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コンスタンティノーヴェルの聖夜
アレクサンドルエンドコース
しおりを挟む昨年の冬に、リングバルドで実際に見て来たデュバルディオと、クリスマスについての知識をある程度持っているシスティアーナが先導して、フローリアナやアルメルティアを楽しませながら、樅の木を飾り立てたり、ディナーメニューの下拵えや特別な菓子を作ったり。
この一~二週間は忙しかったが、とても楽しい日々だった。
「毎日、とても楽しそうだね?」
「あ、殿下⋯⋯」
システィアーナに柔和な微笑みを見せた後、寂しげな声で訊ねるアレクサンドルの視線は、やや冷ややかなものに変わり、デュバルディオに向けられる。
「ははは。愛しのお姫さまを貸し切りにして悪いね? 兄上。なんなら、兄上も混ざる?」
「そうしたいところだがね、これからもまだやることがあってね」
王佐として内政に携わる王太子アレクサンドルには、新年を迎えるに当たって、憂いなくシルベスターと静かな新春の休暇をとるために、今やらなくてはならない事が山積みなのだ。
それはデュバルディオも解っていての誘いである。
外交担当のデュバルディオはすでに年内最後の公務を終え、各王子達の手伝いをしながらゆったり過ごす期間である。
「年明けの各国の使節団の猛攻が始まればお前の方が大変だろうが、今はゆっくりしていられるのが少し羨ましいね」
「まあね。でもこっちからしたら、シルベスターさえ無事に迎えられたら、数日はゆっくり過ごせる兄上が羨ましいけどね」
勿論、使節団の代表者と面談があるから全くの休暇にはならないが、基本的には国王エスタヴィオと宰相ロイエルドが応対するので、フレキシヴァルトとアレクサンドルはまだ休める。
だが外交担当のデュバルディオは、むしろ食事も摂れない可能性もあるほどの忙しさになる。
さすがに、ユーフェミアやシスティアーナにはそこまで手伝わせる事はしない。
各国の使節団到着時と国王の前で口上を述べる時に、美しく着飾っての目の保養と国力の豊かさを象徴させておくだけだ。
そこに、来年からはデビュタントを控えたアルメルティアも含まれるようになる。
「それを言われたら、こちらは勝てないね。まあ、それまではゆっくり過ごせる事を楽しんで」
「サンキュー」
王子王女達の休憩場になるサロンの、壁や扉に飾るクリスマスリースを手作りしている妹姫に、指導するデュバルディオとシスティアーナの姿に、やや胸に燻るものを隠して、王太子に与えられた仕事に戻るアレクサンドル。
一時はハルヴァルヴィア侯爵家に婿入りすると言い出し、父王エスタヴィオの許可を得て、ロイエルドと婚姻契約の締結に向けた交渉までこぎ着けた母の違う弟と、誰にも譲ることの出来ない大切な再従叔母姫を置いて立ち去るのは、本当は不安でしかない。
デュバルディオは本気であったのだろうし、それを受け入れようとしていたシスティアーナの胸の内には、彼に対する好意や信頼も少なからず存在していたはずで、それが自分と連れ添える事になったからといって、けっして消えたりするものでもないだろうから。
十年前の、あの祖父王の詔勅は未だトラウマとして心に傷痕を残しているのだろうか。
貴族達の勢力図の政策として、国王が貴族達の政略的な婚姻契約を命じることは多々あるが、なぜ、システィアーナの婚姻契約に限って、態々覆ることのない王命で発令したのか。
──あれさえなければ⋯⋯!!
