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婚約者様と私Ⅱ

137.ロマンスが生まれない?

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「⋯⋯すまないが、クリストファー殿は、午後は見学に努めてくださらんか?」
「こちらこそ、すみませんでした。ちょっとやり過ぎたかもしれないとは思ってますよ」

 居心地悪そうに身動ぎ、シーグフリート殿下からすーっと視線をそらすクリス。

 私の前に並べられた、一般的な赤きつね、黒っぽい毛並み、白に近いグレーの毛並みなど、総勢で12匹の、まるで眠っているかのような綺麗な死体が並べられていた。
 どの個体も、横から目元を射貫かれていて殆ど傷がなく、なるべく苦しませずに狩られた事が覗え、しかも、内二体はキツネではなく、ひときわ大きな狼だった。

 猟犬を使わず、巣の位置、まわりで馬に乗った貴族が走り回るので逃げるキツネの移動範囲と軌道を予測し、待ち伏せて横から射たらしい。
 クリスも銃は使っていなかった。その代わり、殺傷能力の高いクロスボウを使ったようだ。

「毛皮をなるべく傷つけないようにしようと思ったら、猟銃(散弾銃)や猟犬は使えないし、他人の狙ったキツネを横取りにならないようにするには、前もって目星をつけていた巣穴に逃げ込むキツネを待ち伏せするしかなくて⋯⋯
 これでも、王領地のキツネが絶えないよう若い雌は結構見逃したし、他の参加者に恥をかかせないように、見つけてもそれとなくそっちへ追い立てて譲った方なんだ」

 それに、これから獲物が減ってくる時期なので、被害が出ないうちに狼は駆除ヽヽしたという。
 少しづつ涼しさが増して来ているためか冬毛に替わりかけた、シルバーグレーっぽい毛皮は、敷物にしてもコートにしてもストールにしてもいいだろう。

「これだけあれば、コートは作れるだろ?」
「充分ですわ。何着も作れるでしょう」
「皇帝の招聘は避けられないだろうから、最低でもクリスマスの四週間前⋯⋯アドベント (待降節) に入る前にコートは準備しないと。その頃には、色んなイベントに参加させられるぞ、きっと」

 皇帝の剣、法皇の盾である騎士団の代表者として、喚ばれれば出向かない訳にはいかず、国境地帯での緊張感が解けない以上公爵は離れられない事からも、輿入れ前でお嬢さまに行動の自由が利く今だからこそ、クリスとお嬢さまがセットで呼ばれる可能性が高いという。


 侯爵家で用意した昼食を広げ、お兄さまやクリス、パトリツィア殿下達と食事を摂り、午後からは親交のある貴族の応援と見学に努めた。
 その分、時間が出来、一度は王族の天幕下に戻られたシーグフリート殿下達も、午後からまた、シーグフリート殿下だけやって来て、クリスと話したがった。

 しばらくは、狩猟の話──貴族のスポーツとしての狩りと、騎士達の野営中の食糧調達や軍事演習としての狩りの違いや、道具への拘りなどの話に盛り上がっていたけれど。

「それはそうと、公女⋯⋯貴殿の親戚のヽヽヽヽヽヽご令嬢ヽヽヽは、ずいぶんとテオドールを気に入っておるようだな?」
「ええ、まあ。そのようです。妹と同じ歳ですからテオドール殿より四つ下のはずなのですが、年上の男性を捕まえて可愛いと豪語するくらいには気に入っているようです」
「そうか。テオドールの方はどうなのだ?」
「さて。身分差から、敢えてそういう風に見ないようにしているように思えますが、実際はどうなんでしょうか」

 曖昧に答えるクリスから、私へと面白がるような視線を向けるシーグフリート殿下。

「テレーゼ様と同じように、我が家でお預かりものの令嬢として当然、大切に扱ってはいますわ。また、ハイジと同じように、わたくしと友人になりたいと距離を近くしておりますので、兄も妹のように可愛がる面はあるでしょう。ですが、分は弁えていらっしゃると思います」
「そうか。⋯⋯つまらん」

 つ、つまらないって、何を期待してらっしゃるのですか? 殿下。

「国を身分差を超えたロマンスが生まれているとか、障害に燃える愛を育んでいるのではと思ったのだが⋯⋯」

 パトリツィア殿下は、多少そういった状況に酔っている部分はあるとは思いますけれど、お母さまも、お兄さまに可愛い嫁と小姑が出来ると期待してなくもないですけれど、お兄さまは、そこまでではないように思いますけれど。

「ふぅむ? アンジュ嬢は読書家だし、古典文学やエッダに造詣が深いと聞いていたが、案外色事には疎いのか?」
「箱入り娘なのと、俺⋯⋯わたしやテオドール殿が囲い込んで男を寄せ付けない部分もありまして、その辺りは育たなかったのかも」

 必死に庇ってくれるクリス。
 確かに、お嬢さまは、社交デビューまであまり屋敷の外で活動をしなかったとか、友人もいなかったと聞いているし、デビュタントと同時にクリスは婚約者だった訳で、そういう部分は本当にあったのかもしれない。

 色事には疎いのか?

 こう思われているという事は、お嬢さまの遊蕩のゴシップは、王室の耳には入っていないのかしら。もちろんその方がいいけれど。

 殿下はその後も、クリスやお兄さまと政治の話や趣味の話、最期に少しだけ国境地帯での駐屯軍の話をされて、狩猟会のお開きまで過ごされた。

 もちろん、狩りの獲物の数も状態の良さも、どの青の森のブラウヴァルト 貴族紳士よりも、クリスが一番だった。





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