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婚約者様と私Ⅱ

135.お狩り場

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 馬車には、イルマさんが同乗し、クリスの副官というラースさんとギルベルトさんも騎乗して付き添う。

 馬車の馭者や扉を閉めたフットマンは見たことがない人物だったけれど、どうやら、侯爵家の騎士や執事従僕ではなく、クリスの隊の騎士達のようだ。

 なぜ態々わざわざ?と思ったけれど、その理由はすぐに判った。


「ごめん、準備に手間取った」

 お兄さまが乗り込んできた。

「狩り場を見るのは初めてじゃ⋯⋯ですじゃ、ですわ」

 パトリツィア殿下も。

「ヘティ姉上を言い含めるのは大変でしたよ」

 アウレリア=ベネディクト君も。ヘンリエッタ嬢はお留守番らしい。

 道理で、大きな馬車が用意されたはずだ。イルマさんも含めると6人乗っている訳で。

 畏れ多いと、イルマさんは降りようとするけれど、会場のテントの中で殿下姉弟の世話をする侍女が必要なので、謝りながらも引き留めた。

 
 馬車は静かに発車し、まるで子供のようにわくわくと窓の外を覗くパトリツィア殿下は、時折お兄さまの袖を引いて「あれは何だ」「ここは何をする場所か」などと訊いていた。

 殿下姉弟が同乗するから、警備を強化するためにクリスの隊の騎士達と侯爵家の従僕達とが入れ替わっているのだ。


「トリシャ、表向きこの国には居ないことになっているのだから、あまり大胆にカーテンを開かないで、隙間からこっそり見るんだ」

 いつの間に? お兄さまは、殿下をトリシャと、ハイジが呼ぶのと同じ愛称で呼んでいた。

 驚きと問いかける気持ちが私やクリスの目に表れていたのだろう、ばつが悪そうに頰を染めて、言い訳をする兄。

「今は居候で、尚且つこの国には居ないはずのリンブルフ公女だとバレないよう、本人がそう呼べって⋯⋯」
「はいはい」

 そして、アウレリア=ベネディクト君も、お兄さまの事をテオ兄さまと呼んでいた。
 初めて侯爵邸を訪ねて来た時のように、レースとフリルが愛らしい子供服を着て、パトリツィア殿下と姉妹のように見える。

 殿下は、ネーデルラント風ではなく、お母さまが用意した、帝国風のドレスを着ている。

 テレーゼ様は、王都で暮らす次兄と参加すると言って、昨日からヴァルデマール公爵家のタウンハウスに戻られている。
 会場で会いましょうと仰ってくださった。



「だいたい、キツネ狩りって、貴族の余暇の遊び──猟犬を使ってキツネを追い立てて遊ぶものか、軍人の訓練を兼ねた狩猟演習だろ? 俺の領分じゃないと思うんだが」

 今朝早くから、狐の巣穴を塞いで廻っていた騎士達が戻って来たところで、狩りが始まる。
 お兄さまは、猟銃は苦手だとかで、小さめの猟弓さつゆみの引き具合を確かめていた。

「まあ、そう言うな。王太子殿下に招待されたら、よほどの理由でもない限り参加しなきゃだろ? 未来のヒューゲルベルク公爵さまとして。頑張れよ、テオ。お姫さまが見てるぞ?」

 お姫さま──クリスとお兄さまは、パトリツィア殿下の事を言っていたと思う。後は、クリスやお兄さまを見守る私も含まれる、揶揄からかいの言葉だろう。だけど⋯⋯

「ほお? テオドールは、わたしの娘にもキツネの尾を献上すると?」

 後ろから声をかけられたので振り返ると、シーグフリート殿下とその娘の王女がふたり、クスクスと笑いながら歩いて来るところだった。
 しかも、その後に、主催者である王太子殿下、王太子妃と王女も。

「あ、いや、その、たぶん無理⋯⋯」
「これは、失礼しました。わたしは、ただ、義兄(テオ)を揶揄う意味で見守るご婦人方を姫と申し上げただけで、王女殿下方を指してのことでは⋯⋯」
「ははは。わかってるよ、クリストファー殿。こちらもちと揶揄っただけだ。にしても。テオドールには、婚約者が居るとは聞いておらんが? 恋人かね?」

 解ってるだろうに、横目でチラとテントの下でお兄さまを見守るパトリツィア殿下を見てからテオ兄さまを見て、面白そうにわざと訊いてくるシーグフリート殿下。

「いいえ。我が家でお預かりしている、義弟の親戚の娘ヽヽヽヽヽヽヽですよ。妹とも仲良くしていますから。狩りを観たいとついて来ましてね」

 まぁ、嘘とも言い切れないけど本当でもない。
 ハインスベルクの当主の血統も、オラニエ公も、後継ぎが途絶えかけた時にナッサウ家から養子をとり血を繋いだという共通項と、そのハインスベルクの最後の伯爵夫妻の曾孫が、ネーデルラント王室の初代だという経緯がある。
 かと言って、両家の現在の血縁が近いかというとそうでもない。何代も前の話だ。

 王家や宮廷は知らない事になっているので、王太子殿下もシーグフリート殿下も、パトリツィア殿下に関してはそれ以上触れなかった。

「テオドールもだが、クリストファー殿の手腕、楽しみにしているよ」

 当たり前だが、王太子殿下は、シーグフリート殿下より年上なので父よりも年上である。
 落ち着いた男ぶりのよい男性で、次代の青の森のブラウヴァルト 為政者として相応しい風格を備えた王太子は、クリスに微笑みかけると、王族の控えテントへ戻っていった。



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こちらの完結もまだですが、毎年、恋愛小説大賞とファンタジー小説大賞、昨年からは次世代ファンタジーカップには必ず参加していましたので、

新作を書く余裕はないものの、既出作品と、書きかけで置いてある作品の中から形になりそうなものを、来月からのファンタジー小説大賞にエントリーしてみました

恋愛小説は奨励賞はいただけているし、ランキングにも100位以内に入るのですが、ファンタジー小説はなぜかあまり伸びません(´・ω・`)
よければ読んでみて、どこが伸びないのかなどとコメントいただけると励みになります



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