自分の中の昏い感情にハッとして立ち止まり、一度妹達の楽しげな声のする部屋の扉を振り返り、目を閉じて心が静まるのを待つ。
幼い頃は自分の事をユーフェミアの姉と思い込んで、舌足らずの小さな口で甘くさんでぃと呼んで慕ってくれた、愛らしい姿を思い浮かべ、続いてこの国でも最も美しい女性に成長し、恥ずかしげにサーシャと愛称で呼んでくれる愛しい娘の姿を思い出すと、深く息を吐き出し、己の執務室へと向かった。
◈◈◈◈◈
デュバルディオの静かな執務室の前を通り、護衛官の控え室から、時折エルネストと会話するフレキシヴァルトの声がする執務室を通り過ぎて、自分のための書斎へ戻っていく。
「殿下。お帰りなさいませ。ちょうど、治水事業の新年度予算案が届いております。軽く目を通してありますので、再考の余地が見られる部分に栞を挟んであります。後で、フレキシヴァルト殿下とご相談を」
「ありがとう。しばらく集中したいから、ファヴィーは休んでいて」
ひと言も発さず頭を下げて控えの間にさがるファヴィアン。
弟の不始末から自粛して登城回数を減らしていた時も、ディオとシスティアーナの婚約が進んで心痛から荒れていた時も。
不始末の責任を連座で負わされても、弟の愚かさを指導修正出来なかったと周りに責められていても、品行方正で知られる王太子らしくもなく職務も疎かに自室に籠もってしまった時も、自分を見捨てずに苦言のひとつも言いたいだろうに黙って辛抱強く、還ってくると信じて待ってくれていた。
誰に後ろ指を指されても、王太子付き執務室長としての居場所を奪われそうになっても、アレクサンドルの不在で登城する意味を失いかけた時も、その名の通り、ファヴィアンを貫いた彼は、子供の頃のようにアレクと呼んでくれなくなっても、ユーヴェルフィオと並ぶ大切な友人だ。
ファヴィアンが陰から支えてくれたからこそ、王太子として職務を全うしてこられた。
それだけは素直に感謝していた。
そして、システィアーナとの時間を、黙って何度も融通してくれた事にも。
コンコン
ファヴィアンが下がった控え室ではなく、廊下への扉が、軽くノックされる。
背後の窓から見える薔薇園の日時計は、書類仕事を始めてから2時間ほど経っている事を示していた。
ひと息入れてもいいか⋯⋯
「どうぞ」
応えを返すと、そっと扉が開き、足音のしない柔らかな絹の沓が覗く。
紅薔薇の刺繍が美しい華奢な爪先。
揺れる薄紅桜色のベロアのドレス。
少し開いた扉にかかる、紅花で染めずとも血色よく濃いピンクのツヤのある爪が愛らしい、ほっそりとした指先。
「殿下。お邪魔いたしますわ」
「ティア!!」
例え公務に、書類に、どんなに集中していても、心の隅には必ず存在する愛しい薄紅の姫。
「ずっと書類と向き合っていては、眼も神経も思考力もお疲れでしょう? お茶にしませんか?」
「もちろんだよ。こちらへ来てくれ」
システィアーナ付きの侍女メリアが茶器と茶葉と湯を揃えたワゴンを押して、ついて入るが、下の段の布を捲り菓子の入った籠を出してテーブルに置くと、黙って頭を下げ、廊下へと出る。
本来なら、未婚の男女を一室に残し侍女や従僕が退室するなどという事は有り得ない。
「あ、あの。メリアを叱らないで。あのね、わたくしが頼みましたの。しばらく殿下とふたりにして欲しいって」
頰を薔薇色に染めてもじもじするシスティアーナが愛らしくて、胸がいっぱいになったアレクサンドルは、足早に近寄るとぎゅっと抱き締める。
「このところ、お忙しくなさって、あまり話す時間もありませんでしょう? でも、殿下は大切な公務をなさっているのだからと我慢してましたのに、先程お顔を見たら、少しでもいいから、会いたくて。我慢が出来ませんでした⋯⋯の」
我慢が出来なかったのはこちらだと言わんばかりに、システィアーナの柔らかな唇を食むように塞ぐ。
しばらく互いの温もりを感じながら寄り添っていたが、恥ずかしさが頂点に来たシスティアーナがサッとアレクサンドルの腕の中から抜け出す。
「せっかくのお茶を⋯⋯ お湯が冷めてしまいますわ。お菓子も、わたくしとメルティとで焼きましたのよ。ね? 食べてみて?」
頰を染めてそそくさと紅茶を淹れるシスティアーナ。
