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勇者候補と言われるアレフだけど・・・?

じゅーいち。『湿った坑道のような岩肌に、アレフの悲鳴が幾重にも反射して響き渡っていた』──自らの不注意での仲間の死に動揺する勇者候補アレフ

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     🌧️

 湿った坑道のような岩肌に、アレフの悲鳴が幾重にも反射して響き渡っていた。

「まさか、ホントに?」

 クリスも信じられない気持ちで、床に両手をつき慟哭するアレフに歩み寄る。

 ──床に泣き崩れるアレフの握りしめるもの。

 それは、強酸アシッドスライムの攻撃にボロボロになった、数時間前までコハクが着ていたに違いない、撥水布のポンチョであった。

「う……そ、そんな…… そんな事……ある訳……」

 ボロ雑巾以下の様相に変わり果てたポンチョの端に、以前山中で小枝に引っ掛けて裂けた部分に、縫い合わせて目立たないように縫いつけた、コハクお手製のアップリケがあった。

 不器用なのか器用なのか解らないが、アレフやクリスがいつも喜んで食べていた、クッキーを模したもので、コハクの手による物に間違いない。

 ポンチョの下が肌着のみならさぞかし、一部の異性には見ものなショーだったろうと思われるほど、強酸にやられてボロボロに穴が空いたり、透かし飾りのようになっていたり。執拗に攻撃を受けた事は間違いない。

 ──中身はどこに?

 多少は火傷をしているかも知れないが、無事に逃げおおせて、どこかで休んでいるのではないか。

 たった数時間で、消化しきるはずがない。もし、スライムに捕食されていても、まだ今救い出せば、溶け切ってなくて助かるかも……

 そこまで考えて、自分の想像に気分が悪くなり、クリスは通路の端に吐いた。

 キャロラインもエドガーも、一言も発せずに立ち尽くす。

 戦闘能力のない少女を置き去りにしたらどうなるか、少し考えれば解る事を怠った自分達の行動の結果が、アレフの握りしめる、残されたボロ布なのだ。

 一度立て直すため、エドガーが二人を担いて三叉路の分岐点まで戻り、動けないアレフとクリス、一応魔物が出て来た時のためにキャロラインも残し、エドガーは、スライム溜まりとなっている通路を行き止まりまで、コハクが倒れていないか確認しに行った。



「あの場からすぐに行き止まりになっていたぞ。もちろん、コハクは居なかった。
 思うんだが。スライムどもはあそこからあまり移動しないようだ。こちらまで追いかけて来ないからな。この短時間で人間ひとり消化し切ることはないだろうから、無事に逃げおおせてるんじゃないか?」

 どこか面倒臭そうに、エドガーが言い放つと、俯いて三角座りをしていたままアレフが、今まで聴いたことないような低い声で訊き返す。

「……本当に、行き止まりで、コハクは居なかったのか?」
「アレフ様を騙してなんになるんだ。本当だ。見てくるか?」
「見る。……自分で確認する」

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、コハクのボロポンチョを握りしめたまま、再びスライムの集まる通路へ歩き出した。
 青ざめたクリスや気の進まないキャロラインも同行する。

 エドガーの言うとおり、すぐに行き止まりになり、人が倒れた形跡もなく、三人は深く息を吐いた。

「言っただろう? コハクだって二年間我々と冒険をしてきたのだ。そのボロ雑巾を囮に逃げ出せたんじゃないか?」

 別の魔物に引きずられて行ったとか、その後別の魔物にヤられた可能性もあるがな……

 そう思っても、口にすると面倒な事になりそうだと判断して、エドガーはコハクの死の可能性を飲み込んだ。

 立ち直りの遅い二人を見て、一度街に帰る事も考えたが、こんな事で挫けては勇者となれるのか、この先もっと心折れる事も起こるだろうにと、願いを込めて、先に進む事を奨めた。

 キャロラインも二人の挫折を心配したが、結局このまま、最下層まで進むことになった。

 ──頼むから、こんな事で剣を折らないでくれ、アレフ

 エドガーは、祈りながら、二人の様子に気をつけて進んだ。パーティの盾役タンクとして、幼少より見守ってきた友人として、身体だけでなくその未熟な心もすべて、何がなんでも守ると決意して。








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