *


「で? 妖精の羽衣はあったのかい?」

 しまったぁああぁ。それを忘れてた!

 ど、どうしよう、手元に羽衣はごろもがない理由の言い訳を考えてなかった……

 なんてこと。シーグと仲良くなれたことに浮かれて、彼のために再度羽衣を貸してしまったまま、手元にない事をうまく説明するための理由を考えるのを全く忘れているなんて。

 今すぐ何かいい考えが浮か……浮かばない!

 おろおろしていると、アリアンロッドが私の肩に飛んで来て、にっこり笑う。
「アリアン?」

 カインハウザー様とリリティスさんの前で、私の腕の皮をつまむように引っ張るアリアンロッド。

「何してるの?」
 リリティスさんの疑問ももっともであるが、私にも解らない。腕をつねってる訳でもなさそう。
 そもそも、精霊なんだもの、触感も無い。

 にゅるっ

 本当に、にゅるっとかするっとか、擬音をつけたくなるような感じで、薄い皮膜のような透明の皮状のものが、ラップがけるようにがれていく。

「え? え!? な、なに? これ……」
「シオリ、あなたの種族って、脱皮するの?」
「は? いえ、あの、脱皮って…… 毎日お風呂で皮脂や垢を落とすのは脱皮って言えるの?」
 もはや、自分でも何を言っているのか解らない。

 私とリリティスさんが盛大にハテナマークを飛ばしている中、アリアンロッドは鼻唄でも歌い出しそうな表情で、楽しげに私の全身を覆ったラップのようなものを引っ張り伸ばしていく。
 カインハウザー様は、何か納得顔で頷いている。

「え? カインハウザー様、これがどう言うことか解ってらっしゃるんですか?」

「……そういう事か。
 なるほど、いつの間にか落としたのではなく、霊体化してシオリに同化してたんだね」
「レイタイカ?」

 ついに私ひとり分の表皮を丸々へっぺがしたような、まさに脱皮した皮のような質量の、中味のない脱け殻のようなものが、そこに立っていた。

 ──これって一体何なの~!?




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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

 51.犬を飼いたいの!⑤


 
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