生地をアルメルティアと作ったとか、型にアルメルティアが入れて、焼き加減はシスティアーナが見、出来上がりに粉砂糖を振って雪を演出したり、赤と緑のアラザンでクリスマスをイメージした飾り付けをしたのはフローリアナだとひとつひとつ説明しながら、皿に取り分けていく。
(会いたくて我慢が出来なかったとか、可愛いことを言ってくれる)
誰よりも優秀で、時には妹姫ユーフェミアも羨むほどの才覚を持ちながら、自分に自信がなく、自信がない故に高みを求めてどこまでも努力するシスティアーナ。
その国内の令嬢達の目指す所の頂点にいながら己に自信がなく、甘えたり我が儘を言ったりするのが苦手な彼女が。
知らず頰が緩むのを抑えられないアレクサンドル。
焼き菓子を食し、紅茶を飲み、少し他愛のないことを話した後、ファヴィアンが新しい書類を持って決裁済みの書類を取りに来るまで、ただ黙っていつものように寄り添って過ごした。
「明後日の、クリスマスのディナーの後、翌日は少しは時間がとれるから、ゆっくり過ごそう」
「はい」
約束を取り付ける事で、この後の仕事も進みが早くなる。
今にも鼻唄を始めそうな様子に、ファヴィアンの眼も僅かに細められた。
◈◈◈◈◈
「これ、本当にディオが作ったのかい?」
「そう。美味しいでしょ?」
「驚いたね。自分の息子にこんな才能があるとは」
「今まで、どうして披露してくれなかったの?」
エスタヴィオ達の驚きが、鼻高々なデュバルディオ。
「僕はなんにでも拘る方でね。ひとに食べさせてやれると確信するまで練習を重ねてたのさ」
「言うだけあるね。また、作ってくれると嬉しいのだけど?」
「そうだね。また、家族で休暇をとれた時にでも作ろうかな」
エスタヴィオに誉められて、気分よさそうなデュバルディオと、手伝った妹姫たち。
デザートを食べながら和気藹々とパーティを続けるみんなを後に、アレクサンドルとシスティアーナは部屋を出る。
王太子宮の食堂は暖かかったが、廊下に出るとかなり冷んやりしている。
アレクサンドルのジュストコールを一旦脱ぎ、シーファークでの船上パーティーの夜のマントのように、ふたりで分け合って肩に羽織ってゆっくりと歩く。
毛足の長い絨毯を踏む柔らかい感触。システィアーナが冬の寒い日でも底の薄い絹の靴を好む理由。
ふふ
スカートの裾から覗く薔薇の刺繍を見ながら子供のように微笑むシスティアーナ。
そんな彼女も可愛くて、肩にかかる髪を撫ぜたり、肩を抱き寄せる腕をもう少し引き寄せて、額や頰に口づけるのをやめられない。
アレクサンドルの部屋に着くと、いつものように薔薇園を眺める為に窓に向けて置かれたセディに並んで座る。
積もった雪に、庭師が丹精して残した冬薔薇の色が映えて、昼間デュバルディオと妹達が置いて廻った小さなランタンの光と夜空の瞬く星が、幻想的な雰囲気を盛り上げる。
アレクサンドルは何度もシスティアーナを抱き締め、時に口づけ、時に髪や背を撫ぜ、冷んやりとしてスルッと逃げる艶やかで柔らかな薄紅の淡い金髪を指に絡めてみたり、言葉は交わさなくても互いの温もりと息づかいと触れる手に気持ちを確かめ合い、胸の高鳴りに耐えきれず食前酒とアレクサンドルの愛情表現に酔ったシスティアーナが眠くなるまで、何度も繰り返された。
「明日も、一日ゆっくりしよう。今夜と明日のために公務は前倒しで終わらせて来たんだ」
十年前のあの日、何かが違っていれば、或いは自分が勇気を出して声を上げていれば毎年こうしていられたはずの幸せを、これからの長い年月、無事に繰り返される事を、星に、月に、庭園の女王の白薔薇に、アレクサンドルは願った。
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取り引き交渉したシーファークの名産、カフィ豆が、クリスマスのコンスタンティノーヴェル王都に大流行するかも(笑)?
恋愛小説苦手なのですが(元々恋愛事情の表現の練習のため書き始めたんでしたw)
今回は頑張って糖度を上げてみました
ちなみに短編も書けないピコっぴ、苦し紛れにクリスマスの一日を切り取って書いてみました。
あと何話か書いたら【完結】つけられるかな
(お正月🎍来ちゃうよw それより本編を書けってな)
コメントありがとうございます(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)