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誰の手を取ればいいの

7.微妙な空気感の後に 

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 フレックがエルネストの持っている書類を受け取りに近寄る。

「あ、の、これ。本日の朝議の議題と裁決を簡単に纏めたものです」
「うん。代わりに出てもらって悪かったね」
「いえ。補佐の役目ですから」
「エルネストの字は丁寧で読み易いから助かるよ」

 公務で王都を離れた時に執務室の文官を代理出席させた所、うちの一人の字が急いで書き留めたものとは言え子供の手習いのようで読み違えるところだった事もあり、エルネストの丁寧な字は重宝している。

 チラチラと、室内を見る。
 アレクサンドル。フレック夫妻。ユーフェミアとアルメルティア。
 それぞれの従僕や侍女も、壁際に控えて無言で空気になっている。

 先程の話の通り、デュオは居なかった。

 ファヴィアンは慇懃に書類と何かをアレクサンドルに手渡していた。

「いえ。アレクサンドル殿下は、普段働き過ぎですから、休める時はしっかりとお休みいただいて、こういう時くらい部下を頼って下さい」

 アレクサンドルの労いにも、臣下の礼で応えるファヴィアン。
 いつからか、学友として共に育った気安さはなりを潜め、王族と仕える臣下の態度を崩さなくなった。

(俺も、本来はあれくらいきっちりするべきなんだろうな)

 それでも、硬い表情と業務上の応対をすると寂しげな表情かおをするフレックに甘えて、公の場でなければ今まで通りの接し方をしていた。

「シスほど上手じゃないけれど、お茶を淹れるわね?」

 気をつかったようだが、そこでついシスティアーナの名を出すアルメルティア。地雷を踏んだ心地で冷や汗をかきつつ、茶器を用意する。

 アスヴェルと騎士団の訓練に向かうまで、微妙な、誰もが誰かの様子を覗うような緊張感が続いた。



 美容にいいという栄養の豊富な素材で作った生パックや美容液を試して楽しむ女性陣と、三人とも無言で本に目を落としたり、テラスからみえる庭園に目を向けたり静かな男性陣。

 フレックはエルネストの纏めた朝議の報告書を何度も読み返し、休暇後にどうするのかを思案していた。

 アレクサンドルは、ファヴィアンに止められて本当に公務から離れ、読書と目を休めるためのお茶を楽しんでいるように見えたが、何を考えているのかまでは解らなかった。

 ただ、庭園を見ているようではあったが、視線は遠く、庭園の先にあるガラス張りの温室を見ていたようだった。
 王家の行事での飾りや手向けの花束に、白い大輪の百合を好んで使うアレクサンドルの為に、年中一定数の開花が見込めるように、時期をずらして育てられている。

 同じく、五代前の女王ブランカの為に開発された多辯カップ咲きの白薔薇も、同じ温室で広範囲に育てられている。
 アレクサンドルの執務室やプライベート空間でも、時々生けられていた。

 ファヴィアンはただ黙って、読書もせず会話もなく、アレクサンドルの気配を感じながら、ソファに座っているだけだった。


 夕刻の陽が傾いてきた頃、デュバルディオが帰ってきた。

 夕陽の熱に上せたのか少し頰の血色がいい。
 機嫌も良さそうだ。

「お帰り。楽しい一日だったんだって?」
「まあね。フレック兄さんも、楽しい一日だった?」
「⋯⋯どうかな。まあ、公務漬けの毎日よりかは休めたかな?」

 奥宮ではなく、王太子宮に真っ直ぐ戻って来たデュバルディオ。このまま、兄妹で過ごすつもりらしい。





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