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ブラウヴァルトの氏族と私

94.イルゼ・ガブリエレ・ベアグルント男爵令嬢

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 とにかく、ここまで来てしまったからには、今更出来ませんと帰る訳にもいかない。
 そんな事をしたら、私を信用して起用・紹介したシーグフリート殿下の顔を潰すことになるし、お父さまの城内での立場も悪くなる。

『ご紹介に与りました、アンジュリーネ・フォルトゥナ・フュルスト(侯爵家の)ダム・フォン・デム・ランドスケイプ・ツー・ヒューゲルベルクにございます、殿下』
『なるほど。確かに、シーグフリート殿下よりも柔らかく聴き取りやすい発音じゃの。これは助かる。アンジュリーネ嬢。よろしく頼むぞ』

 雅なお姫さま言葉にリンブルフ語訛りが強く、他のフランク語を解する宮中の女官達も聴き取りづらく、コミュニケーションが取れずに互いに困っていたという。

「ヴィル、事後承諾になるが、数日間、令嬢をお借りできるか?」
「娘がやりたいと申すなら。ただ、宮中の厄介事には巻き込んでくださいますな」
「解った。気をつける」

 お父さまの許可が出てしまった以上、やりたくないの選択肢はない。

「お父さま。このお手伝いの間、イルゼをお借りしても?」
「勿論だよ。お前につけた侍女だし、全般的に優秀な上、彼女もフランク語は得意なんだろう? 好きに使いなさい」

「イルゼさん、勝手に決めてごめんなさい。わたくしを助けてくださるかしら」
「勿論です、お嬢さま」

 一見、有無を言わさずに面倒事に巻き込んだように見える。

 でも、私は知っている。

 イルゼは、婚家で夫を亡くした後、子供を跡取りとして取り上げられたまま実家に帰され、女性の立場の低さに嘆いていることや、女学生の頃に覚え、伯爵家に嫁いでから役立てていた語学を活かした仕事に就きたがっていること。
 それには、男爵家という貴族社会の底辺にある実家の爵位の低さが枷になっていること。

 このまま、私と一緒に王宮で使える侍女として顔を売れば、希望の仕事に就ける機会もあるのではないかと思ったのだ。

 王宮内の緑豊かな庭園に拵えられたお茶の席は、幾つかの丸テーブルと長テーブルで整えられ、それぞれのテーブルの真ん中に美しい花が添えられているガーデンパーティーだった。

 顔合わせが済み、それぞれ案内された席に着き、いざ、お茶を、という段階で、パトリツィア殿下と同じように賓客として招待された女性の中から、ひとりの少女が飛び出してきた。
 王家主催のお茶会ではあまり見られない行動だ。

 そして、その、オレンジ色の華やかなドレスの少女は、ドレスを両手でたくし上げながら、小走りに私めがけて突き進んでくる。

「ああ、もう一人、紹介するのを忘れていたな。態々わざわざ顔合わせする必要もないかと思って後まわしにしていたら、忘れかけてたよ」

 いえ、それ、忘れてたと言いますよね? だって、そのまま紹介せずに、お茶会を始めようとしてましたよね? 殿下はお茶目なのかうっかりさんなのか、わざとなのか、判断がつきにくい人だ。

 オレンジ色のドレスの少女は、そのまま真っ直ぐ私に向かって駆け寄り、肩に飛びついた。

 だっ 誰!? お嬢さまの知り合い⋯⋯じゃないわよね。クリスと婚約して社交デビューするまで、特に友人はいなかったと聞いてるわ。

 その後の友人令嬢達に、こんな見事に流れる艶やかな金髪の方はいらっしゃらないはず。

「アンジュ。あなた、ちょっと冷たいんじゃない?」

 艶のある金髪、明るい翡翠の瞳、オレンジのドレスが鮮やかで、髪からグラデーションのように美しく華やかで⋯⋯ この感じ、どこかで⋯⋯

「は⋯⋯ハイジ?」
「そうよ! あなた、今まで十年も全くの音信不通で、どこを捜しても見つからないし、手紙のひとつも寄越さない、ちょっと酷いんじゃない? 心の友だとか言って、初めてのお友だちだから絶対に一生のお友達でいようねって約束したのに!!」

 びっくりするほど美しくなったハイジは、半泣き状態で、文句を言いながら私の首に縋り付いた。




    
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