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誰の手を取ればいいの
63.未来予想図
しおりを挟むコンスタンティノーヴェル西部のそう高くない山間部に位置するサレズィオス領。
なだらかな丘陵地の半分は穀物を栽培し、数種の家畜農家と果樹園がある、国内穀類総生産量の二割を占める大穀倉地だ。
国内の大切な食糧庫としての地位は揺るぎないが、王宮内での侯爵の地位はそう高くなかった。
が、娘アナファリテが第二王子フレキシヴァルトに見初められ、王子妃として嫁ぐと、元々の人柄もよく生真面目な所を買われ、農業生産委員会の西部代表者から一気に、農産大臣補佐官室副長官に抜擢された。
それまで、侯爵を下に見て尊大な態度をとっていた者、アナファリテを田舎の土臭い令嬢と貶んでいた者が、手のひらを返したのは言うまでもないが、本人達は何ら中身が変わった訳ではない。
少々身の回りが騒がしく多忙になっただけだ。少し金回りもよくなったかもしれないが、ただそれだけ。遊びまわる器用さも時間もない。
「いつ来ても、空気の綺麗ないいところね」
「ええ。ああ、帰って来たって、気がするわ」
王宮内でユーフェミアの話し相手兼学友として勉めるようになって王都のタウンハウスに暮らし、殆ど領地には戻れなかった。
フレキシヴァルトと結婚してからは、初めての帰郷だ。
アナファリテは涙の浮かぶ目を笑みに、システィアーナの手を取り、歩き出した。
「さあ、王子妃となって初めての、自領での公務よ。自慢の姫さまだと言ってもらえるように頑張らなきゃ」
見渡す限りの麦畑で、領民が一斉に麦踏みをしている。
少し芽が出始めており、晩秋、早冬の霜対策を乗り越え、春の麦踏みで、最後の仕上げだろうか。
「ああして踏みかためることで根の張りをよくして、伸びた穂が倒伏するのを防ぐために皆で踏んでいくのを見ると、子供の頃見た、黄金の麦畑を思い出すわ。私もやりたいって、我が儘を言って、混ざって足踏みしたこともあったの。
こうして見ていると、我が領民はみな勤勉でいい人達だと思うし、もっと豊かに暮らせるように守ってゆくのが私達の使命だと改めて思うわ」
「ええ。そうね、アナファリテ妃殿下」
公務中で、他の文官や護衛官、近衛騎士もいる中で、親しげに愛称を呼ぶ訳にはいかない。それでも、同じ侯爵令嬢としての、領民の生活を護る立場としての、共感を憶えてつい尊敬語も謙譲語も忘れてしまう。
もっとも、本来先々代王弟の孫で、時には王族の姫として扱われることもあるシスティアーナが、王子妃と親しくしても、誰も咎めはしないのだが。
「わたくしも、今は王都でユーフェミア殿下のお手伝いをしているけれど、いずれはハルヴァルヴィア領に戻って、領民のために何かをしたいの」
「シスは、王都を離れて、領地に戻りたかったの?」
「⋯⋯領地に戻りたいと言うよりも、領地のためになる管理・運用が出来る領主になりたい、かしら」
父ロイエルドには兄弟はいない。従兄弟は居るが、伯爵や子爵、或いは騎士爵や爵位を持たずに商家に婿入りした者達で、王都で宰相職から離れられないロイエルドに代わって、領地で親族で管理をしている。
彼らでも収められない問題が起きたと、ロイエルドは現在領地に帰っている。
システィアーナは、いずれ爵位を継ぐより前に領地に戻り子供を育て、領民のためになる管理が出来る領主になる事を目指していた。
妹ソニアリーナがまだ10歳で幼く、ロイエルドが宰相として忙しくしているのもあって、自分が後継ぎとして一時的に子爵位について、領内治政しながら勉強しつつ、後継の子供を育てるのが理想だと語るシスティアーナ。
それを聞いたアナファリテは、妙な義務感に縛られているのではないか、それによって、何か間違った選択を将来にしてしまうのではないか、不安だった。
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